ある夕方のことである。
降谷君は藪から棒に切り出した。
「潜入先のダンスパーティの相手方になってほしい」
「なぜそんな迫真の表情を」
「断られたらもうベルモットと行くしかなくなる。やだ。絶対やだ」
「美人じゃないか。何がダメなのさ」
やだやだとしか言わなくなってしまった29歳児をなだめすかして話を聞く。
なんでも、組織の任務で三日後、金持ちの主催する趣味のダンスパーティに潜り込むことが決まっているらしい。
近づく相手はなかなかの好色家で、見目麗しい女性を連れていると吉。
というわけでバーボンが麗しのハリウッド女優クリス・ヴィンヤードを連れて任務に参戦……というのが既定路線だったが。
ベルモットと踊りたくない降谷君が駄々をこね始めたというわけである。
「第一、私のことなんて組織に説明するつもりだい?」
「悪魔に『美女に化けてくれ』って願ったって言う。僕のマーリンはすごいんだ!」
「私ダンスなんて踊れないよ?」
「僕が教える」
「あそこで『お呼びかい?』って顔して決めポーズしてる諸伏君は?」
「ヒロの顔立ちなら十分美女に化けれると思うけど、ヒロがターゲットに嫌らしい目で見られるのはちょっと……」
「私は見られていいってことかな!?!?!?」
ちょっと聞き捨てならなくて私は立ち上がった。
降谷君が「だって夢魔だし…慣れてると思って…」とモジモジしている。
まあ、マギマリで慣れてると言えばその通りだけど。
仕方ない。
最近頼ってくれないところ、せっかく声をかけてくれたんだし一肌脱ごうではありませんか。
くるりとマギマリ舞台衣装モードに早着替えして、決めポーズをバチコンと決めてやる。
「感謝しておくれよ⭐︎この世界的アイドルマギマリが君にひと時を捧げるんだからねっ!」
「テンションはその3ランク下でいい」
「難しいな。これ大衆受けするんだけど。確かに客層も違うし、もっとおしとやかで知的な淑女でいこうか」
「頼んだ」
フラれた諸星君がヨロヨロと奥へと去っていく。
すれ違いで部屋に来た明美さんが何事かと諸伏くんを三度見している。
そして私の姿を見てパッと表情を綻ばせた。
「わぁ可愛い!時々撮影してる時の格好よね?近くで見るとお目目大きい!腰細い!真っ白で妖精さんみたい!」
「ありがとう明美さん。これだとダンスパーティにはちょっと幼げだから……もう5歳程度歳をあげようかな」
ぐぐぐ、と細部を調整する。
やや大人びた香りの立つレディ・アヴァロンに仕上げると同時に、服装もそれに合わせてすっきりとした黒を基調としたマーメイドドレスに調整する。
おおー、と明美さんが拍手した。
降谷君が「ちょっと雰囲気がベルモットに似てる…」と嫌そうな顔をする。
美女を作るんなら不可抗力だろうそれは。
「あ、ところで明美さんはどうしてこの部屋に?」
「水を飲みに来たのよ。資格勉強に一区切りがついたし、ちょうどいいと思って」
「なるほど、お疲れ様」
現在、明美さんは暇な時間を使って就職に有利な資格を取ろうと勉強を続けている。
ここを出れない時間を有効活用してくれているらしい。
あとは工藤邸へ通って愛を育んだりとかな。
工藤邸に人がよく出入りするようになり、不審に思った志保さんが二人の密会を目撃して修羅場となるのはまた別の話……。
うん。あれは酷かったよね。
降谷君がふぅと息をついて話をまとめる。
「まあいいか。頼んだぞマーリン。あとはもう風見を女装させるしか道はないと思っていたんだ」
「それはあまりに可哀想だから勘弁してあげてね!」
「零君ならイケメンの男の人を連れてきて自分が女装するでも行けそうよね」
「それは僕も考えたんだが、ドレスを着たら隠しきれない上腕三頭筋がな。ちょっと鏡の前で無理あると思ったんだよ」
「そこで試すあたり降谷くん自分に自信が有り余ってるよね」
降谷くんは着痩せするタイプだが、逆に言うと脱ぐとシュワルツェネッガーって意味だからな。
お前のような女がいるかになるのも無理はない。
「じゃあ頼んだよ降谷くん。ダンス指南。カラマティアノスぐらいしか踊れないから私!」
「むしろそれはなんだ」
「昔私がギリシャにいた時の伝統的な踊り。私より古い踊りだよ」
「うーん、まずまっさらに思考を切り替えてもらった方が良さそうだ。あまり激しいダンスじゃないが、体力はあるか?」
「食っちゃ寝してても君よりあるよ。衰えるって機能がないもの。音速戦闘もできるよ」
「かなり愚問だった」
降谷君がしょっぱい顔をして「羨ましい限りだ」と言いながら腕を組む。
戦闘機ぐらいなら魔術使わず1対1で剣で戦えるぞ!
