SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
プロローグ
ウェルカム・トゥ・終末世界! ここ、新エリー都は一見平和に見えて危険がいっぱい!!
「……寝覚め最悪。またやっちゃったし」
うんともすんとも言わなくなった、ペシャンコの目覚まし時計の次に、僕の視界へと映り込んだのは――――窓の外に大きく広がった『ホロウ』という空間。
その中にはエーテリアスって化け物が闊歩してて、エーテル粒子っていう人体に害を為すモノが漂ってる。人の目が届きづらい場所だし、犯罪者たちの取引現場に使われてたり……結構危険な場所なんだけど、資源的な供給云々で頼ったりしてる。まぁ、色々めんどくさい制約とかがあるってことだけ覚えておいてくれたら良いよ。
――――え? ごちゃごちゃ話してるこの僕は、いったい何処の誰なのかって?
「おい、ピーター・パーカー。良いか? この荷物を、ルミナスクエアのボンプ充電スタンドの管理人に届けるだけ。すこぶる簡単なお使いだ」
「サー・イエッサー」
「どんなウスノロでもこの程度の仕事は出来る。ウチのボンプに任せたって良いくらいだ。……この意味が、わかるな?」
「……サー・イエッサー」
僕はピーター・パーカー。しがないフリーターで、この新エリー都の住人。そして、
「誰か!! 誰かソイツを捕まえて!! ひったくり!!」
「……ホント、新エリー都は危険がいっぱいだね」
――――この新エリー都の、親愛なる隣人。
悲鳴を聞きつけ、駆け出そう、と、して、
「いやいや、待て待て。一旦待つんだピーター・パーカー。わかるだろ? 僕には後がない。店長のあの言いぶりから察するに、ミスをすれば僕の首が飛ぶ」
僕にも僕の生活がある。放っておけば、治安局の誰かしらがひったくり犯は捕まえてくれる。餅は餅屋、とはよく言ったモノでして。
「誰か――――!! 誰か止めて!!」
「ッ……あーもう!!」
駆け出し、適当な路地裏へ。この辺は監視カメラ……は、無いね。大丈夫。衣服を脱ぎ捨て、背負ってたリュックの中に詰め込んで――――マスクを被り、『僕』は『彼』になる。
ガラスに反射して映るその姿は……赤と青を基調とした、蜘蛛の巣の装飾がされたスーツ。頭をすっぽりと覆うマスクを被った、治安が悪い新エリー都でも『不審者』とされてしまうような――――。
「いくぞ、スパイダーマン」
これが、僕のもうひとつの姿。新エリー都の親愛なる隣人、スパイダーマンである。
「残量……ヨシ。マスクもヨシ。体調も――――まあ良好! 届け物はリュックと一緒に持って行けば良いかな。すぐに仕事に戻りたいし」
重たい荷物とリュックを片手に、真上へと跳躍――――ルミナスクエアの空へと躍り出る。そのまま右手に装着したシューターから
「スパイディだ!」
「スパイダーマン!! 今日もやっちゃってくれ!!」
大通りに出ると、僕を歓迎してくれるたくさんの声。ルミナスクエアのみんなが指をさす先――――車と車の間を縫うように、バイクを法定速度ガン無視でかっ飛ばすひったくり犯の姿は、案外すぐに見つかってくれた。
「アイツか」
よくよく見ればヘルメットも被ってないじゃん。危ないよ〜? 事故ったらどうするの、もう。
「白昼堂々ひったくり。それに加えてノーヘルでこの速度でバイク走らせるのは流石にヤバくない? 度胸ありすぎでしょ」
「げっ――――」
ヘッドライトに着地した僕を見るなり、彼の表情が歪む。人の顔見るなり『げっ』とは随分ご挨拶だなあ。
「全身レオタードにそのマスク――――出やがったか、スパイダーマン!!」
「おっ、有名になってきたみたいで嬉しいよ。でもレオタードじゃなくて『スパイダースーツ』ね。……良いバイクだね、自分で買ったの? 僕のスクーターと交換しようよ」
「久しく盗んだ金以外で買い物なんてしてねえよ!!」
「ああそう。じゃあ遠慮はいらないかな」
左手のリュックと配送物を空高く放り投げ、両手から斜め上に糸を射出。ビルにそれぞれの糸が貼り付き、その下を問題なく他の車が通過していくのを確認してから、両足に思いっきり力を込めた。
