今日は西多摩市の堂本コンサートホールに来ている。
ここで開催されるこけら落としコンサートの練習風景を見学させてもらうためだ。
メンバーは毛利探偵に女子高生組、そして少年探偵団と降谷くんと私。
私は若干肩身が狭くて降谷くんに縋った。
「しかし本当にいいのかい?」
「構わないさ。最近僕のことを尾行する女子高生まで現れ出したし。撒いても撒いてもキリがない」
「君がいいならいいけど」
今日の私はマギマリ姿だ。
降谷君の要望で、加熱しすぎた安室透人気を沈静化させるため、私に一時的に彼女のふりをしてもらいたいとのオーダーである。
男の娘を彼女に据えるとはこれいかに。
現地集合だったので集合場所に来てみると、すぐさま園子ちゃんが反応した。
パッと私の方を見て叫ぶ。
「えっめっちゃ可愛い!」
「僕の連れのマリアだ。今回は彼女まで席を設けてもらってほんとうに感謝しているよ」
「いいってことよ。私も安室さんの彼女見てみたかったし。ね、蘭!」
「そうだね。初めまして、毛利蘭です!」
ぺこっと頭を下げる蘭ちゃんに、私はにこにこした。
いい子たちだ、本当に。
「こちらこそはじめして、マーリン・アンブローズの妹のマリアだ。よろしくね」
「それでそれで、安室さんとはどこで知り合ったの?」
「ライブで出張した時に偶然道で出会ってね、うっかり意気投合しちゃったんだ」
「ライブ?」
園子ちゃんの疑問に、私はニコッと軽くVサインをして見せた。
「動画配信サイトの配信者からアイドル歌手としてデビューしていてね。マギ⭐︎マリをどうかよろしくお願いします、ってね!」
「……あっ、ほら、隣のクラスの子が前に話してたネットアイドル!旧国立競技場で公演してたっていってたやつじゃない!?国外からの異例の集客でニュースにもなった!」
「そうかも!えっ、嘘!?本物!?」
まあここまでは既定路線である。
怪しいものではございません、という開示に過ぎない。
でもニュースになってたのはちょっと厄介なんだよな。
国外からの客が多くて、マギ⭐︎マリは日本ではマイナー気味だ。
各地方都市での実績が凄かったから旧国立競技場が取れたけど、本来は日本ではそこまでメジャーな存在ではない。
それがニュースとなると急にメディア対応やらグッズの売れ行きの跳ね上がりやらで忙しくなった。
事務員が少ないウチの事務所で捌くのは苦労したものだ。
ライブの時は外注してるし、純粋な正職員はほんのわずかなんだよな。
「ふっふっふ、今度この西多摩市でライブやるのでお二人もどうぞ。日程合えばチケット渡すよ」
「わぁ!ぜひお願いします!行こう蘭!」
「ありがとうございますマリアさん!」」
喜んでる高校生組に心が潤う。
降谷くんがやや膨れた調子で私の肩に顎を乗せてきた。
「僕には構ってくれないのかマリア」
「やだな、透くんのヤキモチ焼きめ」
などと言いつつ念話ではしたり顔の降谷くんである。
『隙あらばイチャイチャするぞ。いいか、女子高生の拡散力を頼るんだ。見せつけるようにラブラブして女子払い効果を高めよう!』
『そんな蚊取り線香焚くみたいな意気込みでいかなくとも。私は男なのに躊躇はないのかい?』
『ない。本当は女装したヒロのはずだったが、ヒロにやっと生えてきたヒゲを剃りたくないと拒否された』
『私より諸伏君の方がベストだったという事実に衝撃を隠しきれない。私、予備だった件』
イチャイチャ抱き合うふりをしながら、私は降谷君の背中にのの字を書いた。
いいんだいいんだ、永遠の2番手夢魔としてこれから生きるから……。
降谷君は曇りない瞳で「俺の一番はヒロだから。悪いな」と私を振った。
後でこの畜生には純シードル飲ませて幸せ感情ビュッフェするんだ。
女子高生二人は激しくヒソヒソしている。
おそらく土日空けて月曜日の午前中には全校生徒が知っているぐらいには拡散するだろう。
これで降谷くんの仕事に支障が出なくなれば任務達成である。
最近の女子高生ほんとすごいもんな。
本職のスパイの家を特定しようと複数人体制の尾行をするんだ。
顔見たらSNSに写真撮って上げるし。
おかげで不運にもセーフティハウスの一つがバレて家凸されてしまった。
それでいたくプライドを傷つけられた降谷くんにより、今回の彼女持ち偽装作戦が決行されたというわけだ。
コナン君は一人、「マーリンさん何やってんの」の目で私をじっとりと見つめている。
そうだね、明らかに私マーリンだもんね。気になるよね。
さて、中に入ると、コンサートホールの中にはできたばかりの美しい荘厳な光景が広がっていた。
まず目につくのは中央にそびえる巨大なパイプオルガンだ。
多分昔の教会をイメージした造りなのだろう。
緻密な彫刻に縁取られたパイプが幾重にも伸びている。
中央の演奏台に座るのがオルガニストで今回とコンサートの主役でもある堂本さんか。
