SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
で、研究発表会の……次の日。
「えー……っと、四十八番。スクボロのメンソール……十二ミリかな? カートンでください」
あの人こんなに重いの吸ってたのか。僕が吸ってたの、確か六ミリだったはずなんだけど……ヤケにあの人に煙草を貰うたびにクラクラするわけだ。
自分の昼食を買おうと列に並ぶサラリーマンたちに混ざって、僕は自分で吸うわけでもない煙草をカートンで購入する。これから僕はDr.MJの所に診察。……あっ、その後で勿論仕事はあるよ? 勿論ね。
コンビニの袋を片手に、通い慣れた道を歩いていく。その最中、ジニーがAR越しに目の前で小さく揺らぐのが見えた。
『あるじ、どくたーMJにはわたくしの存在は隠していただきたく』
「それは何で?」
『わたくしは新エリー都のほとんどの情報にアクセスできる存在ゆえ。TOPSや新エリー都の上層部に繋がりうる人間には存在を隠していただきたく……あるじ以外の人間に良いように使われるのは本意ではありませぬわたくし……』
そういうモン? そういうモンか。彼女はそういうことをするような人には見えないけども。
ならそもそも、この子の存在はいたずらに広めない方が良いのかもしれないな。本来の持ち主が見つかるまで、という期限付きとはいえ――――僕もジニーの存在を有り難く思っているのは事実なわけだし。
「ならそもそも、昨日もそうだったけど言い訳しづらい状態で僕のことAR使って揶揄うのはやめ……あ、こら。目を逸らすな」
今日も今日とて、この子は絶好調である。
しばらく無言で歩くだけの時間が続いて、病院の入り口を潜る。
ビニール袋から顔を出す煙草の箱に、受け付けのお姉さんから苦笑いを貰いながら。僕はいつも通り、Dr.MJの研究室の戸を開けた。
「おはよう、Dr.MJ。これ手土産ね」
「ああ、おは……いや、気にしなくて良いと言ったのに」
「貴女から羊飼いを紹介してもらって助かってるのは事実だしさ。それだけ稼げるようになってるよ、ってことで。受け取っといてよ」
まあ、彼女の稼ぎに比べたら泡銭のようなものだろうけど。それでも一応納得はしてくれたらしく、僕の手からビニール袋を受け取ると、Dr.MJの視線は僕がかけてる眼鏡に向けられた。
「……眼鏡? キミ、別に視力悪くなかっただろ」
「あー、ちょっとね。超有能AIアシスタントを導入したんだ。長いこと制作してたんだけど、ようやく完成してね。ARメガネ的な」
「なるほど。まあ、私も現場のキミをサポートできるわけじゃないからね。それで無茶や無鉄砲が減るのであれば、私としても有難いよ。……具体的に言えば、プロキシすらも雇わずにホロウに飛び込むような無茶とか」
「あ、あはは……」
……まだ『ブラック・スティング』の一件を根に持ってるのかこの人は。
それからは、いつもの近況報告が続く。
体調にも特に異常はなし。マクシムに流し込まれたエーテルの影響も身体には見られず、この通り受け答えもしっかりしてるしね。彼女はひと通り僕の話を聞いた後で、受け取ったカートンから新しい箱を取り出して封を開き、一本取り出して火をつけた。
「……オーケー。先週の私の心配はただの『杞憂』だったということはわかったよ。元気そうで何よりだ」
「だから平気だって言ったのに。でも心配してくれてありがとう」
「そりゃあ、私はキミの主治医だからね。仕事だから」
やめろ、照れ臭い。なんて言いたげに彼女は煙を吐き出して、緩く掌を横に振る。再びフィルターに口をつけながら、横目で僕をじっと見つめ、
「……で? 身体は健康なのに心が不健康のように見えるけど。またバイト、クビになった?」
いつもの揶揄うような声音で、いつも通り縁起でもないことを口にした。
「流石にまだクビにはなってないって……楽しくやらせてもらってるよ。いやまあ、その〜……」
苦笑い混じりの返答の後で、口ごもる。何と説明するべきか。そもそも、話すべき内容なのか。
でもそんな僕の迷いなんて知らず、煙草を吹かしつつ背もたれに身体を預けて……Dr.MJは既に僕の話を聞く体勢に入っていた。まあ、良いか。誰かに話すことで頭の中身が整理されるってよく言うし。
「それが――――」
迫り上がった言葉を咀嚼しながら。ゆっくりとしたペースではあるけど、昨日の出来事を話していく。
オクターブさんの研究発表会。そこで目にした技術の数々と、講演で披露された四本のアーム――――『T.E.T.R.A.』の話。それから、そこで出会った彼女……グウェンのこと。
全てを話し終えた時にはDr.MJは煙草の二本目に火をつけた所で、画面に表示された僕の検査結果を眺めながら口を開いた。
「なるほどね。まあ……納得してないにしろ、彼女も落ちて良かったんじゃない?」
「また貴女はそういう言い方する……」
「だってそうだろう? 白祇重工で楽しそうにやってるなら万々歳じゃないか。最初からそこが、彼女にとっての居場所だったんだよ」
「それはそうかもしれないけどさ〜……それは結果論だよ」
確かにまあ、そういう考え方も出来るけども。納得できないグウェンの気持ちだってわかるから。何となくモヤモヤする僕もいる。
「で、白祇重工に対する業務妨害……だったっけ。『親愛なる隣人』くんは首を突っ込むのかい?」
投げかけられた問い。……問いの形はしているけれど、その瞳は何となく、僕の答えがわかっているような。『確認』の方が近かった。
