CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
その日、仕事中の朋也に、渚から連絡が入った。曰く、
『ちょっと他のパートの方が急病で休んでしまいまして、代わりの人が来るまで私が働くことになってしまったので、しおちゃんをお迎えにいけないんです。お父さんやお母さんにも連絡してみましたが、ちょっと連絡が取れなかったんです。ですから、申し訳ないですが、朋也君、お迎えお願いできますか?』
とのことらしい。
朋也は、ざっとその日の工程を思い浮かべてみたが、幸い途中で抜けて戻ってくるくらいなら何とかなりそうだと判断し、念のために上司の祐介に了解を取ってから、渚に了承を伝えた。
そして、ちょうど汐の幼稚園が終わるタイミングを見計らって、祐介に断りを入れてから汐を迎えにいった。
それからしばらくして、幼稚園に着いた朋也は、門のところに立って園児を見送る杏を見つけ、声を掛ける。
「杏! 汐はいるか?」
朋也の声にくるりと振り返った杏は、珍しいものでも見たといわんばかりに、朋也をじろじろと見た後、園内で猪の〈ぼたん〉と遊んでいた汐に向かって声を掛けた。
「汐ちゃ~ん! 甲斐性なしが迎えに来たわよ~!」
その台詞にあわてたのは朋也だ。
「コラコラコラコラ! うちの娘に妙なことを吹き込むな!」
嬉しそうに走り寄ってきた汐を抱きしめながら抗議の声を上げる朋也を、杏は華麗にスルーして、汐に笑いかけた。
「それじゃ、汐ちゃん。気をつけて帰るのよ? また明日ね」
「きょーせんせー、さよーなら」
ぺこりと頭を下げた汐は、朋也と連れ立って家へと帰っていった。
やがて、家に帰り着いた朋也は、玄関で汐に見送られる。
「それじゃ、汐。パパはまた仕事に行ってくるからな。ママが帰ってくるまで一人で留守番できるか?」
「うん」
「そうか。玄関の鍵は、誰が来ても開けちゃだめだぞ?」
「わかった」
「何かあったら早苗さんに電話するんだぞ? 電話の掛け方は知ってるな?」
「うん」
「よし、それじゃ、パパ行ってくるな」
「パパ、がんばって!」
「おう、行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
がらがらと玄関を締めて鍵を掛けた朋也は、若干心配になりつつも仕事場へ急いで戻っていった。
一方、お留守番を任された汐はというと、最初は家の中をうろうろしたり、だんご大家族のぬいぐるみで遊んだりしていたが、やがて飽きたのか、外をぼうっと眺め始めた。そして。
「よし」
一人で頷いたかと思うと、とてとてと玄関から自分の靴を取ってきて庭に出ると、そのまま家を出て散歩を始めた。
「だんご♪ だんご♪」
大好きな歌を歌いながら、当てのない散歩に出かける。汐の趣味だった。
そうして歩くことしばし、汐は一軒の喫茶店の前で立ち止まった。看板には〈喫茶ゆきねぇ〉と書かれている。
じっと看板を見上げる汐に、誰かが後ろから声を掛けてきた。
「こんにちは。うちの店に何か御用ですか?」
おっとりしていてかつ丁寧な口調に汐が振り返ると、そこには一人の女性がいた。宮沢有紀寧である。
「あら? あなたは岡崎さんの……」
有紀寧は小さなお客さんが汐であることに気付くと、にっこり笑って、汐を中に招き入れた。
「どうぞ。中に入ってください」
「いらっしゃいませ!」
言われるがままに中に入った汐は、中にいた野太い声を発する強面店員たちをみて思わず有紀寧の後ろに隠れてしまった。
「ゆきねぇ、その子は?」
リーゼントに革ジャン、ジーパンというおよそ店員らしからぬ格好の男が訊ねると、有紀寧は困ったように笑いながら汐を紹介した。
「この子は、岡崎さんの娘さんです。汐ちゃんっていうんですよ」
「岡崎って言うと、あの兄ちゃんですか? へぇ……、全然似てねぇですね」
「あはは……。汐ちゃんはお母さん似なんですよ」