練習用でも十分優美な服装で、舞台端で女性がヴァイオリンを持っている。
間も無く、練習途中で目暮警部が入室してきた。
コナン君がヒソヒソと降谷くんに話しかける。
「爆発事件のあった音楽アカデミーの件について話を聞きに来たんじゃない?安室さんたちは動いてるの?」
「今のところテロではなく殺人事件の類だと思ってるが……爆発物を所持している以上、追い詰めると厄介なのは確かだろうな」
練習の後、ということで事情聴取が断られ、みんなして待つことに。
進み出てきた女性はストラディバリウスを構えた。
美しい音色だが、まだ緊張ゆえ音が硬いようだ。
私も一応音楽には一家言ある。
自分で歌い作曲するが、原型はやはり200年ほど前に交流することになったベートーヴェンさんだろう。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
偶然彼の曲を私も聴いて気に入っていたのだが、彼が難聴だと聴いてびっくり。
せっかくだし、今後ももっといい曲を作って欲しいということでアヴァロンにご招待。
耳を治す代わりに一曲作ってもらったのだ。
圧倒的に変人の類だったが、その情熱は本物だ。
私は彼と交流を続け、多少の音楽の薫陶を得ることができたわけである。
なお、私の初めての作曲を聴いたベートーヴェンさんは「なるほど、音楽に秀でる天使というわけではないらしい」とかクソ失礼なことを言い放った。
さて、しばらくすると休憩の時間に入った。
座席の前の方に座っていた気の強そうな女性が一人、つかつかと私の方に歩み寄ってくる。
そしてじろりと私を一瞥。威圧感がある。
「貴方、もしかしてマギ・マリって名義で活動してる?」
「そうだよ。君たちみたいな声楽の本職には程遠いけど、一応賛美歌をやらせてもらってるよ」
「私もコンサート、見に行ったわ。アイドルって言葉使わない方が甘く見られないわよ。貴方の声域も肺活量も力量も、天使の歌声って謳い文句に負けてなかったから」
それだけ言ってふん、と素っ気なく女性は席に戻っていった。
凄いこう、ツンデレお嬢様……?の濃縮無還元版を浴びせられた気持ちである。
私は鳩が豆鉄砲食ったような表情のまま降谷に寄り添うなどすると、降谷かここぞとばかり私の頭を撫でた。
女子高生組の視線を活用しているらしい。
子供達が無垢な瞳で問いかけてくる。
「なあなあ、ねーちゃん歌手なのか?」
「そうだよ。歌って踊るよ。歌のお姉さんさ!」
「すげー!ならコナンに教えてやってくれよ!」
「コナン君すごく音痴なんです!」
「歩美も教えて欲しい!」
わあわあと集られたのでなんとなくまったりした気持ちになる。
音痴音痴言われたコナン君が憮然として口をへの字に曲げた。
まあ君は音痴なんだよな。
わしらには救えぬものじゃ……。
いや、もしかしたら、と思って私はこっそりコナン君に声をかけた。
「あのさ、もしかしたら音痴が治る怪しげな魔術、受けてみる気ある?」
「ええっと。デメリットとメリットの天秤によるかな」
「メリットは音痴が治るかも。運動神経が上がる。第六感が敏感になるかも。デメリットは感覚が過敏になりすぎるかも。怪力になってしまうかも」
「いらない寄りのいらない」
「なんで」
ピシャリとコナン君に拒否され、私は先ほどのコナン君と同じぐらい憮然とした。
ちなみに獣性魔術の応用だ。
獣性魔術は体の中に獣の要素を取り込む古典的な魔術で、狼人間みたいになることも可能である。
これを利用して肉体の、つまり声帯の調整能力の緻密性を上げるのだ。
コナン君は「音痴でも生きてくのに苦労しないもん。第一僕は音痴じゃないし」と言い張った。
彼はまだ己の真実と向き合えていないらきい。
降谷君がしみじみうなずき、ポンとコナン君の肩を叩いた。
「君にもできないことがあって和んだよ。ちなみに僕は人並みに歌えるからね」
「違うし。僕も歌えるし。ちょっと調子が悪いだけで。ヴァイオリンも弾けるし。耳も悪くない。ほんとだよ」
「そこまで音楽の素養あってどうして音痴なんだろうね。天の与えた欠点とかかな。あんまりなんでもできると可愛げがなくなるからとか」
「ぶつよ」
コナン君が拳を握りしめたので、降谷君はパッと逃げ出した。
悪ガキのじゃれ合いさながらで、毛利探偵が「ったく…休憩中ぐらい静かにしろっての」とため息をついている。
その時はまだ、事件もなく美しい音楽を堪能しただけであった。
・ベートーヴェン
32の時マーリンに声をかけられて難聴から回復。
代表作はピアノソナタ「月光」。そして「楽園の孤独」。
「天使よ。貴方は人が想像もつかないほどの孤独を抱えている」
「それを貴方が口にすることはほとんどないが」
「せめて、それを音楽が癒すこと願ってこの曲を贈ろう」