DS 〈デジタライズ・ストラトス〉リ・デジタイズVer. 作:LAST ALLIANCE
原作でも大きなイベントの1つ。
今回は総当たり戦(原作でもそうだったのかな? うろ覚えですみません)なので、数話に続きますのでよろしくお願いします。
※話のストックが溜まったので今回から暫く週2投稿にさせて頂きます。月・金投稿です。
建設の槌音が響く広大な敷地。“ヴィスコンティ財団”が所有しているその場所で、
巨大な建設工事の槌音が響き渡っていた。
見渡す限りの広大な敷地に組み上げられていくのは身寄りを失った子供達の為の養育・教育施設。社会の隅に追いやられた人々が再び立ち上がるための職業訓練センター。財団が主導する大規模救済プロジェクトの現場であった。
視察用通路から工事現場を見下ろすヴィクトーリアの背中に冷涼な風が吹き抜ける。彼女が目にしているのは建設中の養育・教育施設と職業訓練センター。
「ISの登場が世界の均衡も、人々の生活も全て変えてしまった」
静かな、しかし地鳴りのような重みを持つヴィクトーリアの声に、すぐ後ろに控えていた副官が静かに耳を傾ける。
「仕事を奪われた男達、居場所をなくした女性達、そして未来を奪われた子供達。彼らに必要なのは一時的な施しではない。もう一度自分の足で立ち上がり、未来を切り拓くための“力”と“勇気”」
ヴィクトーリアはゆっくりと振り向くと、建設中の施設を見上げながら仕事に励む財団のメンバーを1人1人まっすぐに見つめた。
「子供も、女性も、男性も関係ない。誰もが夢を見ながら生きられない世界に、明日など訪れはしないのだから」
「……御意にございます、総帥」
深く頭を垂れる副官の頷きには、一切の迷いもなかった。彼女の掲げる理想こそが、歪んだこの世界を正す唯一の光だと信じて疑わないかのように。
一方。その頃。IS学園ではついにクラス対抗戦が行われる日になった。クラス対抗戦は1年生の時にしか行われない。と言うのも、2年生になると、競技科・整備科・普通科の3つの学科に分かれるからだ。
今年のクラス対抗戦は例年にない盛り上がりになっている。と言うのも、今年のクラス対抗戦は“世界で2人しかいない男性操縦者”と、中国・日本の代表候補生、そして特別枠として
この盛り上がりの裏でもう1つ盛り上がっている物がある。それはトトカルチョ。本来であれば、プロサッカーの試合結果を予想して当てるイタリア発祥のサッカー賭博。ここではクラス代表戦で誰が優勝するかを予想し合う物となっている。
「八神先生もどうですか?」
「どれどれ……」
このトトカルチョは生徒どころか教員を巻き込んで行われている。ナターシャが差し出したエントリー表に目を通しながら、カズマは誰に賭けるかを考える。
一番人気なのは一夏。次いで簪、鈴、正義、純一。一夏はビジュアルと千冬の弟と言う肩書があり、簪と鈴は代表候補生。残る2人は賭けるにはリスクがある。
「簪さんだな。自分の担任しているクラスの教え子の優勝に、私は花京院の魂もかけよう」
彼らが賭けるのは学食の食券。賞品は学食の“1ヶ月分無料チケット”。一見お金を使わなさそうに見えるカズマでも、学食が1ヶ月間無料で使える誘惑には勝てない。
ちなみにクラス代表戦は総当たり戦。対戦カードは前日のお昼休みに発表され、各教室の掲示板に張り出されている。
(最初の試合は一夏君か……う~ん、これはタフな試合になるなぁ。にしても原作知識がうろ覚え過ぎる。確か彼の機体は武器が剣だけ、必殺技は自分のエネルギーと相手のエネルギーを等価交換するんだっけ? 合っているか?……これ以上思い出せない。 あぁクソッ! こんなんしっかり覚えている訳ないよ! 大体さ、何で世の中の原作知識持ちの転生者はだいぶ昔に見たアニメをはっきりと覚えているんだよ!? おかしいだろ!? 普通忘れるだろ!? どんだけ見まくったんだよ!? その労力があるなら他で使えよ! 僕なんか原作のアニメ版を前にどっかでやっていた1期・2期の一挙放送を録画して数少ない休日の時にチマチマ見てただけなんだよ! こんなんはっきりと覚えられる訳ねぇだろ! 馬鹿がよっ!)
