CLANNAD ~Sequel of After Story~   作:gachamuk

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第3章 第3話 涙

「朋也君!」

 朋也が車に轢かれた直後、渚は悲鳴を発して慌てて走り寄った。

「っ!?」

 ぐったりと動かない朋也に近づいた渚は、朋也からどくどくと流れ出る血を見て顔を蒼白にする。

 一方、朋也を轢いてしまった車の運転手はと言えば、動転した様子でどこかに電話を掛けた後、朋也の様子を見て「ひっ!?」と情けない声を上げてへたり込んでしまった。

 何事かと野次馬たちが集まる中、汐が動転する渚に近寄って、不安げに渚の袖を引っ張る。

「ママ……?」

「しおちゃん…………」

 困惑する娘を見て我に返った渚は、ぎゅっと汐を抱きしめると、周りの人に声を張り上げた。

「誰か……! 誰か、救急車を呼んでください! お願いします!」

 そうしてしばらくして、到着した救急車に朋也と一緒に渚たちも病院へ向かった。

 そして現在。

 朋也が入っていった緊急処置室の扉は固く閉ざされ、上に設置された〈手術中〉というランプが赤々と点っている。

 渚と汐は、処置室の前に設置されたベンチに座っていた。

 ――朋也君……

 まるで神に祈るように、きつく目を瞑って、ぎゅっと手を握り締める渚。汐も、今にも涙をこぼしそうになりながら、不安そうに母親の袖をきつく握り締めている。

 そこへ、連絡を受けて駆けつけた秋生と早苗が到着する。

「渚! 汐!」

 名前を呼ばれて、ふと顔を上げた渚と汐は、秋生と早苗の姿を見て、思わずといった様子で涙をこぼした。

「お父さん……、お母さん……。朋也君が……」

「パパが……パパが…………うえぇぇえええっ!」

 泣きつく汐をしっかりと抱きしめながら、秋生は視線を巡らせる。隣では、しゃくりあげるように泣く娘を、妻が辛そうに顔をゆがめながらも優しく慰めている。目の前には、赤々と点る〈手術中〉という文字。

 ――小僧……、何やってやがんだ!!

 悔しさやら悲しさやら、いろんな感情があふれ出しそうになるのを、秋生はぎりっと派を噛み締めてこらえる。

 それからどのくらいの時間が経っただろう。

 秋生は、それまで赤々と点っていたランプが音もなく消えるのを見て、勢いよく立ち上がる。と同時に、緊急処置室から、手術衣を着た医者数名と移動式ベッドに乗せられて、身体のあちこちに包帯を巻かれて痛々しい姿の朋也が出てきた。

「朋也君!」「パパ!」

 慌てて駆け寄った渚と汐が呼びかけるが、朋也の反応はない。そのままガラガラとどこかに運ばれていく朋也についていく渚と汐。それを何とも言えない表情で見送った古河夫妻は、「ご家族の方ですね?」という医者の問いに静かに頷いた。

「先生……、あいつは……、朋也の容体は……?」

 秋生が問いかけると、医者はマスクと帽子を取りながら答えた。

「不幸中の幸いというべきでしょうか。命にかかわるような怪我はありませんでした」

 その言葉を聞いて、顔を綻ばせた秋生と早苗は、しかし次の瞬間、医者から「ただ……」と言いにくそうにしながら続けられた言葉に凍り付いた。

「ただ……、不思議と彼の意識が戻る気配がみられません……」

「っ!? ……どう……いう……ことだよ……?」

 息を飲みながら、ゆっくりと問い返す秋生に、医者は分からないといった様子で首を振った。

「それが……、我々にも分からないのです。脳波を調べてみたのですが、彼の脳波は深い眠りについている状態に酷似していて、目覚める兆しがないのです」

「そんなっ!?」

 早苗が悲鳴を上げて崩れ落ちるのを支えながら、秋生は医者に食って掛かる。

「てめぇ! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ! 医者なんだろ!? だったら何とかしろよ!」

「落ち着いてください! 我々だって、全力を尽くしましたが、理由が全く分からないんです。こんなことは言いたくはありませんが……。後は祈るくらいしか……」

 秋生はゆっくりと顔を伏せた。

「ちくしょう……、何だってこんなことに…………。ちくしょう!」

 秋生の慟哭が病院の静かな廊下に響いた。

 

