CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
それは、朋也たちがいつものように古河家に顔を出していたときのことだった。
秋生が、倉庫からアルバムを引っ張り出して、汐に見せながらそのときのエピソードを語って聞かせていた。ちなみに、早苗と渚は買い物に、朋也は荷物もちについていった。
そんなとき、汐がふと一枚の写真に目を留めて、秋生に訊ねた。
「あっきー、このしゃしんなに?」
「ん? ……ああ、この写真か……」
汐が注目していたのは、白いタキシードを着込んだ芳野祐介と、その隣で幸せそうな笑顔を浮かべる純白のウェディングドレスを着た芳野公子、そしてその周りでいろんな人が笑顔で写っている写真だった。
「これはな……、渚の恩師の伊吹って先生の結婚式の写真だ。確か、俺達や小僧たちもいたはずだが……ああ、いたいた。ここに俺と早苗がいて、こっちに小僧と渚がいる」
「けっこんしき?」
ことりと首を傾げる汐に、秋生は少し考えた。
「結婚しきってのは……そうだな……。俺と早苗や、小僧と渚みたいに、夫婦になるための誓いをみんなの前でやるんだ」
「ふ~ん……」
納得したのかしてないのか、良く分からない顔をしながら、芳野夫妻の結婚式の写真をじっと見つめた汐は、何とはなしに訊いてみた。
「じゃあ、パパとママもけっこんしきやったの?」
そこで秋生は顎に手をあて、そういえばと思い出す。
「いや……、そういやぁ、あいつらはやってねぇな……」
秋生がそうつぶやいた丁度その時、タイミングよく朋也たちが戻ってきた。
「ただいま~」「ただ今戻りました」「ただいまです」
戻った朋也たちは冷蔵庫に買ってきた物を仕舞ってから、ひょいと今に顔を覗かせた。
「あら? アルバムを見てるんですか?」
早苗が懐かしそうな顔をしながら秋生の隣に座り、渚と一緒に懐かしそうにぱらぱらとページをめくる。
そんな中、秋生が朋也に声を掛けた。
「なぁ、小僧……」
「何だよ……?」
「お前たち、式を挙げる気はないか?」
「…………は?」
「は? じゃねぇよ。だから式だよ! 式!」
「いや、式って言われても……、何の式だよ?」
「んなもん、結婚式に決まってんだろう」
(いや、決まってるのかよ……)と内心ツッコミを入れつつ、朋也は考えた。
「そういやぁ、やってなかったっけ……。結婚式……かぁ……」
朋也の脳裏に浮かんだのは、上司の祐介と渚の恩師、公子の結婚式の様子だ。あの時の二人は本当に幸せそうだった。もちろん、自分たちは今でも十分幸せなのだが……。
ちらり、と、早苗や汐と一緒にアルバムをめくっている渚に視線を送る。
「なぁ、おっさん……」
「あん?」
「やっぱり……やった方がいいのかな……」
「さぁな。俺には分からねぇよ。実際、俺たちもやってねぇわけだし……。まぁ、俺たちは結婚してからも、渚が生まれてからもとにかく余裕がなさ過ぎたからできなかったわけだがな。けどな……、こういうのはやっておいて損はねぇと俺は思ってる」
「そうか……」
朋也は何かを考え込むように黙り込んでしまった。
その日の夜。
汐が寝静まった後で、朋也は渚に向かい合っていた。
「なぁ、渚……」
渚が淹れてくれたお茶をすすりながら、朋也が声を掛けた。
「なんですか?」
「その…………、お前さ……」
ことりと首を傾げつつ見つめてくる妻に、朋也は言いにくそうに口をパクパクさせた後、思い切って聞いてみることにした。
「お前さ、ウェディングドレス着たいと思わないか?」
「…………え?」
渚が困惑するのも構わず、朋也は話を続けた。
「その……な。今日、おっさんところでアルバム見てただろ? その中に、芳野さんと公子さんの結婚式の写真があったの覚えてるか?」
