CLANNAD ~Sequel of After Story~   作:gachamuk

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第3章 第1話 運動会

 岡崎家が引っ越ししてしばらくたったある日、朋也は不思議な夢を見た。

 いつだったか、朋也と渚がまだ高校生だった頃に、文化祭で渚が演じた〈幻想物語〉。あの演劇で聞かされた話とよく似た世界の夢……、いや、もしかしたら、その物かもしれない。ともかく、その夢はどこかもの悲しい、不思議な夢だった。

 

「パパ~! パパ~! おきて!」

「…………」

 汐がいまだに寝ている朋也を必死に起こそうと、身体を揺り動かしたり、ぽかぽかと叩いてみたりするが、朋也は一向に起きる気配がない。

 さてどうしたものかと頭を悩ませた汐は、いつの日だったかに杏に教えられた起こし方を思い出し、実践することに決める。

 汐は朋也が寝ているベッドの上でゆっくりと立ち上がると、思いっきり上に跳ぶ。目標着地地点は、寝ている父親のお腹の上。

「おきろ~~~~!」

 汐はそんな掛け声と共に、父の無防備なお腹にヒップドロップを決めた。直後、

「ぐぅぇっ!?」

 まるで蛙が潰されたような声を上げながら、朋也が飛び起きて咳き込む。

 当然、朋也のお腹の上に乗っていた汐は、朋也が飛び起きたことでそのまま後ろに転がり、「わ~~~~っ!」と可愛らしい悲鳴を上げながらベッドから転がり落ちた。

 一方の朋也はというと、何が起きてどうなったのかさっぱり分からないといった様子で、寝室をきょろきょろと見回した後、ベッドの下で転がりながらきょとんとしている汐と目が合い、ようやく状況を理解した。

「……………………」

「……………………」

 お互いに数秒間沈黙した後、朋也が気まずそうに頬を掻いて口を開いた。

「あ~……、汐……おはよう……」

「…………いたい……」

 ベッドから落ちたときにどこかでぶつけたのだろう、汐が頭を押さえながらポツリと呟くと、朋也があわてて汐を抱き上げた。

「悪い汐! 大丈夫か!?」

「うん、へーき」

「そうか……。よかった……。ごめんな汐……」

「もういい」

 娘が許してくれたことで、朋也はほっとした顔になると、ゆっくりと汐を下ろした。

「でもな、汐。寝てる人をあんなふうに起こすのはいけないことだからな。今度からはもうちょっと優しく起こしてくれ」

 朋也が汐に目線を合わせながらそういうと、汐は素直にこくりとうなずいた。

「うん、わかった」

「よし、いい子だ」

 素直な汐の頭を撫でた朋也は、汐と一緒に朝食を用意して待っている渚の下へ向かった。

 それからしばらくして、その日の仕事の昼休み中。

 朋也は渚が作った愛妻弁当を急いで食べると、ランニングをしたり、腕立て伏せをしたりし始めた。

「お前は一体何をやってるんだ?」

 上司の祐介に訊ねられ、朋也はその場で足踏みをしながら答える。

「今度、汐の幼稚園で運動会があるので、それのトレーニングっす」

「運動会? 別にお前がトレーニングをする必要はないだろう?」

「いやぁ、それが……」

 朋也は昨夜のことを祐介に説明し始めた。

 

 朋也が昼休憩にトレーニングを始める前日の夜。

 三人で夕飯を食べているときに、渚がふと思い出したように話しはじめた。

「そういえば、幼稚園にしおちゃんを迎えに行ったときに、杏ちゃんに聞いたんですけど、再来週の土曜日に、幼稚園の運動会があるそうなんです」

「へぇ~、そうなのか……。汐は何に出るんだ?」

 朋也に訊ねられた汐は、ふりかけご飯を飲み込んでから答えた。

「えっと……、いろんなの!」

「そっか。頑張れよ、汐」

「うん!」

「しおちゃん、応援しますね」

「わ~い!」

 楽しみだと言わんばかりの笑顔を浮かべる汐に朋也が和んでいると、渚が言いにくそうに話を切り出した。

「それでですね……、実は……」

「……?」

「その運動会の父兄参加競技で、父兄側のアンカーとして、朋也君が出てほしいって言われたんです」

「俺が? 別にいいけど、そう言うのはおっさんの方が得意じゃないか?」

「いえ……、それが……お父さんは教員チームのアンカーになってしまったみたいなんです。どうも、園長先生がぎっくり腰になってしまったみたいで、その代わりに……ということみたいです……。それで、お父さんが、だったら父兄側のアンカーは朋也君にしてほしいと言ったみたいで……」

