──突然だが、世の中の男性諸君は『貞操』という言葉を知っているだろうか?
まぁ、男性にとっては常識の一つであって常日頃から警戒して生きていかねばならない最重要事項の一つでもあるから、今更何を言うかって話でもあるんだけどね。
基本的な意味としては、人としての正しい道を守ることや、性的な潔白を維持すること。現代の解釈とするならば、特定少数のパートナー以外とは性的な関係を持たないことを指す……というものかもね。
勿論正解不正解なんて存在しないのだけれど、この世界においては少しだけ毛色が違ってくるのだ。
この世界においての貞操というものは──『男性が守るべきもの』という言葉で表すのが正解だと俺は思う。
ナニを守るかは言うまでもないが……まぁ、ぼかして言うならば性的なアレというか何というか。
──で、何故この世界において毛色が変わるのか、気にはならない?
恐らくは俺だけがこんなことに色々と思慮を巡らせている……その理由は簡単だ。
──俺が真逆の価値観を持って生まれたからだ。
何故こうなってしまったのかは自分でも分からないが、物心ついた時からこの世界の価値観の在り方とやらに色々と疑問を呈しており、男女の付き合い方が明らかに自分と違うということにも気がついた。
距離感がやけに近い女子、男女別にクラスが分けられていた幼稚園、目が合っただけで何故か意気投合できてしまう男子……数々の幼少期の経験から導き出した答え。
齢14歳にして知ってしまった自分の価値観の真実。
前世がそういう価値観の世界の住人だった。と解釈しても良いものなのかね。まぁ、したところで何が変わるのかって話でもあるんだけど。
──とまぁ、色々と話したけれど、この世界がどういうものなのか説明するとしようかな。
普通に生きていればニュースや周りの関係性で自然と幼児ですら理解できてしまうんだけど……一応、ね。
うん、まぁ、でも──
「……ねぇ、わたしも、もう14歳だよ。少しは大人っぽくなったかな?」
──俺こと『
***
まぁ、とりあえずこの世界の事情を説明しようか。
俺目線で端的に言えば、この世界は男女の感性が真逆になっている上に、如実な男性不足に陥っているのだ。
女性が男性に積極的で、その積極性がエスカレートした性被害がよく発生している。それは単なる本能からくるものなのか……誰でもいいという理由でもあるのか。正直に言えばどちらも正解だ。
家族内に男性がいる女性は思春期中に被害に遭わないよう、守り続けることが暗黙の了解になっているようだ。
外に出ればナンパされ痴漢され襲われ──男性であることが一種のデバフになっているのだ。この世界の歴史を紐解けば分かるはずもなく、偉人も大半が女性。未婚女性が増える一方で出生率をこれ以上低下させないよう、まぁ、その……男性の種を預ける施設も整備されつつある。
女性の結婚出産は進んで提供する男性がいるのかという疑問が提示されたりと、年々議論が激しくなっている世界的な問題なのだ。
──さて、この世界の事情が分かったところで、何故あんながこんなことになってしまったのか思い返してみよう。
幼少期から俺のあんなとの関係構築に問題はなかった筈だ。偶然家が隣になって一緒に遊ぶようになって……小学校でも六年間同じクラスになり続けて、中学でもそれは健在だった。
修学旅行やグループワークですら何故かランダム抽選だったとしても同じ班になり続けて……でも、だからと言って誑かしたつもりは全くないんだ。
いつの間にかああいう妙に色気づいた態度を見せるようになってしまったのだ……何故だ。本当に分からない。
最近になって保健体育で色々なことを知ってしまったからなのか、それとも女性としての本能がそうさせてしまったのか……答えは闇の中。
今日だってあんなの誕生日パーティーの準備に呼び出されて……別に今までも毎年呼ばれていたのだから文句なんてなかった。
なのにそれがこうだ。
幼馴染の部屋に呼び出されて何故か扉の前に立って退路を断つような真似をされて……えっ、これ大丈夫なやつ?
まさか貞操の危機とか言わないよな??
