CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
朋也が事故に遭ってから、すでに二週間が経過したある日のこと。
その日は秋にしては気温が高く、渚と共に朋也の見舞いに訪れた汐は、少ししてからうとうとし始めた。
それに気付いた渚が問いかける。
「しおちゃん、眠たいですか?」
目をごしごしと擦りながら小さくうなずいた汐に優しく微笑んだ渚は、ソファの端によって汐を横たわらせると、汐をそっと膝枕する。
きょとんとしながら見上げる汐に、渚は笑いかけた。
「少しお昼寝をしましょう」
渚はそういうと、優しく汐の頭を撫でながら、子守唄を歌い始めた。
「だんご♪ だんご♪ だんご♪」
生まれる前から耳にしていた子守唄を聞いた汐は、まもなく小さな寝息を立て始めた。
夢の中で、汐は不思議な場所にいた。
晴れ渡る蒼い空と、流れる白い雲。足元には青々とした草が視界一杯に広がり、いくつもの小さな光の球がふわふわと風に漂っていた。
「…………おそと?」
きょとんとしながら、きょろきょろと辺りを見回す汐はやがて、一匹の獣を見つけた。白いもこもこした毛に覆われ、どこか羊にも似たその獣は、汐をじっと見つめた後、踵を返してとことこと歩いていく。
初めて見る生物に、汐は興味津々で後を追いかけた。
とことことてとて。
獣は汐を引き連れて歩き続け、やがて小さな小屋の前までやってきた。その小屋の前には誰かが立っており、汐が追いかけてきた獣をひょいと抱き上げた。
それは、汐の知らない少女だった。白いシンプルなワンピースに身を包み、汐と同じ色の髪をストレートに垂らした少女は、どこか汐と似た雰囲気がある。
そんな少女をきょとんと見つめた汐は、ことりと首を傾げながら訊ねた。
「おねえちゃんだれ?」
少女は獣を抱きかかえたままふっと微笑む。
「私はあなたと同じ。だけど別のあなたでもある」
「……………………? うしお? おねえちゃんもうしおっておなまえなの?」
よく分かっていない汐が首を傾げながら訊ねると、少女は困ったように笑った。
「ごめんね。分からないよね。うん、私も汐って言うんだ」
「うしおとおんなじ!」
わーいと喜ぶ汐にそっと微笑んだ後、少女は獣を下ろしてから、汐に目線を合わせた。
「あのね、汐ちゃん。今、汐ちゃんのパパはどうしてる?」
「パパ? パパはいま、ねてておきない。うしおのかわりにくるまにぶつかってからずっとおきない」
途端、しゅんとなる汐の頭を、少女はそっと撫でた。
「そう……。大変だったね……。でも、もう大丈夫だよ。汐ちゃんのパパはもうすぐ起きるから」
「ほんとう……?」
「うん。パパはこの世界での役目を終えたから……。次に汐ちゃんが目が覚めたら、パパもきっと起きるよ」
朋也が起きると聞いて、汐は喜びをあらわにする。
「だから汐ちゃん。あなたも自分の世界に帰るの」
「かえる? どうやって?」
首を傾げる汐を優しく撫で続けながら、少女は笑った。
「大丈夫。あなたは眠ればいい。そうしたら次におきたときには、元の世界に帰って、パパも起きてるはずだから……」
少女はその場に足を伸ばして座ると、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「ほら、おいで」
少女に誘われ、汐はゆっくりと身を横たえて頭を少女の膝に乗せる。そして、少女は優しく汐を撫でながら口ずさんだ。少女にとっての思い出の歌を。汐の大好きな歌を。
「だんご♪ だんご♪ だんご♪」
汐が徐々に目を閉じていく中、少女は小さく呟いた。
「ごめんね。今までパパを借りてて……。最後に、パパに伝えて。ありがとうって……」
