CLANNAD ~Sequel of After Story~   作:gachamuk

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第2章 第2話 思い出の家

 朋也は引越しの話を渚にしてから、渚の様子が少しおかしいことに気付いた。引越しに関する話を極端に避けているようだ。

 そんな日々が続いたある日のこと。汐が寝静まった後で、朋也は思い切って渚に聞いてみることにした。

「なぁ、渚……」

「何ですか、朋也君?」

「この間話した引越しのことなんだけどさ……」

「あ! そうでした。明日のしおちゃんのお弁当の準備が……」

「渚……」

「しおちゃんは何が入ってたら喜んでくれるでしょうか? 朋也君も一緒に……」

「渚……!」

 話をそらそうとする渚に対して、朋也は少しだけ強い口調で名前を呼んだ。

 渚はゆっくりと目を閉じた後、真剣な顔で夫に向き合った。

「なぁ、渚……。正直に話してくれ。お前……、引越ししたくないのか?」

 朋也の言葉に、渚はゆるゆると首を振る。

「いえ……、そういうのではないんです。ただ……」

 渚はそこで一度言葉を途切れさせ、すやすやと寝息を立てる汐をそっと見た。

「ただ……寂しいのだと思います……」

「寂しい?」

「はい……。この家は、朋也君と私が一緒にスタートを切った家です。いろんな思い出がたくさん詰まった家ですから。離れてしまうのが少し寂しいなって……。それに、ここはしおちゃんが生まれた場所でもありますから……。そんな場所を離れるのが、私は寂しいんだと思います……」

 渚は、「えへへ」と困ったように笑って話を続ける。

「だけど、朋也君の言うことも分かります。しおちゃんがこれから大きくなっていくのに、いつまでもこの部屋で暮らしていたのでは、狭くなってしまいます。窮屈です。しおちゃんにそんな思いはさせたくありません」

「渚……」

「だから、しおちゃんのためにもいいお家を探しましょう」

 そう言ってほほ笑む渚の頭を、朋也は優しく撫でるのだった。

 

 翌日から、朋也は早速、引っ越しのために動き出した。

 仕事の空き時間や、仕事が終わった後などに不動産屋を巡ったり、上司の芳野祐介や社長にいい物件がないかを聞いたりして回っていた。

 そんなある日のこと。渚の実家に顔を出した朋也が、引っ越しを考えていることを秋生に伝える。

「引っ越しだと~~~~~~~~っ!?」

 秋生は大声を出していたが、これは別に引っ越しに驚いたわけではない。その証拠に、朋也に背を向けて、視線はテレビ画面に固定されている。

「へへ~ん。どうだ、今のドリフトは?」

 背中越しに振り返って、自分のゲームテクニックを自慢する秋生。朋也はそれを呆れたような目で見ながらぼやいた。

「ゲームを止めないか?」

「ちっ」

 秋生は渋々といった様子でゲームの電源を切ると、タバコの火を着けながら朋也を振り返った。

「小僧。俺たちは、お前の言い分も分かるし、いつまでもあの部屋のままじゃ、いずれ汐が窮屈な思いをしてしまうということも分かってる。つまりだ。お前たちの引っ越そうという考えに、反対するつもりはねぇよ」

「そうか……、ありがとう……」

 ぺこりと頭を下げる朋也。それに対して秋生はタバコを大きく吹かせた後、箪笥を漁って一冊の通帳を取りだすと、それを朋也に差し出した。表面には、〈古川渚〉と印字されている

「これは……?」

「見ての通り、通帳だよ。俺たち夫婦が、渚の結婚資金にとためておいたものだ。これを引っ越し資金に充てろ。本当は、結婚式のためにと思ってたんだがな……。まぁ、引っ越しのための資金に充てるなら、早苗も納得するだろ」

 朋也は差し出された通帳をじっと見つめた後、ゆっくりと首を振った。

「悪いがそれは受け取れない」

「何でだ?」

 ピクリと片眉を持ち上げて反応する秋生をしっかり見据えて、朋也は口を開いた。

「これは俺たち一家の問題だ。だから、俺たちだけでなんとかしなきゃいけない。そう思うんだ。それに……」

 朋也はゆっくりと、しっかりと言葉を紡いでいく。

「それは、おっさんと早苗さんが必死に働いて渚のためにためてた物だろ? だからそれは渚のために……、渚だけのために使わなくちゃいけない。そんな気がするんだ」

 そう言った朋也の頭を、秋生はため息とともに「ぺしっ」と叩いた。

「バカか。小僧が一丁前のことを言ってんじゃねぇ。いいか、小僧……いや、朋也。お前が渚と結婚した時にも言ったが、俺たちはもう家族なんだから、お互いに助け合っていく。それが家族ってもんだろ? 俺も早苗も、渚……、家族のために働いてこの金をためたんだ。つまりだ、今回の引っ越しのために使うということは、俺たちの家族のために使うということだ」

「おっさん……」

「だから、変に気を使う必要はねぇってこった。ほら、言いから受け取っちまえ」

 朋也は秋生が差し出す通帳をじっと見つめた後、そっとそれを受け取った。

「……分かった。ありがたく受け取るよ」

 と、そこへタイミングを見計らったかのように、早苗、渚、汐がリビングに入ってきた。

「お話は終わりましたか?」

 早苗の問いに頷いた朋也は、お茶を一口飲んでから、秋生と早苗に向かって深く頭を下げた。

「二人とも、ありがとうございます」

 それに対して、秋生は照れ臭そうに顔を逸らし、早苗はにっこり笑うだけだった。

 

