結局、海の旅は爆破炎上で以て幕を閉じた。
降谷君はあまりに未練なのか、3日はぶつぶつ文句を言っていた。
「あの犯人ども目にもの見せてやる」とか「自費で行けるか?いやあんなクラス帯なんぞ挑戦したら破産するな…」とか。
メソメソと体操座りで落ち込んで、諸伏君に慰められていたりもした。
可哀想に……これには私も脳内ナザレの友人もほろりと涙を流したものだ。
さて、そんな本日は工藤邸への強襲である。
むしゃくしゃした降谷くんが「そうだ、赤井のところに冷やかしにいこう!」とか言い出したのだ。
諸伏君も明美さんも久しぶりに会いたいということで、アヴァロン勢総出でのおじゃまします。
三人でとことこと高級住宅街の道を歩く。
うち死んだはずの二人は目深にフードをかぶってちょっと怪しげスタイル。
目の前にした工藤邸は大きく立派で、さすが世界的推理作家の家といった感じだ。
いや、もしかして工藤家そのものが金持ちだったかも知れないが……。
チャイムを押すと、落ち着いた声で返事があった。
『はい、工藤です』
「安室です。赤井、ちょっと入れてください」
『あの、その赤井という方のお宅ではないのですが、人違いをされていませんか』
「面倒臭いな、いいから開けろ赤井秀一。ちょっと事務連絡があるんですよ」
『はぁ……』
いかにも困ったように見えて、どことなく楽しそうな雰囲気で出てくるのは優男の大学院生、沖矢昴だ。
たぶん降谷くんの雑オブ雑なやり方が若干ツボに入ったのだろう。
ぷすぷすと笑いが漏れている。
「そちらの方は?」
「気にするな。ともかく座れる場所に行こう。……やっぱすごい豪邸だなコナン君の家…」
しげしげと目を丸くして降谷君が玄関の調度品を眺めている。
貧乏人丸出しの様子に、赤井君が「ンバフッげふっ」と吹き出しかけた。
最近降谷くんのネタ化が激しいんだよな。
肩の力がいい具合に抜けてると言うか。
まあ、今まで常に固く張り詰めていたことを思うに、こちらの方が降谷くんの素なのだとは思うが。
案内されたのは応接室だ。
美しい椅子は細かい彫刻があり、革張りの座面は滑るよう。
恐る恐る座ってから、降谷くんがおもむろに切り出した。
「まず事務連絡からだ。宮野明美と諸伏景光は生きている」
「…………あの、本当にどなたかと人違いされていませんか?僕は沖矢昴と…」
「ねぇ、その人本当に大君なの?」
後ろに座る明美さんの言葉に、声の色合いに、赤井君は目を見開いた。
まさかその声は、と唇が一瞬戦慄く。
「ベルモットの変装さながらね」
「まあ、そうだな。厄介なものだ。もし公開してしまえば、世が混乱する変装技術だ」
「ならほっぺた引っ張ったら解けちゃうのね。よし!」
フードを取り、長い黒髪があらわになる。
そしてビヨーンと自分で思いっきり頬を引っ張って、明美さんは自身の素顔を証明する。
「見て大君!変装じゃないわよ!」
「…………明美」
「彼に助けられて生きてるわ。ふふ、これで姉妹揃って足抜けできたことになるわね。嬉しいわ」
「あ、俺も俺も」
隣の諸伏君もこのビッグウェーブに乗るらしい。
フードを脱いでちょっと控えめに片手で頬をキュッと摘んだ。
「痛っ、頬つねるの意外と辛いな!あー、二年前は悪かったなライ。あれしかないと思ったんだ。まさか足音がバーボンのだとは思わなくて」
「……スコッチ、か」
「お前から拳銃奪ったせいでややこしいことになったんだろ?悪かったよ」
無言でしばらく、赤井秀一は沈黙した。
それから意を決したようにばり、と変装を解いて。
喉の変声機をオフにする。
やや顔色が悪い赤井君が、どこか暗い影を纏って口を開く。
「君の持つ不思議なあの力の成果か?バーボン」
「そうですね。殺される直前に幻影と入れ替えてもらいました」
「そうか………君は本当に上手くやったんだな」
言葉を躊躇い、赤井君は俯いた。
まるで己の罪を数えるかのように暗い顔だ。
そんな赤井君の手を取って、前に出た明美さんが微笑みかける。
「大君、これから一緒に私と暮らさない?」
「……済まないが、やるべきことがある。ここを離れる訳にはいかない。君の妹の件だ」
