CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
季節が変わるのが早いものだと、純白のセパレートタイプの水着に身を包んだ妻と、オレンジ色のフリルが着いたワンピースタイプの水着を着た娘が、水の中ではしゃいでいるのを見ながら岡崎朋也は思う。
「この間、汐が幼稚園に通い始めたと思ったのにな……………ちっ」
朋也は軽く舌打ちをすると、近くに小さな子供がいるのにも関わらず、愛する渚をナンパしようとする不埒な輩を締めるために、急いで妻の元へと駆け寄った。
なぜ岡崎家がプールに来たのか、その原因は数日前までさかのぼる。
その日の夕食の時に、汐が唐突にこう言ったのだ。
「およげるようになりたい」
それに対して、渚が理由を問うた。
「どうして、泳げるようになりたいんですか?」
「えとね、こんどプールびらきがあるからって、きょうせんせいがいってた。でもうしおおよいだことないから……」
そこまで言われて、朋也はそうかと納得した。
「そういえば、汐を一度もプールや海に連れて行ってやってなかったっけ」
朋也の言葉に、渚も頷く。
「そういえばそうですね。まだしおちゃんには危ないと思っていましたが……」
「そうだな。汐もそろそろ泳げるようになっておかないとな。よし汐。今度の日曜日は、皆でプールに行こうか」
朋也が笑いかけると、汐は「おー!」と元気よく拳を突き上げた。
とまぁ、そう言う理由で休日の日曜日に市民プールへ来た岡崎家だったわけだが、今は、お子様用プールの中央で、朋也がちゃらちゃらした格好の渚をナンパした男たちに睨み付けていた。
「てめぇら……、人の嫁に手ぇ出すとはどういう了見だ? あぁっ!?」
その迫力に、思わず男たちの腰が引ける。そして。
「「す……、すみませんでした~~~!!」」
ナンパ男たちは謝りながら走り去っていった。
「お~~~~~。パパかっこいい」
汐がキラキラした目で朋也を見て、渚は苦笑いをしていた。
ともあれ、無事にナンパを撃退した朋也たちは、水深の浅い子供用プールで早速汐の水泳特訓を始めた。
「いいか、汐? まずはゆっくりでいいから水に顔を付けてみろ。できるか?」
「うん!」
「しおちゃん、ファイトですよ」
「お~!」
元気よく返事をした汐は、大きく息を吸い込んでそのまま水中に潜り込んだ。そして、そのまま数秒間、水中に沈んでいた後……、
「……ぷはぁっ」
ざばりと水を掻き分けて浮上し、ごしごしと両手で顔を拭った。
そんな汐を、朋也と渚が褒める。
「よく頑張ったな、汐」
「しおちゃん、すごいです!」
「えへへ~」
得意満面の汐の頭を撫でながら、朋也がどこからか持ってきたビート板を汐に手渡した。
「よし、今度は水に浮く特訓だ。汐、いいか? これをこうして持って、ゆっくりと体の力を抜くんだ。できるか?」
実際に実演しながら訊ねる。汐はそれに頷いてから、ビート板を受け取って、ゆっくりと水に浮かんだ。
「おお~~~~!」
感動したような汐に苦笑しながら、朋也が次のステップを説明する。
「それじゃあ、汐。今度はそのまま足をばしゃばしゃさせてみろ。前に進むはずだ」
「わかった!」
返事をしてからばしゃばしゃと足を動かす汐。しかし、一向に前に進む気配はなく、きょとんとしている。
「…………? すすまない?」
なおも足をバタバタさせるが、やはり前に進まず首を傾げる汐に、朋也が苦笑しながらアドバイスをする。
「汐、膝を曲げちゃだめだ。足をまっすぐ伸ばしたまま、動かすんだよ」
「ほら、こうやるんですよ、しおちゃん。はい、イチニ、イチニ」
渚が汐の足を持って、掛け声とともに足を交互に動かす。
「いちに、いちに……」
汐も一緒に声を出して足を懸命に動かしていくと、徐々に体が前に進み始めた。
