SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
白祇重工に少し頼まれごとをした、という割には社用車に積み込む荷物が多い気がする。忙しなくダンボールを運ぶアキラくんを眺めながら珈琲を啜り、
「何か手伝おっか?」
「いや、良いよ。ピーターはそこでのんびりしていてくれ」
店の裏手。駐車場の隅で、金網に身体を預けて。僕は暇を持て余しているのだった。
見てるだけ、というのも申し訳ないけど。店長命令に逆らうのもね……それに、力の加減を誤って大事なモノを壊してもいけない。正直、前科は数え切れないほどにあるし。仕方ない、待機待機。
そんなこんなで大体十分くらい。積み込みは終わったらしく、リンちゃんとアキラくんは今回の助手のボンプ――――01と書かれたスカーフを巻いた子。イアス(この子も何度か話したことあるけど、すっごく可愛い!)と一緒に勝手口から出てきた。
「お待たせ、ピーターさん〜! さて、行こっか!!」
リンちゃんの掛け声を合図に、僕ら『Random Play』一行は社用車に揺られて白祇重工の元へ。運転はアキラくんで、助手席にリンちゃん。後部座席に僕とイアス、って感じだ。
アキラくん、めちゃくちゃ運転上手だな……すっごい優しい顔をしてるし、好青年だし。イケメンだし。ハンドル握ったら人が変わるタイプだったらどうしようかと。
……いや何かひとつくらいは欠点があるべきじゃない? 僕から見て彼は完璧人間すぎるんだよな。あまりにも。
「……なんか、ピーターからすごい視線を感じる気がするんだけれど……」
おっと。アキラくんも『ムズムズ』の使い手だったらしい。侮れないね。
車内のスピーカーで映画の主題歌を流してみんなで歌う、なんて楽しいひと幕なんかがありつつ、僕らは無事『黒雁街跡地』に辿り着く。
一週間前に一度来てるけど、あの時はスパイダーマンとして、ホロウに入るために通りがかっただけだし。こうしてリンちゃんとアキラくんと一緒に、誰かを訪ねて来るのは新鮮な気持ちだ。
社用車を降りて辺りを見回せば、あちこちに鉄骨や鋼製の仮囲い。如何にも『工事現場!』って雰囲気だ。
奥の方からは、今も何かの開発をしているのか、機械の駆動音が近づい――――うん? 機械の駆動音が近づいてきてる????
「わあ!! 危ない、退いて退いて!!」
バァン、と勢いよく開かれる鉄製の扉。土埃の向こうからは四足で地面をしっかりと蹴り、こちらへ駆けてくる重機……? の上に乗ってるあれは、グレースさん……か……?
その重機とグレースさんを追いかけるように、無数の大柄なクマのシリオン達が――――いや情報量、情報量!!
「じゃなくて――――!!」
結構ヤバくないか、この状況!? 咄嗟に二人の前に出たけど、流石に腕っぷしだけでこの重機を止めるのは不自然が過ぎる。よね?! いやしかし、考えてる暇は――――
「下がってろ、三人とも!!」
とかなんとか考えてたら何処からともなく男の人が飛んできて……、……止めた。重機を。身体の何倍もあるような大きさのを……その身ひとつで……。
「アンドー! 助かったよ。今この子に、私開発のとびっきりの」
「良いから早くどうにかしてくれ!!」
「OK。お喋りは後にしよう」
……ていうかなんでこの男性、片腕からドリルを生やしてるんだ……?
「ほ〜ら、ただのファイアウォールだよ。怖くない、怖くない。落ち着いて〜?」
暴れ馬のようにのたうち回る重機の上で、それはもう結構なお手前で乗りこなしつつ、愛おしそうな手つきで重機を撫でるグレースさん。そのままプラグにUSBを突き刺すと、件の重機は嘘みたいに静かに項垂れた。
「あー……よ、ようこそ。プロ――――」
「――――、」
「――――!」
「……、……店長さんがた。『白祇重工』へ!」
……いや、なんか。凄いな。色々と。ていうか何、今の間は。何処からツッコミを入れれば良いの?
