SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
「はい、ここね」
グウェンに案内されて連れて来られた先。仮囲いの奥まった場所にある、廃材置き場。
捻じ曲がっていたり、もう使えないような建材や機材が山のように積まれている中で――――隔離されるように置かれた建材たちを、グウェンは真っ直ぐに指さした。
「アレが昨日言ってた、現場に投げ込まれた機材と建材」
「……思ってたより多いな。三つ四つくらいだと思ってた」
「んー……わたしたちが被害を受けたのは二回なんだけどさ。でもこう、雨のように降ってきて……結構危なかった」
「そっか……怪我人とかは?」
「出てないよ」
「わかった。ありがとう」
言いながら、グウェンが指を向けた山に歩み寄る。そのまま手を伸ばしたところで、ハッとする。
「あ、これ僕が素手で触って大丈夫なやつ? 手袋とかつけた方が良い?」
「大丈夫。治安局の分析は終わってるから。わたしがワガママ言って、残してもらってるだけ」
そっか、なら遠慮なく。山の中からひとつ建材を引っ張り出し、自分の足元に置いて……その場にしゃがんで眺め始めたあたりで、グウェンは「わたしは他にやることがあるから」と来た道を戻って行った。
……さて。ひとりになれるなら、それはそれでありがたい。
まず件の痕か。……確かに、建材の両辺にくっきりと痕が残ってる。それこそ、爪とか牙でつけられたような形状のモノが。
治安局の人が言う通り、エーテリアスがつけた痕だ、とするのは……まあ、わからないでもない。って感じかな。
『ちょうど良いタイミングかと思い、ジニー本格参戦。しばらくあるじがひとりにならなかったので、口を噤んでおりました』
「……あ、ヤケに静かだと思ったら気を遣ってくれてたのか。ありがとう」
言い訳できないタイミングで揶揄ったり喋ったりするのはやめてくれ、って言ったもんね。その辺の気遣いができるようになったのは成長か。
『わたくしは成長できるタイプのAIでございますれば……はい。今後の伸び代、期待大のストップ高ということでひとつ。あるじに頼まれていた、現場の監視カメラの映像の収集と解析、終了しました。バッチリ一部始終を引っ張ってきましたとも』
「ありがとう。見せてくれる?」
『さー・いえっさー』
目の前にホログラムの画面が表示され、映像が流れ始める。工事現場と思われるそこに、クレタさんとアンドーさん、ベンさんとグウェンが映り込んでいるのが見える。
多分……端材を置きにきたタイミングとかなのかな。グウェンとベンさんがブルーシートの上に、抱えてきたソレを置き終わったのと、ほぼ同時。
「……確かに、これは〝雨のように降ってきて〟って表現は大袈裟じゃないな」
映像の範囲外から、無数に投げ込まれる機材や建材。焦って逃げていくグウェンとベンさんを最後に捉え、映像は終わっていた。
「……エーテリアスがこんなことすると思う?」
『どちらとも言えない、というのがわたくしの見解です。エーテリアスは未だに未知の塊でございますので……生前の行動を繰り返す――――いわゆる、パニックホラーのゾンビのような個体も存在が確認されておりますので。ので』
「まあ、そう……だよねえ……」
この映像の現場は、ジニーが表示してくれた地図を見た感じホロウと隣接してる。何かの狙いがあってエーテリアスがホロウ内部から投げ込んできてるって可能性もまあ……ゼロじゃない。
「……、……ねえ、ジニー」
『なんでしょうあるじ。なんなりと』
「無理なら無理でいいんだけど……ARヴィジョン内に、『T.E.T.R.A.』のアームを再現できたりする? 先っぽの部分だけで良いからさ」
