SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
「展示物見ながら何か熱心に呟いてるなって思ったら、なぁに? スパイディの装備の話? もしかして……」
マズい。夢中になってブツブツと語りすぎたか……っていうか全部声に出てた!? 非常にマズい。
この二年くらい必死に正体を隠してきたのに、流石にこれは……、
「スパイディの熱狂的なファン、だったりする?」
「えっ、えっ。あっ、ああうん! そう。そうそうそうそう」
「あー、やっぱり。だって彼と同じリュック使ってるもんね」
「そうそう。そう」
「でも凄いね。そのリュック、今じゃ転売ヤーがスパイディ人気に肖って、すっごい値段で出品しててさあ……在庫も全然無くてなかなか買えないのに。わたしも欲しかったんだけどなあ……」
「そう……」
ああ、これもまたマズい。動揺のあまり『そう』としか言えない……。
『あるじ、幾重にも重なっているモノを指す単位は?』
「
『きゃっきゃ』
こら遊ぶなジニー!!! 僕のこと不審な目で見てるでしょうが!
「え、えーと。そういうキミも、スパイディのファンだったりするの?」
「うん、そう。ほら……ノートに貼ってあるのも、スパイディのファングッズのステッカー。可愛いでしょ」
いつの間にそんなの出てたんだよ……僕知らないけど?!
「ボールペンもあるよ。これはちょっと高かったけど、奮発して買っちゃった」
赤と青のボールペンに、チェーンで繋がれたミニフィギュアがついてるだけで……一本1280ディニー!? 高すぎ――――いやジニー、該当商品の価格表示しなくていいから!!
「でさ、なんかブツブツ呟いてたみたいだけど。気持ちはわかるけど、スパイディの新装備なんて考案してどうするの?」
「そ、それは――――ファンサイト! ファンサイトにあの、本人に届くってメールボックスがあって〜」
「何それ。そんなの信じてるわけ? 届かなそ〜……眉唾じゃん」
あーあー、目の前に検索欄が表示されてる……良いから、『スパイダーマン ファンサイト』とか『親愛なる隣人 公式ファンサイト』とか調べなくて良いから……検索結果に出てきたアンチサイトを通報して回らなくていいから……!
『どうやら、あるじに届くメールボックスを備えたファンサイトは無いみたいですね』
「言わなくていい……」
「えっ、何?」
「ああいや、何でもない!!」
僕の生活と活動を豊かにするために作った装備のはずなのに、横から定期的に刺されてる。すごく痛い。すっごい苦笑を向けられてるし。
金髪の女の子は見せつけたグッズ達(本人非公認)を腕の中に抱え直して、
「ま、良いや。名前。名前は?」
「僕?」
「アンタ以外に誰がいるの、不審者クン」
「ピーター。ピーター・パーカー」
「そ。ピーターね。わたしはグウェン・マーサー。グウェンで良いよ」
ぼんやりと、なんか。今のやり取りが記憶に引っ掛かる気配があった。
「キミ、初めましてじゃない……? 何処かで会った?」
「何、ナンパ? もしかしてこの後、『前世で会ったのかもしれないね。キミほど魅力的な人に会えば、たとえ生まれ変わったとしても忘れないだろう』……とか言われる感じ?」
「い、いやそんな……」
いや本当にそんなつもりはなくて。あれ。あれぇ? おっかしいな……っていうか、なんかヤケに聞いたことある台詞……なんだっけ……。
「……『ごめんなさい、私は前世どころか今世の記憶もないの。今の私のことすらわからないのに、前の私なんて……とんでも。でも、素敵な言葉ね。墓標に刻みたいくらい』……あっ、OH〜ハニー〜だ!」
「……『墓標に刻む程の言葉ではないさ。俺はキミとの〝これから〟が欲しいだけなんだ。それに、きっと過去には俺の姿はないから――――キミが前世を思い返せなくても、俺の気持ちは変わらないよ』」