1年3組のクラス代表、御宅正義。彼は第1試合で1組の代表の一夏と対戦する。対戦が決まって戦い方を考える中、彼の専用機の事が思うように思い出せずに頭を抱えている。
彼は転生者なのだが、俗に言うチート能力や特典が一切ない。それに加え、原作知識がかなりあやふや。なにしろ、前世で最後にアニメを見たのがだいぶ前だったのだから。
実際、正義の予想は半分正しかった。
ここまで聞くと、ISバトルにおいて無敵な攻撃技だと思うだろう。しかし、実際はそうでもない。自身のシールドエネルギーを大量に消費すると言うデメリットがある。発動するタイミングを間違えると自分がピンチになる諸刃の剣だ。
(まぁやる事は変わりない。八神先生の教えと刀奈先輩の特訓で培った戦い方を実践するだけさ)
電光掲示板に表示された対戦表を見て、正義は右拳を握りながら闘志を燃やした。原作主人公や原作キャラと戦い、“俺TUEEEEEE”をやるつもりは最初からない。と言うより出来ない。
彼は自分が何処まで通用するか、何処まで上に行けるか。その事しか興味がない。やる事をやる。それだけを決めてその場から立ち去った。
第1試合はいきなり大注目の対戦カード。1年1組の織斑一夏と1年3組の御宅正義。世界で2人しかいない男性IS操縦者同士の試合。これは盛り上がらない訳がない。
アリーナの熱気は高まる中、1年3組の女子生徒達が重厚な手拍子を刻みながら正義のチャントを大声で叫ぶ。スペイン代表候補生のナタリアがアリーナの喧騒に負けない声でクラスの手拍子を先導する。
『ハラ・正義! イ・ナダ・マス!』
『ハラ・正義! イ・ナダ・マス!』
「進め、掴め、勝利の星を!」
『ハラ・正義! イ・ナダ・マス!』
ナタリアはレアル・マドリードの大ファン。マドリディスタ。もしISの操縦者にならなければ、サッカー選手になっていた程の逸材。そんな彼女がクラスを先導し、メガホンを手に取って大声で歌う。
そんな感じで盛り上がってるアリーナ。既に専用機を展開している一夏は正義に話しかける。まるで戦う事を楽しみにしていたかのように。
「正義。今日の試合、ずっと楽しみにしてたんだ。お前と本気で戦えるなんてさ!」
「はは、僕もだよ一夏君。胸を借りるつもりでいくよ」
正義は頭の中でうろ覚えながらも一夏の戦い方を思い出し、如何に自分の『流星零式』で優位に立つかを考えていた。しかし、一夏の次の一言で、正義の身体がピタリと凍りついた。
「いや、俺の方こそ挑戦者だよ。だからさ、今日の為にちゃんとこの前の試合データを研究して、1組の皆で対策を立ててきたんだ!」
「……え?1組の皆で……? 嘘だろ……!?」
爽やかに親指を立てる一夏に対し、正義は全身に寒気が走るのを感じた。
その瞬間、正義の脳裏に1組の面々の顔が、冷徹なカットインのようにフラッシュバックした。
箒やセシリアは分かる。彼女達なら間違いなく協力する。しかし、正義にとって一番恐ろしいのはマドカだ。何故なら彼女は一夏の双子の妹であり、日本代表候補生でもある。原作知識がある正義にとって、ここまで最悪な事はない。
「おう! お前の戦術パターン、俺じゃどうしても対策が思いつかなくてさ。困ってたら、千冬姉が特別講義を開いてくれたんだ!」
「マジかよ……」
世界最強のIS操縦者が作戦立案をした。それを知った正義の顔から完全に血の気が引いていく。
「そこにセシリアがお前のライフルとキャノンの射線を潰す誘導パターンを提案してくれて、箒が回り込まれた場合の迎え撃ち方を一緒に考えてくれてさ。あ、マドカも“正義の戦い方には必ず独自の予備動作がある”って、お前の死角を全部紙に書き出してくれたんだ。おかげで徹夜しちゃったよ!」
(待って、これ詰んだんじゃないかな……?)