 それから数日後のある日。仕事を終えた朋也は、父の元同僚の木下さんから電話を受けていた。

「…………はい。……ええ、はい。…………そうですか……。……いえ、ありがとうございます」

 電話向こうの相手に対して頭を下げた後、ゆっくりと受話器を置いた朋也はほうっとため息をついた。

 その様子を見た渚がことりと首を傾げる。

「なにかあったんですか?」

「ん? ああ、いや。俺の実家のことで木下さんから連絡があったんだ。やっと実家の後処理が全部終わったって……」

「そうなんですか……」

「ああ、親父の借金は俺と、史乃さんでなんとか処理できたし。これで、あの家のことは全部終わった。ま、木下さんにはだいぶ迷惑掛けちまったけどな……」

「それで……、あの家はどうなるんでしょうか……?」

「木下さんの話だと、少しの間、不動産が管理して、売れなければ家を壊して新しい家にして売り出すんだと……」

「寂しくないですか?」

 渚に言われ、朋也は言葉を途切れさせる。

「朋也君……、あの家が無くなると寂しいと思います。あの家は、朋也君が長い間過ごして、お父さんとケンカして、でも仲直りした思い出の家ですから……」

 渚に言われるまでもなく、朋也は寂しかった。渚の言う通り、長い間過ごした家なのだから。

「それは、寂しいに決まってる。あの家は、嫌なこともいっぱいあったけど、それでも俺が育った家だから……。けどな、あの家が無くなったからと言って、俺の中の思い出までなくなるわけじゃないんだ。それに、今がすげぇ幸せだからさ。大丈夫」

「朋也君……」

 渚は、朋也の笑顔がどこか無理しているように感じた。

 

 数日後。

 この日、朋也は休日だったので、朝から少し不動産屋を覗こうと思っていた。しかし、

「朋也君、私としおちゃんと三人でちょっとお出かけしませんか?」

 珍しく、渚の方から外出に誘ってきた。朋也は、まぁいいかと思い直し、それを了承。間に汐を挟んで、三人で仲良く家を出た。そして、しばらく歩いたところで、渚に訊ねる。

「それで? 一体どこに行くんだ?」

 渚は「内緒です」と誤魔化して歩いていく。これは聞いても無駄だと悟った朋也は、今度はダメもとで汐に聞いてみた。

「汐は、ママがどこに行としてるのか知ってるか?」

「ううん、しらない」

「だよな……」

 予想通りの答えが返ってきた。

「ま、行ってみれば分かるか」

 そうぼやいた朋也は、軽く肩をすくめた。

 それからさらに歩くことしばし。朋也は、自分のよく見知った道(正しくは、過去に何度も歩いたひどく懐かしい道)を歩いていることに気付いた。

「(この道は……)」

 朋也は渚の背中に声を掛ける。

「渚……」

「何ですか、朋也君?」

「今から行こうとしてる場所って、もしかして……」

「えへへ……。やっぱり分かっちゃいましたか……」

「当たり前だ。……それにしてもどうして?」

 朋也の問いかけに、渚はそっと目を伏せた。

「だって……、朋也君のお家が無くなってしまうかもしれないんですから……。その前に、ちゃんと見ておきたいなって思ったんです……」

 妻の答えに、朋也は呆れたようにため息をついた。

 そうこうしているうちに、三人は朋也の実家の前に辿り着いた。すると、そこには、

「やぁ、待っていたよ、朋也君」

 直幸の元同僚、木下さんがいた。

 どうやら話を聞く限り、渚が前もって連絡していたみたいで、知り合いの不動産屋から鍵を預かったらしい。

 ともあれ、木下さんから鍵を借りて家の中に入った三人は、ゆっくりと家の中を回ることにした。

 朋也が懐かしい思いを感じながらゆっくりと部屋を回っていくと、昔朋也が使っていた部屋を興味深げに眺める汐の姿を見つけた。

「どうした、汐?」

 朋也が声を掛けると、汐は目を瞑ってひくひくと鼻を動かした。

「パパのにおいがする……」

「パパの匂い?」

 朋也も鼻をひくひくとさせてみるが、特に匂いらしきものを感じることはなかった。

「気のせいじゃないのか?」

 そう言ってみても、汐は首を振るだけだった。そこへ、渚も部屋の中に入ってくる。

「二人とも……、ここにいたんですか……」

「ママ……、ここ、パパのにおいがする……」

 汐が言うと、渚も鼻をひくひくさせる。

「……、本当ですね。確かに朋也君の匂いです」

「俺の匂いねぇ……」

 もう一度、朋也も鼻をひくひくさせた後、やっぱり分からないと言わんばかりに首を振った。

 その後も、あちこちを見回って、朋也の思い出話を聞いたりしているうちに時間は過ぎていき、そろそろ帰るかという朋也の言葉に賛成した岡崎家は、玄関の戸をしっかりと施錠してから、鍵を木下さんに返却した。

「今日はありがとうございました」

 そう言って頭を下げる朋也に倣うように、渚も汐も頭を下げ、三人仲良く家路につく。

 その途中で、渚が汐に訊ねる。

「しおちゃん、今日は楽しかったですか?」

「うん! パパのおへやもみれてたのしかった!」

「そうですか。それじゃあ、しおちゃんはあのお家に住んでみたいですか?」

「……うん!」

 にっこり笑う汐に微笑みを向けた渚は、今度は朋也に視線を向ける。

「私もあの家になら住んでみたいです。朋也君はどうですか?」

 渚の問いに、朋也はしばし考え込んだ。

 別にあの家に蟠りがあるわけでもないし、汐も住んでみたいと言っている。それに自分にとっては住み慣れた家でもある。反対する理由もない。ならば。

「そうだな……。あの家でいいかもしれないな」

 こうして、岡崎家の満場の一致で引っ越し先が決定された。

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