言うや否や、視界に大きな波が走り、僕の目の前に――――『T.E.T.R.A.』が再現される。ちょうど、昨日僕の体を掴んでいた手先の部分が綺麗に。大して記憶と差異も感じない。言ってみるもんだな。
『この一週間であるじの思考ルーチンを何と無く掴みました。くだんの【てとら】のようにがっちりと。ので、事前に作っておきましたとも。ええ。褒めてくれても良いんですよ』
「ふふ、ありがとう。助かるよ。……このまま、建材と重ねてみて貰っていい?」
『はい。ただちに』
ゆっくりと擡げられるホログラムの『T.E.T.R.A.』が、建材と重なる。
……しばらく、重なり合ったソレらを眺めるだけの時間が続いた。
「……ねえ、ジニー。さっきグウェンは被害受けたの『二回』って言ってたよね。もう一回の映像は、あったりする?」
『残念ながら、あるじ。その〝もう一回〟はホロウ内の現場でございまして……このじにーの万能さをもってしても、ホロウ外からホロウ内のカメラにアクセスすることはかなわず……むねん……』
「そっかそっか。それはまあ仕方ないよ」
流石にジニーが如何に力強いと言えど、そんな無茶振りはできないからね。
けど。じゃあまあ、そういうなら、
「現場百本――――いや、現場一本だけども。足で稼ぎますか」
◇◆◇
アキラくんたちの作業はまだだいぶ時間がかかるらしいから。スーツを着て、マスクを被って……僕らはホロウの中へと足を踏み入れる。今までの人生で何度となく味わった感覚ではあるけど、膜をくぐった瞬間のなんとも言えない不快感には思わず顔を顰めてしまうモノでして。
『あるじ、いつもそんなクシャッとした顔をしてるんですね』
「……? ……あっ、そっか。マスク内部にも小型カメラ付けたんだった」
自分でウッキウキで設置したくせに、指摘されると驚くモノだね。そういえばあっちに居た時も、毎度顰めっ面してるモンだから揶揄われたりしたっけ。
「エーテル変換機能は調子どう?」
『はい、問題なく。効率も想定より良いですあるじ。オットー・オクターブ氏の研究発表会で受けた刺激は無駄ではなかったですね。新スーツ――――Ver2.1に変わってから初のホロウですが、あるじはいかがですか?』
「快適〜! 視界内に常にマップが表示されてるのって良いね……」
前回までのスーツはイヤホンから聞こえてくるジニーの声を頼りにするしかなかったからね……やっぱり自分の視覚で確認できるのは安心感が違うや。いや、ジニーを信用してないわけじゃ無いんだけど、心理的にね。やっぱり。
視界の隅に表示される現在地を確認しながら、廃墟に
「さって、さてさて。メインコンピュータは何処かな〜……」
H.A.N.D.のロゴが入り口に貼り付けられている中規模の施設だ。このホロウ内部の監視カメラの映像を、全てここに集約してるらしい。
……確かエーテリアスの生態観察が主な目的で、ホロウ内部で起こった犯罪捜査のために治安局に映像を提供することもある――――とか何かの記事で読んだっけね。ちなみに基本無人。確認済みです。
『公的機関の施設から映像をくすねる。先日作業のお供に見ていた怪盗映画の主人公のようですね、あるじ』
「そ、そう言われるとなんかアレだな……」
『ごあんしんを、あるじ。わたくしは該当作品の助手のようなヘマは致しませんゆえ。周辺カメラにはダミー映像を流しております。痕跡は一切残さぬしょぞん』
「ありがとうだけども」
仕方ないでしょうに。一週間と少し前の映像だから、もうメインコンピュータ内の奥深くに保管されてるみたいだし……僕だって出来るならここに潜入は避けたいよ。僕は怪盗じゃなくて親愛なる隣人、だからね!!