 一方そのころ、渚と汐は朋也が眠る集中治療室に併設されている面会室から、朋也の様子をじっと見つめていた。

 静かな部屋に、集中治療室の心電図モニターと人工呼吸器の音が小さく漏れている。

 そこへ、控えめなノックが聞こえ、ついで一人の看護師が静かに入ってきた。

「失礼します」

 入って来た看護師は渚と朋也の友人、柊椋だった。

「椋……ちゃん……」

ぽつりと呟いた渚に椋は複雑な顔を向けた後、ちらりと隣室の朋也に視線を向けて、静かに話しかけた。

「岡崎君……大変な事になっちゃいましたね」

「はい……」

「私も、運ばれてきたのが岡崎君だって知らされた時はびっくりしました」

「そう……ですか」

「あ、それで私、婦長さんにお願いして岡崎君の担当にしてもらったんですよ」

「そう……なんですか。朋也君をよろしくお願いします」

 どこか生気のない目で受け答えする渚に不安を覚えつつも、椋は目線を汐に合わせてしゃがみこむ。

「汐ちゃんは大丈夫?」

 黙ったままこくりと頷く汐。しかし、その顔は焦燥や後悔、動揺、その他もろもろの感情がないまぜになっており、汐がひどく混乱しているのがうかがえた。

 椋も空気に引き摺られるように沈痛な面持ちで黙り込んでしまって少しした時、再度扉が軽くノックされ、医者と古河夫妻が姿を現した。

「岡崎朋也さんの奥様ですね?」

 医者の問いに、こくりと頷く渚。それを確認した医者が、秋生と早苗に目配せをすると、二人は頷いて汐に言う。

「汐、俺と一緒にジュースを飲みに行こう」

「私も一緒に行きますよ?」

 汐は突然のことにきょとんとしながらもこくりと頷いて、二人と連れ立って部屋を出ていった。

 それを見送って少しした後、医者が重々しく口を開く。

「岡崎渚さんですね?」

「……はい」

「旦那さんのことで、大事なお話があります……」

 その瞬間、渚は嫌な予感がして顔を青褪めさせる。

「朋也君に……何か?」

 不安そうに尋ねる渚に、医者は慌てたように手を振った。

「ああ、安心してください。事故の怪我自体は思ったよりも酷くありませんでした。我々も十分に手を尽くしましたし、このままいけば、ひと月くらいで退院できるでしょう」

 その言葉に渚は安どのため息をつくが、

「ただ……」

 と医者が続けると、訝しげに首を傾げた。

「ただ……?」

「非常に申しあげにくいのですが、旦那さんの……朋也さんの意識がいつ戻るのか、それが分からないのです」

「……………え?」

「我々も手を尽くしたのですが、これだけはどうしようもありません。あなたのご両親にもお伝えしたのですが、後は祈るくらいしか……」

「そう………………ですか」

 ぽつりと呟いた渚に、医者は意外そうな顔をする。正直に言えば、先ほどの秋生のように食って掛かるか、泣き崩れたり、下手をすれば暴れるかもしれないと思っていたのだ。だというのに、渚はそのどれでもなく、(少なくとも表面上は)事実を淡々と受け入れているような様子だった。

「我々も、これからもできるだけ手を尽くしていきます。お辛いでしょうが、樹をしっかり持ってください」

「はい……。朋也君をよろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げた渚に頷いて、椋に何事かを指示した後、部屋を出ていった。

 しんと静まり返る部屋の中で、渚はガラス越しに朋也の姿を見る。途端、渚の両目から涙が溢れ出し、渚はそのままガラスに縋りつきながら泣いた。

「朋也……君……!」

 静かな部屋に、渚のすすり泣く声だけが響いた。

 

 

 

 汐は祖父母に挟まれる様にベンチに座りながら、ジュースを口に含んでからぽつりと呟いた。

「パパがおきないの、うしおのせい……」

「汐?」

 突然の独白に、秋生が眉を潜める。汐はそれを無視するように、淡々と、それでいてまるで懺悔をするように独白する。

「パパがくるまとぶつかったの、うしおのせい。うしおがどーろをわたろうとしたときにくるまがきて、うしおとぶつかりそうになった。パパはうしおをたすけてうしおのかわりにぱぱがくるまとぶつかった……。だから、ぱぱがおきないのは……うしおのせい……。うしお、わるいこ……」

