CLANNAD ~Sequel of After Story~   作:gachamuk

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第1章 第4話 和解への旅路

 朋也は最近、妻が自分に何かを隠していることを感じていた。どうも、自分がいないときに、こそこそとどこかへと電話を掛けているみたいなのだ。

 本人に直接問うてみても、誤魔化すように笑うだけ。だから、何かを隠しているのは分かっていても、その何かが分からずもやもやしていた。

「汐は何か知らないか?」

 ダメ元で娘に聞いてみたが、返ってきた答えは予想通りのものだった。

「ううん、しらない」

 朋也は自然と不安になった。まさか、浮気でもしてるのだろうか。いや、渚に限ってそれはありえない。何か厄介ごとでも抱えてしまったのだろうか。だったら、何故自分に相談しない。一体何を隠している……。

 どんどんもやもやしてきた朋也は、ついに仕事に身が入らなくなって、上司の芳野祐介に怒られてしまう始末だった。

「岡崎。お前、どうしたんだ? 心ここにあらずといった感じだぞ?」

「すいません……。実は最近、渚の様子がおかしくて……。どうも俺に隠し事してるみたいなんですけど……」

 祐介はため息をついた。

「あのな、岡崎。いくら夫婦であろうと、人間である以上、相手にいえないことも出てくるだろう。詮索してやるな。渚さんを信じてやれ。必要があれば、そのうち彼女から話してくれるだろう。それまで何も言わず見守ってやる。それこそが……愛だ!」

 無駄に恰好付けて言う祐介に苦笑しながらも、朋也は納得した。

 そうだ。最後のほうはともかくとして、芳野さんの言う通りだ。自分は何をうろたえていたのか。

「分かりました。芳野さん。俺、渚を信じて待ちます!」

「ああ、それでいい。それこそが愛!」

「ところで、芳野さんも公子さんに黙ってることあるんですか?」

「……? ある。俺が事務仕事が苦手で、書類整理は5分でキレてしまうこととかな……。彼女には決して言うなよ? ああ見えて、彼女は怒ると怖いんだ……」

 ものすごい剣幕でにらみつけてくる祐介に、朋也は思わず頷いたのだった。

 

 それから数日後。

 夕食のときに、渚が「旅行に行きましょう」と話を切り出した。

「何でまた突然……?」

 首を傾げる朋也に、渚はしどろもどろになりながら答える。

「えっとですね……。実は……。お父さんとお母さんが、私達が新婚旅行に行ってないことを気にしていたらしく……。最近は少しずつ余裕も出てきたことだし、いい機会だから行って来いって……」

「新婚旅行か……。確かに行ってなかったな……」

 ずずっと味噌汁を啜りながら朋也が呟くと、渚が上目遣いに朋也を見つめる。

「だめ……でしょうか?」

「いや、いいんじゃないか? せっかくおっさんと早苗さんが気を利かせてくれたんだ。甘えておこうぜ」

 朋也が笑いながら答えると、渚も顔を綻ばせた。と、そこへ、それまで両親の話を話半分に聞いていた汐が首を傾げる。

「りょこー?」

「ああ、そうだ。汐も旅行行きたいか?」

「うん! いきたい!」

「そっか。それじゃ、パパとママと汐の三人で行こうな!」

「うん! たのしみ!」

 満面の笑みを浮かべる汐を見て、朋也と渚はそろって目を細めた。

 その後、具体的な日程を決め、翌日に朋也は、早速職場の親方に休みを申請し、無事に受理された。

 こうして、岡崎家は初の家族旅行に出かけることになったのだった。

 

 旅行初日の朝、前日にテンションが上がりまくって中々寝付けなかった汐を起こして出かける準備をした朋也たちは、事前に早苗に渡されていた旅行プランに従って電車に乗り込んだ。そのプランによると、目指す先は東北らしい。

 なぜ東北と思わなくもない朋也だったが、初めての家族旅行で汐も喜んでいることだし、気にすることもないかと思い直した。

 その後、渚の作ったお弁当を皆で食べたり、楽しく話したりしているうちに、その日に泊まる宿のある街へとついた。そこは、日本でも有数の温泉街で、旅行プランに寄れば、初日はここでゆっくりと過ごすらしい。

