SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
「開発品の実証実験ですか? オクターブさん。精が出ますね」
「キミの目に、本当にそう映っているのであれば――――街を守る『親愛なる隣人』の名が聞いて呆れるよ。スパイダーマンくん」
……正直、わかってた。白祇重工の廃材置き場で、ホログラムを建材に重ねたあの瞬間から。
ジニー自身はホログラムで生み出した『T.E.T.R.A.』に、若干の誤差はあるかもしれない、と。そう言ってた。
でもジニーが生み出したホログラムは実物とほとんど差がなかった。……本当に、残酷なまでに精巧だった。
身体に刻まれた、アームに掴まれた時の感覚と――――間近で観察したあの時の記憶がそう叫んでいたからこそ。建材に残された爪痕とホログラムを重ねた時に、わかってしまった。
「どういった情報網かは知らないが、私がここに『何をしに来たのか』は理解しているんだろう? でなければ、こんなに蜘蛛の糸を張り巡らせたりはしないだろうに」
「……ッ!」
反応が遅れた。アームの一本が手近な――――僕が身体を乗せている糸に伸び、三本の爪が引っ掴む。そのまま糸を巻き取るように高速で回転し、組み上げた蜘蛛の巣が引き裂かれる音が背後から聞こえてきた。
手を離すタイミングも逃した。足場代わりにしていた糸ごと、僕の身体は眼下のオクターブさんを目掛けてグン、と引き寄せられ、慣性は完全にオクターブさんへと――――
「大したモノじゃないか」
咄嗟に右手を地面に伸ばし、手のひらのボタンをダブルタップ。伸びた糸は地面に貼り付き、手繰り寄せることで地面に転がるように着地する。
「先程の発言は撤回しよう。街の平和を守ってきたのは事実のようだ。しかしまるで戦意が感じられないね? このままでは私に殺されてしまうよ」
「――――当たり前じゃないですか。僕は別に、貴方を殺しに来たわけじゃない」
確か、アーム一本につき車一台持ち上げられるほどの性能があるはず――――それなら、
「僕は貴方を止めに来ただけですから、ね!!」
アームの一本を目掛けて両手を伸ばし、糸を射出。シングルタップで、リリース――――!! 二本の糸を束ねて引っ掴んで駆け出し、手近なエーテル結晶に貼り付けた。
このまま、もう一本、
「――――『T.E.T.R.A.』の性能を知っているような立ち回りだね。だが、」
ミシ、と何かが軋むような音。咄嗟に背後を振り向いたその瞬間に、エーテル結晶が、根元から、
「ぁ、づ!!」
「糸が保っても
背中に衝撃が走る。アームによって引き寄せられたエーテル結晶ごと身体が吹き飛び、視界が凄まじい速度で過ぎ去っていく。ムズ、と後頭部が擽られるような感覚があって、
『あるじ!!』
「わかってる!!」
アームが眼前に迫る。咄嗟に頭を傾けて、寸でのところで刺突を躱し、両手を地面について真上へと高く跳躍――――見えてない。見えてないけど、わかってる。もう一本が迫ってきてる。
『九時の方向、廃墟!』
左手から糸を伸ばして身体を引き寄せ、そのまま壁に両手足で貼り付いた。
呼吸、呼吸。呼吸を整えろ。わかってるだろ、この人の発明はすごい。気を抜くな。気を抜けば、会話すらもままならない――――!
「話を聞いてください、オクターブさん!!」
「キミと話すことは何もないよ、スパイダーマン!!」
声。声は――――真下! アームの先を壁に突き刺し、僕を目掛けてよじ登ってきてる!!
「私はこのままキミを殺し、白祇重工の社員を全員殺す――――」
跳躍……は、間に合わない。アームの一本が迫り、僕の身体を壁に磔に、
「――――エーテリアスに襲われて起こってしまった、不幸な事故としてね!!」
壁が軋む音。息が、上手くできない。押し付けられた身体は壁をぶち抜き、廃墟の内部へと転がり出る。
「ッ、ッ……それは本当に、貴方の本心ですか!? 貴方のやりたいことなんですか、オクターブさん!!」
受け身を取る。立ち上がる。視界に入った廃材に糸を伸ばして括り付け、頭上で大きく振り回して投げつけた。
「――――、ッ」
一瞬。ほんの一瞬の、動揺の色。オクターブさんの体スレスレを目掛けて放った廃材はアームによって弾かれ、鈍い音をたてながら床を転がった。
「違うでしょう!? ホロウ災害でこれ以上、誰かを失わないために――――誰かがこれ以上涙を流さないように……ッ!! それが貴方の、願いなんじゃないですか!?」
「ッ、知ったような口をきくな!!」
床に転がった廃材が投げ返される。狙いすら定めず、僕の身体を捉えることもなく――――ガラン、と虚しい音だけが辺りに響き渡る。
「今私が、どんな気持ちでここに立っているか知らないくせに!!」
「知りませんよ。何も知らない!! だから今、貴方の口から聞くために、僕はここにいる!!」
「愛する妻と子供すら守れない私が、ホロウ災害から人々を救うなど――――」
――――まるで仮面が崩れていくように、口からまろび出たその本音を、聞き逃さない。
「奥さんと子供が人質に取られているんですか? だから仕方なくこんなことをしてる。そうですよね!?」
廃材の痕と、ホログラムの爪を重ねた時点から――――オクターブさんによる犯行だとわかってた。
それでも彼を信じたくて。もっと、確かな証拠が欲しくて……H.A.N.D.の監視施設のメインコンピュータから吸い出したカメラの映像。