その呟きが汐に届いたかどうかは、少女は知らない。
「…………ぅゅ……?」
周りがにわかに騒がしくなり、汐はゆっくりと目を覚ました。
「ママ……?」
寝る前は大好きな母親に膝枕してもらっていたはずなのに、今は傍にすらいない。
「ママ……?」
渚を呼びながら不安そうに辺りをきょろきょろと見回す汐を誰かが呼んだ。
「汐!」
その声は、汐にとってとても待ちわびた声。呼ばれた汐は一瞬だけ身をすくませた後、ゆっくりと振り返り、自分を呼ぶ人物を見て、ぱっと顔を綻ばせた。
「パパ!」
汐は、ベッドから半身を起こしている朋也に向かって思いっきり飛びついた。
「うぉっ!?」
慌てて抱きとめた朋也は、自分の胸に頬擦りするウシオの頭を撫でる。
「おかえりパパ!」
「ああ、ただいま」
その横では、渚が嬉し涙を浮かべていた。
その後の朋也の病室は大変なことになった。
朋也の意識が戻ったことで、検査と質問のために医者が、そして、朋也が起きたと椋から聞きつけた杏が、ことみが、智代が、芳野夫婦が、(汐目当ての)風子が、勝平が、そして古河夫妻と直幸、史乃までもが一気に病室に訪れ、病室内は一気に賑やかになった。
「皆……、心配かけてすまなかった!」
集まってくれた人たちに対して、朋也はベッドの上から画張りと頭を下げた。そして、渚と汐に視線を向ける。
「特に、渚と汐にはすげぇ迷惑かけちまったな……」
そう言って深々と頭を下げる朋也を、秋生が軽く小突いた。
「ばーか。何度も言ってんだろうが。家族ってもんはお互いに迷惑を掛け合って、それでも助け合って生きていくもんだってな。これが、お前がわざとそうしようと思ってやったなら俺がブチキレてたところだが、今回は車に轢かれそうになった汐を助けようとした結果だろう? だったらてめぇが謝る必要なんてねぇんだよ」
「おっさん……」
秋生の言葉に朋也が顔を上げれば、朋也を見つめる全員の顔が、昭雄の言うとおりだと物語っていた。
「皆……。本当に……ありがとう……」
朋也はもう一度、しかし、今度は違う理由で頭を下げた。
「ま、それでもてめぇが迷惑掛けたって思ってんだったら、今後、何かしらの形で帰してもらう。それでいいだろう?」
秋生がぐるりと見回せば、集まった全員が頷いた。
「そうね。ま、どうしても朋也がお返ししたいって言うんだったら、私は断らないわよ?」
「それは私も同じだな」
「何をしてもらうか、楽しみなの……」
「お姉ちゃん、智代ちゃん、ことみちゃん……」
「ああ、これぞまさしく愛!」
「ゆー君はちょっと黙っててくださいね」
「それじゃあ、汐ちゃんを妹にさせてください!」
「僕も何か考えて置こうっと」
一部どさくさにまぎれて変なことを言ったりする人もいたが、それでも彼らの心の温かさに、朋也はもう一度静かに頭を下げるのだった。
それからさらに二週間後。
朋也は怪我がある程度治ってきたこともあり、リハビリを始めていた。何せ、二週間も意識が戻らず、その間はずっと寝たきりだったのだ。すっかり筋肉が衰えていても仕方ないことである。
ともあれ、順調にリハビリもこなし、医者からの許可も無事にもらえた朋也は、やっと退院することができた。
「……これでよしっと」
渚が持ってきてくれたスポーツバッグに着替えやら日用品やらを詰め込み終えた朋也は、部屋全体をぐるりと見回し、忘れ物がないことを確認する。
「汐、忘れ物はないよな?」
「ない!」
「よし」
元気よく答えた汐をくシャリと撫でて朋也はバッグを肩に担ぐと、渚と汐に手を差し出す。
「さぁ、帰ろうぜ。俺達の家に」
「はい!」
「お~!」
こうして親子三人は仲良く手を繋いで病院を後にした。