勇者になりたくなくて一行のパトロンになった。金だけ出すから放置してほしいのに、束縛強めな勇者たちが俺を放っておかない 作:ぎゃん
そうして、ハーレの心中を暴くという密かな目的を胸に。
……けれどそれはそれとして、フルーチェが滅多にない機会を楽しむことも大事にせねばと、そう心に誓った僕はいま――
「いやしかし、本当に美しい工芸品だよ。まるで――街角でひっそりと咲き誇るレディ、あなたのようにね?」
「ご、ご領主様……! そんなっ、お戯れを……」
そばかすの浮いたチャーミングな頬を朱に染めたのは、僕よりいくらか年上に見える雑貨店の若き店主だ。
恥ずかしげに上目遣いで僕を見て、すぐに顔を伏せる。
「ははは、戯れなんかじゃないさ。この細やかな装飾、作り手の繊細な美意識が透けて見えるようじゃないか。これを拵える職人が美しくないわけないと思ったけれど、想像通りさ」
なんで僕、朝っぱらから女性を口説いているんだろう……。
あっちで楽しげにアクセサリーを見ているフルーチェとハーレに混ざりた――ウワッ、ハーレがすごい目で僕を見ている……!
きょ、今日はほどほどにしておこうかな。
「それではレディ? 僕は向こうの小さなレディたちに、君の美しい作品を合わせてくるよ」
「あ、は、はいっ。ぜひ!」
よし、よし。ちゃんとハーレにも聞こえるように言ったけど、うまく行ったみたいだ。表情はあまり変わらないけど、満足げに鼻を鳴らして頷いている。
それじゃあ――
「――レディ。また今度、僕が一人で来た時には…………とても良くしてくれると嬉しいな?」
「! っはい、ももも、もちろんでしゅ……!」
こうして粉をかけておくことは忘れない。
……権力をかさにきたとんでもないクズだな、僕は。でも許してほしい、これもフルーチェを、ひいては領民みんなを守るため。
――僕が持つなけなしの勇者の力、それを僅かなりとも増大させるために。
ということで。僕としても不本意な行動にひとまずの区切りをつけて、愛しのフルーチェのもとへと向かった結果が――
「――おにいちゃんさあ。……妹の前で女の人口説くの、ほんとに気持ち悪いからヤメテ?」
ッぐぅ! ふ、フルーチェ!?
「なにショック受けてるの、当たり前じゃん。あのねえ、フルーチェの気持ち考えたことある〜?」
フルーチェの気持ち、だと?
「やれご領主様はご立派で、王子様みたいにカッコよくて…………みたいなことをね? メスの顔したメイドたちが言ってくるのよいっつも! も〜〜〜フルーチェうんざりなんだけど! というか、兄が女好きとかイヤなのー!」
「……フルーチェちゃん? その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか」
「あ、ハーレさんからも言ってくれるって? いいよーなんでも教えちゃうから、一緒にちゃらんぽらんなおにいちゃんを叱っちゃお!」
ちゃ、ちゃらんぽらん……? 大事に大切に、小さな頃から面倒を見てきた可愛いフルーチェが、僕のことをそんな……ッ。
「……ぅうッ。あんなに素直で良い子だったフルーチェが……!」
「も〜〜! だから泣かないでって、キモいから!」
ひどい。僕はこんなにもフルーチェのことを想っているのに、最近はすごくツンツンして、キモいなんて言うようになってしまって。
おにいちゃんは悲しいよフルーチェ……!
