──さて、世の中の男性諸君の中に所謂『詰み』といった状況に陥った経験がある人はいるだろうか?
例えば媚薬を盛られて無理やり発情させられたり、外堀を埋められて完璧な結婚計画を立てられたり、酔い潰れてお持ち帰りされたり……経験の種類は十人十色。
そんな状況下でもきっと男性諸君ならば諦めることはしない筈だろう。何故ならば俺達には守るべき『貞操』という高貴なる存在があるのだから。
……なんて、言ってみたはいいものの。
かくいう俺が詰んだ状況に陥ってしまっているのだから説得力は限りなく0に等しいよね。
え? 今俺がどんな状況になっているのかって?
いいよ。答えは俺の目の前にある。今からそれをお見せしよう。
半ば現実逃避しながら寝たふりを決め込んでいた俺は覚悟を決めてゆっくりと瞼を開け、目の前の状況を再度確認する。
布団に包まれる温もりを全く感じないくらいひんやりとした寒気が俺の背中を通り過ぎるがもう後戻りはできない。
目の前から誰かの吐息が顔にかかっているのだからどんな状況になっているのかは言うまでもないのだが、確認しないと寝ている間にしっぽりヤられてしまいそうだからしなければならないのだ。
そして視界が段々と明瞭になっていき、暗闇の中で俺の目の前で添い寝していたモノの正体が今暴かれる。
その正体とは──
「おはよ、あっくん♡」
「……」
最早唇と唇が触れ合っているんじゃないかと思う程の至近距離まで密着していた幼馴染のあんなだった。
さーてここからどうしたものかね。
うーんでもおかしいんだよね。俺一応今の今まで割とちゃんと眠りについていた筈で一瞬だけ目を覚まして即寝たふりを決め込んだのはたったの5分程前だから、こんなに元気に俺のことを光の宿っていない目で見つめているあんなは一体いつから起きてたんだって話になるんだよね。
もう抱きつかれているのは仕方がないと割り切るとして、何故か下半身あたりが凄く温かく感じるんだよね。
見たところお稲荷さんは無事な様子なのだが、妙に気になって下半身の状況を確認してみたんだ。そしたらね──
俺のパジャマのズボンにあんなが自分の下半身を無理矢理突っ込ませているのが分かったんだよね。
妙な温もりの正体はあんなの下半身だったということで……たったの数日でこれかい。
「あっくん。もっとギュッてしよ?」
「それはいいけど下半身ズボンから出して」
「えっ、あったかくなかったかな?」
「いやめちゃくちゃにあったかいけど」
「じゃあ大丈夫だよ!」
「なにが??」
「あとあっくん、何で寝たふりしてたの? 一瞬だけ目、覚ましたよね?」
「あんなが怖いからです」
「何言ってるの! わたしは怖くなんてないよ! ほら、こんなにあったかいんだから……」
そう言って俺を抱きしめるあんなだが……本当に下半身が色々と不味い状況になっているんだ。俺とあんなの背丈は殆ど同じだから股間と股間が密着してるのも中々に気持ちの悪い感覚だし、あんながわざとらしくモゾモゾしてるのもよくない。
畜生。どうしてあんなと半強制的に同棲しなくてはならなくなってしまったんだ。
お陰で毎日ベッドに潜り込まれるわ妖艶な笑みを浮かべながらお風呂に誘われるわ大変すぎる。もう一人の同居人も何とか俺の貞操を守ろうと奮闘してくれてはいるが中々成果が出ていない。
流石に俺もこんなことで変な発明品を生み出してもらおうとするのは都合が良すぎるしあまりやりたくはない。
それにあんなと一緒とは言え住む場所を提供してくれたんだ。それだけでお釣りが来る。
まぁそれについての感謝とかはまた追々話すとして……早く下半身を脱出させなければならない。
「ねぇあっくん。わたしね、思うんだ」
「え、なに」
「タイムスリップしてすごく心細かったけどみくるやジェット先輩と出会えておまけにあっくんと一緒に暮らせるようになって毎日一緒に寝てギュッてできるようになって今はすごく楽しいんだ。だからね、あっくん──」
「これからも、ず〜っと一緒にいようね♡」
──余計があんなが拗らせる要因となってしまったあの妖精のことは割と本気で恨んでるよ。
***
「──っていうことがあったからさ、ジェットパイセン。プリキット貞操守るマシーンとかない?」
「お前今の回想と言ってることが違うぞ。しかもある訳ないだろそんなもの」
「お願いほんとに助けて。同じ男のよしみでさ」
「そりゃ同じ男なんだから少しは助けてやりたい気持ちはあるけどなぁ……お前は不思議に思わないのか?」
「なにが?」
「お前に対する
「そんなこと言われても……出会ってから毎日遊んだぐらいしか心当たりが」
「いやそれで十分だろ!! 大体の男女の関係性ってのは小学校高学年あたりから変わっていくモノなんだよ!! なのにお前と来たら何一つとして関係性を変えなかったんだからお前のせいだ!!」
「確かに」
「納得するのかよ……」
あんなとの朝の一件を終えて俺は新しい居住場所である『キュアット探偵事務所』の主である『ジェット』パイセンと男同士の秘密の会話をしていた。
