SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
リチャード・ティーミルクでティーミルクを買って、二人揃って横断歩道を渡る。
僕とグウェンはルミナスクエア特有の騒がしさから逃れるように……無言のまま、足をただ前へ。HIAの賑やかな外装を横目に通り過ぎて――――いくつかのキューブが合わさったような、奇妙なオブジェのすぐ後ろ。駐輪場が隣接したベンチの前で、僕らの足は自然と止まった。
グウェンは小さなため息と共にベンチへと腰を下ろす。なんとなくその隣に座るのは気が引けたものだから、お腹くらいの高さのフェンスへと、両腕をつくように身体を預けた。
目の前の川には陽の光が反射して綺麗に揺らめいていて――――それでも、なんとも無しに眺めたグウェンの表情は、対照的に曇っている。
「ねぇ。聞かないの? なんであんなこと言ったんだ、とかさ」
「え? あ〜……それは、ちょうど聞いて良いかどうか迷ってたとこ」
「変な人。あの空気の中、さっむいギャグは言えるのに……そういうトコでは遠慮するんだ」
「特徴的で、一度会えば忘れない人だとはよく言われるよ」
「なぁに、それ? 『変なヤツ』って言いづらくてオブラートに包んでくれてるだけじゃん」
あ、ようやく笑った。視界の隅で、小さく肩が揺れてるのが見える。
「でもさ。アンタは聞く権利あると思うよ。……頭に血が上り始めたわたしのこと、止めてくれたしさ」
「じゃあ〜……なんで、あんなこと聞いたの?」
またほんの少しの沈黙がある。……別に急かすつもりはない。ストローでティーミルクを吸って、口の中に入り込んだタピオカを咀嚼する。僕の横目に映るグウェンは、膝の上で両手で握った――――ティーミルクが入った容器を、ただ静かに見つめていた。
「……なんとなく、察してると思うんだけどさ。わたし、白祇重工の社員でね」
「うん、そうだろうなって気はしてた。あそこまで食い下がるんだから、なにかしらあるんだろうなって」
「だよね。予定より、ちょっと感情的になっちゃってさ。……〝何処かの誰か〟から、白祇重工が妨害を受けてるのはホントなんだよね」
「その〝何処かの誰か〟が、オクターブさんだって証拠はあるの?」
「んー……決定的なモノは無いって言っても良いくらいの感じ、かな。でもさ、案外わたしの勘って当たるんだよ、こういう時。悪意とか嫉妬みたいな感情には、敏感だから」
悪意や嫉妬という負の感情。その薄暗い感情に突き動かされる人間を、僕は割と知っている。
……でも僕の目にはオクターブさんは〝そう〟は見えない。正直な話。口の中まで浮かんだ言葉を咀嚼して、飲み込んで。また言葉が出かけたあたりで、僕の腿が柔く叩かれる。
「これ見てくれる?」
グウェンが僕に向けてきたのはスマホの画面。そこに表示されていたのは、一枚の写真だった。
何かの機材かな。そこには、まるで『何かに掴まれた』かのような爪痕が刻まれているのが見える。
「……これは?」
「白祇重工の工事現場に投げ込まれた、機材や鋼材の写真。ピーターにはこの痕、何に見える?」
「……爪痕、かな。何かに、強い力で掴まれたような――――」
――――ああ、そういうことか。だからグウェンはあの場で堪えきれずに、オクターブさんに噛みついたのか。
「グウェン、治安局には連絡した?」
「したよ。調査も鑑定もしてもらった。けど、返ってきた結果は『エーテリアスの爪痕だろう』の一点張りだった。その辺も鑑みて、アンタにはどう見える?」
なるほど、グウェンの気持ちは十二分に理解できた。
まあでも、それでも……。
「かなり『T.E.T.R.A.』の爪と酷似しているようには見える。けどごめんね、僕は直接見たわけじゃ無いから。写真だけだと、どうにも断定はできないかな。何より僕は、まだオクターブさんのことを信じたい気持ちがある」
彼女への、せめてもの誠意として。吐いた言葉に嘘は一切混ぜない。僕が放った言葉は全部本音だ。
それでもグウェンは項垂れることも、拗ねることもせずに、画面を自分の胸元へと引っ込めて天を仰いだ。
「だよねえ……わかってる。誠意ある回答をしてくれてアリガト」
「どういたしまして」
また沈黙がある。今度はグウェンがストローで強くティーミルクを吸って、口の中に溜まったタピオカを咀嚼する番だった。
