コンサート本番が始まる時間になっても、コナン君はちっとも姿を現さなかった。
毛利探偵が心配混じりの大きなため息を浮いた。
「何やってんだあのガキは」
「仕方ありませんね、毛利先生、僕が見てきます」
「おいおい、始まったら休憩時間まで入れねーぞ。俺がいくからオメーはここ待ってろ」
「いえいえ。そこは惜しいですが、あの子を一人にはしておけませんから。では蘭さんをよろしく頼みます」
颯爽と言い置いて降谷君は立ち上がった。
蘭さんぐらい責任感があると、安室さんが行ったなら私も!と言って出て行きかねないからな。
そういう意味で毛利探偵に頼んだのだろう。
廊下に出て降谷くんはなんとなく首を傾げた。
『なんなんだ彼は。また野生の殺人犯を引っ掛けてきたのか?』
『そんな原生生物いないだろうに』
『居る。通学路とかに出るんだ。凶暴で、前に風見がポケモンみたいにぶつけられてた』
『どこの時空の話かな…?』
熊に類似するものらしい。怖いな米花町。
銀行や宝石店にも近縁種が出るって噂あるよね?
『それで、コナン君はどこへ深入りしたんだ?関係あるとしたら例の連続爆破犯だよな?』
『今コナン君は………え?川に流れてるね』
『!?!?!?!?!?』
降谷くんは思わず吹き出した。
『いやいやいや死んで無いだろうな!?秒読みか!?』
『船に乗せられて気絶させられてるから大丈夫。今日のコンサートの歌手さんも一緒だ。犯人にやられたんだろうね』
『よかったびっくりした…言い回し気をつけてくれないか……』
慌てて現場に急行する。
幸いなことに、車ですぐの場所だったのでRX-7を飛ばせば5分ほどで到着した。
川の比較的端の方に小舟は浮いていた。
降谷くんが暗器みたいなワイヤーを引っ掛けて引っ張る。
私が筋力と重量サポートをしたのでよりスムーズに陸地に近づけることができた。
この暗器が結構すごいんだよな。
前にやったバイクに対するトラップ以外にも、組織の任務で人を縛ったり、ビルからビルへ大ジャンプするのにも使ったりできる。
窓にひっかけて垂直に降りたこともあったか。
なお見た目はメジャーみたいでダサいものとする
わざとメジャーに似せてるのかもしれないけど。
「コナン君、コナン君!!」
ぐったりした体を揺さぶってやると、コナン君が少し呻いて体を起こす。
「あ……安室さん!?ここは?」
「西多摩貯水池の水門付近だよ。君と彼女は流されてたんだ」
「っ怜子さん!?………そうか!本命はコンサート会場なんだ!早く止めないと!!」
「うん、待ってね。僕も説明欲しいかな」
コナン君はすでに推理を完成させているらしい。
慌てて駆け出そうとしたところを、襟首を掴んで降谷くんが引き留めた。
「ホールまで車で5分だから、徒歩だと結構かかるよ」
「っ、……今の時間は?」
「開演まであと5分って感じかな」
どうも秋庭怜子はまだ起きそうに無いようだ。
ベンチに寝かせてから、降谷くんが風見くんに電話をしている。
今後は謎に緊急呼び出しを受けた風見君が対処することになるだろう。
コナンくんと降谷くんが車に乗り込み、そのままアクセルが踏まれる。
「さて、で、結論は?」
「犯人は譜和匠さん。コンサートホールの爆破を狙ってる」
「譜和……って、あのホールの館長だろう!?連続殺人とはどう関係してる?」
「事故で亡くなった息子さんの復讐。僕らやミュラーさんは犯行がバレる可能性があったから排除したんだと思う」
「なるほど。計画的犯行か」
降谷くんはするりと目を細めて、冷徹な堅い声色で呟いた。
「こけら落としのコンサートには大勢の人が訪れている。………どのような理由があろうと、テロは、排除しなければならない」
「安室さん。法以上の罰は過分だよ」
「さて。それは彼がどこまで素直になるかによるさ」
車が駐車場に到着した。
その瞬間、目の前で爆炎を伴った激しい爆発が噴き上がる。
出入り口が吹っ飛ばされて、近くにいた人間が転がって血まみれで倒れ込んだのが見えた。
「始まった!」
「コナン君、110番頼む!すこしマーリンと調整する!」
「わかった!」
降谷くんが血まみれの人に駆け寄って応急処置をしながら、険しい顔で歯噛みする。
『マーリン!爆弾の処理できるか!?』
『こんな量の爆弾を食べたら胃が破裂しますね』
『冷蔵庫にとっておいてもいい!』