「……『あら、気遣いありがとう。でも自分で【前世で会った】って言ったのを忘れた?』……って、い、いつまで続く感じ……?」
「ふふ、ゴメンゴメン。ここまで台詞覚えてる人、珍しくてつい」
厳密に言えば覚えてる、っていうより……昨日バイト中に眺めてたから自然と出てきたってだけなんですけども。
にしても、この子は要領がいいんだろうな。セリフもスラスラと出てくるし、妙に『芝居がかりすぎた』感じも全然ない。なんて思っていたところで、
『これより、展示ブースでオットー・オクターブ氏による講演が――――』
スピーカーから響くアナウンス。僕らの視線は天井に向いて、それからハッとして見つめあった。そうだった、僕はここに即興のデュエットのために来たわけじゃなくて。
「グウェンも講演、行くの?」
「あー……うん、まあ。それ目当てで来たようなモノだから」
「じゃあ、急いで行って良い位置を取らないとね!」
◇◆◇
全力ダッシュの甲斐もあってか、僕たち二人は講演会場の最前列……しかもど真ん中に来れた。周りには二十人ちょいの研究員や一般の来場者たち。こういう場所にあまり来ないから比較しようがないけど、結構人が来てる方なんじゃないかな。席も大体埋まってるし。
「あれ。グウェン、なんでそんなグロッキー……?」
「い、いや……走るの速くない? 後半なんて、わたしほとんど引きずられてる感じだったけど……」
……おっと。はしゃぐあまり加減を間違えたらしい。とりあえず、戯けた様子で手を合わせておいた。冷めた目がとても痛いけど、見なかったことにしよう。
視界の隅に表示されている時計は、たった今講演予定時刻に変わった。特に厳かなBGMなんかが流れ出すこともなく、小高いステージの端から彼の姿が現れる。
「……ぅ、ぉ」
全員が、一様に息を呑むのがわかる。いやその――――わかりやすく言えば、オクターブさんの背中から、四本の巨大な腕が生えていたから。
『ははは、驚かせたかな。すまないね、私の研究を視覚的に見せるのであれば、これが一番効率的だと思ったモノだから』
場の空気とは場違いなほどに、穏やかな声が彼の襟首につけたマイクを通し、あたりに響き渡る。
その声も、人の良さそうな笑顔も。瓶底眼鏡も、ほんの少し癖っ毛な茶髪も、最後に動画で見た時と変わらない。……けど少し痩せこけたように見えるな。忙しいだろうし、仕方ないのかもしれないけど。照明に照らされた頬には、不健康そうな窪みで影が出来ていた。
その細身な体とは対照的に、四本のアームは力強く……まるで、それぞれが独立した蛇のようにステージを踏み締めて、彼をステージの中央まで運んでくる。
『さて、本日はお集まりいただきありがとう。私としても、こんなに良いステージを用意してもらえるとは思っていなくてね。少しばかり緊張しているところなんだ。拙い発表になってしまったら申し訳ない』
そう言いながらも、彼の掌はアームを優しく撫でている。その手つきからは自分の開発物への愛着だとか、自信が滲み出ているのがわかった。
『発表が拙くなったとしても、キミたちの目には十二分にインパクトを与えられたことだろう。今回持ってきたこの子……【Teleoperated Ether-resistant Tactile Robotic Arms】――――どうにも正式名称が長くてね。私たちはこの子を、【
……トークも上手い。仰々しい見た目の腕に面食らっていた、来場者たちの空気が確かに和らいだ。何人か意味を理解できずに首を傾げている人たちも居るけど、オクターブさんは小さく満足気に頷いている。
『せっかく来てもらったんだ、みんなにはこの子の有用性をこれでもかってくらいに理解して帰ってもらわないとね。……というわけで、協力者がひとり欲しいんだが――――』
「はいはい、僕! 僕やります!!」
『ははは。じゃあそこの、オシャレなメガネをかけた青年。キミに手伝ってもらおう』
メガネ……メガネ? ああそうか。僕か。