さて、そろそろあんながさっき言っていたことについて気になる人もいるだろうから教えるけど……
まぁ、端的に言えばタイムスリップしちゃったんだよね。
あの謎の浮遊生物が『一緒に来て欲しいポチ』とか言い出したらあんなのペンダントが光り輝いて気がついたら1999年にまでタイムスリップしていたのだ。
それで路頭に迷っていた俺達だったが、過去の世界で探偵に憧れる俺達と同い年の『小林みくる』と共にこの探偵事務所の門を叩き、その主であるパイセンに認められて無事住む場所を確保したという訳だ。
うん、まぁ……今は出かけてるあんなとそのみくるさんが『名探偵プリキュア』とやらになったことで認められなんだけど、言葉で説明するのは難しいね……きっかけとなっていたのはあのペンダントだったのだけれど、その正体も不明だ。
みくるさんについてはまた話すとするとして、この探偵事務所の件だ。
俺達は過去に来た当日にみくるさんと共に結婚式場でのティアラ紛失事件に探偵として介入したのだが、その犯人が『怪盗団ファントム』ってやつの一員の男でね。
それはそれとして、この探偵事務所の使命はそのファントムが望む世界の創造を阻止すること……らしい。
んで、その望む世界に必要な『マコトジュエル』っていうのを守り続け、あの俺が滅茶苦茶に恨んでいる妖精に与えることで力を取り戻させて元の世界に帰ろうというのが今の目的。
あの妖精──『ポチタン』はどうやら時間と空間をワープできる存在らしい。
俺達を過去に飛ばしたせいで力を失ったのか幼くなったようで、力を取り戻すのが最優先事項だ。
……まぁ、色々と説明することがまだまだあるんだけど。面倒臭いからまた後日にするね。
パイセンを認めさせるのにも一苦労したり、その件で何か目をつけられたり……厄介事が多い。
だけど、それ以上に厄介なのは──下手にあんなに逆らえなくなってしまったということ。
仮にあんなから逃げたとしても行く当てもないのだから結局は戻らざるを得ないし、そもそもあのプリキュアの姿に変身したら馬鹿力をあんなが得てしまう為単なる力勝負でも勝てる筋が消え失せてしまった。
あんなが本気で俺を襲おうとしてきたら本当に抵抗らしい抵抗もできないし、お互いに離れられなくなったから余計に重い感情を抱くようになってしまったのだ。
だからこうしてパイセンに協力を仰ごうとした次第であった訳で……最早都合が良すぎるとかしのごの言ってられないのだよ。
とは言っても割とパイセンの言うことが真っ当な気がする。
そりゃ何も変わらない関係性が続くのは女性にとってはとんでもなく貴重なもので喜ばしいことなのではないのだろうか。
だとしても俺はあんなを口説いたことだってないし、本当にただ遊んでいただけなのにあんなことになってしまったのはおかしいと思うんだ。
「第一お前だってあんなのことをむしろ好意的に思ってるだろ? そんな状態で言われてもなぁ……」
「パイセン。222年分の貞操の守り方のノウハウを教えてよ。この歳じゃ早すぎるんだって」
「その言い方だともう少し後なら大丈夫だって言ってるようなものだぞ?」
「いや違うじゃん。何となく言いたいことは分かるじゃん」
「そりゃ分かるけどな……ボクとお前とじゃ狙われ方も違うんだよ。ボクは子どもとして狙われる感じだったし……」
「それはやだな」
「マジで嫌だぞあの感じは……まだ真正面からぶつけられるお前の方がマシだ」
最悪じゃんそんなの……222年も生きてるから嫌な感じがリアル過ぎて嫌だ。もう何か本当にあんなが100倍マシに見えてくる。
いやでも朝のあの行動は流石にこの歳ではよろしくないと思うんだけどな……普通にRが上がりそうな感じだもの。
「パイセン……このままだと数日後にはパジャマにあんなが最早全身で潜り込んで来そうだよ」
「部屋が分かれてる意味をなしてないな……」
「あ、そう言えばさ、怪盗団のニジー?って人を今度ご飯にでも誘おうかと思ってるんだけど、どう思う?」
「バカだなって思う」
「酷くない? 目が合ったと思ったら『苦労してるんだな……』って感じの目をしてたからさ」
「敵にまで同情されるくらいヤバいのか
あんなと対照的に、みくるさんに関しては滅茶苦茶に男性耐性がないらしい。
この世界の女性は大きく二つのタイプに分類される。
一つは積極的に男性と関わって関係を持とうとする獣タイプ。そしてもう一つはみくるさんのように男性耐性がない消極的ではあるが男性には興味があるというタイプ。
いやみくるさんが男性に興味があるのかどうかは分からないけどね。
あ、あんなどのタイプって思ったかな?
あんなはね、出会った当初は男性耐性がない感じだったんだけど……日に日にあんな感じに獣タイプへと進化を遂げてしまったのだよ。
どこで道を踏み間違えてしまったのか……
「……まぁ、ボクから言えることは一つだ」
「お、何かパイセンからの金言がある感じ?」
「少しでもあんなに気があるのならお前も覚悟を決めろ」
「……」
「おい。頭を抱えるな」
みくるの出番はあんなに比べたら少ないかもですね……