……その映像には、『T.E.T.R.A.』のアームの先が映り込んでしまっていた。
何度も何度も、ジニーと照合を繰り返したよ。
それでも間違いなくて。無情な現実だけが、突きつけられて。
それでも『なんで』と『どうして』の心が捨てきれなかったのは。何か理由があるはずだと、オクターブさんについて調べて――――色んな要因を、原因を、考え続けたのは、
「……あんなに悲しそうな顔で旧都陥落のことを語って……それでも努力を繰り返し、開発をやめないような人が……何の理由もなしに人を殺そうとするなんて、僕は思いたくない」
「……ッ、…………」
「何よりその子は……『T.E.T.R.A.』は、そんなことの為に作ったわけじゃないでしょう……?」
……僕が凄いと思ったのは、思わず目を輝かせて見入ってしまったのは――――彼が生み出した兵器では無い。
彼が生み出した、人を救うための発明品だから。
「貴方がその子を発明したその時に思い浮かべていたのは、無数の死体の山でしたか?」
一歩、歩み寄る。
「その子にねじ伏せられ、踠き苦しむ『誰か』でしたか?」
もう一歩、一歩と。
「違うでしょ。……貴方が守りたい『
手を伸ばせば届く距離。それでも、俯いた彼の表情は読み取れない。
「さっき言った通り、貴方が今――――どんな気持ちで、なんでここに立っているのかはわからないです。でも僕は、貴方がどんな気持ちで開発を繰り返してきたかはわかります。だって――――、」
指先で自分の首元に触れる。マスクの端を親指と人差し指で掴んで、ゆっくりと持ち上げて、
「ピー、ター……?」
「僕も、貴方の同類だから」
マスクを額まで持ち上げたところで……ようやく、オクターブさんと目が合った。
「……あの日、貴方の開発物の数々に胸を打たれたんです。講演にだって、『T.E.T.R.A.』にだって。心の底から凄いって思いました。徹夜でこのスーツを仕上げて、眠くて眠くて仕方なかったのに――――帰ってからまた、少しだけ……いや、だいぶスーツを弄り直すくらいに」
「――――、」
「目の前にいる僕は『親愛なる隣人』じゃない。ピーター・パーカーです。それでも、僕には話してくれませんか?」
……しばらくの沈黙がある。オクターブさんは僕の目と、マスクに添えられた手を交互に見て、口元を歪めた。
「……なるほど。『
吐き出されたのは震えた声。堪えきれなかった涙が頰を伝い、床に一滴、また一滴と落ちていく。
「キミの推測通り。私は家族を人質に取られ、今ここに居る。しかし……一時の嫉妬と焦りに耐えきれず、悪魔の手を取ってしまったのは事実だよ。こればかりは変わらない」
「でも――――」
「でも、ではないんだよ。ピーター。私は生み出した技術の使い方を間違えた。誰かを救うための力を、誰かを傷つける為に使ってしまった。それは変えようのない事実なんだ」
喉元まで迫り上がった言葉が落ちていく。僕の口はただ、掠れた呼吸を繰り返すだけで。僕に向けられたオクターブさんの笑顔が痛くて痛くて、仕方なかった。
……でも。それでも、僕は。
「でも、」
吐き出しかけた言葉が、背筋を駆け抜けた寒気に遮られる。
窓が震えるほどの何かの雄叫びが響き渡り――――思わず僕は、廃墟の窓に駆け寄り広場を見下ろした。
「なんだ、あれ」
地面に落ちたモニュメントの一部。それを取り囲む、白祇重工の社員たちと――――モニュメントの内部から這い出てくる、エーテリアスのような人型の何か。
「ジニー、状況は!?」
『……白祇重工の面々が、モニュメントを支えていた重機を回収。重機が支えていたパーツが地面へと落下し――――モニュメントの内部からあの生命体が現れ……』
「アレは何!?」
『わたくしもわかりません。ただ、エーテリアスのような何か、としか……』
状況は芳しくない。肩越しに視線をやれば、オクターブさんは壁の穴から広場の生物を眺めて目を見開いていた。……ああもう、話だってまだ終わってないのに!!
「と、とりあえずオクターブさんはここに居てください!! まだ話は終わってないですからね。全部終わらせたら戻ってくるんで。絶対に!!」
窓を開け放ち、マスクを被り直して飛び出す。僕の『ムズムズ』が、あの生物は良くないものだと主張してやまない。旧都陥落のあの時に感じた、頭痛を伴う程度には。
片膝をついて、白祇重工の人たちの目の前へと着地。あちこちから「どうしてこんなところに」とか困惑の声が聞こえてくるけど、この際それは一旦無視で良くて……。
「と、とりあえずみんなホロウの中に入ってきてるってことは、この中にプロキシがいるって認識で良いよね!?」
いやパッと見渡した感じ、白祇重工の人たちしか見えないけども! あっ、グウェンもいる。じゃなくて、
「このエーテリアス絶対ヤバいから! プロキシの指示に従って、みんなは避難で――――」
『この場から避難、は私も同意するよ。でもこの怪物はどうするっていうの?』
「いや一旦僕が残ることは確定……いや誰!?」
焦りながらも周りに指示を飛ばす僕に、割り込む声がイヤホンから聞こえてきた。
……ジニーの声じゃない。音声加工された声だ。
『ああ、ごめんね不審だよね……一応私、
よかった、見当たらなかったけどプロキシは居るみたい。なら、避難は任せても良いかな。
「よし、わかった! じゃあプロキシさんは白祇重工の人たちの避難を!! あとごめん、追加でひとつだけ頼みたいことがあって――――」