あの依頼人は爆弾まで巻いておきながら依頼を直接口にはしなかった。
意味深な暗号だけを残し、あとは探偵の頭脳に任せる形をとったのだ。
降谷君は「いよいよデスゲームじみてきたな」とぼやいた。
あとはコナン君との情報交換のみだ。
降谷君は少し席を外すと言い訳して、廊下に出てコナン君に呼びかけた。
『聞こえるかいコナン君!心で会話するように…できる?』
『安室さん!?え、何これテレパシー?悪魔さんの力!?』
『そうだよ。マーリンとの会話用の繋がりにコナン君を入れてもらったんだ』
コナン君はおお…とちょっと引いたような感心したような声を出した。
それから、二人は暗号について話し合い出した。
暗号となると私は暇になる。
暗号なんて全然わからんしな、この間に爆弾の処理をしてしまおうか。
私は一つずつ爆弾のエネルギーを取り出して、それを精神エネルギーへ加工。
そのままもぐもぐと食っていく。
こんなに食えんでござるオゲー!
カメムシの匂いする!!!
苦痛の末に全てぺろりと平らげたあと、私は降谷くんに声をかけた。
『爆弾処理終わったよ。マッズおっえ』
『助かったマーリン』
『何何何悪魔さんが何したの』
『爆弾のエネルギーを食べたんだよ。クソまずいけどこれで爆発した時クラッカーぐらいの威力になる。ちょっと手首がチリっとするかもくらいかな』
私の言葉にコナン君は戦慄したような声を出した。
『ま、不味いんだ……口直しに僕の感情とか食べていいよ』
『ありがとう。同情の甘酸っぱさが爽やかに口に広がる。心が安らいだ』
爽やかかつ果実系の強い酸味が舌を刺激する。
美味しい。ずっとこれでいい気がする。
コナン君が心配そうに眉を下げた。
『ねえ、こんなことを言うのもなんだけど、これが取引なら少し対価が安すぎじゃない?たくさんの人の爆弾を解除した褒美が、これっぽっちの感情だけなんて』
純粋に私に気を遣っての言葉のようだ。
私は優しい気持ちに酷く嬉しく成長は、ほくほくと言葉を紡いだ。
『コナン君。もしこれが「コナン君の切った爪と髪食べるからちょうだい」だったらどう?』
『キモ……』
『正直だなぁ!私にとって同じことだよ!だから対価としてちょうどいいのさ!』
『その感性で僕らの感情つまみ食いしてたのか?変態じゃないか』
『待って欲しい。今のは言葉の綾で。実際問題美味しいのが悪い』
一気に窮地に立たされて戦略的撤退を余儀なくされるを
私は悪くないんだ、本当なんだ。
『まあともかく、ナザレの彼に貢ぎすぎは良くないと昔から言われてたんだ。だから表面上だけでも取引を成立させるように気をつけてたんだよ』
『ナザレの彼って、まさか』
コナン君がごくりと生唾を飲む。
降谷くんもやや目を見開いているようだ。
『そうさ、人々が主と呼び称える彼さ。2000年前、彼とは友人同士だった』
口にすると寂寥が襲ってきて、私は少しだけ俯いた。
脳内ナザレの親友が「マーリン、私はここにいるよ!!!」と叫んでいる。
せやな。いつも助けられとるで。
『彼はちょっと天然入ってたけど、間違いなく誰よりも善良だった。浮世離れしてたわけじゃない。世俗を理解した上で、清く在れる人だった』
『凄いな、この証言一つで数百年議論できそうな貴重な生きた声だぞ』
『だね。救世主の人となりを実際に知る人物の声かぁ。聞いてるのが僕たちだけじゃ勿体ないね』
私は二人の忌憚ない意見にクスクスと笑った。
彼の存在も、いつの間にかずいぶん遠くなってしまったものだ。
『彼が言ったんだ。僕を救ってくれるって。今は無理でもいつか、なんとしてでも。だから頑張れるんだ。その先に再会した時、きっと胸を張れるようにって』
私はしんみりと言葉を紡いだ。
脳内ナザレの彼が「会いづらい…ハイパー会いづらいよぉ…!!!」と泣いている。
会うってなんやねん。いつも私の脳内におるやんけ。
コナン君が「会えるといいね、友人さんに」と柔らかく笑った。
と、雑談もその辺にしておかねばなるまい。
毛利探偵と二人で街に繰り出す。
目指すは暗号の解読とミラクルランドに閉じ込められた人質の解放。
彼らにかかれば暗号が地名を示していることなどすぐにわかったようだ。
再開発で町名が変わっているが、そこにあたる地名はすぐに特定できた。
毛利探偵が大きなため息をつく。
「安室。悪いな、変なことに付き合わせちまって」
「いえいえ、毛利先生の行くところが僕の行くところですので」
「高島町3-5-8か。なにかあったっけか」
降谷君はスマホを開き、目を鋭く細めたようだ。
「関係があるかどうかはわかりませんが、先日の怪盗キッドの仕事の逃走ルートと重なりますね。なんでも銃撃戦になったとかで」
「あん?キッドは銃は使わないんじゃなかったのか?」
「正確にはちょうど一緒の場所を走っていた強盗グループが一方的にキッドを撃っただけのようです」