ぎゃぎゃぎゃ、と前後輪が悲鳴をあげる。なかなかこの男は諦めが悪いらしく、それでもエンジンを吹かすモノだから、車体が軋む音まで聞こえてきた。
「良いのー? バイク壊れちゃうよ?」
「一銭も持たずに帰れるかってんだ――――!!」
「そうかい――――!!」
じゃあもう仕方ないな。両足でヘッドライトを挟み込み、糸を支えに真上へとバイクごと男を放り投げる。空へと投げ出されたバイクは蜘蛛の巣で一応キャッチして、ひったくり犯の男は、
「そう簡単に捕まってたまるかよ!!」
「わぁ、何そのバックパック!! イカしてるね!!」
……いや何処から仕入れてきたんだよ、そんなの。背中から炎を撒き散らし、僕から逃げるように飛んでいく。もー、あんまり時間かけられないんだけどなあ。
「諦め悪いのは美徳だと思うけど……」
落ちてきたリュックと配送物をキャッチ。咄嗟に配送物の段ボールへと糸を括り付け、振り回し、勢いよく放り投げれば、
「よし命中。やっぱり思った通り、良い重さ」
◇◆◇
「……で? どうやったらボンプ用のバッテリーがこんなに見事にへしゃげるんだ?」
「いやぁ……その……」
「言い訳を聞かせてもらおうか」
「えっとぉ……そのぉ……」
人生ままならないことばかり。親愛なる隣人は沢山の歓声を浴びる偉大な人かもしれないけれど、フリーターの僕――――ただのピーター・パーカーは、店長の前で萎縮して縮こまっているのでした。
「……配送途中に、ルミナスクエアの歩行者用信号で止まってぇ」
「おう、それで?」
「……ひったくりだ、って声が聞こえたから、そっちを見たら……背後から人に、ぶつかられてぇ……荷物を車道に落としちゃってぇ……」
「ああ」
「……通りかかったトラックに踏み潰されて、この通り」
「んで件のひったくり犯は無事『スパイディ』が確保、と」
「うん。とても手つきが鮮やかだった」
「そういうことを聞いてるわけではなくてだな――――?」
ああダメだ。ダメかぁ。店長、頭抱えちゃった……スパイダーマンのファンだって言ってたからこのルートで行けるかなって思ったんだけど……事務所に新聞の切り抜きとか、飾ってくれてるし。
店長は見るも無惨にへしゃげた運送物の中身――――ボンプ用のバッテリーを机の端に退けると、大きなため息と共に僕を見上げる。
「俺はな。困ってる人の声を聞いたら動かざるを得ないおまえの、その性格は評価してる。良いやつだとは思ってんだよ」
「……ハイ」
「でも
……それ僕です。なんて、この空気で言うわけにもいかず。呆れた目で変わらず僕を見る店長は数度、口を開いては閉じてと繰り返した後で、
「クビだ。ピーター」
無事、僕は無職へと返り咲いたのでした。
「あ〜……次の仕事どうしよう……」
アテも無く六分街を歩いていく。僕の心は曇天だっていうのに、空はこれでもかと晴れ渡っているんだからやるせない。どうしようかなぁ、本当に。明日から。
「……、……コーヒーでも飲もう」
香ばしい匂いに誘われる形で、COFF CAFEの店内へと入っていく。お気に入りのブレンドコーヒーを購入して、このままダラダラ歩くのも気が引けて。外の適当な座席へと、ゆっくり腰掛けた。無職が空気を吸ってごめんなさい……。
「聞いてくれよパンダさん……今日からまた無職だよ……」
……ただのぬいぐるみが何か答えてくれるはずもなく。いつも通りに机の上へと項垂れたパンダの彼は、ガラス玉みたいな黒い瞳で僕を見上げるだけなのだった。
親愛なる隣人。街を守るヒーロー……それらしく言うのであれば、自警団。
それからフリーターの二足の草鞋。
わかりきっていたことではあるけど、どっちも上手くやろう――――なんてのはコーヒーの苦味も裸足で逃げ出すほどの甘い考えで。
ヒーローである僕と、ただのピーター・パーカーは切り分けて考えなくちゃいけない。僕が『スパイダーマン』の中の人、なんてバレた日には普通の生活すらままならなくなってしまう。
自慢じゃないけど、それなりの人数のアウトローから恨みを買っているし。バイト先に大勢の連中が押しかけてきたその日には、それこそ迷惑をかけてしまう。
「……まあ現状、こうして別の迷惑をかけてしまったわけでして」