「はい。とっても懐かしかったです」
「ああ、俺もだ。それでだな、その時にふと思ったんだが、俺たちは結婚して汐も生まれてるのに、まだ結婚式をやってなかったよな? それで、お前はどう思ってるのかなと思ってさ……」
それを聞いて、渚はくすりと笑う。
「朋也君……」
「何だ?」
問い返す朋也に、渚は微笑んだ。
「私は、今でも十分幸せです。朋也君がいて、しおちゃんがいて、お父さんやお母さん、それに朋也君のお父さんにおばあさんがいる。他にもお友達の方がたくさんいる今がとても幸せです。だから、結婚式なんてしなくても全然平気です」
それに、と渚は続ける。
「これから、しおちゃんにたくさんお金を使わなければいけません。だから、今は少しでもしおちゃんのためにお金をためておいた方がいいと思うんです」
「渚……」
「それじゃあ、そろそろ寝ましょう。朋也君、明日もお仕事です」
そして渚は湯呑を片づけ始めた。
朋也は、その背中を目で追いながら小さく呟いた。
「ああ……、そうだな……」
翌日、朋也は昼休みに祐介の隣で、渚お手製の弁当を食べながら何となくつぶやいた。
「やっぱり……、結婚式はしたほうがいいんですかね……?」
「はぁ?」
突然のことに、祐介がぽかんとした表情になる。
「お前は突然何を言ってるんだ?」
呆れたような顔をする祐介に、朋也は事情を説明した。
「ああ、いえ。昨日、渚の実家に帰った時に、おっさんにやらないのかと聞かれたんですよ。それで、昨夜に渚に訊いてみたら、別にいい、今は汐のお金を貯めた方がいいと言ったもんですから……」
「お前は何を言ってるんだ?」
「え? あ、だから昨日……」
「違う、そうじゃない」
朋也の言葉を遮って、祐介は呆れたようにため息をついた。
「いいか、岡崎。女性はな、いつだってウェディングドレスに憧れてるもんなんだよ。人生の中で最もきらびやかに着飾って、最も注目を集め、誰もが認める主役になれる瞬間。それが結婚式なんだ。それだけじゃない。神の前で、人の前で永遠の愛を誓うことで、より一層、お互いの愛を確固たるものにする。それもまた結婚式だ! そして、それこそが究極の愛の形!」
最後の言葉は聞き流しながら、朋也は思う。やはり、渚も憧れるものなんだろうと。
朋也は渚のお手製弁当を頬張りながら一人決意した。
「(後で、おっさんと早苗さんに相談してみるか)」
そうして朋也は、その日から渚に隠して、いろいろと準備を始めた。
秋生と早苗に相談し、準備資金を援助してもらい、渚に内緒で友人たちに招待状を送り、早苗に協力してもらってウェディングドレスづくりの採寸をしたりと、日夜動き回っていた。
そうして順調にことを進め、全ての準備が整ったとの連絡がきたその日、朋也は夕食の席でできるだけ平静を装って、渚に提案した。
「渚、今度の休みの日、家族で出かけないか?」
それを聞いて、渚は顔を綻ばせる。
「いいですね。どこに行きましょうか? しおちゃんはどこに行きたいですか?」
渚に問われ、「ん~」と唸りながら頭を悩ませる汐に、朋也はこっそり汐にウィンクを飛ばす。
それに気付いた汐は、朋也に向かって頷くと、
「パパにおまかせ!」
と言いながら笑った。朋也は内心で娘をべた褒めにする。
「よし、任せろ! パパがとびっきりのところに連れて行ってやる!」
「わ~い!」
「どこに連れて行ってくれるんでしょうか……。楽しみですね、しおちゃん」
「うん!」
渚と汐は、無邪気に笑いあった。
それから数日後。
前日に緊張感からよく眠れなかった朋也は、寝不足の頭を抱えたまま、愛する妻の作った朝食を食べ、戸締りを確認してから、親子三人で連れ立って出かけた。
家を出て少ししたところで、渚が訊ねてくる。
「それで朋也君。今日はどこに行くんですか?」