さて、そんなわけで本番である。
私は黒いスリットの入った艶めかしいドレスでバーボンの腕に手を添えていた。
腕はレースで透けるようになっていて、くるくる回ると裾が舞うことだろう。
バーボンも片側の髪をかきあげて、燕尾服風の姿は非常に様になっている。
優雅に私をリードし、穏やかな目元が印象深い。
降谷君が完璧な笑顔のまま念話で吐き捨てた。
『奥のあのハゲがターゲットだ。よし、ちゃっちゃと終わらせてずらかるぞ!』
『はーい。なんか疲れてないかい君?』
『昨日飲み会に付き合わされてジンの変なポエム聞かされた。こっちは疲れてんだが???』
『たぶんだけどそれ労ってくれてるんだと思うよ』
『それは分かった上で、職場飲み会より家で寝たいのは世の真理だと思う』
ちょっとそれは否めねぇな、と私も頷いた。
多分その変なポエムは降谷君を褒めていたんだと思うよ。
軽い挨拶を終えればダンス会の始まりだ。
優美に、この三日できっちり仕込んでくれたように踊ってみせる。
一応ここは金持ちの道楽で社交会がメイン。
そこまで実力を要求される集まりではない。
なんとなく踊れればそこまで目立つこともないだろう。
周囲の目は私たちに釘付けだった。
そりゃそうだ。
私も夢魔として絶世の美女を模ったが、降谷君とてイケメン中のイケメンだ。
エキゾチックな二人組として注目を集めるのは当然のことだろう。
まあ私は残念ながら男の娘なんだがな。
悪いね、トラップだ。
しばらく踊った後、ちょっとぽっちゃり目の標的がすすすと脂下がっただらしねぇ顔で近寄ってきた。
「これはこれは、お見かけしない方々ですがようこそ我が社交ダンスパーティに。わたくしはこのパーティの主催者で三谷建設の会長をしております」
「ああ、これはご丁寧に。いつも組織では世話になっています。バーボンと申します」
「!!!あ、ああ、組織の方でしたか。こ、これはご無礼を」
降谷くんの牽制に、一瞬でぽっちゃりさんが青ざめて縮こまった。
丸出しだった下心が一瞬で冷え切ってカチンコチン。
この落差をこそ降谷君は狙っていたのだろう。
そして恐る恐る私の方を見てぽっちゃりさんは眉を下げた。
「そちらの方は貴方様の…ええと」
「はい。連れになりますが、今後の取引は僕が主体となります。今後ともよろしくお願いいたしますね」
どうやらこの後お食事にでもと誘おうとしていたのだろう。
「おう、手を出したらどうなると思う?」とピシャリと跳ね除けられてしまったらしい。
私は特にやることもないのでふわっと微笑むだけ。
おう、かわええやろレディ・アヴァロンさんの微笑みやぞ傅けよオラ。
ぽっちゃりさんは青かったり赤かったり顔色が忙しい。
降谷くんが念話で注意してきた。
『誘惑しない。今後面倒臭いことになるだろうか』
『愛想笑いしただけだよ』
『氷のように凍てつかせてピクリとも表情筋を動かすなと言ってあっただろ。笑ったらアウトだ』
『意外と難易度高くないかそれ』
まあ、今回のお仕事はここまでである。
あとはちょろっと口約束したら撤退だ。
私は黙って踊ってるだけなので楽なものだ。
そうして後日。
バーボンに女がいた、と有名になるのはまあ必然の話なのであった。
・マギマリ夜の褥バージョン
より妖艶に夢魔としての性質を押し出した形態。
単にちょっと気合いを入れてるだけとも言う。
本人の自認は男性なので、男性受けするアイドルの演技は上手い。
・バーボン
ウォッカに「あまり食い散らかすなよ」と言われて憤慨する定めにある。
あれは僕の相棒ですけど!?!?!?