CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
「ちぃ~っす」「ただいま帰りました」「ただいま~」
旅行から帰ってきた岡崎家の三人はその足で古河家に顔を出し、それを早苗がいつもの笑顔で出迎えた。
「お帰りなさい、三人とも。旅行は楽しかったですか?」
「うん!」
「そうですか。それは何よりです。お疲れでしょう。中で休んで行ってください」
早苗に促され、三人は中にリビングへと上がりこむ。もっとも、渚は早苗と一緒に、お茶の準備をするために、キッチンへと入っていったが。
それはともかくとして、朋也と汐がリビングに入ると、そこには秋生がいた。
「おう、帰ったか。楽しかったか?」
「うん! 楽しかった! また行きたい!」
「そうか。じゃあ、今度は俺様と早苗と渚の四人で行こうな」
「何言ってやがるおっさん!」
自分だけ外された朋也が、あわてて秋生にツッコむが、秋生は朋也に食って掛かった。
「やかましい! 俺だって娘や孫に囲まれてハーレム状態で旅行したいんだよ!」
それに対して朋也が何も言わず自分の後ろを見ていることに気付いた秋生が、ゆっくりと振り返ると、そこには目に涙を一杯に溜めた早苗と、苦笑いを浮かべながら立っている渚がいた。
「あ……」
しまったとばかりに声を上げる秋生だが、説きすでに遅し。早苗はそのままぽろぽろと涙を溢れさせると、
「私は……、私は……仲間はずれなんですね~~~~~~っ!!」
脱兎のごとく外へと走っていってしまった。その際、お茶をこぼさないようにテーブルにおいている辺り、意外と余裕があるようだ。
ともあれ、秋生は舌打ちをすると、まだ熱いお茶を飲み干しながら、
「あち~っ! 俺は愛してるぞ~~~~~~~っ!!」
外へ走っていった早苗を追いかけていった。
このいつもの光景に、朋也と渚はお互いに顔を見合わせて苦笑し、汐はきょとんとしていた。
その後、早苗は何食わぬ顔で、秋生はぜぇぜぇと息を切らして戻ってきたてから、秋生からの「ウチに泊まってゆっくりして行け」という言葉に素直に甘えることにした朋也たちは、秋生と朋也で酒を飲み交わしたり、二人にお土産を渡したり、汐の身振り手振りを交えた旅行のお土産話に花を咲かせたりして楽しく過ごした。
明けて翌日。
古川家で朝食を取った朋也が、軽く渚に声を掛けた。
「渚、それじゃ俺……行ってくるよ」
「あ、それなら私も一緒に……」
行きます、と続けようとした渚を、朋也が手で制する。
「いや……、今回は俺一人で行かせてくれないか?」
「朋也君……」
心配そうにする渚に、朋也は安心させるように笑いかける。そこへ、秋生がお茶をすすりながら訊ねる。
「なんだ小僧? どっかでかけるのか?」
「ああ、ちょっと実家……、親父のところへな……」
「そうか……」
秋生は一瞬だけ真顔になり、そして。
「これは、お前の問題だから俺たちは何も言わねぇ。けどな、真剣に思いをぶつければ、きっと相手にも届く。それを忘れるな?」
「…………ああ、ありがとう」
朋也は頷いた後、すっと立ち上がった。
「それじゃ、行ってくる」
そう言って出ていこうとする朋也に、秋生がサムズアップを向けた。
「おう、行ってかましてこい!」
「何をだよ!」
シリアスな空気が台無しだった。
実家の前に立った朋也は、複雑な思いで実家を見上げた。
高校三年の時にこの家を出てから、今まで一度も寄り付かなくなった家は、自分の記憶にあるものより、少し寂れているように見える。
朋也はゆっくりと玄関の戸に手を掛け、がらがらと開け放つ。
「ただいま……」
小さく声を掛けてみるが、反応はない。が、朋也はそれに構うことなく靴を脱ぎ、父親がいるであろうリビングに入る。
果たして、そこに父・直幸はいた。
