CLANNAD ~Sequel of After Story~ 作:gachamuk
突然だが、岡崎汐は幼稚園で男の子達にモテる。それはもう、汐のクラスの男子の半分は彼女に密かな思いを寄せているのではないだろうかというくらいだ。
さて、何故突然そんなことを言い出したのか、その理由は幼稚園のとある教室にある。
その教室にいるのは一人の女の子と一人の男の子。女の子は岡崎汐。そして、男の子は彼女が所属するクラスの一人。
今、その男の子が緊張した面持ちで汐と向かい合っていた。男の子はしばらく黙っていたが、やがて勇気を振り絞るように口を開いた。
「お……、おかざきうしおちゃん!」
「…………?」
「ぼくは……、うしおちゃんがだいすきです! だからぼくのかのじょになってください!」
幼稚園のころから彼女になれというのはなんともませた子供である。それはともかくとして、告白された汐は良く分からずきょとんとしていた。それはそうだろう。何せ二人ともまだ五歳児である。五歳児が惚れた腫れたの感情を理解できるはずもない(いや、告白した男の子はそういう感情を理解しているのかもしれないが)。したがって、汐から放たれた言葉はある意味当然といえる内容だった。つまり、
「かのじょってなに?」
それを聞いた男の子は、毒気が抜かれたような顔をして、なんでもないというととぼとぼと去っていった。
そして、その日の夕方にたまたま早く仕事が終わった朋也と渚の三人で幼稚園からアパートに帰って少しくつろいでいると、早苗から皆で夕食を食べないかと誘われた。特に反対する理由もなかったので、三人で古河家にお邪魔して夕食を楽しんでいるときのことだった。
「汐は今日は、幼稚園でどんなことがありましたか?」
早苗が何気なく汐に質問した。
汐は、ハンバーグに齧り付いてもぐもぐと咀嚼した後、ごっくんと口の中のものを飲み込んでから答えた。
「きょーは、きょーせんせーといっしょにおうたをうたった。それとくらすのおとこのこにかのじょになってくださいっていわれた」
無邪気に答える汐。しかし、話の中に混じっていたある単語に、彼女の父親と祖父がピクリと反応する。
「汐、もう一回話してくれないか? クラスの男の子が何だって?」
ぎぎぎと音がしそうなほどぎこちなく首を動かして汐のほうを見る朋也。よく見れば、秋生も顔を伏せて位空気を纏っていて、二人からは剣呑な空気を感じる。
とはいえ、五歳児の汐にそういう空気を読めといっても無駄な話であり、実際に、汐は素直に答えた。
「くらすのおとこのこにかのじょになってくださいっていわれた。かのじょってなに?」
ことりと首を傾げる汐の質問には答えず、朋也と秋生はゆらりと立ち上がった。
「おっさん……」
「ああ、分かってる。行くぞ、小僧……」
「ああ。なぁ、汐? その『彼女になってください』って言った男の子はなんていう名前なんだ?」
汐が父の問いに答えようとするよりも早く、渚が慌てたように夫に呼びかけた。
「朋也君! ダメですよ!」
「だがな渚……」
朋也が言い訳をしようとする前に、渚がたしなめるように呼ぶ。
「朋也君!」
朋也は一つ息をつくと、肩をすくめた。
「分かってるって。冗談だよ、冗談」
そう言って苦笑いを向けると、渚は「冗談だったんですか」と納得して矛を納めた。ちなみに秋生はというと、自分は悪くないとばかりにいつの間にか晩酌に戻っていた。
そんな中、うやむやになってしまった汐の告白事件を、早苗が蒸し返した。
「それで? 汐はその子に対してなんて答えたんですか?」
再びピクリと反応して聞き耳を立てる朋也と秋生に気付かない汐は、今度はふりかけのかかったご飯を頬張ってから答えた。
「『かのじょってなに?』ってきいたらかえっちゃった」
このときばかりは、朋也も秋生も相手の男の子に少しばかり同情を向け、この騒動は一応の収まりを見せた。もっとも、後日、なぜか風子がこの話しを聞きつけ、
「汐ちゃんは風子の妹にする子ですから、どこの馬の骨とも分からない男の子になんて上げれません!」
と言って朋也からツッコミを、渚からは苦笑をもらっていたが。
それから数日後。
仕事を終えた朋也がアパートの玄関を開けると……。
「にげろ~~~!」「まて~~~~~!」「ぎゃ~~~~~!」「風子のヒトデアタックを喰らうのです!」「あははははははは!」
子供達で部屋の中が騒がしく(若干一名、朋也と同い年の子がいたが)、渚が困った顔をしていた。
「あ、朋也君、お帰りなさい」
朋也に気付いた渚が出迎える。
「ああ、ただいま渚。……それでこれは一体どういう状況なんだ?」
朋也が部屋の中を見ながら訊ね、渚が説明してくれた。
それによると、汐が幼稚園の後で友達をうちに呼んで遊ぶ約束をしたらしく、渚と汐と一緒にうちに来たらしい。その途中で、風子にばったり会い、皆でうちの中に上がりこんで、いつの間にか鬼ごっこが始まり、現状に至るらしい。
「そうか……」