一瞬間抜けな反応をしてしまった。ゆっくりと席を立ち、ステージに上がる。間近で見るとアームの迫力がすごい。黙読モードを保ってくれているらしいジニーもまた、視界の隅で興味深そうにキョロキョロとアームを見つめているのが見えた。
『じゃあ、まずはありがとう。握手しよう』
「ああ、はい……握手。光栄です」
『私もそこそこ名の売れた研究者だと自負しているんだけれどね……そう【T.E.T.R.A.】ばかりまじまじと見られてしまうと、少し妬いてしまうなあ』
「ああ、ごめんなさい。申し訳ない!!」
『うん。マイクを使わずとも、辺りに通る良い声だ』
改めて握った手に視線を移す。骨ばった細い指だけど、それでも所々に傷跡が見受けられる。ハンダゴテの火傷の痕や、何かの金属や工具で切ってしまったような痕。ちゃんと努力を積んできた人の手をしてる。
同じようにオクターブさんは僕の手をしばらく眺めた後で、僕の目をまっすぐに見つめて柔らかな笑みを浮かべて……そのまま手を解き、両腕を広げて僕に向き合った。
『突然不審な申し出で悪いんだが……キミのことを抱きかかえてみても良いかい?』
「抱きかかえ――――え? なぜゆえに?」
『良いから』
「まあ、はい……」
受け入れるように広げた僕の脇に、オクターブさんの掌が滑り込む。ほんの少しのこそばゆさに耐えている中で、思いっきり力を入れた……気配が、した。プルプルと震えているけど、僕の身体はほとんど持ち上がっていない。
『き、キミなかなか筋肉質だね……着痩せするタイプか。まあこの通り、私は最近の運動不足なのも相まってか、かなり非力でね。この場の全員、それがわかったはずだ。勿論彼は身に染みてわかったことだろう』
この一瞬で彼は息を切らしながら、僕から離れていく。が、すぐにその口元にはイタズラ気な笑みが浮かんで、
『が、しかし。この子達であれば――――どうだろうか』
甲高いモーターの駆動音と共に、アームが迫り、三本のツメが僕の身体を包み込むように挟むと、そのまま軽々と持ち上げた。
うお、すごい。ちょっと身体を暴れさせてみたけどびくともしない。どうやって保持してるんだろ、これ。
『このように、使用者がこんなにヒョロヒョロであろうと、【T.E.T.R.A.】は人間を軽々と運ぶことができる。最大重量は……まあ、理論上正しければ、腕一本につき車一台分くらいは運べるかな。とはいえ、そのうち二本は体の保持や歩行用に残さなければいけないけれど』
……材質はなんだろう。あまり見たことない加工がされてる……というか、これ、
「……アームの内部に武装もされてる……? パイルバンカーかな、これ。エーテリアスとの戦闘も想定しているとか……」
『お、青年。よく気づいたね』
「えっ、ああはい。でもこれ、対エーテリアスだけではなく、行く手を阻む……例えば、アームで持ち上げられない大きな岩とか、瓦礫を崩すため、でもありますよね。接続は脊髄神経ですか? だいぶ駆動が緩やかですね。まるで自分の手足みたいに――――」
『――――協力のために壇上に呼んだんだが、どうやら助手を呼んでしまったらしい。これでは〝やらせ〟と言われても仕方ないな』
あー、っと。しまった。やってしまった。喋りすぎたかも。自分の指先で、口のチャックを閉めるモーション。いやもう遅いけど。
『キミ、名前は?』
「ピーター・パーカーです」
『そうか。覚えておこう。……彼が今し方口にした通り――――』
僕の不意な『ブツブツ』にもちゃんと対応をして、講演は続いてく。『T.E.T.R.A.』の有用性。災害時の使用例など。スクリーンに映し出された資料までもが一切の隙がなく、今度は僕も口を挟む余地がない。アームから降ろされ、席に戻った僕も……彼のスピーチに素直に聞き入っていた。
同時に、この人は世界各地に点在する『ホロウ』の中で――――助からなかった数々の命を、心の底から悔いているのだな、と。そう感じた。