「なぁるほど」
ちなみに、これは先ほどコナン君と会話している間に風見くんをこき使って得た情報である。
至急調べろとか言ってメール一本で命令する鬼上司だ。
目的地は廃ホテルだった。
地下のロッカーには、目出し帽と拳銃があった。
その場に居を構えるホームレスによると、不審な車も止まっていたそうだ。
怪盗キッドの目撃情報もあり、なんとなく事件の香りは強い。
降谷くんは次のメールを確認し、素早く行動を開始した。
メール文面には、捜査二課が怪盗キッド追跡のためにこの廃ホテル調査に向かってる旨が記されていた。
「ここには長居できません。キッドの捜査のために捜査二課がうろついていますから。念のため裏口から外に出ましょう」
「え、いやいや、レンタカーどうすんだよ」
「後で取りに来れば問題ありません。こちらへ、裏口から出ましょう。私有地を通るので絶対に見つからないように」
平然と民家の生垣を飛び越える降谷くんき、毛利探偵がアワアワと慌てふためいた。
道中で買ったキャップを深くかぶり、「毛利先生、コートの襟を立てて顔を隠して。それと車載カメラに気をつけて。そこ」と指示する。
探偵でも身を隠すことはよく行われるが、それとはまた違った追われる側の工夫に満ちている。
毛利探偵がかなり胡乱な顔になっていた。
まあ犯人側の要望は「警察にコンタクトを取るな」だ。
それを守るためと思えば、多少荒っぽいやり方は仕方あるまい。
ふと、降谷くんのスマホに電話がかかってくる。
聞かれていることを前提に固有名詞をなるべく廃した会話をする。
「───そうか、すまない、助かった。また追加で情報があれば頼む」
固い声色に、「いよいよ隠さなくなってきたぞこいつ」みたいな顔をして毛利探偵が眉間にシワを寄せた。
「誰だ?」
「僕の探偵仲間ですよ。探偵に協力を求めるなとは言ってませんでしたからね」
「おいおい……」
絶対なんか機関の部下とかだろ……と思っているのがありありとわかる顔で毛利探偵が大きくため息をついた。
降谷くんが圧の強い笑顔でニコッと笑う。
「キッドが狙っていたのが深山商事の最上階に展示してある宝石類だとわかりました。その最中、
現金輸送車襲撃で逃走中の犯人と鉢合わせしたと」
「キッドも不運なもんだ。あそこにあった拳銃はその襲撃事件のやつか。ん?」
預けられていた古びたスマホが鳴っている。
『調子が良さそうだね。では、第二のヒントといこうか』
「てめぇ!蘭達は無事だろうな!」
『ミラクルランドからでなければ問題ないさ。楽しく遊んでいるようだよ。………次は夜のカフェテラスだ。健闘を祈る』
ぶつっと切られた電話に、静かに降谷君の額に青筋が浮かぶ。
笑顔なのにキレていらっしゃる。
毛利探偵が苦い顔をしているところに「おーい、おーい」と間の抜けた声が後ろからかかった。
振り返ると、見覚えのある大阪少年が手を振っているではないか。
「お、なんや安室サンもおんなじことなっとんのか」
「あん?どうして大阪の色黒坊主がいんだよ」
「そんなん、こう言うことに決まっとるやろ」
腕のIDを見せて、服部君は肩をすくめた。
「意外やな。こういうの安室サンはうまいこと回避するタイプなと思っどったけど」
「自分だけ逃げたらただの人でなしじゃないか。ねぇ毛利先生」
「つかお前その口ぶりだと気づいてたのかよ。俺の案件なんだし逃げてもバチ当たらねーよ」
「毛利先生……」
トゥンク、と降谷くんが乙女のような反応を示した。
服部君が「しょーもな」と胡乱な顔をする。
「それより工藤…やのーてこここコナン君はどうしたんや?顔怖いで安室サン」
「別に。コナン君はうっかりミラクルランドに閉じ込められたよ」
「なんや人質側かいな。あほくさ。何やっとんのや」
「仕方ないよ、小学生ってことで追い出されちゃったし」
そこで毛利探偵ギロリと降谷くんを睨みつけた。
「おい、まさかあの小僧と連絡取って爆弾のこと言ったんじゃねーだろうな」
「………ハハハ、マサカソンナコト」
「あの坊主だってまだ子供だぞ!酷な役割押し付けんじゃねぇ!」
しお……と怒られた降谷さんがしょげかえってしまった。
しょぼしょぼのしょぼのまま私に嘆きぶしを投げかけてくふ。
『また怒られた…コナン君の相棒の悪ガキだと思われてる…』
『否定できないよね。高校生マインドだもん』
『そんなことない。ただ実利をとる判断を貫いているだけだ!』
『毛利探偵の目を見て言える?』
『違うんだよ……僕は悪ガキBじゃない……』
まあそんな雑談をしつつ、情報交換をしながら次の暗号について意見を交わすのであった。
・爆弾
どの種類も概して不味い。
冷蔵庫で一晩寝かしといたら味がまろやかになった。
・救世主
親友がまだ全然救済に来るの待ってて合わせる顔ない。
こんな、私がバカンスしてるってバレたら嫌われる…!