勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
「――――それで? 詳しい話を聞かせろ、小僧。ここではもうバカの真似はナシだ」
そう口火を切ったのは、僕たちをこの部屋へ招いた張本人。大柄で筋肉質な体に、綺麗に毛を剃った頭の男。冒険者ギルド、フォルン支部のマスターだ。
そして。ギルドマスターの次に口を開いたのは僕ではなく、護衛のクラークだった。
「貴様ッ。先ほどから黙って聞いていれば、我が主たるテイラー様になんという口の利き方! 身の程を知れ……!」
「あぁ? なんだこの爺さんは。おい小僧、交渉の場の人選くらい気を遣え」
「交渉だとッ? こやつなにを言っておる。辺境伯であるテイラー様からの要請であれば、冒険者ギルド風情、一も二もなく頷くしかあるまい!」
あああ、ちょっとクラーク、待ってくれ……。
確かに冒険者ギルドは新しい組織で、古株のお前があまり気にしていないのは知っていた。しかしまさかここまでだったとは。
「おい、小僧。これは俺から説明がいるのか?」
「いやすまない。もちろん僕から話すよ。ギルドマスターには迷惑をかけてしまい申し訳ない」
「ッチ、頼むぞまったく」
ため息をついたギルドマスターに、クラークが困惑しながらも噛みつこうとしたところで。
「いい、いい、止まってくれクラーク」
「し、しかしテイラー様。なにやら私が認識できておらぬことがあるのは分かったものの……」
「いいんだ。ここへ来る前に伝えていなかった僕のミスだ。だからいま教えておく」
戸惑うクラークに僕は言った。
「いいか。冒険者ギルドという組織は、王国から特例的に自治を認められている。つまり、彼らは領主である僕の下にはいない」
「! ッそ、それはしかし! この領都に居を構えている以上、そのような道理は通らぬはず!」
「それを通すのが特例で、それだけ魔王という脅威への対抗手段が求められたということだ。ただし。国王陛下の命に従うことと、所在する都市の住民から交代制で幹部を採用することが条件だが」
「それはッ、そのような……――――いつ、その話が領内で通っていたというのですか? 私は聞いておりませんぞッ!」
そうだな。父の代から長くうちに仕えたお前は、経験豊富で実力もあって、それで……少し頭の固いところがある。
それもあって。
「お前には相談せず話を進めたんだ。僕の一存で」
「そんな……! 我らが領には、教会の子飼いとなったとはいえ勇者ハーレがおります! 内政干渉されかねない組織を招き入れる必要などなかったというのにッ!」
それがそうでもないんだ、クラーク。お前には……いや、周りの誰にだって言えやしないが。ハーレがいつまでも健在である保証なんてない。
呪われているんだよ、勇者という存在は。
そして、その事実を伝えかねたということもあるが、それだけではなく。この情報の入手経路や信憑性も、僕は他者に伝えるわけにはいかない。
なぜならばその情報は。
僕のこの――漏らしてはならない
だからこそ、僕はクラークにこう言うしかない。
「……すまない、クラーク」
「ッ! 私は常々言っておりましたぞ! 何かあれば、ひとまずこのクラークへご相談くださいと! テイラー様がご立派な領主となられるまではッ」
「それでは遅かったんだ。すまない……」
納得してもらうしかないと頭を下げる僕に、しかしクラークは感情を抑えかねた様子で頭を抱えた。
しかし、いつまでもこの話に時間を使うわけにもいかない。場合によっては……古くからの重臣を失うころになろうとも。早々に話を進めねばならない。
そう、僕が覚悟したその時だった。重苦しい空気を裂いて、彼が言葉を発したのは。
「おい。爺さん」
「……ッなんだ、ギルドマスターとやらよ。悪いがいま私は、テイラー様のお目付け役として重要な話を――」
「ッハ、お目付け役? なにを言っている。見ろ、小僧の目を」
「ぬ、なにを……。テイラー様の目だと?」
困惑した様子のクラークと目が合う。
僕はもう、先ほどまでの覚悟を隠す時間も、その気もなかった。
だからだろうか。
僕をまっすぐ見据えたクラークの顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「テイラー様……。私を――切る、ご覚悟が……」
信じられないと、ぽつりと呟くような声色。
すまない。しかし、最悪の場合はだ。
優先順位を誤ってはならない。
父が残したこの領地、領民。そして、唯一残った家族である愛しい妹。守るべきものを守るためならば、僕は道化にも外道にもなろう。
だからクラーク。お前が納得してくれないというのならば、と。
そう思った時だった。
「……いつの間にやら。大人になっておったのですな。あんなに小さくか弱かったテイラー様が」
「クラーク?」
過去を懐かしむような、いなくなった誰かを想起するような眼差し。
僕を見るクラークの目が変わったと、その瞬間に分かった。
「あい分かり申した。このクラーク、先代様より申しつかったお目付け役の任を外れることといたします」
そうして、クラークは言うのだ。
「これより私はお目付け役ではなく、
剣を捧げるように持ち上げ、膝をついて頭を下げる。
それを見て僕はすぐに動いた。彼に一歩近寄り、捧げられた剣に軽く触れる。