白髪だらけになってしまった髪、こけ落ちた頬、薄汚れたYシャツと擦り切れたスラックス。どれも朋也の記憶にある通りの姿だ。ふと、周りに目を向ければ、リビングはゴミだらけで、机の上には小さなラジオが競馬の実況を垂れ流している。窓は開けておらず、かといって電気を付けているわけでもないので、部屋の中は薄暗かった。
そんな家の有様に、朋也は悲しげな表情を浮かべると、座ったまま項垂れている直幸に声を掛けた。
「親父……」
軽く揺すってみるが反応はない。そこで朋也は、垂れ流しになっているラジオを切って、もう一度声を掛けてみた。
「父さん……」
ぴくり、と反応が返ってきた。
「ああ、朋也君……」
ゆっくりと顔を上げた直幸をみて、朋也は様々な思いを込めて呟いた。
「ただいま……」
そして、朋也はゆっくりと語りだす。
渚と汐、三人で東北に旅行に行ったこと。かつて父と一緒に歩いた道を、三人で歩いたこと。一面の菜の花畑に、汐が喜んでいたこと。そして、灯台で祖母・史乃にあっていろいろと聞いたこと。
「父さんの母親から聞いたよ。昔のこと。俺もいろいろ思い出した。こんな親不孝な俺のために一生懸命になってくれてたことも、おもちゃとかお菓子とか、いろいろ買ってくれたことも……。母さんを亡くして辛かったんだろうけど……。それでも俺を手放さずに一人で育ててくれた……。俺もさ……、親になって初めてわかった。子供を育てるのがどれだけ大変なことか。親になってやっと父さんの凄さに気付いた。俺……、今になってすげぇ、感謝してる。ありがとう……」
ちらりと見えた直幸は、話を聞いているのかどうかも分からない顔をしていた。それでも、朋也は感謝を述べた。仕事だけでも大変だったなのに、自分をきちんと育て上げてくれた父に対して、朋也は精一杯の感謝をこめて頭を下げ、そして話を続ける。
「だからさ……、もう……十分じゃないか? もう休んでもいいんじゃないか? 田舎に帰ってさ、あんたの……、父さんの母親のそばでゆっくり過ごしてもいいんじゃないか? 父さんの母親も、昔、父さんが誓いを立てた灯台で父さんを待ってる。だから……」
自分の言葉は父に届かないのだろうか。どれだけの想いをこめても、二度と届かないのだろうか。そんな思いが浮かび始めたその時、
「……もう……、いいのだろうか……?」
ぽつりと漏れた直幸の言葉に、朋也が慌てて顔を上げる。
直幸は、遠くを見るように天井を見上げ、再びぽつりと呟いた。
「俺は……やり終えたのだろうか……?」
目に涙が溢れてくるのを必死にこらえながら、朋也は大きく頷いた。
「ああ……! もう十分だ! あんたは……十分立派にやってくれたよ……。何もかもを犠牲にして俺を育ててくれたじゃないか。俺を見ろよ。今では嫁さんをもらって、子供もできて……。まだ立派とは言えないけど、それなりに頑張ってるんだ。こんな俺をここまで育ててくれたんだ。十分やり終えてくれたさ……」
「そうか……、よかった……」
それまで細められていた直幸の目が大きく開かれ、この日この時。親子は何年かぶりにお互いに笑いあった。
それから二人は、散らかった部屋を片付けながらいろいろなことを話しあった。朋也が家を出てから数年間、どのような暮らしをしていたのか、どんなものを見てきたのか。
そんな時だった。
来訪者が途絶えて、ならなくなって久しいインターフォンのチャイムが鳴らされた。受話器を取り上げようとする直幸を制して朋也が玄関まで向かうと、そこには渚と汐、そして古河夫妻がいた。
きょとんとする朋也に向かって、渚が言う。
「心配で来ちゃいました」
えへへと笑う渚に、朋也は苦笑を返した。その様子を見た秋生が何かに気付いたように確認する。
「うまくいったのか?」
「ああ……。皆、上がってくれ。だいぶ散らかってたから、今片付けてるけどな」
朋也に促されて全員が上がり込み、リビングで一人片づけていた直幸と対面する。