正義は内心で頭を抱えた。世界最強の戦術眼に、イギリス代表候補生の射撃理論、剣道の全国大会優勝経験者の近接予測、そして日本代表候補生こと実妹の徹底的なモーションアナライズ。
ただのクラス対抗戦のはずなのに、気づけば“対正義用絶対ハメ殺し戦術”が完成していた。しかも、そこに一夏が加わる事から最強の布陣となる事間違いなし。
「手加減なしで行くからな、正義!」
「お、おぅ……こちらこそ(まずいな……あの試合以降完全に警戒されているな。これはきつい……)」
正義との試合に燃え、皆で作り上げた戦いで挑む一夏。それに対し、正義は学園中に自分の名前と実力が轟いている事を感じ、冷や汗ダラダラ。
試合開始のフザーが鳴ると、最初に仕掛けたのは正義だった。横移動しながら『流星零式』のレーザー・ライフルで一夏を牽制。
(これで一夏が突っ込んで来る筈……)
正義が事前に予測していた試合展開。それは一夏が『流星零式』の戦い方を封じるべく、速攻と力押しでゴリ押すと言う物。
一夏の専用機―『白式』は圧倒的な近接突進力と、
それを活かして一気に間合いを詰めて近接戦闘に持ち込み、高出力の零落白夜で短期決戦に持ち込む。それが正義が考えていた一夏の戦い方だった。
(あれ? 何か変だな……突撃して来ないぞ?)
しかし、正義の考えは外れた。一夏は一瞬の迷いもなく正義が予想していた方向と反対へと踏み替えたからだ。
派手に回避するのではない。最小限の機動、最小限のエネルギー消費でミサイルの誘導軸 から滑り込むように外れ、確実にこちらの照準を外してくる。
これでは一夏の退避行動を誘導する事が出来なくなった。白式の圧倒的な近接性能と短期決戦を狙ってくるプランは予測していた筈が、こちらも先日の試合の戦術パターンを封じられる結果となった。
(成る程な~これが僕用に用意していた戦い方か……八神先生の教え、“他人と競うな。持ち味を活かせ”を別ベクトルで体現するとは恐れ入ったよ!)
正義は気付いた。一夏を含めた1年1組が自分の戦術パターンを利用した戦い方を用意した事に。その完成度の高さに苦笑いしか出来ない。
最初のレーザー・ライフルの牽制は最小限の回避で対応。続いての誘導ミサイルは突進しながら回避。最後のレーザー・キャノンは撃たれる前、撃たれる直前に死角から斬りかかって自分の得意な戦い方に持ち込む。
恐らく2試合目のナタリアの試合を見て、如何にして自分の戦術パターンを潰すかを考えていたのだろう。そこまでして勝ちたい執念に脱帽しか出来ない。
(でも、それならこっちも対応するだけだ!)
前世の社畜時代、理不尽な仕様変更やトラブルに直面したときと同じ感覚を覚えた。冷や汗が背中を伝う感覚。
しかし、パニックにはならない。既に耐性が付いているからだ。手の内が読まれたのなら、速やかに最適解プランBへと切り替えるだけだ。安全マージンを削ってまで美しく勝つ必要なんてどこにもない。
刀奈との特訓で教わった事を活かし、即座にスラスターの出力を減衰させ、緩急をつけた変幻自在の軌道を描く。
圧倒的な機動力を全開にしながらひたすら間合いを維持し、レーザー・ライフルで一夏を牽制し、隙を見せれば右肩のレーザー・キャノンと左肩のミサイルポッドから発射されるっミサイルを叩き込む。完全な“引き打ち”へと戦い方をシフトさせた。
決して相手の間合いには入らず、機動力の緩急をつけながら円を描くように距離を保ち、確実にシールドエネルギーを削りにいった。
泥臭く、徹底的に相手の強みを潰すアウトレンジ戦法を正義が始めてから暫く、アリーナの観客席から怒号のようなヤジが巻き起こった。
―――織斑君、負けないでー!
―――ちょっと何なのあの3組の男! 逃げてばかりじゃない!
――― もっと堂々と正面から戦いなさいよ! 卑怯者!