「ん? ああ、それはついてからのお楽しみだ。な、汐?」
「うん、おたのしみ!」
「えぇっ!? しおちゃんはどこに行くか知ってるんですか!? 私だけ仲間はずれです!」
ぷりぷりと抗議の声を上げる渚をあしらいながら、親子三人は歩いていき、やがて。
「ほら、着いたぞ」
朋也が立ち止まった場所を見て、渚は首を捻った。
「ここは……、学校……ですよね? 今日は学校で何かありましたっけ?」
自分の学生時代のことを思い返しながら訊ねる渚に、朋也は微笑みを向けてその背中を押した。
「いいから、行こうぜ」
「……………?」
何か釈然としないものを感じながらも、渚は朋也と汐と一緒に坂道を登る。
やがて、坂の上に近づくにつれ、渚は校門のところにたくさんの人がいるのが見え、目を丸くする。
「やっほ~、渚。来たわね」
「杏ちゃん……? それに皆さんも……、どうかしたんですか?」
しかし、杏は渚の質問には答えずに、渚の背中を押しはじめた。
「いいから、あんたはこっちに来て。汐ちゃんもママと一緒においでね」
戸惑う渚をよそに、杏は何人かと連れ立って校舎へ歩き出した。その背中に、朋也が声を掛ける。
「杏! 渚と汐、頼むな!」
朋也の言葉にひらひらと手を振って応えた杏たちは、校舎に消えていった。
それを見送った朋也の肩を、祐介が叩く。
「お前もそろそろ準備を始めるぞ」
「はい」
そして、朋也も校舎の中に入っていった。
それからしばらくして。
白いタキシードを着た朋也は、式場として選ばれた元三年D組の教室で緊張した面持ちで待機していた。
「少しは落ち着け」
神父服を着込んだ幸村が窘めるように言うと、朋也はますます居心地が悪そうにする。そんな中、杏が教室の後ろのドアから姿を現し、朋也に向かってサムズアップを見せる。
「お待たせ。準備できたわよ!」
杏がそう言ってから着替えを手伝った椋やことみらと共に席に着くと同時に、幸村が厳かに宣言した。
「うむ。それでは新婦入場」
その合図で秋生に手を引かれてはいってきた渚を見た瞬間、その場に居た全員からどよめきが走った。
純白のウェディングドレスに身を包み、うっすらと化粧を施した渚。その姿がとても綺麗で、朋也は目を丸くした。
やがて、赤い絨毯の上を歩き終えた秋生は、ゆっくりと渚の手を朋也に渡しながらつぶやく。
「渚を頼むぜ、朋也・・」
「……はい!」
いつもの軽口を叩かずに、しっかりと朋也は頷き、渚の手を引いて壇上に上がる。そして、粛々と式は始まった。
幸村のそれらしい説法に始まり、讃美歌の合唱、指輪の交換。そして、永遠の愛を誓う宣誓。
「岡崎朋也は妻を永遠に愛することを誓います!」
「岡崎渚は永遠に朋也君を愛します!」
二人はしっかりと皆の前で宣言し、そっと唇を重ねた。その瞬間沸き起こった拍手喝采に二人して照れる羽目になったが。
その後の、校庭に出てライスシャワーを浴びせられた後のブーケトスでは、杏、ことみ、智代、ついでに元男子寮寮母の相良美佐枝がブーケを取ろうと躍起になった挙句、ちゃっかり汐が手に入れてしまい、嘆く羽目になったのは別の話である。
そうこうしているうちに式が終わり、私服に着替えてから家に戻る途中で、渚が朋也に言った。
「朋也君、今日はありがとうございました。とてもいい思い出になりました」
「ああ、俺もやってよかったよ」
「でも、私に内緒にしたのは酷いです」
「うぐっ……、そ、それはお前を驚かせようと思って……」
「はい。私、とても驚きました。だから、今度は私が朋也君を驚かせます」
「……ああ、楽しみにしてるよ」
「パパ! ママ!」
少し前を行く汐が二人に向かって大きく手を振った。
二人はお互いに笑いあうと、
「行こうか、渚」
「はい」
手を取り合って、汐を追いかけた。