CLANNAD ~Sequel of After Story~   作:gachamuk

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第3章 第4話 二つの世界

 車に撥ねられたはずの朋也は、自分の置かれた現状を見て酷く混乱していた。

「えっと……、俺は確か、車に撥ねられそうになった汐を助けて、代わりに撥ねられたはずだよな? あれ? でも怪我がない? というか、なんだここは……? 何もない……? まさか俺は死んだのか……? あれ? でも、この場所はどこかで見たような……?」

 混乱しながらもぐるりと周りを見回すが、朋也の目に飛び込んでくるのは、いっそ痛いくらいの白のみ。それ以外には、床も壁も、上も下も右も左も、光や闇さえもない。そんな場所だった。

「確かに俺はこの場所を知っている……」

 何かを思い出そうとするように、必死で頭を巡らす朋也の目の前に、小さな光の玉が一つ舞い降りた。

 ――よかった。また会うことができた……

 光の玉が安心したように明滅する。

「なぁ……、俺は……死んだのか?」

 朋也が問いかけると、光の玉は再び明滅しながら答えた。

 ――ううん、君はまだ生きてるよ。でも……、君の意識は、今とても深い眠りにあるんだ

「深い眠り?」

 ――うん。そして多分、しばらくは目覚めることができないと思う……

「どういうことだ……?」

 朋也が低い声で問い返すと、光の玉は小さく明滅した。

 ――それはきっと……、僕が君の魂に干渉してしまっているから……

 朋也は無言で先を促す。

 ――僕と君は魂が同じ存在なんだ。だから、僕の強い思いが、君に影響を与えている

「……つまり……、あんたがいる限り、俺は目覚められないと?」

 ――……うん……、ごめん……

 申し訳なさそうに小さくなる光の玉の話を聞いて、朋也はため息をついた。

 以前の朋也なら、「ふざけるな!」と怒鳴り散らしていたかもしれない。だが、今の朋也は違った。どうしたら早く目覚められるか、どうしたら一刻も早く、愛する家族の元へ戻れるか。それを考え、

「俺は……、俺はどうしたら戻れる?」

 光の玉にそう問いかける。

 ――それは……、僕の願いを叶えてくれたら。そうしたら僕は世界から消えるし、君も戻れると思う

「願い?」

 ――そう。僕の願いは、あの〈終わってしまった世界〉に一人でいるあの子に、伝えたい。『君と一緒にいられて楽しかった』、『世界に産まれることができてよかった』って……

「あんたが直接言えばいいじゃないか」

 ――ダメなんだ。僕の声はもう……、彼女に届けられないから……

「他の奴じゃダメなのか?」

 朋也の問いかけに、光の玉はゆっくり明滅する。

 ――うん……。僕の声が聞こえるのは、僕と同じ魂を持つ人だけ。そして、僕の願いを叶えられるのは、それだけの力を持った人だけだから……

「俺にはそんな力はねぇよ」

 ――ううん、君は……君だけは持っている。ただ気付かないだけ。君は今まで、いろんな人を幸せにしてきた。そしてその分だけ、君には願いをかなえる力が集まっていったんだ……

「…………?」

 まったく心当たりがない朋也は首を捻る。

 そんな朋也に苦笑するように明滅した光の玉は、一際強く光り出す。

 ――さぁ、そろそろ時間だ。今から、僕に残された最後の力で、君をあの世界に送る。だからあの子に必ず伝えてほしいんだ。『君と一緒にいられて楽しかった』、『世界に産まれることができてよかった』って

「ちょ……、ちょっと待ってくれ!」

 自分の身体がふわりと浮く感覚を覚えた朋也は慌てて抵抗しようとするが、それもむなしく、徐々に体がどこかへ引っ張られて朋也はその場所から〈終わった世界〉へと旅立って行った。

 一人、白い空間に残った光の玉は、最後にポツリと呟いて消えた。

 ――頼んだよ……。もう一人の僕……

 

 

 

 朋也が〈終わってしまった世界〉に飛ばされたころ、現実の世界では、渚と汐が朋也のお見舞いに来ていた。ちなみに、朋也は数日前に集中治療室から(椋の計らいで)個室に移されていた。

 静かな病室の中で、渚と汐は朋也の意識が戻るのを見守り続けている。そんな時だった。

 

 ――こんこん

 

