勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
それから。
僕は、この事態の元凶と思しきハーレたちを連れて屋敷を出る。すると視界に入るのは、敷地内にずらっと並ぶ教会勢力。
あれは……うちの教区で頭をはっている司教じゃないか。教会騎士まで連れて物騒な。うちの兵たちまで集まっているのはそういうわけか。
「いったい教会へどう伝えていたんだ。僕に交渉してほしいと言うなら、せめて揉め事にならないようにしてほしかったよ……」
「いえ、これは…………おかしいです。勇者を辞めたいということは、まだパーティ以外に伝えていなかったのに」
「なら、ウルさんかシエラさんが?」
チラと二人を見ると。
「あたしが仲間のこと売るって? そんなわけないじゃん」
「わたくしも違いますよ、おにいさん。教会所属ですから情報のやり取りは多いですけど、必要最小限度にとどめています。ちょっと面倒ですからねぇ、あの人たち」
聖女様でもそういう認識なのか……。でもじゃあ、いったいどこから今回の話を嗅ぎつけたと言うんだ。
……まあ。とりあえず、彼らの話を聞くしかない。
ということで。
「――――これは、マクシミラン司教ではないですか。そのような大所帯でいったいなんの用事かな?」
そう声をかけた先にいるのは、どこか豪奢な法衣を身にまとった中年の男。司教はその薄い肩を怒らせ、僕を指さして言った。
「ッなにを、白々しい! 聞きましたぞ辺境伯殿! あなたがうちの――――勇者ハーレを誘惑し……ッ、私的に独占しようとしていると!!」
……。やっぱりそれか……。
「辺境伯殿の女癖の悪さは有名だ……! 貴族平民問わずに手を出し、そのくせ結婚はしないときた! 教会の至宝たる勇者ハーレを、戒律に背き姦淫に耽る辺境伯殿の毒牙に!? そのようなことを許すわけにはいかんのだ!!」
……周囲からそういう風に見られていることは知っている。というか、わりと事実なのでなにも言い返せない。
そう思っていると、反論はハーレから上がった。
「――司教。ご訂正を。テイラーくんは、けしてそういうことをやりません。女性の肌に興味はありません」
ん? いやまあ、確かに口説いた女性とそういうことはしないようにしているけれど。
「……なに? そうなのか、ハーレよ。しかしそれは聞いた話とずいぶん――」
「それだけではないです。他にもテイラーくんは――――――トイレとかもあまり行かないです」
え? トイレ? なんだそれ……。
「――わたしと違って汗はあまりかかないです。きっとかいたとしても柑橘の香りで。あとは、そう、頭以外にはムダ毛なんかも生えてはいけない」
いや、汗もムダ毛もふつうに……。
司教は、僕が浮かべているであろう表情と同じような顔をして、戸惑いながら口を開く。
「んん……ハーレよ、お前はなにを言っている? それは辺境伯殿についての事実……ではなく。あー――――お前の願望では……?」
ハーレはムッとわずかに眉を上げる。
「いえ違います。……あぁ、あとはなによりテイラーくんは……」
さっきまでどこか浮ついた雰囲気だったのハーレは。深い信頼や、しみじみと感じ入るような空気を滲ませながら言うのだ。
「――――困ってる人をけして見捨てず、自分のことより人のこと。そういう人なんです」
…………そう言ってもらえるのは嬉しいけど。でも、やっぱり僕は君が思っているような人格者じゃないよ、ハーレ……。我欲に塗れたしようのない男さ。
そう、自己嫌悪が身を焼かんとしたその時。僕の名誉をと声を上げたのは、ハーレだけじゃなかった。
周囲にいたうちの邸宅の使用人――庭師、メイド、領兵たちが声を上げた。
「――俺たちのご領主様は、けして悪いお方じゃない!!」
みんな? なにを――
「――確かにご領主様は、恋多き男と呼ばれてる! 甘い王子様のような顔に、貴族としてのスマートな立ち振る舞い。甘い言葉を囁かれて落ちない女はいなかった……!」
ちょ、っと。それじゃあただのクズ男の説明。ハーレもあからさまにムッとしていそうな。
いやまあ、実際クズだから仕方がないんだけど……とすこし落ち込んでいると。
「――でも! ご領主様は、けっしてご無体をされません! 私も助けてもらったことはあれど、その逆なんか一度もないですから……!」
そう声を上げたのは。……さっきの庭師の?
「いいんです、私のことを本当に好きではなくたって。ただ優しく囁いてもらえたらそれで……!」
ま、まだクズだそれじゃあ。
「実際、ご領主様を悪く言う女の子なんて見たことないですよ? お話し以上のことはしないですし、むしろそのときの悩みとか解決してくれます! 一人じゃどうにもできないことだって、親身に聞いて助けてくれるんですから……!」
「む……。では別に、姦淫の戒律を破っているわけではないのか? ……ッいやいや、多数の女性と関係を持っている時点でだ!」
それはそうだ。実際ちゃんとお付き合いしている女性なんて一人もいないが……
そして、司教はそんな僕に向かって言った。
「我々は、従順な救世主たるハーレを失うわけにはいかんのだ……! 人類平和のために!」
ッそれじゃあまるで、救世のための歯車でしか。いや……恩恵だけ成就している僕が言うことではないが、それでも……!
「さぁ! 分かったら早くハーレを返すのだ! 辺境伯殿……! お前も自分で戻ってこい! ハーレ……!」
そう吠える司教に対し、僕はもうハーレに直接言ってやろうとした。「行かなくていい」と。
しかし。
その前に……口を開けたのは、ハーレ本人だった。
「帰りません。テイラーくんのそばにいます。だってわたしにとっては、人類みんなの幸せよりも……………………――――テイラーくん一人の安全の方が、ずっと大切ですから……!」
それは――――勇者としていいのかは置いておいて、ハーレが引退騒ぎを起こした理由のヒント……?
そう頭を巡らす僕をよそに、司教はどうも大きな動揺の中にいるようだった。
なにせ、ハーレはこれまで教会に逆らうことはなく、理想的な勇者だった。それが決意に満ちた表情で、いまきっぱりと教会からの決別を宣言した。
司教は口をパクパクさせて、震えながら顔を赤くする。
「や、やはり……ッ、そこの辺境伯が誑かしたのだ……! 私の勇者を奪って、私欲にために働かせる気なのだ!」
そうして、司教は叫んだ。
「こうなればもはや――――実力行使のみ! あの破廉恥男を抑え、勇者ハーレを取り返すのだ……!!」