明朝。
降谷くんが身だしなみを整えている間に、私はふとぼんやりした声を出した。
『あのさ、あのウラン私がもらいたい気がしてきた』
「ルパンに興味ないって言っちゃったぞ」
『じゃあダメか』
私は少しばかりがっかりした。
できればカルデアを真似て電気を魔力に変換してリソースを確保する設備を作りたかったんだが。
『残念。発電所を作るつもりだったのに』
「手作り発電所概念。DIYの域を超えてる」
『いやそうじゃなくて。そうなんだけど』
完全なる科学による発電所じゃないから純粋にカルデア式にはならないだろうが、前々から構想自体はあったのだ。
たぶんかなり効率のいい発電所となるだろう。
魔術科学と言い換えてもいい。
まあ、本当はコナンくんを手に入れた方がずっと早くて莫大な魔力を手に入れられるんだけどな。
彼みたいないい子を捕縛する気にはならないので、空想の話である。
私がしょぼ……と落ち込んでいると、降谷くんが苦笑した。
「仕方ないな、またルパンに会ったら交渉してみる」と私を慰めてくれる。
優しい降谷くんだ。
そのあたりでコナンくんも目が覚めたようで、彼は大あくびをして目を擦った。
「安室さん……行くの?」
「そうだね。そろそろ仕事にけりをつけてくるよ」
コナンくんは体を起こし、ベットの端に座ってゆらゆらと足を揺らした。
沈黙が部屋にこだまする。
「悪を正しく裁くことができないって、悲しいね」
「……」
「ここの大統領も、コンサノという男も、武器商人も。多くの非道を働いてる。でもそれを正しく罰するべき権力がここにはない」
「そうだね」
それは法の限界だ。
法を裏打ちしているのが武力であることは間違いない事実である。
その手が届かなければ、当然法も意味をなさない。
「真実は真実だけで力を持たない。力に抗えるのは力だけ。僕たちは法と権力という力の上で動いている、か」
「僕も……『安室透』もそうだよ。法と権力の闇の部分が、僕に力を与えている」
この任務は大日本帝国によって黙認されている。
私は肩をすくめた。
『これぞまさに人の獣性ってやつさ。正しさを敷けるのは力のあるものだけ。そんな単純な理論だけれどね』
「………そうだね」
囁くような声だった。
降谷くんは優しく「いってきます」と言って、扉を開けた。
その背に小さな声で「行ってらっしゃい、安室さん」と幼げな子供の声がかかったのだった。
訪れるのはコンサノ一派の砦である。
つい先程、マルセスが到着しているのは確認済みだ。
「よし、念のため1段目まで纏ってから潜入しよう」
『練習の成果だね。僕より繊細な力の制御ができてるよ』
「まだヒロやコナンくんを前にすると暴走するけどな」
そう言って仄かな闇を纏うこれは、「1段目」……すなわち完全な獣化をせず、その力の核をほんの僅か使うのみとする形態だ。
この状態だと神性を示す赤い瞳だけが外見に現れるのみで、角も翼も現れない。
使える力も自己防御と人を夢に落とす力のみだ。
つまり暴走の危険が少ないエコ形態である。
昼と同様風王結界をまとって中に侵入。
朝っぱらから奥の部屋で権力者二人が言い争いをしているようだ。
箱を前に「9対1や!」「6対4で妥協してやると言っている!」と醜い叫びが聞こえてきた。
宝の分前を巡って争っているらしい。
音もなくマルセスの背後に立った降谷くんが、その手をマルセスの頭に添える。
瞬間。
ぐしゅり、とマルセスが頭を砕かれて血が吹き出す。
拳銃は音が響くから使わなかったらしい。
「1段目」の自己防御能力があれば銃弾の嵐からも安全に逃げられるし、騒ぎが大きくなることのほうを気にしたようだ。
仰天したコンサノが立ち上がって怯えた様子で黄金の箱を抱きかかえて逃げ出す姿勢になる。
「誰やッ!?出てこんかい!!!」
「ああ、失礼」
降谷くんが優雅に一礼して姿を現す。
いっそうコンサノが怯えたように縮こまった。
「このマルセスという男が暗殺の対象となっていましたので。僕の任務はこれで終わりですので、手を引いていただけると助かるのですが」