 控えめなノックが聞こえた渚は、入り口を振り返りながら声を掛ける。

「どうぞ、入ってください」

「おじゃまするわよ~」

 がらりと扉を開けて、病室にどやどやと入ってきたのは、藤林杏、一ノ瀬ことみ、坂上智代、春原陽平、そしてすまなさそうな顔をする椋だった。

「皆さん……」

 渚が目を丸くする中、杏が明るく声を掛ける。

「何よ……。渚も汐ちゃんも元気そうじゃない……って、うわっ! 本当に朋也の奴、包帯でぐるぐるね」

「お姉ちゃん……、岡崎君は重症なんだから……」

「私、とってもとっても心配したの。朋也君のことももちろんだけど、渚ちゃんと汐ちゃんのことも」

「私もだ。とりあえず渚さんも汐ちゃんも元気そうで何よりだな」

「あの……それより、いい加減この荷物、どうにかしてくれませんかね?」

 いつも通りの騒がしい彼らに、渚の顔も思わず綻んだ。

「皆さん、座ってください。今お茶を入れますね」

「いや、渚さんは座っていてくれ、それは私がやろう」

 立ち上がろうとした渚を手で制して、智代がお茶を入れに向かう中、杏が眠っている朋也の顔を覗き込んだ。

「しっかし、朋也もよわっちくなったわね。高校時代なんて、私が原付でぶつかってもぴんぴんしてたのに……」

「お姉ちゃんそんなことしてたの!?」

 妹の椋が慌てたようにツッコむと、杏は笑いながら「冗談よ、冗談」と誤魔化していた。

「本当に冗談か? 僕は杏ならやりかねないと思うけど?」

 荷物を降ろした陽平がそう言うと、杏は眼だけは笑っていないほほ笑みを陽平に向けた。

「陽平? 何か言ったかしら?」

「ひぃっ!? 何でもありません!」

 陽平は、慌てて土下座をしながら全力で謝る。そんな中、ことみの痛烈なひと言が、陽平にとどめを刺した。

「春原君……、とってもヘタレなの」

「ぐはっ!?」

 さらに、

「よーへーおじちゃん、へたれなの?」

 あどけない汐の容赦ない追い打ちが陽平に突き刺さった。

 何はともあれ、全員にお茶が行き届いて場が落ち着いてきたところで、改めて杏が話を切り出した。

「それにしても、渚も汐ちゃんも思ったより元気そうでよかったわ。椋からあんたたちの話を聞いたときは、本気で焦ったわよ?」

 渚は「えへへ」と笑った後、その場の全員に向かってぺこりと頭を下げた。

「ご心配をおかけしてしまったみたいで申し訳ありません。でも、私もしおちゃんも大丈夫です。朋也君の意識が戻った時に、私達を心配しないように笑顔でいようってしおちゃんと二人で決めましたから」

「うん、だいじょうぶ!」

「そう……。ならいいわ」

 安心したように杏が微笑んでいると、ことみが朋也を覗き込んだ。

「意識がない状態でも、外部からの情報は取得、認識できてるの。だから、一杯話しかけてあげれば、その分、意識が戻るのも早くなると思うの」

「そうなんですか?」

「そう。だから音楽なんかも聞かせてあげるといいかもなの。というわけで一曲……」

 そう言ってことみが取りだしたのは、高校時代にここにいる友人たちからもらった愛用のヴァイオリン。それを顎で抑え、弓を構えた瞬間、ことみのヴァイオリンの破壊力を知っている全員が慌てて取り押さえた。

「やめなさいことみ!」

「病室の中ではだめです!」

「春原! お前はどさくさに紛れてセクハラをするな!」

「酷い誤解ですy……ぶべらっ!?」

 一気に病室内が騒がしくなってしまった。

 

 

 

 朋也は〈終わってしまった世界〉で、人形に宿り、自分が〈岡崎朋也〉であることを思い出せないでいた。

 そのまま数日を過ごしていたある日、ふと自分が何かを忘れている気がした。

 ――何か……、大切なことを忘れている気がする……

 人形(朋也)は世界に漂う光を見ながら、ぼんやりと思う。

「どうしたの?」

 前を行く少女が振り返り、首を傾げる。

 人形(朋也)は、ぎぎぎっと音を立てながら、何でもないと頭を横に振る。

「なんでもないの? そう……。もう、大分ガラクタも集めたから、そろそろ帰ろうか」

 そう言って少女は片腕にガラクタを抱え、人形(朋也)にそっと手を差し伸べた。

 人形(朋也)は音を立てながら頷き、少女の手を取り、二人はゆっくりと二人が暮らす小屋へ戻っていった。

 そしてその日の夜。

 少女が眠る傍らで、眠る必要のない人形はぼんやりと月明かりを眺めながら考える。

 ――何だろう……。何でこんなに、何かを忘れてる気がするんだろう……

 人形(朋也)の身体を意味の分からない焦燥感が支配する。外で無数に舞っている光を見ると、特に焦ってくる。

 だがしかし、いくら考えても、何を忘れているのかを全く思い出せなかった。

 ――いったい、僕はどうしたというのだろう……

 当てのない思考を人形(朋也)は幾度となく繰り返した。

 そうして数日を過ごしたある日の夜。人形(朋也)がぼんやりと月を眺めながら、自分が何を忘れているのかを思い出そうとした時のことだった。

 ふと、彼の身体を光が通り抜けた際に、声が聞こえた気がしたのだ。その声は、自分に向かって、こう呼びかけていた。

『朋也君……』

 人形(朋也)ははっと顔を上げる。脳裏に、誰かの姿がぼんやりと浮かび上がった気がしたのだ。ひどく懐かしく感じる誰かの顔。

 ――誰? 君は誰なの?