「!そっか、そうよね。志保はいま幼児化してるんだもの。いざとなればアヴァロンに逃げ込める私とは危険度が桁違いだわ」
その言葉に降谷くんが瞬いた。
「ああ、そろそろ明美さんはアヴァロンから出られるんだったな」
「ええ。どこで暮らそうか悩んでて。組織に見つかると厄介だし」
「工藤邸に置いてもらえるかはコナン君次第か。頭を下げる価値はあるな」
赤井君が困ったように視線を下げた。
「俺にそんな価値はない。俺はどれほど言い訳しようが、君を見捨てたんだ」
「それについて話があるので一緒に暮らしたいのよ。これは恋人関係存続の危機だもの。しっかり話し合って関係修復しないと!」
「普通見捨てて逃げたらその場で破局だろ」
「こらゼロ。そういうデリカシーのないこと言うから地雷男なんだぞ」
降谷君がぶすっと唇を尖らせた。
破局させたいらしい。
どこか震えと恐れとを纏って、赤井君は明美さんを見た。
「許してくれるのか、俺を」
「元々怒ってないわ。志保は、すごく怒ってたけど」
「それが普通だろう」
「大君が私を助けようとしてくれてたのはわかってたから。すごく必死に。組織の下っ端でしかない、私を」
にこりと明美さんが微笑む。
失っていたはずのものが、赤井君にとってありし日の笑顔そのものの姿で微笑むのだ。
「ねぇ、自己紹介させて。…私の名前は宮野明美。あなたの、名前を聞かせて?」
「………赤井、秀一だ。FBIをしている」
「ふふ、秀君ね。ようやくあなたの本当の名前を知れて嬉しい。諸星大って名前も、おしゃれで素敵だったけどね」
そこに込められた愛の大きさに、赤井君は僅かに震えたようだった。
それから、そっと二人は抱き合った。
控えめに。しかし長く、長く。
諸伏君が若干不安そうにヒソヒソ声を出した。
「でもこれ妹さんは許してくれるのか?」
「無理だろ。闇討ちされるぞ。僕も闇討ちされそうだったのに赤井が許されるわけない」
「やっぱそうだよなぁ」
このビッグラブ最大の壁が明らかになり、二人は恐々と肩を寄せ合った。
幾分か顔色の良くなった赤井君が、改めて降谷君と向き合う。
ぺっ、と降谷くんが態度悪くしつつ眉間にシワを寄せた。
「それで、降谷君は二人を紹介しに来てくれたのか?」
「そうですね、尻に敷かれる赤井の無様な姿を見に来ましたよ。ザマァないですね赤井秀一。日本から出ていくがいい」
「そうか、ゆっくりしていくといい。追加の茶を持ってくる」
「僕の話聞いてました???」
まあこの状況だと何言っても子犬がきゃんきゃん鳴いて尻尾を振ってるようにしか見えないからな。
明美さん諸伏君生存の一報を持ってきてわざわざ来てくれたのだ。
これでは単に恩人がちょっと突っ張ってるだけだ。
赤井秀一は柔らかい笑顔を浮かべて、明美さんへと愛おしげに顔を綻ばせた。
その姿は幸せそうで、甘い空気が漂い始める。
降谷くんが若干キレ気味に殺意をみなぎらせる。
「やっぱ気に食わないな…たぶん肌に合わないんだ。FBIなんぞ問答無用で投獄すればよかった」
「まあまあ、ライも嬉しそうでよかったじゃないか」
「まあ、な。……喪失は少ない方がいい。それは確かだ」
降谷くんが静かに同意する。
彼の友人で生きているのは伊達刑事と諸伏君だけだ。
伊達刑事が助かったのは本当に幸運が重なった結果だ。
偶然伊達刑事の事故を知って、偶然その病院の近くに降谷くんがいた。
だから降谷くんを出力元に治療のために魔術が使えた。
こと医療に関しては、現代文明の上を行くのが魔術の御技だ。
彼の破裂してくしゃくしゃの肝臓を治療してなんとか持ち直させることができた。
今もきちんと現場にいるはずだが、偶然が重なってまだ会ったことはない。
しばらく。
赤井くんと明美さんはゆったりと親睦を深めあった。
その優しげな眼差しは幸せそうで、私も自分の仕事に満足してうむうむ頷いたのであった。
・赤井秀一の見解
降谷さんのことを愛想の悪いチワワだと思っている。
すごく吠えるがしばらくいると尻引っ付けて座ってくる。
かわいい(ほっこり)
・降谷零の激怒
お前を殺す。