「そろそろ兄さんに会いに行こうと思うんだ」
夕飯の席を囲みながら、諸伏くんが切り出した。
降谷くんが若干眉をひそめて難色を示した。
「早くないか?まだ二年だ。お兄さんについたマークは外れていると思うが…組織のことだから何か仕込んでいる可能性もある」
「けど心配なんだ、兄さんが」
諸伏君はため息をついた。
兄さん、と言うのは彼の兄である諸伏高明という人物だ。
赤い壁の事件で最近会ったが、降谷君のことを知っているようで地味に緊張した空気が漂っていた。
降谷君は疑問符を浮かべている。
「心配って、心労の話か?それなら僕がヒロのスマホを送っておいたが…」
「そうじゃなくて。俺の死の真相を探るべく爆走し始めないかと心配で。兄さん行動力お化けだから」
「心配が明後日の方向だった。落ち着いたお兄さんに見えたが???」
「軍師とか言われてるけど実際の兄さんは鉄砲玉の方が近い」
えらい言われようである。
迫真の表情をした諸伏くんが「絶対気づいたら組織のアジトに乗り込んで銃撃戦やってるから!間違いない!」と熱弁した。
えらいこっちゃ。
頭痛を堪える降谷くんに、明美さんが疑問を投げかけた。
「私はすぐに志保と会えたけど、諸伏君はそんなに危険なの?」と言う言葉に、降谷くんは首を横に振って答えた。
「明美さんとは違う。明美さんは良くも悪くも下っ端だったからマークも少ない。会うべき志保さんも赤井も姿を隠していてハードルはかなり低かった」
「俺の場合幹部だったし、兄さんの居場所は組織にバレてる。だからゼロも俺のスマホを届けるのにも迂遠な手を使わざるを得なかったんだ」
「大変なのね……」
そうなると、と私も提案することとする。
「アヴァロンにお兄さんの魂を招くかい?夢で語りかける分には足は残らないし」
「ん、それが一番いいか。悪いなマーリン、また頼ってしまって」
「もっと頼ってくれていい本当に。最近私の仕事をしぼりすぎてる」
「あおりを受けて貢ぎもの攻勢を受ける俺です。ゼロは責任取るべき」
「私志保の分まで鎧みたいな強度の服貰っちゃったわ」
「加減しろマーリン」
私はダブルピースで悔いのなさをアピールした。
降谷くんに手刀をゴス、と落とされて不満でブーブーいうオモチャに変身する。
なんだよなんだよ、私の真心を受け取るべきだブーブー!
ふと降谷くんの首に下げたペンダントが目に入って、私は声をかけた。
「ところで、降谷くんはそろそろツノが生えても自我を保っていられるようになったかい?」
「…………目の前にヒロさえいなければなんとか」
「ならコナン君がいてもダメじゃないか。実用段階には程遠いねぇ」
降谷くんは「うーん」と難しい顔をして考え込んでしまった。
この頃ずっと獣化した状態で自我を保てるように練習中なのだ。
獣化は私の端末、すなわち無限の獣の一部として覚醒する、ある意味小規模な人類悪顕現である。
正式なものではなく端末なので世界に悪影響は与えないが、完璧にコントロールできることは将来のために必須事項になる。
だが、どうも親しい人が近くにいると反転してしまうらしい。
私は行儀悪くくるくるフォークを回した。
「反転はねぇ、混血とは切っても切り離せないものだからね。私もわかるとも」
「反転?聞き慣れない呼び方だな」
「人としての理性が自己本位的な人外の欲求に飲み込まれてしまった状態のことさ。混血に時々見かけるよ。心まで怪物と化してしまう、といっていい」
知性や正気を失うのとはちょっと違う。
ちゃんと知能は働くし正気だ。
極めて自分の心に素直になってしまっただけで、その人であることも変わりない。
私も実際夢魔としての本能がある。
具体的には「相手の求めに応えたい」「寄生したい」というものだ。
私の貢ぎぐせの元でもある。
降谷くんが深いため息をついた。
「それって耐え凌ぐにはどうすればいいんだ?何回やっても意識が遠のいて……正直手詰まりだ」
「普通は反転したらそれっきりだから対処法なんてないんだけど、そうだなぁ。あえて言うなら自我を正確に把握することかな」
仏教的な「悟り」の境地が適切だろう。
自分が何を望み、何を欲し、何に飢えているのか。
己の形を正確に把握して、反転したとて何が変わったのかを理解できるようにするのだ。
そうすれは、自ずと何を補填すればいいのかもわかるようになる。
降谷くんが胡乱な顔をで私を睨みつけた。
「軽く悟ればいいとか言わないでくれるか。覚者が世を去ってからどれほど人が苦悩し努力してることか」