 頭の中に問いかけるが答えはない。

 ――なぜだろう……。僕はこの人のことがとても大切に思っていた気がする……

 その時、別の光が人形(朋也)を通り抜け、再び脳裏に声が響く。

『パパ……』

 今度は、もっと幼い声。人形(朋也)には自分をパパと呼ぶ人はいないはずだ。だというのに、さっきの人と同じくらい大切に思っていた気がした。

 その後も次々と光が人形(朋也)を通り抜けていく。

『小僧……』『朋也さん』『朋也……』『岡崎……』『岡崎さん……』『朋也君……』

 光が通り抜けるたびに、いろいろな人の影が脳裏で自分を呼んだ。

 そして人形(朋也)の意識にノイズが走り、イメージが流れ込む

 ――ザッ……! ザザッ……!

 坂の下で頷きながら「アンパン」と口にしたか弱いけれどとても強い少女。いつも自分たちとつるんで、乱暴だけど面倒見がいい少女、内気で、だけど自分をとても慕ってくれた少女。頭が良くて、だけど変わり者でヴァイオリンがとても大好きな少女。大切な家族を傷つけてしまい、だけどきちんと分かりあえた強い少女。いつも自分と馬鹿をやって一緒に怒られて、とても仲の良かった親友。そして、一人の少女との間に生まれた小さな自分の子供。

 まるで割れたガラスが、逆再生で元通りになっていくかのように、次々と蘇っていく記憶の欠片たち。そして、最後のピースが埋まった瞬間、人形は……否、朋也は全てを思い出した。

 ――ああ、そうだ。僕は……俺は〈岡崎朋也〉だ。俺は、あの光の願いをかなえるためにここにやってきた。あの光の願いは……

 そこへ、人形(朋也)がいないことを察知したのだろう、小屋の中からこの世界に一人ぼっちの少女が出てくる。

「思い……出したの?」

 少女の問いに頷く人形(朋也)

「そう……。何を思い出したの?」

 ――僕は……、いや、俺は……。君に伝えに来たんだ。あの光に変わって……。聞いてくれるか?

 聞こえないはずの朋也の声を、何故か少女は聞き取れたようで、ゆっくりと頷いた。

「聞かせて」

 ――俺は……、この身体に宿っていた魂から願いを託された。君に伝えてほしいことがあると……

「伝えてほしいこと?」

 ――『僕は、この世界に生まれてくることができて本当によかった。この世界で一人ぼっちだった君と一緒に過ごせて、とても楽しかったよ。ありがとう……』

「っ!?」

 少女は涙を浮かべて息を飲むと、ゆっくりと胸に手を当てた。まるで大切な何かをそこへ刻み込むように。

 そして、少女はそっと微笑む。

「ありがとう、伝えてくれて」

 少女を中心に風が渦巻く。

「ありがとう、あの子の願いをかなえてくれて……」

 風が徐々に強さを増していく。

「ありがとう、私と一緒にいてくれて……」

 朋也の人形の体がふわりと舞い上がる。

「君を元の場所に返してあげるね」

 風の塊が、朋也が宿った人形をばらばらにしていく。

「ありがとう、パパ……。逢いにきてくれて……」

 朋也の意識は光に包まれた。

 

 

 

 

~おまけ(没ネタ)~

 

「確かに俺はこの場所を知っている……」

 何かを思い出そうとするように、必死で頭を巡らす朋也の目の前に、小さな光の玉が一つ舞い降りた。

 ――よう、よくきたな。自分を犠牲に他人を助ける偽善者

 酷く皮肉な口調で、光の玉がしゃべる。

「誰だお前……」

 訝しげな様子の朋也に、光の玉はにやりと笑うと、大げさに答えた。

 ――おお!よくぞ聞いてくれました!! 俺はお前達が〈世界〉と呼ぶ存在。あるいは〈宇宙〉。あるいは〈神〉。あるいは真理。あるいは〈全〉。あるいは〈一〉そしてオレは〈おまえ〉だ。

 

ここに、新たに真理を見た錬金術師が誕生した。

次回、CLANNAD。「絆の錬金術師」。お楽しみに!

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