降谷くんとの仕事が軌道に乗って来たらしい。
比例して、私は降谷君のことを見ている時間が増えた。
どうせ私は現在全てを見通せるから、どこを見てようが同じことだけどな。
今日はアジトでベルモットさんと待ち合わせだ。
降谷くんは暇そうにスマホを触っているように見えて、実際は各所に連絡したり予定を組み直したり忙しなく働いている。
その上で、付近に人が近づけば瞬時に気がつく気の張り具合。
潜入捜査官は大変だ。
ほら、今廊下を歩く人間に瞬時に気がつき、顔を上げた。
「よお、最近話題になってるそうじゃねぇか、バーボン」
歩み寄ってきたのは二人の黒服だった。
ジンとウォッカ、すなわち派手好きロケランくんとその子分だ。
最近は戦闘ヘリでニューヨークの街をばりばりやったらしく、ちょっとした謹慎が下りているらしい。
降谷くんは「これが日本だったら顔面変形するまで殴り飛ばしてるところだ…」と怖い声をしていた。
いちいち逸話がロックすぎるんだわ、銀髪くん。
ともかく、絡まれたということはあまり良くない傾向にあるらしい。
降谷君はスマホの画面を暗くして胡乱な表情で目を細めた。
「なんです、藪から棒に」
「悪魔なんてもんに手を出すとはな。現実主義のテメェがなぁ」
「現実主義ですから、使えるものは使いますよ」
「そんなそぶりは見えなかったが」
「以前から悪魔との契約方法については個人的に探っていましたから。武器は多い方が便利でしょう」
するすると降谷くんは大嘘をついた。
魔術すら実在するとすら信じてなかったのに、前から悪魔を探してたことになっている。
嘘つきの本領発揮というところか。
「何ができるんだ、その後自慢の悪魔とやらは」
「自分の隠し球を答える馬鹿がどこにいるんです」
ジンは目を細めてニタリと降谷くんを嘲笑った。
「……テメェに悪魔は扱いきれねぇよ」
「なら勝手にあなたも契約してくれる悪魔を探せばいいでしょう。無闇矢鱈と絡まないでくれませんか」
いい加減イラついて来た降谷くんの声色に、「てめぇ!兄貴に向かってなんて口利きやがる!」とウォッカが怒声を上げた。
降谷くんが目を細める。
一瞬、パスを通じて念話が入る。
『マーリン、ウォッカに一瞬だけ軽い目眩を付与』
『了解だ、マイロード』
私がごく弱いめまいの呪いを付与すると、瞬時にウォッカが倒れ込みそうになる。
苦悶の声を上げて膝をつくウォッカに、ジンが反射のように降谷へと銃を向けた。
私も指向制御平面の展開準備。
守る準備を万全にする。
降谷君は嘲笑するように悪辣な笑顔を浮かべた。
「ああ、すみません。僕に危害を加えられるかもしれないと、悪魔が先走ったようです」
「………テメェ」
「気をつけてくださいね。僕は温厚な方ですが、悪魔がそうであるとは限りませんから」
しばらくの膠着状態。
銃口を前に焦る様子も見せない降谷くんに、ジンは不可思議な力の存在を確信したらしい。
舌打ちして忌々しげにしている。
そのあたりで、背後から声がかかった。
「あら、男三人がそろってお茶会?むさ苦しいわね」
ベルモットだ。
麗しきハリウッド女優であり、最新話題作のヒロインもやってる人。
私も見ました。楽しかったです、まる。
チッ、と舌打ちしてジンが銃をしまったようだ。
そのままウオッカを肩で支えて撤退を始める。
ウォッカも苦しそうに頭を振って「あ、兄貴!そこまでしてもらうのは…!」と慌てて自分で立とうとして失敗、よろけている。
降谷さんが肩をすくめてため息をついた。
「別に、ジンが悪魔の件で僕に絡んで来ただけですよ」
「面白い話よね。神はいないのに悪魔はいるなんて、笑っちゃうわ」
「僕が悪魔と呼んでいるこれも、正式には悪魔ではない。正しい神などどこにもいないように。そういうことでしょう」
「なるほどね」
捻くれた見解であることよ。
ちなみにガチな話だと神格はいる。
型月的な神格ではないが、土地神や土着神と呼べるものは存在している。
ごく原始的に、信仰が形になった怪異である。
私もマーリン信仰によって霊基が相当肥大化しているし、この世界の怪異の特徴なのだろう。
降谷くんがうっすらと凍えるような笑みを浮かべた。
「では行きましょうか。今日のパーティのお供は僕だけでいいんです?」
「十分よ。貴方ほど闇の深い人間はいない。深淵と契約した人。貴方さえいれば、他は必要ないでしょう?」
「そうですね。お任せください、何かトラブルがあれば、夢のように終わらせて差し上げますから」
私の口癖に引っ掛けるとは、降谷くんもやるものだ。
そう。
今日の任務も夢のように終わらせるとしよう。
「よく来たな、風見裕也警部補」
黒田理事官の声に、自然と背筋が伸びる。
風見は小さな会議室で思わず息を詰めた。
黒田管理官の鋭い眼光が風見を捉える。
「降谷の件で報告があるとの話だったな。指揮系統を飛び越えてまで」
「はい。降谷さんにはご自覚がないことのようなので、僭越ながら私から」
黒田理事官の巌のような眼差しに、勝手に身がすくむような心地になる。
これは自身のみが気づいているが故の代償だと思えば、その視線に真っ直ぐに向き合う勇気も出る。
同じ警視庁内だ。