◇◆◇
どうやら、僕が思う『常識』とこの世界に浸透している『常識』はちょっと違うみたいだった。
郊外では車とか……まぁ行き過ぎたヤツだとトラックをその身ひとつで受け止めたりするのは普通だったよ? でも
「悪ィな、店長たち。見苦しいところ見せちまって……っつーかオイ、アンドー! 危ないからグレースの重機の目の前に飛び出すのはやめろっつったろ!!」
ああ、良かった。普通ではないみたい。……というか重機を眺めてる間に、また新しい顔が。赤い髪を頭頂部で二つに結えた、眼帯とクマ耳のカチューシャをつけた女の子だ。濃いなあ……。
「あたしは白祇重工の社長、クレタ・ベロボーグってんだ。あたしの横に突っ立ってるコイツは会計のベン・ビガー」
……社長なんだ。濃いなあ……こんなゴツい見た目してイカつい感じなのに会計なんだ……こ、濃いなあ……あ、すごいベンさん物腰柔らかい……リンちゃんとアキラくんにすっごい頭下げてる……。僕の二倍くらいの大きさはありそうなクマのシリオンが、礼儀正しく「ご迷惑をおかけしまして……」とか「この度は……」とか言ってる光景はとてもシュールだった。濃いなあ……。
と、まぁ。白祇重工の面々の様子も気になるけど、僕としてはさっきグレースさんが乗り回してた――というより振り回されてた? 振り回してた……?――重機の方が気になってるんだよね、と。
何やら話をしてるクレタちゃ――――クレタさんとリンちゃんたちを横目に、僕は件の重機に歩み寄る。
「……ふむ。なるほど……? これは運送用……いや、この構造だとかなりの馬力が出るな。転圧機的な役割も持てる……? 工事序盤は運送を任せて、そこから地ならしを任せて――――って感じなのかな。なるほど、これは……」
冷たい外殻に触れながら、隅から隅まで舐め回すように見てたら勢いよく両肩を叩かれた。結構な勢いで。驚きと痛みで肩が大きく跳ねる。えっ、なになに。怖い。
……ゆっくり肩越しに振り返る。僕の肩に手を添えてるのはグレースさんだった。なん、何だろう。
「キミ――――」
「さ、触ったらマズかったですか? すみま」
「キミも技術屋かい? 観察眼がとても良い。重機の見てくれだけではなく、ちゃんと構造にまで目を向けている――――作り手への信頼や期待かな? いや、自分も作るからこそ、
そっち、だったか。いやでも、僕はこの目をよぅく知ってる。だってつい最近、鏡越しに見たからね。
同志を見つけて嬉しい、という目ではない。自分の生み出した我が子を語りたくて仕方ない、その良さをわかってほしい――――という目だ。
「……変わったパネルを使ってますね。これもしかして、ボンプのアイモニターに近いものじゃないですか?」
「そこに気づくとはお目が高い。私としては、彼、彼女ら……ここで働く
「んー……ふむ。言いたいことは何となくわかります。けど、感情を搭載したら働かされすぎて嫌になる――――所謂、ストライキを起こすこととかあるんじゃ?」
「お、今六年前のボンプ集団ストライキ事件を思い浮かべたね? 確かに、うちの子たちは時折そういう反応を見せることもある。けれど、私たちはホロウ内で作業をすることも多いからね。自律駆動の優位性と……いざという時に『作業員を助けたい』という意思が生まれるのは、感情があってこそだ」
なるほど、確かに……うん。彼女が言いたいこともわかる。と同時に、研究発表会で見たオクターブさんの開発物の中に、似たような発想のモノがあることを思い出した。
グレースさんとオクターブさんは畑が近い。対立構造を煽ろうとする記者の気持ちも、これまた少し納得した。
「この子は『クイル』って名前でね。音楽とダンスが何より好きで――――」
……ああ、あとオクターブさんが『この子の開発した重機は少し奇天烈』と言ってたのも、なんとなく。
なんてクイルくん(ちゃんかもしれないけど)の説明を聞いてる最中、少し離れたところからリンちゃんと、少し呆れ気味のクレタさんの視線が向けられてることに気づいた。なんだろ。
「……あ、大丈夫だよ。僕結構楽しんでるから」
「用事済ませてきちゃって良い?」
ああそう……心配の目では無かったのね……。いや僕もめちゃくちゃ楽しんでるから良いんだけどさ。
ジェスチャーだけで『どうぞ』と伝えると、何処かに歩いていくリンちゃんたち。それと同時に僕はグレースさんに引きずられる形で、何処かへと連れ去られていくのだった。