朋也は部屋の中に視線を戻すと、子供達(+風子)が楽しそうに部屋の中を走り回っている。その光景自体は微笑ましいのだが、いくらボロアパートとはいえ、他にも住人がいるのだ。それなのにこれだけ暴れまわっていたら、他の人たちの迷惑になる。
朋也はため息をつくと、玄関から声を掛けた。
「汐! 部屋の中だと狭いだろう? 公園に行ってきたらどうだ?」
「パパ?」
汐がとてとてと朋也に走り寄ってきて、そのまま抱きつく。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま汐。ほら、パパも着替えたらすぐに行くから、皆と先に公園に行ってなさい」
「うん、わかった」
素直に頷いた汐は、そのまま皆を引き連れて公園へ出かけていった。
それを見送った朋也は、改めて部屋の中を見てぼそりと呟く。
「そろそろ……、限界かもしれないな……」
「え? 何か言いましたか? 朋也君?」
「ああ…………、いや、後で話すよ……」
「そうですか」
「それじゃ、俺、行って来るな」
「はい。気をつけてくださいね」
そして朋也は妻に見送られ、子供達の元へと向かった。
公園に着いた朋也が見た光景は、汐をはさんで二人の男の子が言い合っている光景だった。
「おいおい、これは一体どういう状況だ?」
近くにいた風子に訊ねてみると、
「あの子達は汐ちゃんの可愛さにやられてしまった男の子たちです。汐ちゃんが可愛いからどっちが彼女にするかでもめてるんです」
「…………ほう……。俺の娘に手を出す……ねぇ……」
朋也の暗い言い方に、普段は能天気の風子ですら、後ずさりをする。
「あの……岡崎さん? 落ち着いてください」
「おかしなことを言うな、風子。俺はこれ異常ないくらいに落ち着いてるぞ? そんなわけで、ちょっと話して(こらしめて)くる」
「岡崎さん! 読み方が違います!」
つかつかと汐の元へ歩み寄ろうとする朋也を、風子が懸命に押しとどめる。普段は子供っぽい行動をすることが多い風子だが、実はこういうときにはきちんと空気を読める子なのだ。
それはともかくとして、朋也が汐を取り合っている男の子たちに声を掛けようと口を開いたときだった。
「おい、ガキ共……。汐に手を出そうなんて百年飛んで三十年はえぇんだよ」
いつの間にか現れた秋生が、子供たちをにらみつけていた。ちなみに朋也は一瞬あっけに取られた後、「それ、飛んでねぇからな」とツッコミを入れていたが聞いているものは誰もいなかった。
ツッコミを無視されて朋也がうなだれている間にも状況は進んでいく。
「いいか、小僧共。汐を嫁にしたければな、俺を倒してからにしろ!」
胸を張りながら言い切った秋生は、どこからともなくバットを取り出すと、
「俺の剛速球を打てた奴に、汐を嫁にする権利をやる」
と宣言した。
「待て待て待て待て! おっさん! 勝手に汐の貰い手を決めてんじゃねぇ!」
「あん? だったらてめぇが俺様の球を打って阻止すりゃいいじゃねぇか。それともできねぇか?」
挑発され、朋也はこめかみを引きつらせた。
「くっ、言ってくれるじゃねぇか。いいぜ? やってやるよ」
「へっ、ほえ面かかせてやるよ」
「そっちこそ」
こうして、大人二人によるとても大人気ない勝負が始まった。
ピッチャーの位置についた秋生がにやりと笑い、バットを構えた朋也が不適に微笑む。
「秋生さ~ん、朋也さ~ん。お二人とも頑張ってくださいね~」
いつの間にか現れた早苗が、子供達を近くに集めながら応援した。
「汐はどっちが勝つと思いますか?」
早苗の問いに、汐は少しだけ考えた後、
「あっきー」
と答えた。それに対する秋生と朋也の反応は、
「へへ~ん。見たか!」「ぐぁっ!」
見事なまでに対照的だったが、次の瞬間、汐が放った言葉で態度が逆転した。
「でも、パパにかってほしい……」
この言葉に、秋生は怒りに震えると、大きく振りかぶった。
「喰らえ! この俺様の落差一メートルを誇るフォークを!」
秋生の宣言に、朋也は心の中で「大リーグにでも行ってろ」とツッコミを入れてしっかりとバットを構える。そして、秋生から放たれたボールをしっかりと見据え、思いっきり振るスイングした。
――かきん!
快音を響かせて飛んで行くボール。それを目で追った後、朋也は汐に向けてガッツポーズをした。
「見たか、汐!」
「うん!」
秋生は悔しがり、朋也が全身で喜びを表現する中、遠くで「ぱりん」と硝子を割った音が響き、その場にいた全員が同時に声を上げた。
『あっ』
その日の夜。はしゃぎ疲れた汐が眠るのを見ながら、朋也は以前から考えていたことを渚に話した。
「引越し……ですか?」
「ああ、今はいいかもしれないが、汐もだんだん成長してくるとこの家では狭くなるし、そのうち、一人部屋もほしがるだろう。そろそろこの家だと限界かなと思うんだ……」
「そう……ですね……」
渚は少しだけ寂しそうな顔で頷いた。
「ま、今すぐというわけにはいかないけどな。それでも、今度、いいところがないか探しに行こうぜ」
「はい……」
「それじゃ、もう寝るか。お休み、渚……」
「おやすみなさい……、朋也君……」
引越しという言葉に、渚は少しだけ引っかかりを覚えていた。