「そうか……、おっさんと直接対決か……。いかにもおっさんがやりそうなことだな」

「パパ、あっきーとたたかうの?」

 汐がことりと首を傾げると、朋也は汐の頭に手を置く。

「ああ。汐は、パパとおっさんとどっちが勝つと思う?」

「ん~…………」

 汐はしばし悩んだ後、邪気のない笑顔で答えた。

「あっきー!」

「ぐぁっ!」

 娘の予想に、朋也はダメージを受けたように胸を押さえるが、そのすぐ後に放たれた汐の言葉に闘志を燃やしはじめた。その一言とはつまり。

「でも、パパにかってほしい」

 である。

「……とまぁ、そう言うわけなので、娘に格好悪いところは見せられないんですよ」

 朋也が説明を終えると、祐介はゆっくり顔を伏せた。

「ふっ……、娘のために全力で勝負を挑む……。これぞまさに……愛だな!」

 本人は格好よく決めたつもりらしいが、生憎朋也は既にその場を走り去っており、まったく話を聞いていなかった。

 何はともあれ、朋也は、朝早く起きて近所をランニングしたり、家で汐を背中に乗せて腕立て伏せをしたり、休憩時間を利用して筋トレをしたりと、地道にトレーニングを重ねていった。

 

 そして時は流れ、汐の通う幼稚園の運動会本番当日。

 朋也と渚が汐を連れて幼稚園に行って汐と別れた後、家族用の観覧スペースに向かうと、そこにはすでに秋生と早苗がいて、朋也たちに手を振っていた。

「お二人とも~、こちらですよ~」

「おう、やっと来たか。遅かったな」

 朋也と渚が二人の元へ歩み寄る。

「遅かったなって、まだ始まるにはだいぶ時間があるぞ?」

 朋也が周りを見回しながらそう言う。ちなみに周りは、まだ早い時間帯のためか、それほど園児たちの家族の姿を見かけることはなく、観覧用スペースも、まだまだ余裕は十分にあった。

 それを朋也が指摘すると、秋生は立ち上がって、熱く語りだした。

「ばかやろう! いいか、こういうのはな。最初が肝心なんだよ。汐の雄姿を全てこのカメラに収めるためには、他の誰よりも先んじて最高の場所を確保する! それが常識ってもんだろ!」

 胸を張って弁舌する秋生に呆れた視線を送った朋也は、隣で微笑む早苗に訊いてみた。

「今日は何時に来たんですか?」

「そうですね……。今日は五時に起きて、張り切ってお弁当を用意しちゃいました」

 微笑んだまま答える早苗と、その隣で「どうよ」と言わんばかりに胸を張る秋生を見て、朋也は内心で「孫のために張り切りすぎだろ」とツッコんだ。

 そうこうしているうちに、父兄も次第に集まり始め、ついに幼稚園の運動会が始まった。

 園児たちが緊張した面持ちで入場して、運動場に整列。

 簡単に先生が挨拶をした後、軽く準備運動をしてから、競技が始まった。

 最初の競技はかけっこだ。

「位置について、よ~い……どん!」

 杏の合図をもとに、園児たちが一斉に駆け出していく。それを友達が、あるいは家族たちが懸命に応援する。

 一着を取った子は全身で喜びを表し、取れなかった子たちには家族たちが健闘をたたえる。そんな中で、いよいよ汐の出番がやってきた。

 緊張した顔でスタートラインに立つ汐は、きょろきょろと視線を動かして、朋也たちを探し当てると、元気に手を振ってからしっかりと前を見た。

「位置について……よ~い……」

 杏の合図で、みんなが一斉に前傾姿勢になり……、

「どん!」

 一斉に駆け出した。

「いけ~! 汐~!」

「しおちゃん! 頑張ってください!」

「汐~! 負けんな!」

「汐~、ファイトですよ~!」

 朋也たちも観覧席から声を張り上げ、汐を全力で応援する。その声が汐に届いたのか、汐はどんどん加速してついに先頭に躍り出て、そのままゴール……する寸前で転んでしまった。