……なんて言い訳を繰り返しているうちに、僕らは目的の部屋にたどり着く。
入り口から見て三方の壁にはびっしりと並べられたモニター。うん、ここで間違いはなさそう。ホロウ内部のカメラの映像が流れているし……エーテル侵食やエーテリアスにやられてしまっているのか、砂嵐を垂れ流しているだけのモニターもいくつかあるけど。
「……というか。それなら、僕が映像を見たいカメラも壊れちゃってる可能性もあるのか」
『
「なんて????」
なんとなく言いたいことがわかるようになってきた僕がいるのもちょっと嫌だな……ジニーに毒され始めている。
いつものジニー語録を深く考えるのはやめにして……スーツからスマホを取り出して、ケーブルでコンピュータに繋ぐ。
『あるじのスマホ容量節約のため、必要な映像の選定作業にはいります。あと五分ほどお待ちいただければと』
「はい、ありがとう」
スマホの画面にプログレスバーが表示されたのを確認してから、僕は手近なデスクチェアに腰掛けた。……これ僕の部屋より良いモノ使ってるな。良いなあ、これ……座り心地がとても良い。
床を軽く蹴り、タイヤが床を滑る音が部屋の中に静かに響く。何ともなしに辺りのモニターを見回していると、知ってる顔ぶれが映ってるのが見えた。
「……? 白祇重工の人たちだ」
『二十六番モニターですね。音声、拾いますか?』
「出来そう? お願い」
『さー・いえっさー』
部屋のスピーカーが短いノイズを奏でた、その直後――――
『だから、何度も何度も何度も言ってるでしょ!! あたしは、真白クンと一生添い遂げるの!! 邪魔しないで!!!!!』
「うお声でか……な、何……!?」
電子加工された、凄まじい怒号が響き渡った。……え、何。何これは……修羅場?
多分、この声はグレースさんたちが相対してる重機が出した声……だと、思う。彼女(彼女……?)に取り付けられたモニターには怒りの形相が浮かべられており、巨大なチェーンソーを怒りの声と共に振り回しているのも見える。
しゅ、修羅場? 修羅場なの?
『真白クンはね、何も言わずにあたしの話を聞いてくれて――――ただ静かに、あたしの傍に立ってくれてる。筋骨隆々で、頼もしくて……寡黙で……でもあたしのことを理解してくれて……』
「そ、その〝真白クン〟ってもしかして、背後に立ってる作りかけのビル……?」
ああ、うん。多分そうだ。だって恍惚とした目でビルを見上げてるもん。
でもそんな怒号だとか、彼女たちの戦闘音に引き寄せられたらしい。件の作りかけのビル――――真白クンの中から、ウジャウジャと小型エーテリアスが顔を出すのが見えた。
「……待って。この状況、マズくない? ジニー、この場所って――――」
『あたしの真白クンに何カビの生えた小汚い手で触れてやがるんだゴルァ!!』
「――――あ」
恋する乙女は強い、とでも言うべきだろうか。彼女の猛烈な突進により真白クンの支柱はへし折れて……内部のエーテリアスを巻き込む形で、倒壊した。
「あ〜……」
……画面越しに微妙な間が伝わってくる。映像からクレタさんの表情を読み取ることは難しいけど……何となく、呆れた顔をしてるんだろうなって……。
グレースさんは静かに彼女に歩み寄り、その身体に手を添えて、
『――――、――――――』
……何か言ってるけど聞こえないな。とか思ってたら、音量バーがジニーの手によって操作されるのが見えた。
『ほら、グレーテル。顔をあげてごらん? 真白くんは、キミを優しく抱擁してくれてるじゃないか』
「…………、あ〜……」
『とても良い話ですね、あるじ』
「……良い話、かなぁ。これ」
なんか。丸く収まったようなら、よかったけども。
◇◆◇
窓の外では夕陽が沈んでいく。茜色に染まる研究室には、私と『T.E.T.R.A.』以外の影はなかった。
椅子に腰掛け、私の身体から取り外された『T.E.T.R.A.』を眺めるその最中――――研究室に、カツ、カツ、と足音が響き渡る。
「研究所には顔を出さない約束じゃなかったかな?」
「……先に約束を破っているのは貴方の方ではなくって? オットー・オクターブ」
その足音の主は入り口を潜って足を止めると、扉に身体を預けながら冷めた目で私を見つめた。
長く伸びた黒髪と緑色の瞳。赤と黒を基調としたパンツスーツに身を包んだ女――――讃頌会の、サラという女だ。
「私と貴方の契約は、白祇重工の
