とあるガールズチームの引退試合。様々な想いを抱えたこの試合で、誰よりも躍動する投手が居た。
「ストライク、バッターアウト!」
その投手に、剛速球は無い。ただ、針の穴を通すコントロールと、絶対的な決め球があった。
甘いと思ったら決め球で、ストレートは際どいコースに決められる。そんなシンプルな配球で、次々と仲間が三振に切って取られる。
「ットライ! バッターアウッ!」
そしてそれは、自分も同じであった。ストレートと決め球という単調な配球に、呆気なく三球三振。四番である自分すらも三球で三振したことに、チームメイトは驚愕する。
「……化物め」
誰かがそう、呟いた。
――四月。
門出を迎える季節。ここ、新越谷高校も例に漏れず入学式の日を迎えていた。
新入生は自分のクラスに向かうと、近くの席のクラスメイトと雑談をして過ごしていた。
そんな中で一人、机に突っ伏してうたた寝している少女が居た。白銀の髪に、透き通った水色のメッシュ。
存在感のある見た目の彼女が初日では目立つ行動をしていることで、周囲からの視線を集めていた。
「そろそろ起こした方がいいよね?」
「そうだね、先生来ちゃうし」
「おーい、起きて!」
肩をトントンと叩かれながら声を掛けられる。白銀の少女は首を何回か回すと、三人組を視界に捉えた。
その瞳は、メッシュ部分と同じく透き通った水色。その整った顔立ちに三人は思わず見惚れてしまう。
「……来た? 担任」
ぶっきらぼうな言い方だった。声だって聞き取りやすいが低音で、一見すると不機嫌そうに見えた。
「まだだよ。けどもうそろそろだと思うから」
「ふーん、そっか」
それで会話を止めた少女に困惑する三人。しかしそのうちの一人――川口芳乃が、あることに気付いた。
「もしかして投手経験者?」
「んぁ……そうだけど、知ってんの?」
「ううん。けど、この手のマメのでき方は投手のそれだから!」
また始まった……と、取り残された二人は苦笑する。この川口芳乃という少女、野球経験者を見ると興奮する性質がある。
その餌食になってしまった白銀の少女に同情しながらも、二人は最早止めようとすらしなかった。
「名前は!?」
「仁科柚葵」
「出身はガールズ?」
「おう」
レスポンスが短い。二人の会話を聞いていた武田詠深と川口息吹――芳乃の双子の姉である――は、そう思った。
ちゃんと反応はするし、言葉も返してくれる。だが、長々とそれを続けてくれそうな雰囲気が一切無い。
「決め球は……シンカー系かな?」
「当たり、よく分かんね」
「えへへ、観察は得意だから!」
ふーん、と言って仁科は詠深と息吹に目線を移す。その美しくも鋭い瞳に見つめられた息吹は、思わず詠深の制服の裾を掴む。
「……この二人も経験者?」
「息吹ちゃん……あっ、私のお姉ちゃんなんだ。息吹ちゃんは未経験で、こっちのヨミちゃんは経験者! しかも柚葵ちゃんと同じ投手!」
「ふーん」
ふーん、が口癖なのだろうか。それとも単に周りに興味が無いだけなのだろうか。初対面の印象だが、後者の方がイメージ通りだ。
仁科は欠伸を一回すると、呟いた。
「入んの」
「え?」
「野球部」
仁科の水晶のような瞳が、三人を捉える。やはりその美しさに目を奪われながらも、言葉を返す。
「私は……入らない、かな」
詠深が言い淀みながらもそう返した。その違和感に仁科は気付いたが――。
「あっそ」
深く追求することは、なかった。
「入学おめでとう、席について〜」
やがて担任が教室に入ってきて、会話は打ち止め。新入生たちは式の段取りを聞くと体育館に移動し、門出の儀式をこなした。
「これからレイクタウン行かない? 行ってみたかったんだよね」
「それじゃ昼ごはんそこで食べましょ」
「いいねー。柚葵ちゃんも行かない?」
芳乃の無邪気な誘いに、詠深と息吹はドキドキする。この他人と一線を引いているような、無関心そうな少女が何と答えるのか。
「パス」
「そっかー。じゃあ途中まで一緒に行かない?」
「……まあ、それくらいなら」
息吹は目を見開いた。あの、周囲を寄せ付けないオーラを放っている仁科に、共に行動することを許させた。
それは詠深も同じだったようで、口をポカンと開いた間抜けな顔になっている。
「じゃあ、行こっか!」
四人は廊下に出て歩き出した。その途中、黒髪の小柄な少女とすれ違うのであった。
「ヨミちゃん……?」
その少女は、ポツリと呟いた。しかしそれは確かに詠深の耳に届き、彼女を振り向かせた。
「やっぱりヨミちゃんだ。珠姫だよ、覚えてない?」
「タマちゃん……! 覚えてるよ、久しぶり〜!」
「いっ!?」
タマちゃん、と呼ばれた少女に詠深は思い切り抱きつく。その様子を観ていた仁科は――微かに目を細めた。
「山﨑珠姫選手……なんでこんなところに……! 中二の時、名門美南ガールズの正捕手で強気なリードと守備が魅力的だった人だよ。去年は強打者捕手の台頭で控えだったけど、私は珠姫さんを使うべきだと思ってた! つまり……ファンですサインください!」
早口で捲し立てた芳乃は、どこからともなく取り出した色紙とサインペンを差し出す。
珠姫は困惑しながらもそれを受け取り、サインを書き始める。
「へえ、タマちゃんも野球してたんだね」
「ヨミちゃんもやってたの?」
「うん、一回戦負けだけどね〜」
和やかな談笑が続く。それを仁科は見つめていた。
山崎珠姫という名前には、聞き覚えがあった。芳乃の説明にもあった通り、守備――特に捕球能力が魅力的な捕手。
(……へぇ)
仁科は再び、目を細めるのであった。
「そーだタマちゃん、アレしよっか」
「アレ?」
珠姫がサインを書き終えると、詠深が言い出す。当然アレでは何の話だか分からない珠姫は、聞き返す。
「野球女子の再会の儀式と言ったら、キャッチボールしかないでしょ!」
その一声により、五人はグラウンドへ向かうことになった。