―――遠くから撃ち逃げしてるだけじゃない!
―――男子のくせに卑怯よ! 堂々と白兵戦で勝負しなさいよ!
―――つまんない試合やるな~!
会場を埋め尽くす女子生徒達が非難とブーイングが巻き起こるだけでなく、女尊男卑の風潮が色濃い教員席からも、心底嫌そうに眉をひそめる視線が突き刺さる。
ISバトルの華である“華麗な接近戦”を真っ向から否定し、泥臭く勝利だけを追求するその姿は、彼女たちにとって不快極まりないものに見えたのだろう。しかし、対照的に正義の心は氷のように静まり返っていた。
(……好きに言ってろよ。あいにく、僕は一夏君みたいに派手な一撃を持っているわけじゃない。勝つために、生き残るために……自分の持てる手札を全て使って泥臭く戦うしかないんだ……!)
―――何よあの男! 逃げてばっかりじゃない!
―――男なら正々堂々と一夏様と打ち合いなさいよ! 卑怯者!
アリーナを包み込む正義に対する女子生徒たちの苛立った大ブーイングに対し、観客席で試合を見ている専用機持ちは興味深そうに目の前のバトルを見守る。
「はぁ……観客のレベルが低すぎて嫌になるな。正義の何処が気に入らないんだ? あいつの戦い方は正しい。要は『白式』の餌食にならないように間合いを支配してるだけだろ? オレが思う限り、あいつ程勝ちに行く事に迷いがない奴はいないな」
「そうっスね。自分達が楽しめる試合を見たいからと言って、勝つ為の最適解を選んでる選手にブーイング。人の心がないってのはあいつらの方っス」
下着が露出するほどの短いスリットスカートと、黒いガーターベルトを着用している金髪で長身な少女―ダリル・ケイシー。3年生でアメリカの代表候補生。
三つ編みを結ったぼさぼさの髪型に、猫背気味の小柄な少女―フォルテ・サファイア。2年生でギリシャ代表候補生。
彼女達は正義の戦い方が正しい事を十二分に理解し、目の前でブーイングとヤジを飛ばす一般生徒を冷ややかに見ていた。
「……フン。相変わらずギャラリーは能天気なことだ。“華やかな打ち合い”とやらが見たいなら、サーカスにでも行けばいいものを」
「ふふ、本当にですよ。白式の
司令室にいる千冬と刀奈は扇子を口元に当てながら、目を細めて正義の鮮やかなバックステップを見つめる。
正義はレーザー・ライフルで牽制し、一夏が間合いを詰めようとした瞬間にだけあえて減速して軌道とタイミングを狂わせ、レーザー・キャノンと誘導ミサイルで強引に距離を押し戻していた。
「自分の機体性能と相手の弱点を冷徹に計算して、勝ち筋だけをミリ単位でなぞり続ける……地味に見えるけれど、あれ、やっている当人は生きた心地がしないはずです。一歩間違えれば一撃で沈む緊張感の中で、よくもまぁメンタルが保ちますね。彼、メンタルお化けですよ」
「……兵士としては満点だな。観客の歓声や見栄えなどという無意味な自尊心を捨て、泥をかぶってでも“勝利”という結果だけを拾いにいっている。男だ女だという以前に、叩き叩き直された“武人の戦い方”だ」
そう言うと、千冬は隣で腕を組み、静かに缶コーヒーを手にしながら試合を観戦しているカズマへと視線を向ける。
「お前の仕込みか、八神先生?」
「まさか。私が教えたのは“他人と競うな。持ち味を活かせ”と言う教えだけだ。それを彼なりに落とし込み、刀奈さんの教えと組み合わされたのがあの戦術だろう」
カズマは口元に不敵な笑みを浮かべ、アリーナで冷徹に間合いを支配し続ける教え子の姿を、頼もしそうに見つめる。
「
「ふふっ、言われてるわよ正義君? ……でも、本当に良い顔になったわね。ブーイングなんて彼の耳には届いてすらいないわ」
「ああ。一夏もこの戦いで、自分の“一撃必殺”に頼り切った甘さを嫌というほど思い知るだろうな」
歓声と怒号が飛び交う熱狂のアリーナ。そこでは専用機持ちと大人達だけが正義が選んだ“冷徹な勝利への意思”を正確に読み取り、静かにその成長に頷いていた。
(……嘘だろ!?)