「親父……。紹介するよ。渚……はもう知ってるよな? それから、娘の汐。あんたの孫だ。汐、おじいちゃんに挨拶しなさい」
朋也に促され、汐がぺこりと頭を下げる。
「おかざきうしおです」
「岡崎直幸です。君のお祖父ちゃん……になるのかな?」
「おじーちゃん?」
「そうだよ。よろしく」
にっこり笑って、優しく汐の頭を撫でる直幸。朋也はそれを微笑ましそうに見た後、今度は古河夫妻を紹介する。
「それで、こっちが渚の両親で……」
「古河秋生だ。よろしく頼むぜ」
「妻の早苗です。朋也さんにはお世話になってます」
「ああ、ご丁寧に。朋也の父の直幸です。こちらこそ、いつも朋也がお世話になってます。今までご挨拶にもうかがえず、面目ない……」
直幸がすまなさそうな顔で頭を掻くと、秋生がその背中をばしばしと叩く。
「気にすんなって。俺たちは家族なんだからよ」
「家族……?」
「小僧の父親ってことは、渚にとっても父親なんだ。だったら俺たちは家族。そうだろ?」
「……ああ、……そう……ですね」
家族という言葉に、直幸の目にじわりと涙が浮かぶ。それを誤魔化すように、直幸は部屋の片づけを再開した。
「お客さんが来てるのに、こんなに部屋が散らかっていたら申し訳ない。朋也、すぐに片づけるぞ」
「はいはい」
苦笑気味に返すと、渚も片づけを手伝い始め、それに習うように、秋生や早苗、汐も片づけ始めた。
それからしばらくして、一通り部屋がきれいになったところで、今は秋生持参の酒を男連中で飲み交わしていた。
キッチンでは、渚と早苗が料理を拵え、朋也の膝の上には汐が座っており、ジュースを片手に父親と祖父たちを眺めている。それは、この家に久々に流れる暖かい時間だった。そしてその日。朋也は随分と久しぶりに、風呂で父親の痩せた背中を流した。
その翌日。
田舎に帰る準備を終えた直幸が、外で朋也たちに見送られていた。
「じゃあな、親父。元気でやれよ?」
「ああ」
「酒もたばこも、やりすぎるなよ?」
「分かってる」
「あんたの母親に、迷惑かけるなよ?」
「大丈夫」
「長生きしてくれよ? 恩返しに行くから……」
「ああ、待ってるよ」
「家の後処理は、俺がなんとかするから……」
「すまないな……」
少ない言葉のやり取り。だけど、そこには確かに親子のきずなが感じられて、渚は自然とほほ笑んでいた。
「ああ、そうだ。渚さん……」
直幸は渚に声を掛けながら、カバンの中を探り、小さな箱を取りだした。
「これを……、渚さんに持っていてほしいんだ」
差し出されたものを受け取った渚がその箱を開けると、中には蒼く小さくカットされた石が取り付けられた一組のイヤリングが入っていた。
渚が戸惑いを隠せないままに訊ねる。
「あの……これは……?」
「ああ、それはね……。敦子……、亡くなった妻の形見なんだ」
それを聞いて渚は慌てる。
「そんな大事なもの、いただけません」
そう言って返そうとする渚に、直幸は静かに首を振った。
「あなたに持っていてほしいんだ。私が持っていても仕方ないからね。敦子もその方が喜ぶし……」
「…………分かりました」
渚は結局納得し、小さな箱からイヤリングを取りだして、自分の両耳につける。
「朋也君、似合ってますか?」
訊ねる妻に、朋也は頷いた。
そして、別れの時はきた。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。古河さん、渚さん。朋也のこと、よろしくお願いします」
「はい」
「おう、任せとけ」
「ええ」
「じゃあ、朋也。たまにはあっちにも遊びに来いよ?」
「ああ、行くよ。渚と汐と一緒に」
「汐ちゃん。ばいばい」
「ばいばい」
それぞれに別れの挨拶を済ませ、直幸は静かに去っていき、朋也たちは直幸の姿が見えなくなるまで、その背中を見送った。
渚の両耳に付けられたイヤリングが小さくきらりと光った。