「……、……」
「ああ、合金だけではなく加工してくれる人材も、だったかしらね。パトロンとしては破格の対応だと思わない?」
研究所に静寂が満ちる。しばらく私の返事を待つような間があったが、耐えかねたのかサラは大きなため息をこれ見よがしに吐き出した。
「今更怖気付いたとでも言うつもり? 良いじゃない。貴方は『より良い開発品』が作れて、かつ『競合相手』も居なくなる。貴方にとって、得しかない」
「私は――――」
「貴方がモタモタしているから、彼女たちは
◇◆◇
……またあの日の夢を見た。もうすっかり慣れたモノだけど、やっぱり寝起きの気分は最悪だ。
朝日に瞼を焼かれる形で意識が浮上して、未だに眠気と重さが残る頭をゆるく横に振る。どうやら椅子に座ったまま眠ってしまっていたらしく、体の節々が痛んだ。
『おはようございます、あるじ』
「ん……おはよう。今何時?」
『朝八時、ですね。四時間睡眠でございますれば』
んー、寝足りない……霞んだ目を擦り、机の上からARメガネを手に取ってかける。その瞬間に、昨日遅くまでジニーと行っていた会議の痕跡――――無数のホログラム画面が視界いっぱいに広がって、ソレらを両手で纏めるとゴミ箱のアイコンに投げ込んだ。
「白祇重工の動きはどう?」
『今日もホロウに赴くようです。場所は、旧都と新エリー都の境目近く。パイオニア記念広場に向かう、という会話も聞き取れたので、位置情報もわかります。今回は白祇重工の社員のほとんどが動くようですね』
「そっか、ありがとう」
じゃあ眠気に負けてうだうだしてる時間もあまりないか。
椅子から立って、身体を大きく伸ばして。小気味の良い音が背骨から響き、呻きと吐息が口から漏れ出す。そのままスーツとマスクを着用して……予備のカートリッジをリュックのサイドポケットに多めに突っ込んで、窓を開く。
「行こうか、ジニー」
『ええ。行きましょう』
◇◆◇
目的地のパイオニア記念広場に向かう道中は、そこそこの数のエーテリアスと遭遇した。
見かけたエーテリアスはなるべく撃退し、僕らは前へ前へと進んでいく。……けど、目的地に進むにつれて、エーテリアスとの遭遇数が減っていくのが不思議な感じだ。
「まあ、僕としてはありがたいけども」
戦闘数は少ない方がいい。ウェブも体力も温存はしたいし。今回もグウェンたちが襲われるとは限らないけど、念には念を、というやつだ。
大した障害もなく僕らは広場に辿り着き、辺りを見回す。周辺の地面からは無数のエーテル結晶が空に向かって伸び、広場の中央には巨大なオブジェが立っている。そして、そのオブジェを支えるように、『白祇重工』のロゴが入った重機が立っていた。
「……白祇重工のみんなはコレを回収しに来る、とかそういう感じ……? まあいいや、とりあえず触らないでおこう。こっちはこっちでやることがあるからね……ジニー」
『はい、ただちに』
言わなくても『やること』は伝わっているようだった。視界の隅に表示されたマップに、いくつかのマーカーが立つ。
「いいね、上出来」
『お褒めにあずかり恐悦至極の限り……』
「あ、今回は雨とか霰とか、天災起こさない感じ?」
『最近わたくし自重を覚えました』
「えらいえらい」
なんて軽口を交わしながらも、糸を張り巡らせるように飛び回る。
ジニーがマップにマーキングしてくれたのは、この記念広場を見下ろせる高所。そして、そこに繋がる経路。
その全てから糸を伸ばし、蜘蛛の巣の形状でまとめ上げて――――僕は巣の中央で腰を下ろした。うん。いい感じに小高いビルを陣取れた。広場も見下ろせるし。
「これで誰かが来れば振動で気づけるね。いよいよ挙動が『蜘蛛』らしくなってきたな……」
『らしくて大変良いと思います。Soo cleverでございます、あるじ』
「はいはい、ありがと」
今まで待ち伏せとかはあんまして来なかったからね、ちょっと新鮮だ。
……案外、待ち伏せする側って暇を持て余すモノなんだな。なんて考えられたのも、ほんの数分だけで。
「――――来た」
伸ばした糸の中の一本が、小さく断続的に揺れている。
その一本を辿るように、両手足で前へ、前へ――――ゆっくりと向かった、その先に。
居た。居てしまった。
エーテリアスではない。白祇重工の誰かでもない。
「――――オクターブさん」
四本のアームで地面を踏み締め、僕を見上げる彼が。
オットー・オクターブが、そこにいた。