あんなよ、何故扉の前に立って笑みを浮かべているんだ。流石に色々と怖いぞ。何か言ってお願いだから。
「ど、どうしたのあんな。そんなに怖い顔して」
「えっ? 怖い顔なんてしてないよ? とびっきりの笑顔、だよ!」
「そっかぁ……あっ、俺トイレ行きたいからそこどいて欲しいな」
「さっき行ったよね?」
「……頻尿」
「そうなんだ」
「……」
「……」
「……えっ、なんでどかないの」
「だって、嘘だよね? あっくんって嘘つく時は決まって目、逸らすから」
俺が自覚すらしていない癖をも把握しているのかこやつは。昔っから色々なことに鋭い節があったから自然と把握したのかもしれないが。あんなの言う通り確かにとびっきりの笑顔だが目が笑っていないのが怖すぎる。
流石に部屋のすぐ近くにはあんなのお母さんもいるのだから下手に手出しはできないだろう……もう貞操の危機という体で話は進めるけども。
早くない?? 色々と。そういうのはせめて高校生くらいになってからするものであってまだ中学生の俺たちには時期尚早過ぎると思うんですが。
「……ごめんなさい」
「気にしないで? でも代わりにわたしのお願い、聞いて欲しいな」
「お願い?」
「うん。今日、わたしの誕生日でしょ?」
「何か、欲しいものでもあるの?」
「うん。そうなんだ」
「……ちなみに、何が欲しいの」
「うん、それはね──」
「あっくんが、欲しいな」
とびっきりの笑顔のあんなから発せられた言葉には、何の邪念も混じっていない、心からの本音だということが理解できてしまう程、恐ろしい程の執念が混じっているように感じた。
邪念が混じっていない……と、いうことはそれはとてもとても真っ直ぐな気持ちで俺を欲しいと言っているということで。
声が出なかった。自分にとって初めての危機がこんなタイミングで訪れるなんて、あんながこんなことを言うなんて、想像していなかったからだ。
「……ダメ、かな?」
「いや、ダメというか……」
「『いや』ってことは、いいってこと?」
「あんな、一旦落ち着こう。今ヤバいことになってるから」
「ヤバくないよ。わたしの本音だから」
「余計にヤバいかな〜」
そんなことを口走りながらあんなはゆっくりと俺へと近付いてくるので、俺は半強制的に座らされていたベッドから立ち上がってあんなの出方を伺う。
こんなゲーム内バトルみたいな構図が出来上がるとは思いもしなかったよ。あんなの誕生日を祝う気満々だった俺の気持ちを返してくれ。
まだあんながギリ変な意味じゃなく『欲しい』と言った可能性に賭ける……のはもう無理難題だよね。
この世界の女性の本能はさっき言った通りのもので……一度解放してしまえば抑えることは中々に難しい。
当然個人差はあるが……部屋の中をぐるぐる回って距離感を保っているこの状況を見ると流石にあんなが抑えられるとも思えない。
「よーし。誕生日パーティーの準備するかー」
「どうして逃げるの?」
「逃げてないよあんなの誕生日パーティーは何よりも大事だからね」
「じゃあ──夜にあっくんをプレゼントしてくれるの?」
「夢の中でならいいよ」
「そっか。じゃあ今日は一緒に寝よ?」
「『そっか』の意味を聞かせて欲しいんだけど」
「大丈夫だよ! 痛くはしないから」
「言うな言うなせっかくぼかしてるのに」
いつもの純粋無垢なあんなは一体どこに行ってしまったのか。欲という欲が全く感じられないから今の今まで良好な関係を築けて来たと言うのに。
だからと言って嫌いになることはありえないが……まだ俺たちは未熟な14歳なのだから少しは自重して欲しい。
最近保健体育で習ったのかは分からないけど流石に早過ぎるよ。いや遅かったらオッケーって訳でもなくてね?
今までだって一緒に寝たことはあったが精々抱きつかれる程度……一線を超えないからこその行動だった訳だがこうも堂々とライン越え発言をされてしまうとする気なんてなくなる。
いつの間にかあんな目から光が消えていることに気がつくと余計に寝たくない。絶対襲われるもん。
「あんな。俺たちまだ中学生だしさ、そういうのは早いと思うんだ」
「じゃあ、いつならいいの?」
「それは答えかねますな……」
「でしょ? あっくんならそういうと思ったんだ」
「分かってて言ってたのか……」
余計にダメじゃないかそりゃあ。
大体するならば色々と順序を踏んでからだね……かっ飛ばしすぎだよあんな。せめて高校生くらいになったら選択肢に入るくらいでね……君のお母さんが聞いたらどう思うのかなって話でもあるんだけどさ。
……流石に、反対はしてくれるよな?
この歳だし、色々と未熟なことも多いのだから。
そんなことを考えながら部屋の中でぐるぐる回って距離を保っていた俺たちだったが──ふとあんなの机を見れば、そこには何やら煌びやかなペンダントが……あんなもの持ってたっけな?
「あんなってこんなの持ってた?」
「え? ううん、持ってなかったけど……あっ、もしかしてあっくんがプレゼントしてくれるの!?」
「いや違うけど」
「あっくんからのプレゼントかぁ……えへへ」
「違うんだけどな……」
俺が見せたペンダントを嬉々とした様子を首にかけるあんなを横目に俺はこっそりを部屋から抜け出そうとした……のだが──
「ポチーーーーーッ!!」
「──んあ?」
唐突に部屋のクローゼットから現れた謎の浮遊生物によって俺の行く手は阻まれてしまうのだった。
この時の俺はまだ想像もしていなかった。
今こそ退路を断ってしまったこの恨みに恨んでいる生物との出会いが俺の人生を大きく変えることになるとは……
後何度も貞操の危機が訪れることになるとは想像していなかった。
勢いで書いたので続きは未定。