「コルカカ島?」
観光ヘリの中で、コナン君が聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「裏では有名な話だよ。ヘミングウェイが宝のありかを記したというヘミングウェイ・ペーパー。有名な眉唾話だ。ツチノコと似たようなものだと思ってもらっていい」
「へぇー、悪い人ってそんなもの追いかけるんだ」
「バカが多いとも言う。楽して大金稼ぐのが好きな連中ばかりだからね」
10年前、その噂を聞きつけて山師が大量にやってきた島、コルカカ島。
それが今回の任務地である。
四万平方キロメートルほどの島で、この島自体が独立した国としても成立している。
コナン君が眉間にシワを寄せて疑り深そうに唇を尖らせた。
「悪魔さん、実際あるの?そんなお宝」
『あるよ。ヘミングウェイ君が一回私のアヴァロンに来たことがあって、その時聞いたんだ』
「え!?!?」
コナン君がビックリした顔をするのに合わせて、降谷くんも「それは初耳なんだが!?」と驚いた様子を見せた。
通常の魂ではアヴァロンに接続したりなんてできないからな。
しかし当時のヘミングウェイ君は精神疾患で内面がぐちゃぐちゃだったから、半分幽体離脱するような形で接続してしまったのだ。
降谷くんの接続と同じ理屈だ。
それで今にも自殺しそうだったところを慌てて止めて落ち着かせてやったら、これまでの半生をドバドバ語り出して。
その時に知ったというわけである。
「ヘミングウェイ君はすごく綺麗な洞窟があったって言ってたけど、あれ高濃度ウランの洞窟だよ。まあ、お宝といえばその通りだけど」
「………ウランの山がお宝か。それを軍事政権と武器商人が狙ってるのか。最悪だな」
「まあね」
降谷君は頭が痛そうな顔をして俯いた。
まあ、悪い方向に噛み合わせが良すぎたのは間違いない。
さて、目的のコルカカ島が見えてきた。
地中海の真珠とも呼ばれている、観光地でもある美しい海の広がる地だ。
しかし現在内戦一歩手前で、島民達は窮屈な生活を強いられている。
降谷くんが神妙な顔つきで問いかけてくる。
「マーリンは戦争を止めるため各地に介入しているんだよな。ここもそうなのか?」
『もちろん。私も介入してるよ。カルロス大統領とコンサノ。迷惑なことだ。核戦争を起こしかねないから長らく見張ってるんだけどね』
「核戦争?」
コナン君が聞いたことのない単語に首を傾げている。
そうだった、核兵器は現在実用段階じゃなかったんだった。
降谷くんが目を鋭くして思考に没頭している。
「そういえば……核分裂連鎖反応を利用して、核爆発という現象自体を純粋な兵器として運用するという兵器構想があったな」
「それは僕も知ってるけど、使った後の汚染がひどすぎて実用的じゃないんじゃなかったっけ?」
二人のある種純朴な知識に、私はなんとなく穏やかな顔になった。
そうなんだよ。普通はそう考えるんだよ。
『汚染を気にせず使うという手法があってね。つまりお互い撃ち合って住む場所がなくなるという顛末なんだけど』
「それは馬鹿すぎるだろう。流石に考えすぎじゃないか?カルロス大統領とやらがいくら考えナシと言っても、そんな自爆兵器使わないだろうに」
『使うから釘刺してるんだよ。彼らはお互い核兵器を開発しててね、本当危険なんだよ』
まだ実用されたことのない兵器だ。
だから実験も足りないし弾道ミサイルの技術もない。
上から投下するだけの原始的な使い方の上に、現実問題それは「核っぽいなにか」でしかない。
だから国際社会にはネタ兵器、空想科学兵器としてしか認知されていないのだ。
まったく滅びて欲しい、という気持ちを込めて私はため息をついた。
降谷くんがコナンくんの頭を撫でた。
「まあ、どちらにせよ渡航は推奨されない場所だが、一応まだ観光地だから普通に行けるよ。本格的に戦争が始まったわけじゃないからね」
「安室さんの目的は?」
「僕の目的は地中海の鮫とも恐れられる武器商人マルセスだ。奴の暗殺に成功すれば任務終了だよ」
「それ聞かされる僕の身にもなってよ。防いでいいんだよね?」
「生かす意味が無くないか?ここで始末した方が世界のためというか」
「理屈はわかるけど心が納得しない」
コナン君がブスくれて降谷くんの脇腹をドスドスつついた。
観光ヘリがヘリポートに到着して、ゆっくりと着陸する。
機長さんが心配そうに私たちの方を幾度も確認した。
「では僕たちはここで降りますので。ありがとうございました」
「あの、本当によろしいのでしょうか。ここは現在滞在危険地域に指定されておりまして…」
「問題ありません」