内密に会議室を押さえるのは楽な仕事だった。
こじんまりとした4席のみの会議室は窓のカーテンが閉め切られ、陰鬱な気配に満ちている。
ごくり、と自然と喉が鳴った。
「降谷警視について、精神に不調を抱えている疑いがあります」
「………なに?」
「ストレス調査票に異常はありませんか。私の視点から見れば、明白に彼の言動は整合性が取れていません」
「詳しく説明しろ」と黒田理事官が重苦しい声を出した。
風見は悲痛な色を瞳に宿して俯いた。
降谷の部下として彼を支えるようになってしばらく経つ。
あの人外を疑うほどの優秀さとバイタリティを疑う男が崩れ始めたのは、彼の親友が殉職した時からだろう。
「タイミングは、半年前の諸伏景光殉職からです。彼は『諸伏景光は生きている』と訴えて、その二階級特進を含めた処置の停止を求めました」
「その話は聞いている。あんなことがあったのだから、多少の妄言は仕方なかろう」
風見は頷き、その上で言葉を重ねた。
とつとつと、口から零れ落ちたような声だった。
「それから現在まで、降谷さんは一貫して諸伏景光は生きているという姿勢を崩していません」
「諸伏景光が実際に生きている可能性は?」
「ありません。公安で死体を回収し、簡易的な葬儀も済んでいます」
「なるほど。奴が生きていると主張する根拠はなんだ?」
「…………」
思わず口ごもった。
言いづらかったからだ。風見は降谷の名誉を傷つけたいわけではない。
「………夢で、諸伏景光に会うからだと。魔法使いが諸伏を助けたが、そこから出すには3年がかかるのだと。そのように言っていました」
「風見を信じて言うが、絶対に口外するなよ」と恥ずかしそうにそっぽを向く彼を思い出す。
さまざま語ってくれた。風見を信じて、本当の情報を託すと。
もうしばらくしたら諸伏にも会わせるから、なんて。
そんなことを信じる人間がいたなら、そんなものは警察官をやるべきではない
黒田理事官は静かに目を細めた。
「ふむ、そうか」
「降谷零の体調を鑑みて、彼の任務からの解放を求めます。あの人は、潜入捜査を続けられる精神状態ではない」
櫛の歯が欠けるように人員に綻びが出ることは、公安警察にとってある意味織り込み済みのことでもあった。
特に対スパイに並んで巨大犯罪組織への対処は危険を伴う分野だ。
もうこれ以上、降谷さんには傷ついてほしくなかったとも言える。
カーテン越しに差し込む僅かな夕日が指先を赤く照らす。
我々は罪を織り重ね、罪によって祖国を守るモノ。
そこに弱さの存在は許されないのだ。
しばらくの沈黙。
黒田理事官が目を伏せた。
「夢は、多くの為政者が神を見る場でもある」
「……は」
「降谷零の任務は続行とする。これは決定事項だ」
否やを許さない断定的な口調に、風見は立ち上がった。
「ど、どういうことですか!?決定…それは私の報告前に協議されていたということですか!」
「君が知る必要はない。そもそも、これだけの犠牲と資金が伴った潜入計画を、多少の体調不良で頓挫させるわけにはいかんだろう」
「ですが!彼にこれ以上任せれば、重大な事故が」
「くどい」
黒田理事官は立ち上がり、そのまま背を向けた。
何も言えずに風見だけが、ポツンと部屋に取り残される
「職務に戻れ。風見警部補。己のすべきことをしろ。以上だ」
「………はい」
バタン、と話し合いを拒むように扉が閉められれる。
どういうことだ、と風見は歯噛みした。
確かに降谷零からの直接の報告も一部あったと聞いている。
風見を介さない情報で、事前に上層部が動いているというのか。
特に降谷の最近の言動はおかしかった。
組織でも「悪魔憑き」なんて呼ばれているみたいだし、
どう考えたって尋常ではない。
「昨日は夜遅くまで塔で飲みすぎたから頭がガンガンする」と言ってた時もあったか。
公安の業務が重なって結局仮眠室で一泊したはずの降谷零が、何を飲み過ぎると言うんだ。
「新しいハーブティーのブレンドを教えてもらったんだ」と言って課の連中にハーブティーを入れたこともあったか。
前日まで組織の任務で寝る時間すらなかった降谷が、いったいどこの誰に教えてもらったというんだ。
明らかに道理に合わない。
死んだはずの友人と酒を飲む夢を見たとして、それは悪くない。
ただし、降谷がまるで「本当に死んだはずの友人と酒を飲んだ」かのようにありもしない二日酔いを訴えたりしなければの話だ。
降谷の頑張りを一番近くで見てきたのは風見だと、自信を持って断言できる。
彼はこの大日本のためにあらゆる手を尽くしてきたし、魂そのものを捧げてきた。
ならば今は後方に下がって、適切な治療を受けることぐらい許されるはずだ。
今や侵食する『夢』は、今では降谷の心のほとんどを食い尽くして、降谷のカタチを支えていた。
相変わらず、夕暮れの外から赤い光が差し込んでいる。
血のように垂れたその光が、未来でも暗示しているように。
・降谷さん
本当に風見のことは信頼して上層部にしか伝えなかった話をした。
うっかり証拠を出し忘れた。
風見なら信じてくれると思ってたので。
・マーリン
脳内ナザレの人に「人間の支配者にならないよう気をつけてね」って説教受ける。
うす。気をつけるっす。