そして、言った。
「ああ、分かった。お前の忠誠も命も、これよりすべて僕のものだ。代わりに誓う。僕はこれから――お前の血肉の一片たりとて無駄にしないと」
手に触れた剣を押し返す。それを以て武力の委任を示し、僕たちの儀式は完成した。
クラークは膝をついたまま、下げていた視線を僕に向ける。
浮かんだ表情は…………どこか安心したようでいて誇らしげでもある、そんな微笑みであった。
こうして。
僕たちはいま、真の意味で主従となった。庇護者としてでなく、彼を使い導く者として、改めて覚悟を固めたのだ。
完全に部外者の、ギルドマスターの居室にて。
「…………まあいいけどな。小僧と話すたびに突っかかられちゃあ、やり難いからよ」
微妙そうな顔のギルマスの寛大さに感謝……。
その後。
遅れた時間を取り戻すがごとく、早々に交渉を終えた僕たちはというと。
ギルドマスターに借り受けた冒険者の精鋭集団を先行させつつ、フォルン領都から外へ出るための城門へと向かっていた。
馬車の中で、周辺の警戒を続けるクラークがこぼす。
「……いやしかし、本当にこれほど立派になられておったとは。明らかに曲者な組織の長を相手に、見事な利害の調整を。このクラーク、不覚にも目頭が熱く……!」
「なにを大袈裟な。言っておくが、あのくらいは予定調和だぞ」
「というと?」
「彼とは定期的に交流して情報交換していたんだ。今回のように、外部の手を借りたい時は必ずあるからな」
「! やはりご立派になられた……ッ。後はその――女遊びの悪癖だけ直してくだされば! このクラーク、安心してあの世へ行けますぞ!」
うッ。この流れで刺されるとは。しかしそれは止めるわけにはいかないことなんだ、すまない。
……と、それよりも。
「クラーク。そろそろ門へ着く。戦場へ行くことになるんだ、しっかりと荒事の構えはしておいてくれ」
「ええ、分かっておりますとも。それが私の仕事で、御当主様を守って逝くのが次の夢になりましたからな」
「冗談はよしてくれ。長生きしろよ」
「うッ。ありがたきお言葉……!」
情緒不安定過ぎる。いやそれより、本当に危ないのだから気合い入れてくれ。
先ほどギルドマスターにも話した通り、うちの領地の教会勢力には魔族の息がかかっている可能性が高い。
僕のこの力――好意を向けてくれた者の力や感情を分けてもらう能力で、教会内部の情報を断片的に入手できたのだ。
そして今も感じる。戦場から感じる嫌悪に緊張、そして極大の罪悪感。この感じ、力を通して繋がったあの娘本人が、かなり核心に近いところにいる。
杞憂ならいいのだが、その可能性があるなら動かねば。僕はこれでもハーレたちの支援者、裏方なのだから!
なんてことを思っているうちに、馬車は少しだけ止まって、再び動き出した頃には――分厚い城壁を潜って街の外へ。
強力な結界魔術から離れると、まだ少し距離があるはずの戦場の音が。
できるだけ心を落ち着かせつつ、どんどん大きくなる音に緊張を濃くしていると。
――突然、馬車が止まる。同時に前方の冒険者たちからざわめきが。
「なんだ?」
「駄目ですぞ、御当主様。まずはこの私が様子を見るので、安全が確保されるまで外に出られぬよう」
「さらに過保護になった……」
釈然としない思いを抱えつつ、馬車から降りるクラークを見送って。
直後。
「な、あッ!?」
ドガァン、と。
クラークが驚く声に、強烈な破砕音。冒険者たちの叫び声も聞こえる。
「なにが起きた!」
「ご、御当主様! 出てきては駄目ですとッ!」
いや、こんな明らかな異常事態に一人馬車にいられるか。
そうして馬車を飛び降りた僕が目にしたのは。
「な……」
天高く舞い上がる土煙。
そして、その直後だった。
煙が一瞬で四方へ吹き飛び現れたのは、圧倒的な威圧感をまとった女性。魔力で揺らめく赤い髪の隙間から見えた顔は。
「――ハーレ……!」
思わず呟いた瞬間、勇者ハーレがピクリと反応する。
「いま、声が…………イヤ、いる訳ないか。あの欠片も戦う力がない腰抜けが」
む。それはもしかしなくても僕のことでは。
「ふん。あんなやつ、ここには来なくて正解だ。こんな、血生臭くて物騒なところ――」
うん? まだなにやら呟いて――って、あぁ!
僕が思わず驚きの声をあげる前で。どこかから高速で飛来した人間大の塊が、ハーレに思い切りぶつかった。
その衝突のあまりの規模に、辺りへ衝撃波が撒き散らされる。
「あ、ぁあ、ハーレがッ」
「御当主様、お下がりください!」
クラークに庇われる僕は、しかしハーレのもとへと駆け寄ろうとして。
すぐに必要なかったと知る。
「痛いなこの、邪魔者が……!」
ハーレの怒気混じりの罵り。その直後だった。
ハーレの体が炎をまとって、燃える拳を突き出す。
そして、それを受ける相手は。頭に二本の角を生やした痩身長躯の魔族――――吹っ飛び、地面に跡を刻みながら彼方へと。
「さっさと殺して、さっさと帰る――」
ハーレもそれを追い、目にも止まらぬ速さで去っていく。
そんなレベルの高過ぎる戦いに、僕もクラークも、そして冒険者たちも、みなが一様にポカンと口を開ける中。
ハッと気づいた僕は、ここへ赴くきっかけとなった自身の力に意識を向ける。そして感じた。
「やはりいる……! この戦場に、裏切り者が!」
ハーレの戦いを邪魔される前に、排除しなくては!