『やだよ冷蔵庫にカメムシの匂いが染み付くじゃないか!内部に送るから君らで解体するんだ!』
『仕方ないか……どうせマーリンにおんぶに抱っこなら話が早い方を選びたかったが』
潔い降谷くんがため息と共に思考を切り替えた。
「コナン君!量の関係で遠隔解除は無理だ。僕らを館内に転送してもらえるから、元を潰すぞ!」
「………量。なら待てよ」
コナン君がふと何かに気付いたように頷く。
「悪魔さん、ホール内のパイプオルガンのパイプの一つにセンサーが取り付けられてると思う。それを取り外せない?」
『ふむ。それなら可能だよ。じゃあ取り外して……カプセルに覆って手元に出そうか?』
「うん、お願い。けどその前にもう一つ。譜和匠さんを無力化したい。遠隔操作スイッチを持ってると面倒だから」
『なるほど、心得た』
犯人はどうやら特別室で音楽に聴き入っていたようなので、そのまま穏やかに眠らせてやった。
明日の朝までは自然には目を覚まさない深い眠りだ。
そしてカプセルをコナン君の手の中に出現させて、センサーを中に入れる。
『お代は推理の熱さをひとつまみ……と。!!!こ、これは!』
「なんか大げさな引きだな。コナン君の感情食ったのか」
『底に秘めた熱さと深いコクに複雑な味わいはまさに本格小籠包…!お、美味しい!!!』
凶行に及んだ犯人に対する憐憫の酸味と悲しみのコク、そして頭脳戦の熱をはらんだ高揚をベースとした肉の旨味!
助けきれなかったという後悔が生姜の如く味に締まりを出してまさに芸術と言っても過言ではない!
早口である。
『これから積極的にコナン君に尻尾振ることにした。ごめんね降谷くん、あの味には勝てなかったよ……』
「即落ち2コマじゃないか。勘弁してくれ。僕との友情を忘れたのか」
『降谷くんももうちょっと美味しくなってくれると嬉しい。いつが美味しい?無制限つまみ食い24時やっていい?』
「仕方ない。コナンくんをこれ以上縦横無尽にするわけにはいかないし許そう」
「僕の扱いなんなの」
コナン君が不満そうに口を尖らせた。
降谷君が肩を落として首を振る。
「というかコナン君、僕よりマーリン使いが上手いな」
「悪魔さんって、できることが多すぎて混乱しがちなのかなって。細かく指定した方がやりやすそうだと思ったんだよ」
「……なるほど。意識してなかったな。どうにかしろとしか僕も指示しないし」
『私も自覚なかったかも。コナン君すごい』
そのあたりでようやく救急と消防が到着したようだ。
降谷くんが治療した人が担架で急ぎ運ばれていく。
降谷くんがコナンくんの手の中にあるセンサー入りのカプセルを受け取り、「これは公安で回収しておく」と微笑んだ。
「………死者や怪我人はどれだけ出た?」
『受付にいた人かスタッフさんかな…6人死んでるよ』
「そうか」
降谷くんは押し黙ってしばし黙祷した。
「ままならないな。もし未来がわかれば、全ての犠牲を減らせるのか」
『無理だよ。タスクが膨大になりすぎて人類を完璧に支配しないといけなくなる。第一未来なら私だって分かる』
それ即ち夢幻の獣、ビーストⅠの御技である。
全人類の夢を叶え、完璧に支配する大災害。
コナン君が首を振って少しだけ笑った。
「悪魔さんに頼ってなきゃ、もっと犠牲者が出てたかも。でも頼ったら頼ったで、もっともっとと欲が出る。難しいよね」
「だな。自立と悲劇の等価交換か。永劫答えが出なさそうな問いだ。あるいは、すでに僕らはズブズブの先にいるのか」
我が救いは現在地球の全てを覆っている。
権力者を通して、悲劇をなるべく少なくする社会構造が出来上がった。
もうすでに、私の手を離れて人類が独り立ちする段階ではないのだ。
今手を離せば、人類は滅びへと真っ逆さまに落ちていくだろう。
『ともかく蘭さん達の無事を確認しないとね。言われるよ、また危機の時に新一がいなかったって』
「うっ……ねえ悪魔さん、僕の体元に戻したりってさぁ」
『無理。下手すると核爆発みたいなの起きる』
「それ僕が一体何って話だよね!?!?人型爆弾!?」
『近いものがある』
崩れた入り口を壊すのは時間がかかって、結局コンサートが休憩時間に入るまで、観客達は爆発に気づかなかった。
それは悲劇の中の珍事件として、お茶の間のニュースとなったのであった。
次回は番外編「ヘミングウェイ・ペーパーの謎」です。
コナン君と降谷さんとマーリン主でめぐる旅。