『あっ』

 朋也たちが声を上げる中、汐の横を無情にも他の園児たちが走りすぎていった。

 汐はゆっくりと立ち上がるととぼとぼと最下位の列に並ぶ。その様子は明らかに落胆している。朋也と渚はそれを何とも言えない顔で見ていた。

「朋也君……」

 心配げにする渚に、朋也も頷く。

「ああ、戻ってきたら慰めてやろうな」

「はい」

 その後も、汐は落ち込んだ様子で運動会に参加していた。

 そして、お昼休み。

 とぼとぼとした足取りで朋也たちのところに来た汐が目に涙を一杯に浮かべながら言った。

「しっぱい……、いっぱいしちゃった……」

 今にも泣きだしそうな汐の頭をそっと撫でながら、朋也が慰める。

「大丈夫だ。失敗は誰にでもある。これからまた頑張ればいいだろ?」

「そうですよしおちゃん。しおちゃんはとても頑張ってました」

「小僧の言う通りだ汐。まだこれから頑張ればいいじゃないか」

「そうですよ、汐。ご飯を食べてお昼からも頑張ってください」

 まだ少し泣きそうな顔をしていた汐だったが、やがて、涙を拭って「うん」と元気良く頷いてお昼を食べ始めた。

 そうして、お昼休憩を挟んで最初の競技。

「ただいまより、父兄の方々による障害物競走です。参加される父兄の方は、入場門にお集まりください」

 アナウンスが流れ、朋也と秋生がすっと立ち上がる。

「渚、汐。行ってくるな」

「頑張ってくださいね、朋也君」

「パパ、がんばれ~」

 朋也は愛する妻と娘に見送られて。

「よっしゃ! 行ってくるぜ」

「はい。頑張ってくださいね」

「古河の旦那! 手加減してやれよ!」

 秋生は妻と商店街の面々に見送られて、それぞれ戦いの場へと赴く。

 そして、二人が集合場所でバチバチと火花を散らせる間に、競技内容がアナウンスされる。

「え~、今回の障害物競走は、走者が変わるたびに障害物が変更されます。それでは、父兄チームと教員チームの第一走者は位置についてください」

 そして競技が始まり、盛り上がっていく。ネットくぐりで絡まる人、平均台から滑り落ちる人、飴喰い競争で顔を真っ白にする人たちが出るたびに、園児たちの笑い声が響く。

 そうこうしているうちに、競技も終盤。いよいよ、朋也と秋生の出番となった。

「小僧、テメェにはまけねぇ」

「こっちこそ……引導を渡してやるよ」

 至近距離でにらみ合う二人は、杏によるアナウンスを聞いて愕然とした。

「アンカーの障害物を発表します。最初の障害物はパン喰い競争。なお、このパンは古川パンからご提供いただきました。次の障害物は、風船割り。相手に取り付けられた風船を割ってください。なお、自分のが割られたらやり直しです。次は彫刻。判定はヒトデマスター、伊吹風子さんにお願いしております。そして最後は借り物競争です」

 何だかいろいろとカオスな障害物に、朋也と秋生はいがみ合うのも忘れて、お互いに苦笑いをした。

 そんな二人をよそに、準備ができたと合図があり、教員の案内でスタートラインに立った朋也と秋生は、紐につるされたパンの一部から異様な空気を感じ取った。

「おっさん……」

 朋也がごくりと喉を鳴らす。

「ああ、早苗のパンが混じってるな」

 秋生も緊張した面持ちになる。

 そしてついに、スタートの合図が下された。

「「うおおぉぉぉぉぉおおおっ!」」

 咆哮を上げながら、一気にパンに向かって突進する朋也と秋生は、長年の経験から早苗のパンを的確に見抜き、それを避けて飛びつく。

 朋也がもしゃもしゃとパンを咀嚼しながらちらりと後ろを振り返ると、見事に早苗パンを引き当てた他の走者が地面に倒れ伏しているのを見て、思わず心の中で合掌し、次の障害物、風船割りに突入。係りの教員に頭に風船を付けてもらい、ゴム製の刀を受け取った朋也は相手を見て目を見開く。