レーザー・ライフルの牽制を何とか躱しつつも、間合いを一気に詰めようと踏み込もうとする一夏は、思い通りに行かない現状に頭を戦えていた。
この試合を迎える前、1組のクラスメイト全員で正義の“代表決定戦”の映像を何度も見返し、徹底的に戦術を分析したはずだった。
レーザー・ライフルで牽制しつつ横に動き、こちらの回避運動に合わせて左肩のミサイルポッドで退避先を面で潰し、最後に右肩のレーザー・キャノンを叩き込む。それが彼の絶対的な勝利パターンだと分かっていた。
だからこそ、あえてセオリーとは逆方向へ、最小限の機動で滑り込んだ。相手の予測を裏切り、ミサイルの誘導軸から外れて『白式』の加速力を活かして一気に肉薄する。そして得意の近接戦闘に持ち込んで一気に主導権を握る。完璧な対策のはずだった。
(読まれた!? いや、違う! 瞬時に対応されたんだ……!)
しかし、『流星零式』は一夏達1組の予想を超える対応を取って来た。まるで流星のように急激に緩急を変えながら軌道を描き、まるで生き物のように一夏の間合いからスルスルと離れていく。
『白式』の圧倒的な突進力をもってしても、決して捉えることができない絶妙な距離から淡々と攻撃を叩き込んでいる。
(クソッ、このままじゃまずい……! 何とかしないと……!)
一夏の手の平にじっとりと嫌な汗が滲む。『白式』は近接特化型。間合いを詰めて一撃を見舞わなければ何も始まらない。
そして何より、
それを見抜いているのかいないのかは分からないものの、正義は一定の距離を保ったまま、ひたすら引き打ちに徹している。
直撃こそ避けているものの、牽制のライフルを回避するためにスラスターを吹かすだけで、『白式』のシールドエネルギーは見る見るうちに削られていくのだ。
「どうすれば良いんだ……?」
焦りに任せて足を踏み込み、
まるで相手の掌の上で踊らされているような感覚。クラスの皆で夜遅くまで話し合って導き出した対策も、相手の冷徹なまでの“即座の作戦変更”の前には、ただの甘い見立てに過ぎなかった。
捕まえられない。攻撃が届かない。そもそも攻撃が出来ない。
―――引いて撃つだけなんてズルいわ!
―――恥ずかしくないの!?
―――男の分際で姑息な真似してんじゃないわよ!
試合が続いても、相変わらずアリーナを覆い尽くす容赦のない罵声とブーイング。最初は意識の外に弾いていたはずのノイズが、機体の外部センサーを通して、正義の耳奥へとダイレクトに飛び込んできた。
――使えない奴だな!
――お前、全員の前で恥をかきたいのか?
――文句があるなら結果を出してから言え!
その瞬間、正義の世界から色が消えた。重なるヤジの音波が、前世のブラック企業時代、怒号と罵声を浴びせられ続けた深夜のオフィスとフラッシュバックを起こす。
全身の毛穴が開くような嫌な汗。視界の端が明暗を繰り返し、指先が急速に冷却されていく感覚が全身を駆け巡る。
(あ……ヤバい。頭が……)
正義の思考がフリーズすると、それまで完璧だったスラスターの細やかな出力調整がピタリと止まった。機体が空中で一瞬、力なく失速する。そして突如として停止した。
「な……!?」
間合いの外で耐え続けていた一夏は、その“異常”を見逃さなかった。
何が起きたのかは分からない。理も分からない。だが、相手の引き打ちのテンポが狂い、無防備な隙が生まれたのは紛れもない事実だった。
「今だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
一夏の魂を絞り出すような咆哮と共に、『白式』のスラスターが機動した。『白式』が暴風のような加速をみせ、一気に距離を詰めてくる。
手に握られた
「何!?」
ハッと息を呑み、血の気が引く。視界に飛び込んできたのは、目と鼻の先まで迫った『白式』と、激しく削られた自身のシールドエネルギーの数値だった。
(何やってんだ僕! 過去のトラウマに、目の前のバトルに負けてたまるか!)