降谷さんの言葉にまだ不安そうな機長さんがソワソワしている。
いい人のようだ。
ヘリポートを出てみると、小さいながらも人のいる街に見えた。
青果店、服屋、金物屋。一通りの生活のすべが揃っている。
街の中央には小さなバーがあって、女店主が古びた設備の手入れをしていた。
女店主が目を丸くして降谷くんとコナン君を二度見した。
「あんたら、観光客?ガイドの注意は聞かなかったのかい?しかも子供連れで」
「いやぁ、僕も生の景色が堪能したかったもので。ね、コナン君」
「うん!」
どうやらここの公用語は英語らしい。
いや、英語っぽい訛りの強い言語だ。島の現地語と英語のクレオールだろうか。
なんにせよ英語が普通に通じるようで助かった。
女主人は大きなため息をついて追い払うような仕草を見せた。
「早く帰りなよ。ここは危険だ。カルロスもコンサノも膠着状態だが、いつ戦争が起こってもおかしくない」
「カルロスってのはここの大統領のことだよね。コンサノっていうのは誰なの?」
「表向きカルロスの宰相で次期大統領ってことになってるけど。所詮両方島の外から来た奴だよ」
つまり島外から来た権力者二人が、島の権利をめぐって合い争って紛争直前ということらしい。
全く島民にとっては迷惑でしかなかろうよ。
「コンサノの奴らもカルロス軍もここにはよく来る。兄さんが自警団を組織して取り締まってくれているけど、荒くれ者ばかりだから気をつけるんだね」
「はーい。ありがとうお姉さん!」
コナン君の元気のいい声に、女主人は少しだけ笑顔を見せたようだった。
そこへふらっと現れる、見知らぬサル顔の男が一人。
赤いベストを羽織ってひょうきんに首を傾げている。
「おんやー?お客さん?」
「はい、僕らは観光客です。貴方もここに観光に来た方ですか?」
「いーや、ちょっぴり野暮用で来たものでぇ。お兄さん達、ここにあるお宝について知らない?」
「おや、山師の方ですか」
コナン君がとてて、と小さく近づいて男に笑いかける。
「おじさん、どうして拳銃持ってるの?やっぱりお宝探しって危険だから?」
「!それはね、おじさんが悪ーい人だからだよ!ぬふふ!」
「こらコナン君。ダメだろそんなふうに人の事情に踏み込んじゃ。ごめんなさいしようね」
降谷君は男の所作がただ者ではないと理解したらしい。
慌ててコナン君を引き寄せてぺこりと頭を下げた……風を装って自分も臨戦態勢に入る。
コナン君は本気目の注意を受けてしょげかえった。
にひひ、と男が笑う。
「ま、いーってことよ。そっちもどこぞのエージェントのお兄さんみたいだし。で、お宝よお宝。何か知らないの?」
少し考えてから、降谷くんが姿勢を正した。
「対価をいただけるなら、有用な情報をお教えできるかと思います」
「………へぇ。対価ってのは?」
「僕の仕事を邪魔しないでいただけると助かる」
「んー、その情報がどの程度有用かによるな」
「僕が提示できるのは宝の在り処、宝の正体になります」
「!」
コナンくんが慌てて降谷くんの服の裾を引っ張った。
「いいの!?」
「問題ないよ。だって彼はおそらく……まあともかく、悪用はされないはずだ」
なにやら訳知りらしいが私は何一つこのサル顔の人のことを知らないんだよな。
サル顔の男の人はうんうん悩んで、さらにむむむと悩んで、重ねてうーんうーんと悩んだ。
「やっぱさっきの話なしでいい?」
「なぜ?」
「いやなんか、訳知り通り越して解答集が目の前にある気がして。俺の求めてんのはそういうのじゃなくてね。つまりあれだ、ロマンとかそういう話」
「はぁ」
サル顔の男は怖いものを見たような顔で寒そうに震えて撤退していった。
「答え」が苦手らしい。よくわからない人である。
コナンくんが「誰?」と率直に降谷くんに聞く。
降谷くんは難しい顔をしながら、ようやく構えを解いてほっと息をついたのだった。
「たぶんルパン三世。ほら、国際指名手配犯の」
「えっ嘘!?どんな確率!?」
「組織でも言われてるんだよ、ルパンには手を出すなって。あれ普通に怪物だからね?」
「おお………普通のサル顔のおじさんに見えた」
「まあそれは否定しないけど」
呑気な会話をしつつ、私達は閑古鳥の鳴くホテルを教えてもらってその場を後にしたのだった。
・ヘミングウェイ
本当は1961年に散弾銃で自殺を遂げるはずだったが、その前日にマーリンの夢に接続。
没年は本来の20年後、病死となった。
『誰も知らない場所で』“Somewhere No One Knows“,1962
「あの夢に戻りたい。もう一度あの楽園に戻りたい」
「神は、私を見捨てなかった」