…………なんて、悲しんで見せながら。僕たちはそれから、フルーチェとハーレの二人にそれぞれ髪飾りを買ってあげた。
そうして度々フルーチェに罵られながらも、数少ない営業中のお店を巡っては、アクセサリーや雑貨、それに屋台の食事をつまんだり。
気がつけば、時刻はすっかり昼下がりだ。
「――どうかな、フルーチェ。今日は朝からいろんな場所を巡ったから疲れたろう。そろそろ屋敷へ帰るかい?」
僕は人通りの少ない大通りを歩きながら、少しだけ顔が青くなってきたフルーチェに問いかけた。
……久しぶりの妹とのお出かけではしゃぎ過ぎてしまったな。外に行きたいと言い出したのが、最近反抗期なのか素っ気なかったフルーチェの方というのも、僕のおにいちゃん魂に火をつけてしまった……。
でも、ハーレという一級の護衛がいる機会なんて滅多にないんだ。たまの機会にくらい、フルーチェにはこうして普通の女の子のように楽しんで欲しかった。
フルーチェのほうに意識を割きすぎて、結局ハーレに引退騒動の真意は聞けていないけど、今日はもうそろそろ、と。そう思ったのだけれど。
「えっ…………ぁ、もう……?」
一瞬驚いたように目を見開くフルーチェ。
やっぱり遊び足りないか? でも、体のためだから。また来ればいいのだから、今日はこのあたりで。
「……っでも! まだぜんぜん、日も沈んでないし! お店だっていろいろ行きたかったのに……!」
「そうは言ってもだよ、フルーチェ。疲労も溜まってきてるだろう? 街に来れる機会なんてまだこれからたくさんあるんだ、今日はこれくらいで辛抱しなさい」
「で、でも……っ!」
それでもフルーチェは食い下がろうとする。そんなに楽しかったなら兄冥利に尽きるけれど、これ以上は。
ほら。今日一日で仲良くなったみたいだし、ハーレからもなにか言ってやってくれ――
「――フーちゃん。っめ、ですよ」
ふ、フーちゃん? 僕でもフルーチェのことをあだ名でなんて呼んだことないのに……!
しかも、フルーチェはハーレの言葉にもまったく納得する感じがない。いつもはもっと、反抗期とはいえ聞き分けがいいのに……。
イヤイヤと首を振って動かなくなったフルーチェに、僕とハーレは顔を見合わせる。
「どうしたんだろう? 普段はもっと良い子なんだけれど……」
「これはこれでいいですね。ワガママな娘に手を焼く夫婦のようで」
真面目に考えてくれ……。誰と誰が夫婦だって?
あぁ、それよりもフルーチェのことだ。
僕は服の裾をギュッと握って俯く彼女のそばに寄ると、できる限り優しく問いかけた。
「どうしたんだい、フルーチェ? さっきも言ったけれど、これが最後というわけじゃないんだよ。……今は少し、魔族の件で時期が悪いけれど、それが解決すればまたいつだって――」
その時だった。
ガバッと顔を上げたフルーチェは、少し潤んだ瞳で僕を睨んで言ったのだ。
「いつだって? それ、本気で言ってるのっ? ――――フルーチェがいつまで生きられるかも分かんないのに!?」
「ッ!? ッそ、そんなこと誰に――」
「誰でもいいでしょそんなの! それよりも…………否定、しないんだ……っ」
「ちがッ、フルーチェそれは……あっ!」
走って逃げた!? どこに魔族が潜んでいるかも分からない状況で、それはまずい……!
「追いかけようハーレ! 頼む、先に行ってあの子を保護してくれないか……!」
「それは、でも、テイラーくんの護衛が」
「僕のことよりフルーチェを――」
そう言いかけて気づく。
大通りの端、僕たちから数歩離れたくらいのところに佇む教会の小姓。
表情もなく不気味にこちらを見つめて…………ッ目と、肌と髪の色が変わって!
あれは、魔族!? この間のやつとも違う新手が、また教会に……どうなっているんだ!
それよりも、ますますフルーチェが危ないッ。
「ハーレお願いだ! あの魔族をなんとか抑えてほしい! その間に僕は、フルーチェをッ」
「あ、テイラーくん……! 待ってくださ――」
もういてもたってもいられない。
僕は一方的にハーレへ頼むと、なけなしの魔力を循環させて身体強化を発動させて。
フルーチェが去っていった方角へと、全速力で駆け出すのであった。