「うーん。何か補助道具が作れないか考えてみるよ。それとも覚者さんちょうど立川にいるし弟子入りを志願してみる?」
「いや僕出家する気はないんだが直弟子ってまじか」
「なんか今俺の耳に覚者が立川にいるって聞こえた気がした。脳の病気かもしれないという言い知れぬ不安」
「安心しろヒロ、正確な情報だ」
明美さんが「覚者様ってまだ生きてるのね!知らなかったわ!」と素直な感想を漏らす。
いや死んでるんだが、死んだまま生き返ってると言うかなんと言うか。
なんにせよあれは例外中の例外だ。
しかし流石に週一でカルチャースクールみたいに悟るための修行に通うのは馴染まさなそうだ。
やはり私が精神だけ反転しないように調整する魔術礼装を作った方が早そうだ。
脳内ナザレの彼が「私がハァ!ってする?悪心吹っ飛ぶよ!」と腕まくりした。
飛んだら人類悪じゃなくなっちまうんよ。
私にどう言う影響が及ぶか分かんねぇんだわ。
最悪私は綺麗なマーリンになって人類を放って昇天、人類史はそのままデッドエンドになってしまう。
それじゃダメなんよ。
私は気合いを入れて千里眼を開いた。
ついでに事象記録電脳魔・ラプラスを起動して数値化の準備を整える。
「ちょっとそこで立って、やってみてくれないかい?」
「はぁ!?嫌だが!?明美さんにもあの恥コスプレ見られるじゃないか!」
「私は気にしないわ。零君は何着ても似合うもの」
「じゅ、純粋な瞳……!でもヒロもいるし絶対暴走する!」
「それが見たいんだ。礼装作成するからデータが欲しい。ちょっとやってみておくれ」
降谷くんは震えて、それから「後悔するなよ!」と謎の捨て台詞を残して机から激しく立ち上がった。
そしてペンダントを掴み、「ぐうぅぅぅ!」と唸る。
降谷くんにツノがぞる、と生えて私との繋がりが強化されていく感覚に苛まれる。
翼と尾は悪魔の典型。
ちなみに悪魔のお偉いさんには「いつか紹介しろよ、後輩できたんだろ」と降谷君との顔合わせを頼まれていたりする。
つまり彼は正式に悪魔ということなのだろう。
私の要素が逆流して降谷くんを侵食していく。
諸伏くんが「フレーフレーゼロー!」と応援した。
「うおおおお意識が遠くなるやっぱもうダメマーリンのばーーか!」
「聖書の悪魔みたいな素朴な悪口言わない!」
「あっもうだめ……………ふふ、ははは」
降谷君の瞳がハイライトを失ったところで強制終了。
ブチリとこちらからパスを閉じれば、降谷君の体を蝕んでいた魔が霧散し、降谷くんが床に膝をついた。
「あ゛ーーー。ひろー、マーリンが虐めてくる…」
「よしよしゼロ。相変わらずコスプレ似合ってたぞ!」
「死」
「諸伏君って零君にトドメ刺すところあるわよね」
一応データも集まったから、暫定でこの場で安全機構を組み込めそうだ。
降谷君のペンダントをちょちょいといじって、精神防壁を組み込んでおく。
「よし完成。一回15分ぐらいしか持たないけど正気をサポートできるよ。ちょっとやってみて」
「恥の上塗りをしろと。非道すぎる。人でなし」
「はいはい、頑張れ頑張れ。ほら降谷くん、男の子だろう?」
「くっそもうこの際だ!僕の漢気を見ろ!!!」
2回目の獣変貌も素早い行程を踏んだ。
見れば見るほど不思議な機構だ。
令呪を核として魔の要素が可逆性を保ったまま浸透していくというか。
普通は降谷くんに不可逆な悪影響を与えるものだが、その兆候が一切見られない。
潮の満ち引きのようだ。
完全な自然状態でこんな現象が起こるとは考えられない。
降谷君が特別な血統だと考えた方が適切だろう。
「うおぉお……あれ。意識が明滅しない。というか落ち着いてみると酷い格好だな。三十路に許されるはっちゃけ具合を超えてる」
「ハロウィンコスなら許されるぞゼロ!」
「今は春だ。あっ明美さんそんな見ないでくれ…恥ずかしい…」
「写真撮ってもいいかしら?秀くんに見せたら喜ぶわ」
「奴を殺して僕も死ぬ」
降谷君は般若の表情で拒否したようだった。
だがなんにせよこれは根本的解決にはなっていない。
うーん、やはり覚者さんにお願いして悟りの道に導いてもらうか……と悩む私なのである。
・覚者さん
週一で一時間?
え、いいよいいよ、こう言うのは間口が広くなきゃ来てもらえないし!全然教えるよ!
じゃあ座禅組んで浮くの出来る?ちょっと浮きながら説法聞くライトな修行をするから…。
・救世主
ブッダ、下界の人は浮くのできないよ!