「わたしのお父さんさ、治安局の監察官で――――お母さんはエンジニアでね。小さい頃から、両親の生き方に憧れて育ったの」
「お、おう。うん? どしたの、薮からスティックに……」
「なにそれ」
「いや良いよ、気にしないで。続けて」
……驚きのあまりジニー語録が飛び出してしまった。久々に向けられたグウェンの不審な視線が痛い。痛みをどうにか誤魔化しながら、僕は片手で彼女の話の続きを促した。
「……小さい頃からメカいじりは好きだったし、お父さんの生き方には憧れてた。だからぼんやりと、自分にできることで――――誰かのためになる仕事がしたい、って思ってたの」
「立派じゃん」
「ふふ、アリガト。まあ治安局のお偉いさんの子供……しかもかなりのカタブツの娘、ってことで、よくない目で見られてたことも正直あったけど」
川を挟んだ向こう側の陸から、ルミナスクエアに向けて架けられた大きな橋。その上で行き交う車の群れの中から、けたたましいクラクションの音が聞こえてくる。遅れて、その車を追いかけるようにサイレンの音が響き渡った。
「それでも、わたしの気持ちは変わらなかった。だから、機械を作って誰かのために仕事ができる、大きい企業――――それこそ、TOPSの傘下の会社に応募したりしてさ。面接まで漕ぎ着けたりして」
「それって、オクターブさんと同じ会社だったりする?」
「んー、全く同じってわけじゃなくて……兄弟会社、ってトコかな。でもかなり近い。面接官の人からも、『キミのような優秀な人材は是非欲しい。採用通知を楽しみにしててくれ』とか言われたりして……」
すごいじゃん、なんて出かかった言葉を思わず飲み込む。
さっき彼女は、白祇重工の社員だと言っていた。それは、つまり。
「……でも、落ちちゃった。落とされちゃった」
「何でよ。キミ優秀そうだったし、面接官からも好印象だったんでしょ?」
「正直、よくわかんない。聞いた話だと、『わたし以上に優秀な人材が見つかった』の一点張りで」
何でもないことのように語られる言葉の数々。声音こそはいつも通りを努めているけど、グウェンの目の前に鎮座したオブジェへと向けられた瞳は、僅かに震えているようにも見えた。
「何度聞いても、返ってくるのはBOTみたいな返答ばかり。その会社の……新人社員の研究発表会に顔を出したりしてみたけどさ。これは……その。性格の悪い言い方にはなっちゃうんだけどね。わたしでも作れるような……ううん。わたしなら、もっと
……気持ちはわかる。だって僕も、形は違えど同じ道を辿ってきたから。
「色んなバイトを転々として、頑張ってみたりしたんだけどさ。わたしはこんな所に居るはずじゃないのに、って気持ちがどうしてもあって。そのわたしの思考が、周りにバレたのかどうかはわからないけど……長く続かないことがほとんどだった。それこそ、一ヶ月続けば良いくらい」
「――――、」
「そんな暮らしを繰り返して。ある日、ウチのボンプ……ビリちゃんをね、スパイディに助けてもらったの」
「――――!?」
えっ。なんか。しんみり聞いてたら、思いもよらぬ名前が飛び出してきた。タピオカが喉に詰まりそうになって、何とか呑み下す。いや危ない。
「道端で『ボンプ反対派閥』のオバさんに捕まっちゃってさ。ヤケにヒステリックで、なんか……ちょっと、怖くて。わたしは何も出来なくて。ビリちゃんが蹴り飛ばされたり、可哀想な目に遭ってるのにさ。見てることしか、できなくて」
「そ、それで助けてもらった……と。それって、今年の三月くらい?」
「え? ああ、そう。よく知ってるね。さすが熱心なファン」
あー……じゃあ僕がファミレスのホールをクビになった時のヤツだ。そっか、だから何処かで会ったことある気がしたのかも。
「マスクをつけて顔を隠して。見返りも求めず、わたしの『ありがとう』だけで満足して去ってくその感じがさ、当時のわたしにはとっても眩しく見えて。……わたし、『この前○○してやったのに〜』って言いぶりがすっごい苦手でさ」
「あ〜……それは、何となくわかるかも」
「でしょ? 見返りを求めた時点で、善意って感情は破綻する。……私の持論だけどね。まあだから、スパイディのその姿は当時のわたしから見てとっても眩しかった。このままじゃダメだ、って。そう思って」