だからこそ、人生はままならない。ひたすらに愚痴と弱音を溢したところで妙案が浮かぶはずもなく。パンダさんと睨めっこを繰り返しながらちびちびとコーヒーを飲んでいると、
「あ、やっぱりピーターさんだ」
聞き慣れた可愛らしい声が、僕の名前を呼んだ。
ゆるりと視線をパンダさんから上げると、顔の整った兄妹が僕のことを見下ろしているのが映り込む。
ここから少し行った先の、僕の行きつけのビデオ屋――――Random Playを営む兄妹。リンちゃんとアキラくんだった。
「……ここでこうして項垂れているのを見るに、またバイトをクビになったのかい?」
「い、いやぁまぁ……あはは……」
「え、嘘。今年何回目〜? ピーターさんの不幸体質も凄まじいよねぇ……ちょっと同情するかも」
「うんまぁ……うん……あはは……」
乾いた笑いが漏れる漏れる。いやまぁ……倉庫の機材を壊す、コンビニに入ってきた強盗と揉みくちゃになって自動ドアを破壊、度重なる不運による遅刻でクビ、接客中にボンプを破壊して回る『反対派』を止めるために抜け出してクビ、と説明はしているから……不幸体質、というのも間違いではないんだけども。
「……今年五回目?」
「リンちゃん、カウントしないでもらって良い?」
「まだ六月だよ?」
「それは一番僕がびっくりしてるよ!!」
いや本当にびっくりだよ。僕だって転職の度に、『ここでは長く頑張るぞ!』って意気込んでるさ。迷惑かけないようにしよう、とも思っていますとも。
でもそう上手くいかないから僕は困っているわけでして。
「まあ、全て本人が起こした事故、というわけでは無いのだから。気にしすぎるのも良くないよ。僕が言っても、無責任な言葉になってしまうとは思うけれど」
いつの間にか店内でコーヒーを買っていたらしいアキラくんが、リンちゃんにカップを手渡しながら微笑んでくる。ホント、顔が整ってるからどんな顔をしてもサマになるな……。
「いや、そう言ってくれる人が居るだけ有難いよ。ほら、六分街のマスコットに愚痴をこぼすくらいだからね」
「そう言われると途端に情けなく見えてくるから不思議だね……ひとりの友人として、強く生きてほしいと思ってる。常日頃から」
……強く生きる、かあ。腕っぷしにはそこそこ自信はあるけど。それだけじゃご飯は食べれないし。
「……いっちょ、アームレスリング大会にでも出るかなぁ……賞金付きの」
「え、あ……うん? なんか明後日の方向に思考が飛んでいってないかい……?」
郊外で行われてる大会の賞金は何ディニーだったか。思えば、あの頃はお金には困ってなかったな……戻りたいかと聞かれると、ちょっと微妙だけど。
相当情けない顔で遠くを見つめていたらしい。僕も含めた三人で、コーヒーを啜るだけの時間が続く。その中で仕切り直すように、アキラくんが咳払いをひとつ挟むと、
「……どうだろう。ウチのビデオ屋で働いてみる、というのは」
とんでもないことを、サラッと口にした。
……目が点になる。瞬きすらも忘れてアキラくんを見上げると、苦笑いが返ってきた。
「僕はなかなか美味しい話だと思ってるんだけど、どうだろう。リンと前に少し話していたんだ。いっそウチで雇うのはどうか、って」
「え、僕も有難いとは思ってるけど……正気? 今までの所業聞いてるでしょ?」
「……それを自分で言うのはどうかと思うなあ、ピーターさん……」
……リンちゃんまでもが呆れたような苦笑を浮かべる。なんか二人とも目が合わない。気を使わせてるんじゃないのかな、これ。
「……今までの話を聞いていたとしても、だよ。僕もピーターの人助けをしたい気持ちは良いものと思っているし――――ボンプの修理ができるし。映画が大好き、と言う気持ちもまた本物だろう?」
「そりゃ勿論」
「うん。そうやって即答してくれるだけで、僕らとしては雇う理由は十分だよ。流石にあの『SPIDER-MAN』を見たことある、と聞いた時には驚いたけれど……」
言いながら、アキラくんの掌が僕を目掛けて差し伸ばされる。気持ち良い笑顔も添えられて。
「じゃあ、明日からよろしくね」
「よろしく、ピーターさん!!」
「ありがとう、二人とも……」