「へぇ、そうなんですかい。おう、嬢ちゃん。そこに立ってねぇで座んなよ」
リーゼント男が、有紀寧の後ろに隠れていた汐をひょいと抱え上げ、カウンター席に座らせる。するとすかさず、目が細い坊主頭の男が、グラスによく冷えたオレンジジュースを注ぎ、汐の前に出した。
「まぁ、飲みな」
きょとんとしていた汐は、ゆっくりとグラスに口を付けた。みるみる減っていくオレンジジュースと、美味しそうに飲む汐を見て、坊主頭の店員が笑いながら訊いた。
「どうだ? うめぇか?」
一気に飲み干した汐は、にっこり笑いながら頷いた。
「おいしい!」
その後、すっかり警戒心を解いた汐は、強面だが気のいい店員たちに遊んでもらい、すっかり満足して店を出た。
「嬢ちゃん。また来いよ!」
「いつでもジュースを奢ってやるぜ!」
「またいつでも来てくださいね」
「うん!」
彼らに見送られ、汐は散歩を再開させた。
「だんご♪ だんご♪」
歌を歌いながら、交差点を渡り、歩道橋を渡って、坂道を上り、犬と触れ合って、狭い小道を通り、気が付けば見知らぬ民家の庭に迷い込んでいた。
「…………?」
見覚えのないきょろきょろ視線を彷徨わせる汐に、誰かが声を掛ける。
「一昨日は兎を見たの……」
汐が振り向くと、そこには見知った人物、一ノ瀬ことみがいた。ことみは、にっこり笑いながら続きを口にする。
「一昨日は兎を見たの……、昨日は鹿……、今日はあなた……。あなたは汐ちゃん」
「ことみおねーちゃん!」
汐は破顔しながらことみに駆け寄る。
「こんにちはなの、汐ちゃん」
ゆっくりと頭を下げることみに対して、汐も同じようにぺこりと頭を下げる。
「こんにちは」
「よくできましたなの」
「えへへ」
母親そっくりの笑顔を浮かべる汐の頭を、琴美は優しく撫でてから、ことりと首を傾げる。
「汐ちゃん、今日はどうしたの? 私に何かご用?」
「ううん」
汐は首を振って否定する。
「きょうは、うしおひとりでおさんぽしてた」
「ひとりで? 汐ちゃんはすごいの」
褒められて得意げに胸を張る汐に、ことみはいいことを思いついたとばかりにポンと手を打った。
「それじゃあ、ご褒美にアップルパイを上げるの」
「わ~い!」
「じゃあ、汐ちゃんはまずあそこの水道で手を洗ってきてほしいの。私はその間に用意しておくから」
「わかった!」
元気よく返事をして、庭に設置された水道まで走っていく汐を見て微笑んだことみは、ゆっくりとお茶の準備を始めた。
それから少しして、庭に設置されたテーブルに切り分けたアップルパイと、ホカホカと湯気を立てる紅茶を用意したことみは、汐と並んで椅子に座ると、
「「いただきます」」
両手を合わせてから食べ始めた。
思い切りよくアップルパイにかぶりついた汐は、しばらくもぐもぐと咀嚼した後、ことみに向かって満面の笑みを向けた。
「おいしい!」
「それはよかったの」
それから二人は、朋也のことや渚のことを話しながらゆっくりと過ごした。
そうしているうちに徐々に日が暮れだしてきたことに気付いたことみが、ゆっくりと立ち上がると、汐に手を伸ばす。
「そろそろ帰らないと、朋也君と渚ちゃんが心配するの」
「うん」
差し出された手を、汐はしっかりと握って、二人は歩きはじめた。そうして、ことみの家を出て、光坂高校の男子寮の前を通りかかった時のことだった。
突然、二人の若い男がことみと汐の行く手を遮り、更に二人を取り囲むようにわらわらと男たちが姿を現した。
「なぁなぁ、姉ちゃん。俺たちと遊ぼうぜ? そっちの子も俺たちが面倒見てやるからよ」
下卑た笑いを浮かべながら、ゆっくりと包囲の輪を縮めていく男たち。
汐は怯えて、しっかりとことみの服を掴む。それに対して、ことみはというと、怯えた表情を見せながら、「いじめっこ? いじめっこ?」と言いながら、震えている。
当然、そんなことで男たちが止まるはずもなく、ゆっくりとのばされた男の手が、正にことみの肩を掴もうとした瞬間。
――ばきゃっ!
