勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
高い城壁に囲まれた城塞都市――フォルン辺境伯領の領都にて。
都市の中央に居を構える領主邸では、今日もたくさんの人々が忙しなく動き回っている。
そんな中にあって俺はいま。花々が咲き誇る庭園の一角で、可憐な女性庭師の手を取る。
ところどころに傷のある手をじいっと見て……あった!
「――これだね、トゲは。抜いてあげるからすこし我慢して」
「は、わ、……ですがもし領主様に刺さったりしたら……!」
「大丈夫さ、ほら…………抜けた! どうだい? 楽にはなったかな?」
「ぁ……痛く、ないです! ありがとうございます!」
ガバッと頭を下げた庭師に、俺は手を振って応えた。
「大したことはしていない。いつもうちを綺麗に保ってくれるお礼さ。それになにより――――困っているプリンセスがいたら手助けするなんて、プリンスとして当然のことだからねッ」
「っ! 領主様ぁ……」
僕は自分の目にかかる前髪をファサッとかき上げ、できるだけ爽やかに見えるよう微笑んでみせた。それを見た彼女は頬を赤く染め、うっとりと僕を見る。
「うぅ、やっぱり領主様って……ステキ……!」
「ハハハ! そんなこと言ってくれるのは君くらいのものさ。……それじゃあ僕はもう行くよ。君もあまり根を詰めすぎず、休憩を取りながらやるんだよ」
「はい……! ありがとうございますっ」
庭師は目をキラキラさせながら頷く。僕はそんな彼女にもう一度だけ笑いかけると、そのまま背を向け屋敷に向かって歩き出す。
そうして、背中に突き刺さる熱い視線を感じながら、心の底から思うのだ。
――――…………こ、こんなアホみたいな男に騙されるんじゃない――――ッ!
どう見たっておかしいだろう、どういう性格だこれは!? なにがプリンスだ、恥を知れ恥を! なんで前髪かき上げるんだ! 目にかからないように切れっ!
もし僕が女性だったとして、さっきの僕みたいな男は絶対に受け付けないぞ。いかにも不誠実で軟派で淫らで……!
なのに、だというのに……ッ。
「――あんな、恋する乙女のような顔! 年頃の娘が簡単に男へ見せるものじゃないッ!」
嫁入り前だろー! もっと自分を大切にしろー!
……なんて、自分の言動を棚に上げてみても自己嫌悪が。
「それはそうだ。そうと分かってクズの真似をするのが一番……」
あ、ダメだ。鬱になってきた。とはいえ、やらないわけにはいかない理由もあるし。
はぁ。それもこれも全部、魔王とかいう人類の敵のせい……。
俺がそう、なんとかよそに怒りを向けようとしていた――その時だった。
目の前に人影。
細身だが、なだらかな曲線を描く体系は女性のもの。背は女性にしては高く、肩口で揺れる髪は夕陽のような赤。
そして、髪と同色の瞳が俺をまっすぐ射抜く。光のない、のっぺりとした瞳が――
「――――お楽しみのようでしたね、テイラーくん。遠くで必死に戦う愛しい幼馴染より…………近くにいる平和な女の子、ですかぁ?」
ひえッ。
思わず息を呑んだ。表情のない顔と、いかにも戦争帰りという荒れた風貌と、全身から湧き上がっている怒りに。
目の前に現れた彼女は、二ヶ月前から領都を空けて魔族との戦争に出向いていた幼馴染――
「――勇者、ハーレ……!」
慄きながらの呟きに、ハーレは気に入らなそうに鼻を鳴らした。
「はい、あなたのハーレですよ」
ん? ……僕のではない。
「さっきの様子とはずいぶん違いますね。プリンス、でしたか? よくもあんな歯の浮くようなセリフを」
「あれは、その…………仕方なく……」
「へえええ。あなたは幼馴染の不在中に、仕方なく女性を口説く方なんですか? おかしいですねえ、軟派ですねえ」
「棘がすごい。……でも幼馴染云々はべつに関係ないのでは?」
つい口を突いて出た。なにやら妻か交際相手かのような言い草だが、そもそもハーレにそこまで言われる筋合いもないのでは?
なんて思ってすぐ。ただでさえおっかなかったハーレは、さらに威圧感を増して言った。
「――なにか、言いましたか?」
「ッいや? 別になにも言っては……!」
やめておこう、下手なことを言うのは! 昔から彼女はその、とてもしっかりきっちりしている一方で、怒ると怖いんだ。
それに今は……勇者として覚醒して以降、物理的な力でも彼女にはまったく敵わない。下手に逆らぬが吉。
そう自分に言い聞かせて。「ともかく中に」と、戦場帰りを気遣って声をかけようとした時。
「……あぁ、それと――」
ため息をついたハーレは、まるでついでかのような物言いで。あまり覚悟もしていない状態の僕に、とんでもない爆弾をぶっ込んでくるのだ。
そう、それはつまり――――
「――――わたし、勇者はもうやめることにしたんです。これからはただの、あなたのハーレです」
え? は……?
勇者をやめる? 僕の……はこの際いいとして、対魔王戦線の重要戦力が引退!?
いったいなぜ!
「あの、その。……そろそろ、嫁に入ろうかと思いまして」
嫁!? 人類滅亡の危機に頬を赤く染めて言うのが、嫁……!?
そんな俺の衝撃をよそに、ハーレは僕をチラチラと見ながら呟いた。
「逃しませんよ……」
誰を!? もしかして僕ッ?
まるで超大型の肉食獣にでも睨まれているような心地だ。
それでも、僕の頭が回るのは一番にこの人類圏、うちの領民……そして家族のこと。ハーレのこ言葉にはいそうですかと頷くことは、一個人としても領主としてもできやしない。
それでも、これまでの付き合いから彼女の意思を曲げる難しさはよく知っている。知っているが、この状況――
――――ハーレの引退表明を取り下げさせるしかないじゃないか……!
僕はそう、無理難題のようなことを思いながらも。
人類圏を守る辺境伯として、胃が痛くなる毎日を予感するのだ――――