 早速宿にチェックインした朋也たちは、部屋に荷物を置いて浴衣に着替えると、そのまま温泉へ入ることにした。

 入り口で渚と汐と分かれて男湯に入った朋也は、垣根を隔てて聞こえてくる汐のはしゃぐ声と、それを諌める渚の声に思わず苦笑いを漏らしてしまった。

 それはともかくとして、のんびり温泉に浸かった後は、美味しい海の幸を堪能し、はしゃぎ疲れて早々に眠ってしまった汐を布団に寝かせてから、朋也と渚は月明かりの下で翌日の予定を確認していた。

「予定表によると、明日はまた電車に乗って移動して、菜の花畑を見に行くそうです」

「へぇ……。あれ?」

 予定表を確認していた朋也は、そこに書かれていた一文に疑問を覚えた。

「なぁ、渚。ここんとこ……。俺だけ別行動って書いてあるけど……」

「本当ですね……。何なんでしょうか……?」

「午後四時くらいに灯台へ俺一人……か……。ま、行ってみれば分かるだろ。この間、汐を頼むな」

「はい。お任せください」

「それじゃ、俺たちも寝るか」

「そうですね」

 そうして夫婦そろって布団に潜り込んだところで、渚が言いにくそうに口を開いた。

「あの……朋也君……?」

「何だ?」

「その……、手を繋いでもいいですか?」

「……? ああ、別にいいけど……?」

 そうして布団から出した朋也の手を渚が嬉しそうに握る。

「えへへ……。朋也君、温かいです」

 そう言ってにっこりほほ笑む妻に、朋也の心臓が高鳴った。そして、

「っ! 渚!」

「わっ!? ちょっと朋也君!? こんなところで……」

 

 ……………………………………。

 

 ここから先は夫婦の時間である。

 何があったかは、翌日の朝に、二人して赤面している様子から察してほしい。

 それはさておき、三人そろって朝食を食べた後は、荷物を纏めてから宿をチェックアウト、そのまま電車に乗り込んで、最後の目的地を目指した。

 何度も電車を乗り継ぎ、山を越え、田園風景を通り過ぎ、一両しかない電車がきしみを上げて停車したのは、小さな無人駅だった。

 駅から出て、地図を頼りに菜の花畑を目指す朋也の目に飛び込んでくる木々が、家が、道が、朋也の脳裏をチクチクと刺激する。

「(この風景を……俺は知っている? いつだったか、この風景を見たことがある気がする?)」

「……? 朋也君? どうかしたしましたか?」

 渚に心配そうにのぞきこまれ、朋也は思考を中断すると、何でもないと首を振った。

 渚はまだ心配そうにしていたが、先に前に行った汐から「お~!」という歓声が聞こえ、そちらに意識を取られた。

「行ってみようぜ、渚」

 そう言って指しだされた朋也の手を、渚も「はい」と返事をして掴み、二人は並んで汐の元へと急いだ。そして、二人の目に飛び込んできたのは、眼前一杯に広がる黄色い菜の花畑。

「へぇ……」

「わぁ……素敵です」

この光景には朋也も渚も思わず感嘆の声を漏らした。

「パパ~! ママ~!」

 汐の声が聞こえ、ふと視線を下におろすと、既に菜の花畑に降りていた汐が、満面の笑みを浮かべてこちらに手を振っていた。

 朋也と渚が手を振りかえすと、汐はにっこり笑うとそのまま踵を返して菜の花畑を走り回った。

「汐~! あんまり遠くに行くなよ~! それと転ばないように気を付けろよ~!」

「わかった~!」

 元気よく返事をして駆け出す汐を微笑ましそうに見た朋也は、近くの木陰に座りながらため息をついた。

「本当に分かってるのかね? あいつは……」

「しおちゃんならきっと大丈夫です」

 隣に座りながらそう言う渚に、朋也はそうだなと頷いて、二人で汐を見守った。

 

