勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
…………。
体が熱くて、痛い……。真っ暗だ。
なにも見えないのに浮遊感だけが――
「イ、痛イぃ……コレ、ヤダ……ッ」
ん……? すぐ側で聞こえた今のは……あの魔族? ぼんやりした感覚ではあるけど、声が遠ざかっていった気がする。
「――……いで……さい! ……ーレさん! おにいさんを早く!!」
「あ、あ、あ、あ! 血が! あ、足が、飛んで……!」
「呆けている暇はないですよ……!」
ハーレに、シエラさんの声……。焦って、泣きそうで、痛ましい。
なんと言っているかはよく分からない。まるで水の中にいるみたいで。
……なんて、微睡じみたぼやけた思考の果てだった。
「――【白光】!
ハッキリと聞こえたのはシエラさんの声。
直後。体を包む温かさが、痛みや熱を綺麗さっぱり取り払って。
重く沈んでいた体がふわりと浮いて、徐々に光が戻ってくる。そうして、帰ってきた視界へ一番に飛び込んできたのは――
「――っテイラーくん!? テイラーくん!!!」
至近距離で、潤んだ真紅の瞳が僕を見据える。直後、凄まじい力で抱きしめられた。
「ぐえっ……」
ぐぐ、苦しい……。これが勇者パーティ以外の女性なら喜ぶ演技でもするところだけど、こんなの普通に攻撃だ。
「は、ハーレ……痛い……!」
「!! す、すみません、つい感極まって……。わたしからお触りなんて、テイラークラスタのみんなに顔向けできないことを……っ」
テイラークラスタ? なんだそれ。……下手に藪を突くのはやめておこう。
あぁ、それより……――あの、ッ魔族の女は。
そう問いかけようとしたその時。
「――おにいさん……! 間に合ってよかった! もう、こんなに心配させるなんて……っ悪い子ですねぇ」
「シエラがいなかったら死んでたよ、領主様。感謝するんだね」
「…………あぁ。もちろん、シエラさんには最大限の感謝を。フォルン辺境伯家当主として正式な謝礼もさせてもらうよ。ただそれよりも今は……あの魔族の女は……!」
お触りがなんとかでハーレの支えがなくなったから、ふらつく体そのままに起き上がる。そうして素早く周囲を見渡した。
…………僕が爆発したあたりに血が飛び散っているけど、魔族の姿はどこにも見えない。まさか――
「――すみ、ません……。テイラーくんのことで頭がいっぱいになって、魔族には逃げられてしまいました」
やはり……! うちの兵は……高位魔族相手に厳しいのは、さすがに僕でも分かる。でもそれなら、この件に一番必死にならないといけなかったのは――
「――――司教。逃げた魔族は貴方が責任を持って捕え…………いえ。殺してくれますね?」
「! ぐ、ぬぬ、ぬぅ……! 誰に命令して、いや、むうう――――ッも、もちろんですともぉ!」
当然だ。あの魔族は教会騎士の格好をして、司教の手の者として紛れていた。さすがに司教の手引きとまでは思わないけど、彼の失態であることは間違いない。
教会が独占する、魔族を検知し退けるいくつもの術。それがあるから彼らを優遇しているし、家族や民のため多少の横暴にも目を瞑ってきた。
にも関わらずこの事態に至ったのは、司教たちの怠慢に他ならない……!
「…………あなた方の役割を全うしてくれるとのこと、重畳です。では……ッ」
僕はつい、ギリリと奥歯を鳴らしながら。ついつい恨みのこもった視線を向けて。
「とっとと――――その贅肉すべてを落とすつもりで、必死に街を浚うんだ……! いま、すぐに!」
そう強く言い放った相手、マクシミラン司教は。
ぐっと激情を堪えるように唇を噛んで……濁った瞳で僕を睨み返すのであった。
そんな荒事が起きた、たった一日後のことだ。
すでに教会からは魔族出現の注意喚起がなされ、いつもよりずいぶん閑散としている街中で。
大通りを歩く僕は、左右を女の子に挟まれている。
「テイラーくん。けしてわたしから離れないでください」
そう、ピンと張り詰めた気配を漂わせるのは、赤毛の勇者ハーレだ。ほとんど触れるかどうかという位置まで近づいて、周囲の数少ない通行人を威嚇しながら歩いている。
そして、もう一人の女の子というのが――
「はぁ〜あ。ひさしぶりのお出かけなのに、ぜんぜんお店開いてないんだけど? ねえ――――おにいちゃん」
僕の胸あたりにある、小さな金色の頭。両側で可愛らしく髪を縛って、瞳と同色の緑色をしたリボンをつけて。
――うん。いつ見ても可愛い。世界一だ。それに今日は、体の調子も本当に良さそうで……。
「グスッ…………そうだなぁ、でも、開いている店も中にはあるから。好きなものを買ってあげようね」
「えっ、なに泣いてるの? キモっ!」
「うんうん……そうして元気でいてくれ。お兄ちゃんはそれだけで幸せだから」
「だからキーモーい〜!」
僕の妹――フルーチェ・フォルンは、そのあまりに可愛らしい顔を、これまた可憐に顰めて見せるのだ。
ついつい笑顔が溢れて止まらない……!
そして。そんな僕たちを隣からじぃっと穴が開くほど見つめるハーレ――
「――テイラーくんの、い、妹さんですか。ぜひお近づきに……」
「ねえ〜〜! 無表情なのに、なんかこっちも気持ち悪い〜! 視線がネチャネチャしてる!」
ははは。元気いっぱいだなあフルーチェ。こんなに体調が良さそうなところを見たのは久しぶりだ……。
でも。
今日はそんなフルーチェにたくさん楽しんでもらうのと同時に、もう一つ大きな目的があるんだ。
……つい昨日この街に現れ、そして姿を消した魔族。いまも教会が追ってはいるけど、高位魔族に対してどこまでやれるか。
そんな状況の中…………昨日あの後、なにやら投げやりに教会から寄越された「勇者ハーレの休暇を認める」旨の伝言。
そう! 今まさに僕たち領都の人間は――人魔大戦の前線にも近しい危機にいるわけだ。
であれば僕がしなくてはならないこと、それすなわち。
――ハーレが勇者を辞めたい理由を聞き出し、引き留めること……だ!