◇◆◇
口が巧い『ロキ』くんに、クーデレの『レベッカ』ちゃん……正義感の強い『スティーブ』くん。グレースさんの口から説明されるAIが搭載された重機の子たちは、確かに奇天烈というか――――うん、かなり個性的だった。
そして、
「もし良ければ、好きに見てまわってくれて良いよ。キミなら悪いようにはしないだろう」
満足したらしいグレースさんのそんなひと言によって、僕は願ってもないチャンスを手に入れたのだった。
「棚からぼたもちってヤツかな〜……グレースさんの話は聞いてて楽しかったし、一石二鳥ってヤツ?」
そもそも僕はグレースさんとオクターブさんの例の件を詳しく調べるためにここに来たわけだしね。さりげなく、迷い込んだテイでグウェンが見せてくれた鋼材とか置いてある場所に出れたら良いんだけど。……そもそも白祇重工に保管してあるのかな。
僕が今いるのは、事務所やら開発室が立ち並んだ地帯。オイルの香りが漂い、そこかしこから機械音が聞こえてくる場所だ。……あ。コンピューター室とかもあるんだって。壁に貼られた案内板に書いてある。
「にしても問題のブツはどこに置いてあるかだよねえ……」
いや、ジニーに頼めばすぐに見つけてもらえるんだろうけど。こういう場所の監視カメラの映像にアクセスしてもらうのは……なんか、こう。ちょっとだけ気が引ける。いや現場の映像調べさせるのと何が違うんだ、と聞かれれば困るんだけどさ。精神的にちょっと……?
なんて苦笑いを浮かべつつ、視界の隅に映り込んでくるジニーを掌で追いやっていたところ。不意に、背後から肩が叩かれる。またこの感じか。
「こんなところで何をしてるのかな、不審者クン」
「グウェン!」
「昨日ぶり、ピーター。思ったより早い再開じゃん」
昨日と変わらず、僕を揶揄うような笑みを浮かべたグウェンがそこに居た。
昨日の私服姿とは打って変わって、白祇重工の作業着姿。……上着のチャックを全開にして、その下にはスポーツブラのようなインナーを着てる。あの。グレースさんもそんな感じの格好だったけど、ヘソ出しルックはちょっと目のやり場に困るんだよね……。
「なぁに?」
「いや、何でもない。何でも」
「そ? 似合ってるでしょ、この服」
「うん。とっても」
「ふふ、はい。アリガト。……そういえばわたしがあげたスパイディのステッカー、ちゃんと大事にしてくれてる?」
「ああ、うん。大事にしてるよ。今使ってるノートの、一番最後のページに貼った」
「え〜、スマホのカバー裏に入れたりしないの?」
「あんまりスパイディファンとして目立ちたくないからね。隠れファンってヤツなのです」
「なにその微妙な距離感……ま、良いけど」
スパイディその人です、って言うわけにもいかないからね。謎に『彼』と距離を置いてるような僕の立ち回りに、グウェンは小さく笑みをこぼす。
それから微妙な沈黙。案内板と僕の顔を彼女の視線が行き来して小首を傾げながら、
「楽しんでる? 白祇重工」
「うん、とっても。グレースさんに
「あはは。そっかそっか、相性良さそうだもんね、ピーターとグレースさん。みんな濃かったでしょ?」
「個性的で濃ゆかったな……今まで会ってきたAIの中で五本指に入るくらい」
……勿論一番はジニーである。自覚あるのか無いのか知らないけど、視界の隅でジニーがクエッションマークを浮かべてるのが見えた。キミだよキミ。
「……で? 不審者クンはこんなところで何してるの。迷子?」
「あ〜……迷子といえば、迷子なんだけど……」
なんか、ヤケにここまで遠回りだったのに急に直球で投げてきたな。
「……僕、『Random Play』の店員でさ。あ、この度はビデオデッキの修理のご依頼と、スピーカー設置のご依頼ありがとうございます」
「うん? ………………?」
え、何この間は。
「え? 白祇重工は親睦会も兼ねて月イチで映画上映会してるんでしょ?」
「っあ〜……あー、そうだった。そうそう。今月の末にまた上映会やるんだけどさ。ビデオデッキが壊れちゃって……せっかくだからスピーカーも新調して、プロに頼んで良い感じの場所に設置してもらおう〜……みたいな話してた、っ、け、ね。それで?」
……なんかヤケに歯切れ悪い返事だな。まあ良いけど。
「それで、そのー……昨日聞いた、あの。ここに来たついでにさ、現場に投げ込まれたって言ってた機材とか建材……あるなら見ておきたいなって思ってさ」