渚がそれを見計らって手を放すと、汐はそのまま足をバタバタさせて前に進んでいく。そして、少ししたところで立つと、とてとてと歩いて戻ってきて、
「できた」
と胸を張った。
「えらいぞ、汐!」「しおちゃん、すごいです!」
手放しで褒める朋也と渚はやはり親バカなのだろう。
何はともあれ、その後も、汐に息継ぎの仕方などを教えていき、昼食を食べ終えたころには、汐は一人で泳ぎ回れるようになっていた。
そうしてしばらくして、帰りの電車の中。
汐は遊び疲れて、渚の膝の上ですやすやと寝息を立てていた。
そんな汐の頭を優しく撫でながら、渚が小さく笑う。
「今日の朋也君はとてもお父さんらしかったです。しおちゃんに教えるのもとても上手でした」
「そうか?」
朋也がちょっと照れるように首を傾げると、渚がえへへと笑いながら頷く。
「そうですよ。私がお父さんに泳ぎを教えてもらった時は、『気合だ!』としか教えてくれなかったですから。結局、後になってお母さんが教えてくれたんですけどね」
「それは意外だな……。おっさんのことだから丁寧に教えたのかと思ったのに……」
「お父さんは、一緒に遊ぶのは得意なんですけど、教えるのは苦手なんです。お母さんは、学校の先生でしたから、教えるのもとても上手でした」
「おっさんらしいというか、なんというか……」
朋也が苦笑していると、渚は少し言いにくそうに少しだけ躊躇った後、それでもしっかりと口を開いた。極力、軽く聞こえるように笑いながら。
「朋也君は……、やっぱりお義父さんに教えてもらったんですか?」
父という言葉に、一瞬動揺した朋也は、渚から顔を逸らした。
「さぁ……、どうだったかな? そんな昔のことは忘れちまったよ……」
朋也の様子を見て、渚は真剣な顔で朋也を見る。
「朋也君、まだお義父さんとお話しできませんか? しおちゃんも、まだお義父さんに会ってないです。それは寂しいです。きっとしおちゃんも会いたいと思ってるはずです」
「……ああ、……そうだな……」
実際、朋也もこのままではだめだということは分かっていた。ただ、怖いのだ。話に行って、自分を息子として見れくれない、家族として見てくれないのではないかと思うと。だから、学生のころに家を出て、今の今まで逃げ続けていたのだ。
朋也が辛そうに顔を歪めるのを見て、渚は思う。
どうにかして、朋也と直幸を仲直りさせたいと。でも、普通に話をさせてもだめだろう。彼らの間には、それほどの深い溝があるのだから。事実、自分たちが結婚すると刑務所に報告しに行った時も、どこか他人行儀に「おめでとう」と祝福されただけだったのだから。
それでも、何かきっかけがあれば、きっと二人は仲直りできるはず。歩み寄れるはず。今度、両親に相談してみよう。
渚は一人、決意した。
それから数日後。
幼稚園から帰ってきた汐は、終始ご機嫌な様子で、お気に入りのだんご大家族のぬいぐるみを頭に乗せていた。
「渚、汐のやつ、何かいいことでもあったのか?」
朋也に聞かれ、渚はにっこり笑った。
「実は、今日、幼稚園のプール開きだったのですが、その時にしおちゃんが泳いで杏ちゃんに褒められたそうなんです」
「へぇ~。よかったな、汐!」
「うん!」
ぐっと親指を突きだす朋也に、同じような仕草を返した汐は、にっこり笑って、再び部屋の中をとてとてと走り始めた。
それを微笑ましそうに見た渚が、朋也に顔を向けた。
「朋也君、先にしおちゃんと一緒にお風呂に入っちゃってください。私はお夕飯の支度をしてから入りますので」
「そうか? 悪いな」
そして朋也は部屋の中を走り回る汐に声を掛けて着替えを用意すると、二人一緒に風呂場に入っていった。
それを見送った渚は、こそこそと電話を掛ける。
「…………あ、お母さんですか? 私です、渚です。この間お話したことなんですけど……」
こうして、朋也のあずかり知らぬところで、少しずつ計画は進められていった。