シードル製造工場
あれから早いもので、ライ脱退から二年の月日が経った。
光陰矢の如し。
バーボンの立場も確かなものとなり、最近ではRUMから直々に任される仕事も増えてきているのだという。
さて、本日はアヴァロンに皆で集まっていもらっている。
今年も収穫の時期を迎えたリンゴのお世話があるからだ。
収穫を諸伏くんと降谷くんにも手伝ってもらおうと思ってのことである。
昨年は剪定を手伝ってもらったから、今年は作業の大トリである収穫をやってもらおうと思ったのだ。
ここは常にリンゴが実るが、お世話をした方が味もぐんと良くなる。
「お世話をする」という概念自体が栄養になっているからだ。
だから魔術でパパッとやるより、人が手間暇かけて手作業でやった方がずっと味が良くなる。
軍手をつけた降谷さんがもぎ取ったリンゴ入りコンテナを運んで、ふうと一息ついた。
「すごい量だな。こんなにどうするんだ?」
「基本はリソースに変えて貯蓄してるよ。でも一部は今代の教皇に送ってる。食べれば大抵の人間は健康になるし」
「気軽に言うがとんでもなくないか。どの程度のレベルで健康になれるんだ?」
「いや、でも概念的に治すだけだから老衰は避けられないよ。せいぜい死にそうな成人男性がその後三十日飲食しなくても元気にしてられるぐらい」
「とんでもなくないか」
繰り返されてしまって、私はまぁねと頷いた。
確かに効果は強いが、ナザレの親友の弟子達の後継ぎだし、適切に使ってくれると信じてのことだ。
もちろん暴走しそうになったら声をかけてるし、人界にも一握りの奇跡も必要だ。
界隈では秘宝として有名であるようで、神から賜った宝物として持て囃されている。
実は見渡す限り生えてるリンゴの木のごく一部なんだがな。
ふわふわ伸び縮みするから決まった面積はないんだが、大体花畑も含めて八万ヘクタールほどだ。
手入れを怠って油断するとりんご果樹園というより「リンゴの森」になる。
古い時代には飢饉のたびに配り歩いてたから、いくらあっても足りなかったしな。
昔は冬で食料が尽きてたりすると、次の春の分までまとめて置いてったりもしたか
今も最貧国を中心にそーっとバレないように配ったりしている。
そして時々ニュースになってるけど。
健康増進の機能も付けたのは、今にも餓死しそうな人がリンゴ一つで回復したりしないからだ。
飢餓はただ食べればいいだけのものではない。
食べて元気なその間に次の食料を見つけてもらうための猶予期間が必要で、それが三十日なのだ。
懐かしい気持ちになりつつ、私はリンゴの入ったコンテナを掲げた。
「さて、これを塔まで運んだら次はお酒造りだぞう!」
「貯蓄じゃなかったのか」
「いやそれはそれ、これはこれ。この楽園のりんごでシードル作ると美味しいんだよ。すっごく美味しい」
「それは人類が飲んで大丈夫なやつか……?」
「死にはしない。けど一生他の酒が泥水みたいに思えるようになる」
「完全に呪いじゃないか」
「味見だけなら大丈夫だよ。一月は夢に見て集中力が壊滅するくらい」
「呪いだって言ってるだろ」
降谷くんは完全に拒否する姿勢になってしまった。
めちゃんこ美味しいのに…仕方ない、人間向けのシードルも作るか。
塔に戻ると、諸伏くんが頼んだ通り塔のてっぺんにある機器にりんごをセットしてくれていた。
上を見上げて仕切りに首を傾げている。
諸伏くんが片手を上げて私たちに微笑みかけた。
「よっ、マーリン、ゼロ。ところでこれって一体なんなんだ?回転してるけど」
「これはこのアヴァロンに流れる時間の制御棒だよ。その下を改造してシードル作成機にしてる」
「それはいいのか…?」
降谷くんと諸伏くんが二人して審議中の顔になってしまった。
いいんじゃよ、このアヴァロンの制作者がいいって言ってんだから。
諸伏くんが顔を上げて「そういえば」と瞬いた。
「確か伝承だと、アヴァロンには救世主が来たことがあるんだよな。弟子を一人ともなって、アヴァロンに上陸したって」
「歪曲した伝承かなぁ。彼が死んで500年も経った後に作った場所だからね。でも構想は語ったよ」
皆でああでもないこうでもないと火を囲んで話したっけ。
弟子さんも意見を出してくれて、私のために熱心に議論してくれた。