冷や汗で全身を濡らしながらも、オリ主の目は再び冷徹な社畜のそれに戻っていた。思考を完全に切り替える。
観客のヤジも、自分のトラウマすらも思考の隅に押し追いやり、再びスラスターの出力を極限まで制御。泥臭く、しかし確実な“引き打ち”の旋律へと立ち回りを戻していった。
(くそっ……自分から間合いを詰めようとしても、全部読まれて先回りされる。このままじゃ近付く前にやられてしまう!)
現実に立ち戻って泥臭く戦う事を再開させた正義。対照的に一夏は奥歯を噛みしめた。直撃こそ避けているものの、相手の“引き打ち”に翻弄され、回避の為にスラスターを吹かすだけでエネルギーがゴリゴリと削られていく。
焦る思考のなかで、一夏はふと、先ほど相手が一瞬だけ動きを止めた“あの隙”を思い出していた。
(……待てよ? 自分から攻撃を仕掛けて距離を詰められないなら……相手の方から接近させるか、さっきみたいに隙を作らせてカウンターを狙えばいいんじゃないか!?)
発想の転換。コペルニクス的転回。相手が“安全な距離から射撃を当てる”ことに集中しているなら、その“射撃の前提”を狂わせてやればいい。
その判断に思い至った一夏は直線的な突進をピタリとやめ、白式のスラスターを左右交互に微細に噴射。
不規則なジグザグ
(……何だ? 動きが変わった?)
一夏の不自然な横移動に対し、正義の警戒センサーが反応する。
(誘っているのか? いや、照準を狂わせて弾数を吐かせようとしている?……狙いは何だ?)
前世の社畜時代に叩き込まれた“リスク回避”の習性が、わずかな警戒を生んだ。確信が持てないまま無駄弾を撃つリスクを嫌い、正義はコンマ数秒、ライフルを構えたまま攻撃の手を止めた。
しかし、その一瞬の静寂こそが一夏の狙いだった。射撃が途切れた一瞬の瞬間、一夏は『白式』の出力を限界まで解放した。
「今だぁぁぁぁっ!!」
残っているエネルギーを全て叩き込んだ
光の尾を引いて迫る『白式』。その手に握られた
「これで……決める!!」
空中で『白式』が大きく身体を捻り、必殺の横薙ぎの一撃を叩き込んでくる。視界を覆いつくすような光の刃。
並のIS操縦者なら、その圧迫感とスピードに圧倒され動くことすらできないだろう。しかし、正気に戻った正義の思考はどこまでも冷徹だった。
(一直線の全開ブーストからの一撃必殺……!読んでたよそのパターンは!)
パニックも焦りもない。正義は回避運動を取るのではなく、右腕のバックラーを絶妙な角度で前方に突き出した。アリーナ全体に響き渡る、激しい金属摩擦音とエネルギーの炸裂音。
「なっ……!?」
体勢を崩され、『流星零式』の側頭部を通り過ぎるようにすれ違う『白式』。その流れるような交錯の“一瞬の間隙”
すれ違いざまに、『流星零式』の左腕のバックラーからレーザー・ブレードが取り出され、次の瞬間に青白い光の刃を吐き出した。
交錯する二機。背中合わせになったその一秒、正義は最小限の動作で、すれ違いざまのカウンターを『白式』へと叩き込んだ。光の刃が白式の装甲を鋭く切り裂き、鮮烈な光粒子が散る。
『白式、シールドエネルギーエンプティ!勝者、御宅正義!!』
「……あ……はは……完璧に……読まれてたか……」
「危なかった……やっぱりタフな試合になったな」
試合終了。世界で2人しかいない男性操縦者同士の試合は2人目、御宅正義の勝利に終わった。
一夏は力なく笑いながらそのまま意識を失うようにガクリと頭を垂れる一方、正義は辛くも掴んだ勝利を実感するように溜息を付いた。
第1試合が終了し、第2試合が始まるまでのインターバル。観客席からは、一夏を応援していた女子生徒達の不満混じりのブーイングが鳴りやまない。
――――なによあの勝ち方! ずっと逃げ回ってただけじゃない!
――――織斑君の方がずっと攻めてたのに! ズルい!
