勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
そうして、ところ変わって。僕がいまいるのは、領主邸の由緒正しき謁見室。うちでもっとも広いこの部屋に多くの人が詰めていた。
最奥に立つ僕だけが部屋の入り口に向いて、他の者は全員僕を見ている。
うちに仕える騎士、領兵、使用人たち。そしてそんな彼らの先頭に立ち、僕ともっとも近くにいるのが。
勇者パーティの三人――――勇者ハーレ、聖女シエラ、賢者ウルの三人だ。
僕は正面に立つ三人に対して、鷹揚な貴族を演じながら口を開く。
「本当に……ご苦労だったな。勇者パーティの面々よ」
さっきハーレと話した時よりは多少固い、上位者としての態度。さすがにこういう公式の場では貴族家当主としての振る舞いが求められるからな。
それに、身内だけで固めたつもりの謁見室だけど、どこに教会の遺棄がかかった者がいるかも分からない。聖女は言わずもがなだし、うちの騎士にだっていてもおかしくない。
ただ、そんな僕へ明らかな不満の感情を向けるのは――
「――……わたしに対して、その態度はやめろ」
ハーレ。君はいつも僕に突っかかってくるな……。
いや分かるよ。世界の命運を握る勇者として、後方でぬくぬくしているだけの貴族に大きな顔はさせたくないだろう。
でも僕にも立場があるから。ほら、たくさんの部下たちだっているんだ。
と、僕が言葉を返す直前だった。
「ッ勇者ハーレよ! ご領主様に対してなんたる無礼! たかだか腕が立つだけの、教会の不気味な犬が……!」
そう声を上げたのはうちの騎士の一人。そして、誰かが口火を切るのを待っていたのか、何人もの部下たちがハーレを責め始めた。
まずいな。この場はハーレたちの功績に報いると同時に、勇者を引退するなどと言う発言を撤回させるのが目的だったのに。彼女を糾弾するようでは逆効果じゃないか。
フォローを入れねば。
「あぁ、良い良い、気にするな。美人の棘など刺さったところで気にならない」
「ッしかしご領主様! 爵位も持たぬ一戦士が、雲上人たるご領主様にこのような!」
「爵位はなくとも、彼女らは人を守っている。多少の非礼などないに等しいだろう?」
「む、それは……! まったくご領主様は、あいも変わらず女性にお弱いッ」
彼はそう言うと、渋々といった感じで矛を収める。
それじゃあと、僕はハーレへ視線を合わせる。いつも通りの無表情に…………ん、少し機嫌がいいか? まあいいか、それより。
「勇者ハーレ、此度の遠征も見事だったな。高位の魔族を撃滅し、人類の版図を奪い返したと聞いたぞ」
「……それが仕事だ」
「それでもだ。その献身で多くの民たちが助かっている。もちろん勇者ハーレだけでなく、聖女シエラと賢者ウル、君たちもだ」
「まぁ。ご評価いただけて光栄ですね、ご領主さま」
そう答えたのは、パーティで一番歳下で、ピンクゴールドの長髪を法衣に垂らすお人形のような少女、シエラちゃん。
そして続くのは。
「同じく。……です」
クールに後から敬語を付け足す銀狼の獣人、ウルさん。彼女は頭の片側でくくった艶のある銀髪をいじっている。
よしよし。僕がこうして勇者パーティへ謝意を述べることで、基本主人を立てる騎士たちは黙らざるを得ない。
あっ、舌出して煽るなウルさん!
「……さて。それでは、ここからが本番だ」
ピキピキと青筋を立てる騎士が爆発する前に。僕は三人へ薄く笑みを向けながら言った。
「――――褒美がいるな。領土を取り返した功績に足る、大きな褒美が」
当然のことだ。今回の戦場はフォルン領ではなかったけれど、僕は勇者パーティの後援者。手柄を立てたら褒章を与えねば。
それに。今回わざわざ「大きな褒美」なんて言ったのには理由がある。
――勇者ハーレは、勇者業に嫌気が差しているのかもしれない。先ほど耳にした引退という言葉、本当に洒落になっていないのだ。
いま、人類がなんとか生きながらえているのはハーレの働きが大きい。魔族という個の力に抗うには、同じく勇者という特級の個人戦力がなくてはならない。
ハーレに臍を曲げられれば、そのまま人類滅亡へも繋がりかねないのだ。
と、いうことで。
「さあ、勇者パーティよ。僕が用意できるものであれば大抵の願いは叶えると誓う。武器でも家でも財宝でも。あとはそう、花のように麗しい君たちへ見合う男……は下世話だったかな。とにかく、なんでも望みを言ってくれていいぞ!」
人類のため、ハーレを繋ぎ止めるためだ。なんだって言ってみるといい!