「岡崎……、お前の相手は俺だ!」

「芳野さん……」

 祐介が悠然と立っていた。

「藤林先生からお前の相手をしてほしいと頼まれてな。上司として部下の相手をすることにしたんだ。これも、俺からお前に送る……愛「芳野さん、隙だらけっす」……あいた!」

 いつものように愛を解こうとした祐介の隙を突いて、さっさと祐介の風船を割った朋也は、同時に障害物を突破した秋生と並走、次の障害物「彫刻」に辿りついた。

「お待ちしておりました。お二人に彫っていただくのは、ずばり〈ヒトデ〉です。より可愛く彫刻してください」

 朋也は内心、「何でヒトデなんだよ!」とツッコみたくなったが、今は勝負の真っ最中。頭を振って、目の前の木片に集中し始めた。

 周りの声援が届く中、黙々と彫刻に集中する大人たちという、中々にシュールな光景が展開される中、

「「できた!」」

 同時に完成した朋也と秋生が、風子に仕上がったものを見せる。

「それでは拝見します……。これは……、なかなか甲乙つけがたい……ふぁ~~~」

 二人の彫刻を見ていた風子が、突然うっとりした顔になって止まってしまった。その様子に、朋也がどうしようかと悩んでいると、

「へへ~ん、お先に~」

 にやりと笑って、秋生がさっさと先に進んでしまった。

「あ! こら、汚ねぇぞ!」

 慌てて追いかけはじめた朋也だったが、スタートが遅れてしまい、先に秋生に最後の障害物に辿り着かせてしまった。

 秋生は、お題の紙を見てどこかへ走っていくのを横目に、ようやく借り物のお題を一つ開いた朋也は、そこに書かれていた内容を見て固まった。

 ――辞書

 そこにはそう書かれていたのだ。朋也は素早く頭を巡らせる。

「(どうする、教室や職員室に行けば、辞書くらいは置いてあるだろうが、おっさんは既にお題を見つけてこっちに走ってくる。今から探しに行ってたら確実に敗ける…………。そうだ……、この手があった!)」

 何かを閃いた朋也は、大きく息を吸い込むと、思いっきり叫んだ。

「皆! 聞いてくれ! 今、ここにいる藤林杏は実は……バイなんだぜ!」

 瞬間、朋也と急いで身をかがめると、その朋也の頭を掠めて辞書が飛来、地面に突き刺さる。

 計画通り! 内心ガッツポーズをしながら辞書を拾い上げてゴールに向かいながらちらりと後ろを振り返った朋也は思わず冷や汗をかいた。何せ、杏が禍々しいオーラを纏って朋也を思いっきり睨み付けていたのだ。

「(ああ、俺、死ぬかも……)」

 そんなことを思いながら、朋也はゴールを走り抜けた。

 歓声と疑念の声が上がる中、朋也は一瞬で杏に連れ去られ、人目につかないところでボコられることになったのは別の話。

 その後も、競技は続いた。

 幼稚園で飼っている猪の〈ボタン〉と全幼稚園児による綱引きや、クラス対抗リレー、組体操などで、運動会は大いに盛り上がりを見せた。

 

 やがて、すべてのプログラムが終わり、閉会式を終えた園児たちは、三々五々、両親に手を引かれて帰っていく。

 その中に、岡崎家と古河夫妻の姿もあった。

「汐、楽しかったか?」

 両親に手を引かれて、楽しそうに歩く汐に朋也が訊ねると、

「うん!」

 満面の笑みを浮かべて汐が返事をする。

「またパパとあっきーのきょーそーみたい!」

 汐の思わぬ提案に、朋也はふっと微笑んだ。

「今度は、お前のパパに絶対に勝つからな!」

「へっ! 次も負けねぇよ!」

 大の男二人がいがみあいながら、一行は夕暮れの中を帰っていった。

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