控室。降り注ぐ非難の声をモニター越しに聞きながら、正義は静かに息を吐いた。手にしたスポーツドリンクを飲み、タオルで汗を拭き取る。
「……はぁ。参ったよ、本当に。やられたよ」
隣の長机に腰掛け、スポーツドリンクのペットボトルを傾けながら一夏は苦笑いを向けた。
「1組の皆で代表決定戦の映像を何度も見返してさ。“これなら絶対に一筋縄ではいかないはずだ”って徹底的に作戦を立てたんだ。……まさか、開始数十秒でその作戦ごと一蹴されるとは思わなかったよ」
ガックリと肩を落とす一夏。クラスメイトたちの期待を背負っていた分、自分の不甲斐なさが身にしみているのだろう。
しかし、正義はペットボトルのキャップを閉めると、困ったように肩をすくめて苦笑いを返した。
「いやいや……参ったのは僕の方だよ」
「え?」
「正直、冷や汗どころの騒ぎじゃなかったんだよ。 まさかあの短期間で、僕の癖や射撃パターンをそこまで完璧に分析してくるなんて思ってなかった。……あの一瞬の踏み替えを見たとき、“終わった”って思ったよ。それくらい君達の立てた作戦は完璧だった」
正義は自嘲気味に息を吐くと、改めて一夏の方を真っ直ぐに見つめながら話を続ける。
「そもそもさ、一夏君は『白式』を上手く扱えている時点で凄いんだよ。あれって、信じられないくらい尖った機体だろ? 瞬間的な爆発力は凄くて厄介だけど、エネルギー消費は激しいし、扱いも極端に難しい。……あんなの初心者に与えて良い機体じゃないよ」
「正義……お前けっこう毒舌だな」
「悪いな。僕の機体と比べると色々思う所があるんだ。君はそんなピーキーな機体を乗りこなして、土壇場で僕の照準を狂わせる機動まで閃いて見せた。君の立ち回りは何一つ間違っていなかったし、素直に凄かったよ。一歩間違えれば僕が負けていたよ」
実は一部の一般生徒や教員達から“無能な男子”だと陰口を叩かれている一夏。しかし、実際に刃を交えた正義だからこそ分かる、一瞬の閃きと『白式』を乗りこなす操縦センス。間違いなく本物だと。
観客のヤジなど関係ない。戦った当事者からのストレートな称賛に、一夏のポカンとした顔が、次第に照れくさそうな笑みに変わっていった。
「そっか……。ありがとな。そう言ってもらえると、少し救われるよ」
「それはこっちもだよ。にしてもな~ブーイングにヤジが酷過ぎたよ。途中で聞こえてしまって止まったよ。“何で僕がブーイングされているの? 正しい事してるのに?”って」
「あぁ~あの時か! そうか……俺はてっきりチャンスだと思ったけど……酷い事する奴もいるもんだな」
「気にするんなよ。そもそも僕は観客の期待するような“真っ向勝負”に付き合う気は最初から無かったし。付き合っていたら負けてたからさ」
「まぁな……勝負は勝った奴が正しいんだ。お前は俺の機体の特徴を頭に入れて、自分の手札で勝つ為に最善を尽くした。……それに、俺は逃げ回ってたなんて思っちゃいねえよ。間合いを外される度、生きた心地がしなかったんだからな」
「……マジか。そう言ってもらえると助かるよ。でも正直、あの圧倒的な突進力を前にすると、距離を保ち続けるのがどれだけ胃の痛い作業だったか……当分君とは戦いたくないよ」
正義は自嘲気味に笑いながら、モニターに映る観客席を一瞥する。その視線は冷ややかで、それでいて自分の選んだ道への揺るぎない誇りに満ちていた。
「観客はさ、“魅せる試合”が観たかったんだろうね。……でも、僕は勝つ為に戦っている。そんなに華やかな試合が観たいなら家に帰って好きなだけ見れば良いさ。ただし、最後に勝つのは僕だから」
「ははっ、お前かっこ良いな! そういう考え俺も見習うぜ!……なぁ、もし良かったらでいいんだけどさ。何かアドバイスをもらえないかな? 今の俺に足りない物とか、『白式』の戦い方について」
勝ち誇ることもなく、自分を1人のIS操縦者として評価してくれた正義だからこそ一夏は、素直に教えを乞いたかった。
「アドバイス、か……う~ん……」