そう大盤振る舞いのつもりで言うと。三人はしばし考え込む。
そして、一番初めに口を開いたのは…………ウルさんだった。
「それじゃあたしは、そーだね……なんか珍しい魔術書でも探してきてくれたらいいかな。……です」
「ほう、魔術書。さすがは賢者ウルらしい褒美だな。うん、良かろう。フォルン家の総力を上げて、世にも珍しい魔術書を贈呈すると誓おう」
うちの蔵にもいくらかはあるけど、賢者が満足するものとなると、お抱えの魔術師に頼んで方々を当たってもらおうか。
さあさあ、ウルさんの望みは聞いたぞ。残り二人!
そう目を向けると。視線があったのは薄い桃色の瞳、シエラさんだ。
たぶんこの場でも最年少、若干十五歳で教会トップのヒーラーである清楚な少女。彼女が求めるものとはいったい――
「わたくしは、そうですねえ。それではぁ…………ぜひ、百戦錬磨のおにいさんにご寵愛をいただきたく。んふ、もちろん夜の――……って、わ、ハーレさん!? 冗談、冗談ですから……!」
ちょっとハーレ、やめろやめろ、歳下のヒーラーにアイアンクローは!
というかシエラさん、いまなんか凄いことを言わなかったか? 聖女にあるまじきセリフが聞こえた気が……いや、気のせいか。そんなわけがないものな。
「わっ、はぁ、はぁ……。まったくもう。ハーレさん、おにいさんのこととなるとこうなんですからぁ……。ええとそれで、ご褒美でしたよね? それなら、この領都の孤児院に運営資金の追加をお願いします」
それだけ言うと、シエラさんはすっと一歩後ろに下がる。
しかし、なんと欲のない望みだろうか。さすがは教会の良心だ。
そう僕が感心しながら彼女を見ていると。ハーレから感じる視線。
うわッ、なんと鋭い……。真紅の瞳に殺意すら乗っている気がする。またなにか気に入らないことがあったか? さっきは少し機嫌が良かったようなのに。
さて、それで君は何を望む? ハーレのご機嫌を取るためならば、僕はたいていのことはして見せる覚悟だ。なんせここが人類滅亡の分水嶺なのかもしれないのだから。
さあ、言ってみろハーレ。君を勇者でい続けさせるため、僕はなんだって用意してみせ――
「勇者などもう辞める。褒美などいるか。……わたしはただ………………………………っおまえと――」
そう、僕の目論見を初っ端から砕くような言葉を途中まで聞いて。
その時だった。
――唐突に開く謁見室の扉。全員の鋭い視線が向いた先には、執事の一人が。
「……どうした? 見ての通り、いまは勇者パーティとの謁見中だ。このような失礼は――」
そうたしなめようとした僕に、呼吸も荒く肩を上下させる執事は言ったのだ。
「つい今し方、街を守る兵から報告が! 魔族と魔物の混成軍が攻め込んできました……!!」
ハーレが戦ってくれるかも分からない、こんな時に! うちの領に魔族だと!?
ッく、とにかく動かせる戦力はすべて集結させる。憎い魔族が現れたと知れば教会は言わずとも動くだろう。最悪勇者なしで迎え撃つとなれば後は……。
そう瞬時に思考を巡らせる僕に。
声は、目の前から上がった。
「忌々しい魔族ども……! わたしがせっかくッ。この、空気の読めん害悪どもめ……!」
おぉ、ハーレがなにかやる気に。これはもしや?
「――行くぞ、シエラ、ウル。殲滅だ」
「えぇ。ここの子どもたちを守らねばですものねえ」
「やっと休めると思ったのに。ま、しょうがないね」
おお! 勇者パーティが出てくれるのならそれだけで勝率が一気に上がる!
「我が領土を守ってくれたあかつきには、さらなる褒賞を約束する! どうか頼むぞ……!」
ハーレたちはチラと僕を見て頷く。僕はそんな彼女らを送り出して、この場に残った騎士たちへも号令をかける。
「フォルン領の危機だ! 彼女たちだけを働かせるなよ! 訓練通り、総力を上げて魔族を迎え撃て!」
「ッは!!」
そうして、一気に慌ただしくなる領主邸。僕も最低限の指示を出し、部下たちが方々へ駆け出すのを見守って。
そして。
「僕だけがここで休んでいるわけにはいかないなッ。裏方としてできることを」
取り急ぎ向かうのは――――冒険者ギルドだな……!