言いながら、彼女の鞄から取り出されるノート。彼女は愛おしげに、表紙に貼り付けられた『彼』のステッカーを指先で撫でた。
「そこで何とか頑張って、拾ってもらえたのが白祇重工ってワケ。だからわたしにとって、とっても大切な場所なの。……にしたって突っ走りすぎたけどね。いやあ、お見苦しいところをお見せしました……いやはや……」
なるほど、ね。うん。グウェンがあそこまで、オクターブさんに食い下がっていた理由はわかったし、納得もできた。
この子は頭が良くて、要領が良くて。ちゃんと筋の通った『自分』がある。でもその『自分』が――――正義感があるからこそ、自分の大切な場所を壊しているかもしれない相手と対面して、堪えきれなくなってしまったんだろう。
「……でも僕は、別に見苦しいとは思わないよ」
「え? あ、アリガト……」
あの時のグウェンの掌は震えていた。その震えに込められた感情は、怒りなのか恐怖なのかは正直わからない。でもその感情を押し殺して、多くの人の前で自我を貫き通したのは立派だと思う。……うん、結果はどうあれ、ね。
「それに……うん、そうだな。『結果ばかりが評価されるこの世の中だ。誰かひとりくらいは、過程を重要視しても良い人間が居ていいと思う。俺はキミの、その勇気を評価したいと思っている』」
「あっ、えっと――――『インベーション:ニュージェネレーション』!!」
「はい、正解〜」
「ちょっと。ソレだとこの後、ピーター死んじゃうんじゃない?」
「はは。それは困るな〜」
ホロウ外部でも生存できる特殊なエーテリアスの存在を報告してまわって、誰にも信じてもらえない主人公――――ようやく信じてくれる上層部の人間が見つかった、ってシーンのセリフの引用。グウェンの言う通り、その上層部の『イケおじ』は問題のエーテリアスに殺されちゃうわけだけど。
「それにね。大切な誰かのために、自分を奮い立たせて頑張れる姿はとっても美しいと思うんだ」
「……ソレは何の台詞? わたし知らないかも」
「残念、僕の台詞でした〜」
「ふふ、何ソレ。ウザ〜」
二人で肩を揺らして笑い合って、軽く小突かれたりなんかして。彼女の楽しそうな笑顔を眺めながら思い返したのは、『T.E.T.R.A.』の腕から下ろされて……席に戻った瞬間に見た、彼女の表情。
「あのさ、グウェン。そんな憎らしい相手の研究発表会に来てたのは、恨みとか……問い詰めてやろうって気持ちだけだった?」
壇上の、あの四本の腕を見上げるその表情は――――、
「ううん、違うよ。……わたしは彼の技術も、等しく評価してる。疑いがかかっていたとしても、彼が生み出した発明には罪はないから。映画監督が不祥事を起こしたとしても、その監督が作った映画そのものに罪を被せたくない気持ちと同じ」
とても、輝いているように見えたから。
だから僕としては、その気持ちが聞けただけで十分だった。
「あ〜……だいぶスッキリした。ありがとピーター。長々と話し込んじゃってごめんね」
その言葉に嘘はないようで。清々しい笑顔を浮かべながら、グウェンはベンチから立ち上がる。そのまま何かを思い出したかのように鞄の中を漁りながら、
「ま、そのお詫びと〜……親愛なる映画ファン仲間、スパイディファン仲間にプレゼントを贈呈してしんぜよう」
「え、別にいいのに。僕は見返り欲しくてキミの話聞いてたわけじゃないし……」
「いーの、わたしの気持ちなんだから。こういうのは受け取らない方が失礼だよ?」
半ば押し切られるような形で、僕の胸に押し付けられた――――鞄から取り出された『何か』を受け取る。
「それ、二枚セットだったんだよね。アンタにあげる! 大事にしてよね〜!」
何ともまあ、自由人なことで。僕が何か返事を返す間すらなく、グウェンは地下鉄の駅へ向けて走っていってしまった。
『……最初に見た時から思っていましたが。なかなか良い出来ですね、あるじ』
「ああうん、僕もそう思うけど……僕がスパイダーマンのステッカーを何処かに貼り付けてるって、その。絵面的にどうなの?」
まるで凄まじいナルシストみたいじゃんね……。
今回の回しかり、VOL.2のプロローグしかり。結構明確に位置が書かれている場所はゲーム内に実在します。良ければZZZを起動して『はえ~~~ここかあ~~~~』みたいな楽しみ方をしてくれると幸い。