正義は少し驚いたように目を丸くし、スポーツドリンクのボトルを弄りながら腕を組んだ。前世の感覚で言えば“他社のライバルに手の内を教えるようなもの”かもしれない。 だが、真剣な一夏の眼差しを見て、ゆっくりと思考を巡らせた。
「そうだな……僕が刀奈先輩から教えられている“機動の緩急”が付けられるようになると、君はもう一段階強くなれると思う」
「“機動の緩急”?」
「ああ。『白式』は爆発的な機動力と引き換えに、エネルギー消費が激しい欠点がある。 だったら、それを逆手に取れば良い。常に全開で突っ込むんじゃなくて、最後らへんに見せていた左右の
「成る程……」
一夏は正義の身振り手振りを交えた説明に頷きつつ、頭の中で自分の動きをシミュレーションするように拳を握りしめた。
「それと、これはもっと泥臭い駆け引きの話になるんだけど……」
正義は少し声を落とし、いたずらっぽく、しかし真剣なトーンで続けた。
「“零落白夜”を発動するとき、刀身の光を自分の機体で隠しながら間合いを詰めたり、相手が防御行動を取ろうとしたその瞬間に発動するような“意地悪な間合いの取り方”ができるようになると、君はもっと嫌な相手になるよ。相手からすれば、いつ切り札が飛んでくるか分からないから、安易にガードもできなくなるからね」
白式の圧倒的な攻撃力を、ただの“大技”として振りかざすのではなく、相手の心理や視界の死角を突く“ブラインド”として使う戦術。
自分や1組の誰もが思いつかなかった戦い方に目を丸くする一夏だったが、彼の説明には分かりやすさと説得力しかなかった。
「そして機動の緩急で相手を揺さぶり、防ぎようのないタイミングで切り札を叩き込む。……それができるようになれば、君は『白式』の良さを今以上に引き出せるんじゃないかな?」
「すげぇ……!!」
ただの精神論や技術論ではない。一夏の特性と『白式』の性能、そして先ほどの試合で一夏が見せた“一瞬の閃き”をすべて踏まえた上での、極めて実践的なアドバイス。
一夏は目を見開き、腹の底から湧き上がる興奮を押さえるように、力強く頷いた。
「すごいな……正義。お前、いつもそこまで考えて戦ってたのか!」
「まぁな……だってさ、そうでもしないと僕のような凡人じゃ、君達天才には勝てないだろ?」
「いやお前も十分天才だからな! でもありがとう! すごく勉強になったよ!」
「はは、まああくまで僕の考えだけどね。……あ、でも次の試合で僕相手にそのアドバイスを使わないでよ? 自分で言っておいてなんだけど、そんな立ち回りされたら僕、本気で勝ち目なくなるからね」
「ははは! それは保証できないな!」
冗談めかして笑い合う二人。教えを乞う素直な一夏と、自身の知識と観察眼で真摯に応える正義の間に、確かな信頼関係が芽生えた瞬間だった。
敗北の悔しさを糧に前を向く一夏と、勝利を掴んでも慢心する事なく突き進む正義。アリーナの殺伐とした空気とは対照的な、心地よい静寂が控室を包み込んでいた。
LAST ALLIANCEです。
今回も後書きとして、本編の裏話を記します。
・主人公のボヤキ
これは個人的に原作知識持ちの設定について個人的に思っていた事を代弁させました。
「よくあんな完璧に覚えられるな~凄いな~でもそれだけ出来るならもっと別の事に役立てても良くない?」と見ていて思ったからです。
・女子生徒達のブーイングやヤジ。
多分この小説が初では?
・オリ主が一夏をフォローする展開
アンチ展開を期待していた方々には大変申し訳ありませんが、一夏君はもっと評価されても良いと思います。
・モウリーニョ節
今現在は2回目のレアルマドリードの監督をしているモウリーニョ氏。彼の言葉を借りました。「そんなにボールが好きなら家に持って帰ればいい。私は勝ち点3を持って帰る」
これがオリ主の哲学と一致しました。
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