 大粒の涙をいくつも流しながら汐が言うと、早苗が汐の頭をしっかりと掻き抱いた。

「そんなことはありませんよ、汐。朋也さんが車とぶつかったのは、汐の所為なんかじゃないです」

「でも、パパはうしおをたすけようとした……」

「それは、朋也さんが汐のお父さんですから。お父さんが子供を助けようとするのは当たり前のことですよ」

「あたりまえ?」

「はい。朋也さんは汐を愛していますから。だから、何が何でも汐を助けようとするんです」

「でも、うしおがいなかったらパパはくるまにぶつかってない……」

「そうかもしれませんね。でもね、汐。汐がいなかったら、朋也さんにも渚にも会えないんですよ? それでもいいのですか?」

「………………いやだ。うしお、パパもママもだいすき」

「それなら、自分がいなかったらとかそう言うことは言ってはいけませんよ? 分かりましたか?」

「うん」

「素直ですね、汐は」

 褒めながら頭を撫でる早苗。汐が自然と嬉しそうに笑うのを見て、秋生は流石だと感心した。

「なぁ、汐。親ってのはな。いつだって子供には笑っていてほしいものなんだ。だから、もし小僧が……、朋也が今のお前みたいなしけた面を見たらどう思うだろうな?」

 秋生の問いに、汐はしばらく首を傾げた後、

「パパ、かなしむ?」

「そうかもしれねぇな。そんなのはお前だっていやだろ?」

 秋生の確認に頷く汐。秋生は、汐の頭をくしゃりと撫でながら、にこりと笑った。

「だったら、あいつが起きた時に笑っていられるようにしないとな。皆で笑ってあいつを驚かしてやろうぜ。俺たちはお前のことで全然心配なんかしてなかったんだぜってな」

「うん!」

 元気よく返事をしながら、汐は花が綻ぶような笑顔を見せ、秋生は満足そうに頷いた後、徐に立ち上がった。

「さてと……。今度は我が愛する娘のところにでも行くかな」

 そうぼやいて、秋生は歩き出した。

 

 少しして、渚がいる部屋に辿り着いた秋生がドアを開けようとした時のことだった。

「朋也……君……!」

 悲痛な叫びと、その後のすすり泣く渚の声に、秋生は一瞬扉を開けるのをためらった。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないと思い直し、自分の頭をがしがしと乱暴に掻きまわした後、あえてノックもせずに勢いよく扉を開けた。

 秋生は、ビクッと身を竦ませる渚に構うことなく部屋の中に入ると、「渚……」と静かに呼びかけた。

「渚……、そのままでいいから聞くんだ。悲しければ泣いていい。辛ければ泣いていい。涙ってのはな、辛いものや悲しいものを流すためにあるものだと俺は思ってる。だから、今は思いっきり泣け。けどな。泣いたまま立ち止まったらだめだ。どうしたって、人間てのは前に進まなきゃいけないからな。どうしても立ち上がれない、前に進めないというのなら、俺と早苗が助けてやる。俺たちは家族だからな。助けあって生きていく。そう言うものだ……」

「お父さん……」

「あ~、その何だ……。つまりだな、何が言いたいかと言えばだな……。あ~だめだ。俺には早苗みたいにうまく言えねぇ! とにかくだ! 何でもいいからお前は笑ってりゃ、それでいいんだよ! 小僧もそれで安心するだろ!」

 何故かイライラした口調に変わる父に、渚は一瞬呆気にとられた後、思わずくすりと笑った。

「……ありがとうございます、お父さん。そうですね。私がいつまでも泣いていたら、朋也君もしおちゃんも心配します」

 涙を塗った渚は立ち上がりながら、言った。

「私、頑張ります!」

 秋生はふっと笑って、愛娘にぐっと親指を突きだす。

「おう、頑張ってかましてこい!」

「はい!」

 朋也が聞いたら、「通じるのか!?」とツッコミを入れるであろうやり取りを交わし、父娘は笑いあった。

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