「た、ただで帰れる思っとるんかないな」
「貴方には感謝されると思っていましたのに。その男が消えてお宝は独り占め。願ったり叶ったりじゃないんですか?」
「…………ま、せやな」
コンサノは手の中の黄金の箱を見て、だんだん実感が湧いてきたのかニマニマと頷いた。
「アンタもここまで誰にもバレんと侵入してくる腕は確かや。どや、ワイにつけばぎょうさん豪遊させたるさかい」
「ご冗談を。宝を山分けする山師が成功しましょうか」
「はん、本当に分かっとる奴やな」
「それでは、失礼しますね」
そう言って降谷くんが背を向けたその時である。
背後から銃撃が加えられた。
アサルトライフル30丁。
30人の兵士が隣の部屋に潜んでいたようで、そこに無音でコンサノが合図を送っていたらしい。
初めからマルサスの命を狙っていたのか。
「ワイは慎重派なもんでな。悪く思わんといてや」
「なるほど、山師相応に愚かな人間でしたか」
羽が広がる。
降谷くんは完全に獣化して、悪魔の羽を優雅に広げた。
銃弾は彼の薄皮一枚で全て止まっている。
伝承防御だ。
伝承防御とは妖精などが保持する特殊な防御属性で、ある決まった攻撃しか効果を表さないという性質である。
無幻の獣を救えるのは救世主のみ。
救世主以外からの攻撃は自動的に弾かれる。
「敵対する気は無かったのに。ああ、そうだ。マッシュというのは誰です?」
コンサノうろたえる視線が一人の兵士の姿を捉える。
己がマッシュだとバレたと察して、兵士が舌打ちした。
かなりやり手の兵士のようだ。
「貴方ですか。貴方は狙わないように言われてるので、生かしておきますね。あとは精神力頼み。運が良ければ正気に戻れるでしょう」
では、覚めぬ夢におやすみなさい。
悪夢を司る獣の端末、降谷零の権能が極小顕現した。
侵入してきたルパンが見たのは、倒れ伏す兵士達の姿であった。
頭蓋を砕かれて死んでいるマルサス以外は、真っ青な顔でうなされているのみ。
生きているようだった。
ただマッシュのみが呆然と立ち尽くしていて、ルパンと共に現れたボルサリーノの人と目があった。
早撃ちはボルサリーノの人──たしか次元だったか──に分があった。
コンマ数秒の違いで、次元の銃弾がマッシュの額にめり込んだ。
そのままあっけなく倒れ伏すマッシュに、次元が憂いを帯びた様子で帽子を下げる。
見知らぬ女性がルパンの後ろに隠れてチラチラこっちを見ている。
ルパンがニヤッと降谷君に笑いかけた。
「へぇ、これはアンタがやったのか?」
「はい。少しばかり特殊な力が使えるので」
「そうか。お宝に興味がないってのは本当のことか?」
「そうですね、勝手に持って行って……あー、少しご相談があります」
降谷君は少しだけ言いづらそうに眉を下げた。
私の願いを汲んで交渉してくれるらしい。
やはり優しい降谷くんである。
「これから宝の場所に貴方が辿り着いてから、もし宝が気に入らないとなったら、僕に譲って欲しいんです」
「へぇ?何か訳あり?」
「いえ。僕の相棒が使いたいと言っているので、できたらでかまいません。無理に奪うつもりもない」
んー、とルパンはピンと人差し指を立てた。
「じゃ、別行動もなんだし一緒に来るか?」
「はい?ああ、死の谷に行くってことですか。そうですね、ではご一緒させてください」
と、いうわけで南の谷へ。
よく晴れた日で、日差しがジリジリと照りつけてくる。
この南の谷は地元の人には死の谷と呼ばれていて、近づけば死ぬと噂があるそうだ。
それもそのはず。
高濃度ウランの鉱床があれはさもありなんだ。
岩肌を縫うように進んでいく。
「ちょっとルパン、あれ誰よ!?」
「悪魔憑きさんだよ。バーボンって名乗って色々やってるみてーだぜ」
女性の詰問に答えたのはルパンだ。
嫌そうに次元がため息をついた。
「まーた不二子連れてんのか。何回このパターンでお宝掻っ攫われたよ」
「仕方ないでしょーオメーらが協力してくれねーんだもん!」
「拙者早く腕を確かめたいのだが」
「まあまあまあまあ、お宝を確認してからでも遅くはないでしょ!」