 それからしばらくして、日もだいぶ傾いてきたころ。

 ちらりと腕時計を確認した朋也がゆっくりと立ち上がった。

「それじゃあ、渚。俺は、予定表通り、この先の灯台に行ってくる。汐のこと、頼むな」

「はい。行ってらっしゃい」

 朋也は行ってきますと答えて歩き始めた。そうして、灯台へと続く道を歩いていると、再び朋也の脳裏を、周りの光景がチクチクと刺激した。

「やっぱり……、俺はこの光景を知っている……。この先に、何が待ってるっていうんだ……、早苗さん……」

 朋也はこの光景をいつ見たのか思い出せず、もどかしい思いをしながらも歩を進めていく。そして、一陣の風が吹き、突如視界が開けた。

 木の柵で囲われた小さな広場のような場所、目の前に聳えたつ灯台とその先に広がる夕焼け色に染まった海。

 朋也がその光景に呆然としていると、灯台の下に立っていた一人の女性がゆっくりと朋也を振り返って、口を開いた。

「岡崎……朋也さんですね?」

 朋也はゆっくりと頷いてから、言葉を絞り出す。

「え、ええ……。あなたは……?」

「私は、岡崎史乃(しの)といいます」

「岡……崎……?」

 朋也の問いに、史乃と名乗った女性がゆっくり微笑んだ。

「ええ、あなたの父、直幸の母です。つまりはあなたの祖母です。古川さんというお方から、あなたがここに来ると言われて、お待ちしておりました」

 どうやら、秋生と早苗が仕組んだことらしいと気付いた朋也は、二人に対して舌を巻きながら、目の前の祖母に訊ねた。

「どうして……俺を?」

「それは、あなたに、直幸のことについてお話ししたいことがあるからです」

「親父の?」

 史乃は頷いた後ゆっくりと語りだした。

 直幸と、母である敦子あつこが学生の時に出会い、周囲の反対を押し切って結婚したこと。直幸は愛する妻のために学校をやめ、一生懸命働いたこと。そのうち、朋也が生まれ、幸せだったこと。しかし、敦子が事故に遭い、失意のどん底に落とされたこと。それでも、息子だけは自分の手で育て上げると史乃に誓い、朋也の手を引いてこの地から旅立っていったこと。朋也を育てるために、何度も仕事を首になりながら、それでも懸命に働いて、時にはなけなしのお金からおやつやおもちゃを買い与えたこと。

 それを聞いて、朋也ははっとする。

 そう、確かに自分はこの場所を、まだ若かった父に手を引かれて歩いていったことがある。そして、自分がかつて住んでいたあの家で、父の下手くそな料理を食べて育ち、おやつやおもちゃをもらって喜んでいた。

 そう、自分をここまで育てたのは、ほかでもない自分の父なのだ。お小遣いをくれたのも、ご飯を食べさせてくれたのも、家に住むためにかかる費用すべてを負担したのも。全部父がやってくれたことじゃないか。

 それに気付いたとき、自然と朋也の目からはらはらと涙が流れた。そして、痛感する。結局、自分は子供だったのだと。自分だって汐を育てて、親という物がどれだけ大変かを知っていたはずなのに、父を理解しようとしなかった。

 そんな朋也に、史乃が言葉を掛ける。

「朋也さん、あの子はダメな父親だったかもしれません。ですが、あの子は十分頑張りました。頑張りすぎました。だから、伝えてやってくれませんか? もうここに戻ってきてはどうかと。後はここに戻ってきて、ゆっくりしなさいと」

「……はい。必ず伝えます」

 朋也は涙を流しながら、史乃に頭を下げた。そして、思う。帰ったら、父と話をしようと。

 と、そこへ。

「パパ~!」

 渚に連れられた汐が、とてとてと走って朋也に抱き付いた。そして、朋也を見上げる。

「パパ、ないてる?」

 朋也は慌てて涙を拭うと、何でもないと笑った。

「その子が……」

 史乃の声に、朋也は振り返って汐を紹介する。

「はい。俺の娘、汐です。汐、挨拶して」

 朋也に促され、汐がぺこりと頭を下げる。

「おかざきうしおです。よろしくおねがいします」

「そうですか。私は岡崎史乃。あなたのひいおばあちゃんです」

「ひーおばーちゃん?」

 よく分からない汐がきょとんとすると、史乃はくすくす笑いながら汐の頭を撫でた。

「おばあちゃんでいいですよ」

「わかった!」

 汐が大きく頷き、史乃が満足そうに笑う。そこへ、渚が追いついて史乃に頭を下げる。

「朋也君の妻の渚です」

「そう……。あなたが……。朋也さんをよろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそです」

 そして渚と史乃はお互いに笑いあった。

 その後、その日の宿である史乃の家に移動した三人は旅の疲れを癒して、夜を明かした。

 

 翌日。

 朋也たちは、史乃に玄関で見送られていた。

「それじゃあ、朋也さん。あの子のこと、よろしくお願いしますね」

「はい。必ず伝えます」

 しっかりと史乃を見据えて返事をする朋也。それから三人は手を取り合って、彼らが住む街に帰っていった。

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