『……旧都陥落のあの時。私にもう少しでも技術力があれば、両親を助けられたのに、と。後悔しなかった日はないよ。今までも、そしてきっとこれからも』
講演を締め括るその言葉からも、また。
『さて、では質疑応答の時間に入ろう。キミたちが質問したいような事柄は、先程の
場内に小さな笑みが広がり、僕が気まずさの中で身じろぎをする中で。静かに、それでいて確かに挙手がされる。
『はい、じゃあキミ。何かな』
「グレース・ハワード氏と対立の末、貴方は『
場内の空気を冷たく凍り付かせた声の主は、僕の隣で席を立った――――グウェンだった。
『……キミは?』
「わたしが何処の誰であろうと関係ありませんよね。それとも、この質問への回答にわたしの立場への
『ゴシップ記者でも紛れ込んだのか、と思ってね』
「いいえ、それは違います。別にわたしはイタズラ半分で真実を暴きにきたわけではありませんから」
スパイディの話をしていた時や、デュエットをしていた時のほんの少し芝居かかった声とはまた違う。
真っ直ぐで、芯が通った聞き取りやすい声。思わず彼女を見上げた僕の視界に映る、強く握りしめられた手は小さく震えていた。
「……グレース・ハワード氏と貴方の研究は、わかりやすく言えば『畑』がかなり近い。彼女の研究に対する熱意は凄まじく、功績を上げる速度も常人のソレではない。少なからず、彼女に嫉妬して……だからこそ、彼女の邪魔をして芽を摘もうとしている。違いますか?」
『ネットに書き込まれている噂を鵜呑みにしないでほしいな。こういう場に来るほどに研究に対して熱心なのであれば、自分の目で真実を確かめてほしい』
「わたしも別に、ネットに書き込まれていることを鵜呑みにしてるわけではありませんよ。……ただ、この講演会を聞いて貴方が自分の開発物を我が子のように思い、それでいて開発物に対して人並み以上のプライドを持っているように感じたのもまた事実です。そこから『嫉妬』に結びつけるような思考をするのは、別に不自然なことじゃない」
……静寂が満ちる。マイクが拾ったホワイトノイズだけが辺りに響いて、オクターブさんは短いため息をついた。
『……あのインタビューで語ったことが全てだ。私は彼女に、嫉妬のような感情を抱いているのは本当だよ。確かに彼女の発明は素晴らしいし、頭角を現すその速度に焦りを感じているのもまた事実だ』
「であれば――――」
『だが同時に、私は彼女をひとりの技術者として評価している』
お互いに一歩も引かない。まるで、二人の視線が交わる地点で青い火花が散っているように見えた。
『彼女が所属する企業――――【白祇重工】のモットーは確か……【作るのはただの建物ではなく、希望を育む家だ】――――だったかな。素晴らしいと思うよ。私と彼女らは進む道は違えど、その先に目指す行き先は同じ。私もひとりの新エリー都市民として、この街が住みやすく、かつ平和になることを望んでいるからね』
「……答えになってませんよ」
――――ああ、場の空気がよくない。それこそ、『何かが起こる前に止めなければ』なんて、思ってしまう程度には。
「はぐらかすんですか? 肝心の質問には『イエス』とも『ノー』とも答えていない。貴方は――――!!」
「あー、ちょっと! ちょっと。やめよう、グウェン。ほらその、アレ。火花を散らすのは機械の中だけにしてもらって……」
思わず立ち上がって、グウェンの肩を強く掴む。辺りの視線が一斉に、僕へと向けられる。
「っあー……、……き、機械の中でも……火花を散らすのは良くないね。うん。故障してるからね、それ」
そんな僕の間の抜けた言葉に誰も笑うことはなく、痛いほどの静寂の中へと溶けていった。
ちなみにグウェンのイメージCVは夏吉ゆうこさんです。
もうVOL.3が書き終わったので、来週からVOL.2が終了するまで週2投稿になります。更新は水、日です。よろしくお願いします!!!!!!