そっちのバーボン君もいるだし、とルパンがにししと笑う。
「ご存知だったんです?」
「ちょいと調べたんだよ。俺様にかかればこのぐらいチョチョイのチョイよ。んで、宝が欲しい理由は?」
「相棒が欲しがってるもので。僕自身には使い道はありませんよ」
「ふーん」
降谷君がちょっと焦ったように私に声をかけてきた。
『なんか警戒されているっぽいんだが』
『悪魔だし、割と善の属性の人達に警戒されるのは仕方ないんじゃないかな』
『困ったな、本当に無害なのに』
しばらく洞窟を進んでいくと、到着したのは鉛でできた扉であった。
そこにはヘミングウェイの署名があって、この先にお宝があるのは間違いなさそうだ。
五エ門が鉛の扉を斬り飛ばし、ついに宝がお披露目である。
それは実に美しい高濃度ウランの輝く洞窟だった。
一応、私は防御壁を構築し、降谷君の体を守っているから問題はなさそうだ。
そりゃこんな場所に長くいたら死ぬに決まってる。
ルパンがガックリと肩を落としてため息をついた。
「なーるほど。こりゃ俺の趣味じゃねぇな。ウラン238。新兵器作成に電子力発電所にと使えるっちゃー使えるけどな」
「俺も趣味じゃねぇな」
侍さんはどこに行ったかと思ったら、鉛の扉の近くで「てヤぁーー!!」と黄金の箱に斬り掛かっていた。
どうやら斬れぬ鉱物を斬ることが目的だったらしい。
必死で幾度も斬りかかって肩で息をしている。
ルパンが肩をすくめて言った。
「で、これをどうする気だ」
「取り込みます」
端的な降谷くんのセリフとともに、巨大な魔法陣を作動させる。
位相を反転させてアヴァロンにこの全てを降ろすのだ。
降谷くんを基軸に逆召喚する形に近い。
大規模な魔力の奔流に自然と風が吹き荒れ、降谷くんの両手が魔力に引っ張られて指揮するように動く。
二度の光の点滅の後。
その洞窟にあった大量のウランは、さっぱりと消え失せてただの洞窟の広場となってしまっていた。
大量の魔力の結節点となった降谷くんがはぁ、と息をついて「疲れた……」と声を漏らした。
すまんね降谷くん。
後でハーブティーを入れるから。
すすす、と女性が満面の笑みで降谷くんに近づいてくる。
確か不二子というのだったか。
不二子さんは降谷くんの腕をとって妖艶に笑った。
「すごいわ!貴方、私と組まない?」
「あの、困ります。僕はお宝には興味はなくて」
「そう言わずに!貴方の力に私、もうメロメロになっちゃって」
胸を強調する仕草に降谷くんが念話で「ぎゃーーー!!!」と色気のかけらもない声を上げる。
女性嫌いにはクリティカルヒットだったらしい。
「そう自身を安売りしないでください。貴方は美しい。僕などが触れるべきではないでしょう」
「………?なるほど、貴方、そういうの苦手なのね。残念。損するわよ?」
「いえその。困ります。本当に。協力ならば、一つの情報源、Win-Winの関係程度ならば築けるでしょう」
「へぇ?」
「僕は宝は要らないが情報は欲しい。貴方は宝が欲しい。ある程度スムーズな取引が可能かと」
「いいわ。貴方自身に興味があるのは本当だもの。ビジネスパートナーということで」
「ええ、よろしくお願いします」
次元が「後悔するぞオメー……」と身を震わせている。
まあ本当に宝はいらないのである程度安定した取引になるだろう。
入り口に戻ってきた時には、お侍さんがヘトヘトになって意気消沈していた。
どうやら斬れないらしい。
あの特殊な神秘を纏った刀で斬れないとは、あの箱の方がウランより価値が高そうに見えるが。
そういうこともあるか。
去り際。
ルパンが一言忠告をもたらした。
「オメー、その力に呑まれんなよ」とのこと。
降谷くんはそれを一礼でもって返したのだった。
・不二子
色仕掛けに降谷さんが嫌そうにしたのにすぐ気づいて、落としがいがあるボクねって思ってた。
なんか便利な力があるしストックしときたい。
・降谷さん
そんなに若くないつもり(憤怒)。
ルパン一味への繋ぎがあると嬉しかったがちょっと失敗したかもと思っている。