「ぐへぇっ!?」
激しい音とともに短い男の悲鳴が響いた。全員がそちらに注目する。
そこには地面に無様に倒れ伏した一人の男と、ものすごいプレッシャーを発しながら近づいてくる一人の女性がいた。その女性の名は坂上智代。男たちが汐とことみを取り囲んでいた場所、男子寮の寮母をしている。そして、とっても強い。
そんなことなど知らない男たちは、仲間がやられたことで色めき立ち、智代を取り囲み始める。
「ねぇちゃん。いきなり現れて仲間をやるとか、どういう了見だ?」
凄みながら理由を問う男に、智代は怒気を発しながら答えた。
「お前たちが寮の前でバカなことをやっているからだろう? それにそこの二人は私の知り合いだ。知り合いが困っているなら助けるのが人として当たり前のことだろう」
ごく正論を言われ、言い返せない男は、強硬手段に出ることにした。
「ちっ! 御託なんざしらねぇよ! とりあえず泣かせてから、俺たちが遊んでやるよ!」
それを合図に、一斉に智代に跳びかかる男たち。が、智代はため息をついてから、怯えることみと汐に告げた。
「二人とも、目を瞑っていてくれ」
言われた通り、目を瞑ることみと汐は、しばらくの間、肉を殴打する鈍い音と、男たちの悲鳴だけを聞いていた。
それから少しして、最後の一人を片づけた智代は、律儀にしっかり目を瞑って、お互いに抱き合っている汐とことみをみて少し苦笑した後、
「二人とも、もういいぞ」
と、声を掛けた。
汐とことみはゆっくりと目を開け、倒れ伏した男たちの前で平然としている智代に気付き、安堵のため息をついた。
「ありがとうなの。智代ちゃん、とってもとっても強いの」
「ともよおねーちゃん。ありがとうございます」
二人にお礼を言われ、智代は少し顔を赤くする。
「よしてくれ。私は当然のことを下までだ。それよりも……」
ふと、智代が空を見上げれば、すっかり暗くなっていた。
「ことみさんは、汐ちゃんを朋也の家に送っていく最中なのだろう? 物騒だから私も一緒についていこう」
と提案した智代に、汐とことみはお互いに顔を見合わせた後、揃って頭を下げた。
「「おねがいします(なの)」」
智代は逸れに微笑んで、三人は連れ立って岡崎家へ歩いていった。
しばらくして、岡崎家についた三人は、折よく帰ってきた渚と家の前で鉢合わせた。
ことみと智代が事情を放すと、それならばお礼にと渚が夕飯をごちそうすることにし、直後に帰ってきた朋也も交えて、にぎやかな時を過ごした。
ことみと智代が帰り、先に汐と風呂に入るように言われた朋也が、浴室で汐の頭にお湯を掛けながら問いかける。
「汐、今日は楽しかったか?」
「うん! ゆきねおねーちゃんも、ことみおねーちゃんも、ともよおねーちゃんもやさしかった!」
「そっか。それはよかったな。……お湯、掛けるぞ?」
「うん」
ゆっくりと娘の頭にお湯を掛けながら、朋也は娘が無事に帰ってきたことを改めて友人二人に感謝した。