「まあ……いろいろ調べてみてから、としか今は言えないかな」
「ああそう。じゃあ、くれぐれも無茶はしないように」
「わかってるよ」
話してスッキリはした。うん。そのお礼はとりあえず告げて、僕は研究室を後にする。
さて、何からすべきか。一旦まあ……生活のこともあるのでね。予定通り、バイトにね。
◇◆◇
今日の『Random Play』は客足が疎らだった。店番担当の
「ああ、なるほど。これがオクターブさんが言ってたインタビューか……」
ジニーが検索して引っ張ってきてくれた記事に目を通していく。見出しは『今をときめく天才メカニックのスペシャル対談!』なんてもの。……オクターブさんを『今をときめく』と表現するのは如何なものなんだろうか。あの人の功績や人気は、だいぶ昔からの長いものな気がするけど。
「その辺から大雑把感が滲み出てるよねえ……よく知らない記者が話題作りのために書いてるっていうか……」
視界の隅に表示される記者のプロフィール。……ジニーの調べによると、エディって名前の新人記者が担当してるみたい。なるほどねえ。
記事の内容は二人の研究について話し合っている、というもの。文字列だから場の雰囲気こそはわからないけど、オクターブさんと――――その対談相手である、グレース・ハワードさんは互いの研究に対してちゃんと理解しているし。互いに称え合っているような印象は受ける。……あ。この『現在開発中のホロウ内活動用装備』っていうのは『T.E.T.R.A.』の話かな。
仲睦まじく今後の自分達の在り方について話している中で、記者の『エディ』だけが互いのぶつかり合いを煽るような質問を投げかけている。うーん。うん。なるほど。
「グレースさんに対して嫉妬を抱いていないと言えば嘘になる――――なるほどねえ、ここから悪質な切り抜きがされてるわけかあ。いやあ……現代のインターノット、って感じだなぁ〜〜〜」
火の元はとりあえず理解できた。この一文だけ見れば、確かにオクターブさんがグレースさんに対して、良からぬ気持ちを抱いてるって風に見えなくもない。
特に最近のスレッドとかチャットにいる連中は、三行以上の文字が読めないとか揶揄されてるくらいだしねえ……これがドーパミンに漬けられた人間の末路か。
『人類はおろか、ですね。あるじ』
「キミがソレ言うと洒落にならないからね」
……言いたいことはわからないでもないけども。まあけど、とはいえだ。
――――彼女が所属する企業……『白祇重工』のモットーは確か……『作るのはただの建物ではなく、希望を育む家だ』――――だったかな。素晴らしいと思うよ。私と彼女らは進む道は違えど、その先に目指す行き先は同じ。私もひとりの新エリー都市民として、この街が住みやすく、かつ平和になることを望んでいるからね
――――答えになってませんよ。はぐらかすんですか? 肝心の質問には『イエス』とも『ノー』とも答えていない。貴方は――――!!
昨日の二人のやり取りが、引っかかる。
グウェンの言う通り、オクターブさんはあの場で、業務妨害の容疑に対して否定も肯定もしていない。あんなに多くの人が見ている中でやり取りをしてたんだし、根も葉もない噂だというなら否定しそうなモノだけど。妙な疑いが広がって困るのはオクターブさん自身だと思うし。
「何を考えるにしても、手がかりがまだ足りなさすぎるなあ……ジニー。白祇重工の、ここ最近の現場数件を特定して……監視カメラの映像を調べてくれる?」
『さー・いえっさー。わたくしの使い方がわかってきましたね、わがあるじ。流石【あるG】です』
「なんて……?」
このよくわからない語彙にも『なんて?』だけで済ませてしまうようになった辺り、だいぶこの子との付き合い方も慣れたモノだ。
……えっ、監視カメラの映像を勝手に覗き見るのは犯罪なんじゃないかって? ま、まあ。まあまあ。まあまあまあ。もう治安局の回線を盗み聞きしてる時点でだいぶグレーだよねえ……。
誰かに咎められたわけでもないのに、内心言い訳を繰り返している中で。カランカラン、と入店を告げるベルが響いた。
「おつかれさま〜、ピーターさん!」
「おつかれ、ピーター」
「お。おかえり〜、二人とも」
何やら段ボールを抱えて、店の扉を潜るリンちゃんとアキラくん。遅れて二階から充電を終えたらしい18号ちゃんがとてとて、と降りてきた。
何気なくリンちゃんが持っていた段ボールを受け取り、中身を覗き込む。……あれ? ビデオじゃない。ビデオデッキだ。
「あれ? ピーターさん、今日メガネだ。目、悪かったっけ?」
「うん? ああこれ。おしゃれ眼鏡ってやつ。似合う?」
「似合うじゃーん」
「やった〜ありがと〜」
ああ良かった。縁のデザインは割と適当に選んだから不安だったんだよね。……ではなくて。
「ビデオデッキ? 珍しいね。どうしたの?」
「え? ああ、えっとね――――」
問いかけを受けて、何やら顔を見合わせるご兄妹。何だろ。僕にはわからない秘密回線が二人の間に通ってる?
首を傾げて、答えを待つこと数秒。次に口を開いたのはアキラくんの方だった。
「――――白祇重工からちょっとした仕事を貰ってね。今から向かおうと思っていたところで……」
「お」
ちょうど良い。どうにか白祇重工に向かう、自然な理由が欲しいと思っていた所だ。
「それってさ。僕もついて行って良いやつ?」
ほんの一瞬、何故かリンちゃんの頬が引き攣るような気配がしたけど。まあ。ヨシとしよう。