信心深いもののみがアヴァロンに入れるようにすれば、私を悪用するなどと思わないはずだとかなんとか。
「まあともかく、シードル作成に戻ろう。まずは酒だよ酒。降谷くん、その箱の中身全部流し込んでおくれ」
「いいのか、救世主が泣くぞ」
「もう泣いてる」
「!?!?!?」
脳内ナザレの親友はシクシク泣いて「飲むなとは言ってない。呑まれるなと言ったのに…どうして守れないの…」とべそべそしている。
ごめんなしゃい……酒うまー。
というか私の脳内親友、相変わらず妙にエミュ度が精度高いんだよな。
全てのりんご投入口に詰め込まれ、ゆっくりと工業機械じみた魔術礼装が回転をはじめる。
回転とともにりんごが粉砕され、果汁が搾り出される。
そこに酵母が流し込まれ、そのまま時の制御棒でごろごろ攪拌。
固有時制御であっという間に発酵が進んで、酒の芳しい匂いが部屋中に立ち込めてくる。
私の長年の工夫で、発酵が一番適切に進んだタイミングで自動ストップ。
澱を取り除きながら隣の容器にシードルが流れ込む。
それを魔術で一振りちょいと瓶詰めすれば完成である。
「できたぞう!マーリンさん特製の楽園シードルだ!ちなみにこっちは味を落とした人間用」
「飲まないって言ったぞ」
「そんなこと言わずに」
降谷くんが断固たる顔つきで拒絶する。
すごく誘ったのに断られた…なぜ……。
「美味しいよ!すごくいい。人間用は魅了されないし、楽しめる上に二日酔いもない!」
降谷くんと諸伏くんが揃って「本当にござるかぁ?」の顔をしたので、私は力強く頷いた。
ほんとほんと。花のお兄さん嘘つかない。
インド人のトーンである。
試飲用のカップをちょいと取り出し、二人に手渡した。
封をされたばかりのボトルを開けて、中の透明なシードルをちょいと注ぐ。
降谷くんは一口舐めるように確認して、目がとろんと溶けた。
「す、ごいな。こんなに美味しい酒を飲んだことがない……」
「飲む幸せ一歩手前だけど本当に人間用に調整できてるか?」
「これ以上味を落としたらシードルに失礼だろうに。仕方ないなぁ」
諸伏くんに注意され、むしゃくしゃのままに雑に水を加えて薄く伸ばす。
それでようやく合格ラインに達したらしい。
「これでギリギリ人間の飲み物だな」「一本十万とかの味に戻ってきた」と二人して納得している。
なんでや。どうして幸せを摂取しないんや。
まだ脳内ナザレの親友が泣いてる。
ごめんて……一人の時間が長いと酒がね、ついね……ほんとごめんて。
というわけで降谷くんには水で薄めた冒涜的シードルを一本提供。
ごく弱い健康増進作用もあるので、降谷くんが養命酒がわりに飲むらしい。
よしよし、私のこだわりの酒が他人に楽しんでもらえたなら嬉しい限りだ。
リンゴの世話からこだわって作ってるからな。
と、私が後片付けを始めたその時である。
ふと視界の端に煌めくものを感じ取り、私は顔を上げた。
すごく強い光だ。
目が焼けそうな、鮮烈で強い光が現実世界を走っていく。
慌てて魔術で光を遮りながら私はそれを注視した。
それは一人の子供だった。
ブカブカの服を着て、焦りと困惑に顔を歪ませながら雨の中を走っている。
私はそれに、思わず見入ってしまっていた。
なんて美しいのか。なんて荘厳な光なのか。
私の目にこんなに美しく映る景色が他にあっただろうかと記憶を見返すが、こんなこと初めての経験なのは間違いなかった。
人類史を一枚に織り上げられたタペストリーとするなら。
そこに添えられた誰もが慄くほどのビッグジュエル。それがあの少年である。
あれが欲しい、と素直に思う。手に入れたい。自分のものにしたい。囲い込んでしまいたい。
「マーリン、どうしたんだ?」
「っ、いや、なんでもないよ」
降谷くんが私を覗き込んでいて、それでようやく私は正気に戻った。
魅了か?私が魅了された?
いや違う。この衝動は魔術的な防壁を築いた今も続いている。
単純にあれがそれほどまでに光り輝いているだけだ。
危険だ、と思った。
「降谷くん、少し調査してもらいたいことができた」
私は降谷くんに向き直り、そう口に出して己を引き締めたのだった。
・マーリン
酒カスに見えて酒カスじゃない。
夢魔は酔わないので神代の強い酒飲んで酔った気になってるだけ。
なってるだけなのにめっちゃ酔う、空酔いの王者。
その切なさに全ナザレの人が涙。