SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
「とは言ったものの、どうするかなこれ……」
僕がここに残る。あとのことは任せてくれ。格好つけたのはいいけど、プランがあるのかと言われれば答えはノーなわけでして。
モニュメントの内部から這い出た、金属の拘束具のような仮面を頭部につけられた人型の怪物。……エーテリアスのような、何か。コイツは一体なんなのか。
ジニーがしきりに警告を鳴らしているのを見るに……エーテル反応は凄まじい。でもエーテリアスのコアのような部位は見られないし、ゆっくりと立ち上がり、奇妙な動きで首を傾げながら僕を見つめるその姿は『人間』とも言いづらい。
「まぁ……人型なぶん、やりやすいか。ひと目で化け物とわかるような個体よりは」
息を大きく吸って、吐き出す。構えを取り直した僕の目の前に、ハンマーを担いだクレタさんが歩み出た。
「……ベン、グレース!! 二人は他の社員とホロウを出てくれ。帰り道にもエーテリアスは出るだろうからな!! ちゃんと送り届けろよ!! 『プロトタイプ』の回収は後でいい、あたしがやる!!」
「いや、手伝ってくれるって気持ちはありがたいけどさ。キミも逃げるんだよ」
「ああ? 何言ってんだよ。あんたにだけ良い顔させるわけにはいかねーよ、スパイダーマン。これはあたしらの問題だ。あたしらが手伝ってもらう側」
……すっごい不満げな視線。ついでにクレタさんの隣に並んだアンドーさんまで、ドリルを構えながら『諦めろ』と言いたげな笑みを向けてきた。
「おっけ、じゃあ――――」
僕の言葉を遮る
「おぉ、速い。なかなか良いバネだね」
素直に感心するよ。でも、さっきまで相手にしてた四本のアームよりは全然やりやすい。
右足を半歩後退。身体を斜めに傾けて怪物の右腕を抱え込み、そのまま背負い投げの要領で地面を目掛けて叩きつける。
「ッ、ッ!!」
「あとは糸でこうそ――――」
……おかしいな。結構な力で叩きつけたはずなのに。怪物は自分の右腕の骨が折れるのも気にせず、凄まじい勢いで身を捻り、僕の顔面に強烈な蹴りを放った。
モロにくらった。身体が横に吹き飛ぶ。ぐらりと揺らぐ視界と身体を何とか立て直し、ウェブシューターのスイッチに指を添える。
「……訂正。人型でも自分の身体を顧みないタイプはかなりやりづらいや」
視界に化け物を捉えた時には、既にクレタさんかアンドーさんによって吹き飛ばされ、避難組の殿を任されていた重機の足の下に組み敷かれていたところだった。それでも僕やクレタさんに顔を向けて、しきりに唸り声のようなものをあげ続けているんだから諦めが悪い。
「これでスパイダーマンの糸でぐるぐる巻きにすりゃあ万事解決だろ。そもそもコイツくらいならあたしらだけでどうにか――――」
……ムズムズが止まない。何かがおかしい。この程度で終わるはずがない、と。本能が告げている。
軽口を返すこともなく糸を放つ――――が、もう遅かった。
淡い黄色の光に縁取られた真っ黒い結晶が僕らの体を吹き飛ばすように広がり、僕が放った糸を遮った。
今まで見たこともないような巨大なエーテル結晶。訪れた静寂を破るように、内側からビキ、バキ、と不快な音が響き渡り、
「……悪い。訂正する。あたしらだけじゃ無理だわ」
真っ白い光が視界を埋め尽くす。結晶が飛び散る。砂煙の向こうから現れたのは、巨大な影。
「っはは……何ソレ。
重機を取り込み、巨大に進化した化け物の姿であった。
◇◆◇
……私が人生で一番最初に
家にある段ボールや端材を使って作った、不恰好なマジックハンド。今の私からすれば開発品と呼ぶのも烏滸がましいくらいに不恰好で、耐久力もなくて。それでも、
『これオットーが作ったの? 凄いじゃない。ありがとう〜!』
母のその言葉が堪らなく嬉しくて、胸が温かくなったことを今でも覚えている。
最初は『ありがとう』だけで嬉しかった。『ありがとう』だけで十分だった。
それが私の燃料に変わり、動機になり、私はどんどん学んでいった。
……楽しかったかって? そりゃあ、とても楽しかったとも。
数々の製作を繰り返す度、私はモノを作るという行為を――――好きになっていった。
『貴方、オットーがまた賞を取ったのよ?』
『凄いじゃないか。父さんも母さんもそんなのはからっきしなのに……誰に似たんだろうな?』
嬉しかった。楽しかった。なのに。
旧都陥落のあの日。私の発明品は何の役にも立たなかった。
いくつもの設計と開発を繰り返し、改良を重ねても――――それでも、火と、エーテリアスと、逃げ惑い苦しむ人々ばかりのあの地獄の中では、私の開発品はただのガラクタでしかなかった。
届かなかった。助けられなかった。
私の開発品では、私のひ弱な体では。
瓦礫の下に埋もれた両親に、届かなかったんだ。
瓦礫の下に埋もれた両親を、助けられなかったんだ。
だから私は、やめられなかった。
歳を重ね、研究を重ねて。出来ることはどんどん増えていった。守るべきものも増えた。
妻ができて、娘ができて。立場ができて、仲間ができて――――だからこそ、あの日の恐怖が増大していく。
『行って、オットー』
『おまえは生きてくれ』
失う恐怖が、増えていく。
これ以上私のように、目の前で誰かを失う人が居ないように。ああ、そういう気持ちもあったとも。それは事実だ。
だけど一番怖がっていたのは、私だった。
もう何も失いたくない。自分の掌から何かがこぼれ落ちて行くのは耐えられない。
だから、グレース・ハワードに対して嫉妬していたのも本当で。
『力を貸してあげましょうか、』
グレース・ハワードを恐れていたのも本当で。
『オットー・オクターブ。私の手を取れば、貴方の研究はより良いものになる』
悪魔の手を取ったのも、本当で――――、
『その代わり――――白祇重工の人間を、全員殺して』
――――自分の発明品を、間違った使い方をしたのも。本当だ。
◇◆◇
ああクソ! 重機を取り込んだ瞬間に元気になりやがって――――!!
「クレタさん、アンドーさん!!」
二人が巨大なチェーンソーに吹き飛ばされていく。糸を伸ばしても間に合わず、絡め取ったとしても凄まじい力で糸を引きちぎられるだけ。
……人型だった時とは打って変わって、本当に化け物らしい見た目に変わったな。巨大な体躯と、六本の蜘蛛のような足……元は重機の外殻と思われる鉄製のプレートが身体のあちこちに貼り付けられていて、左手にはパイルバンカー。右手にはチェーンソー――――。
「コアが頭部に露出した分、弱点はわかりやすいんだけども……」
『あるじ、エーテリアスの背後から膨大なエーテル反応を検知!!』
「うっそ――――尻尾もある上にビームまで出るの!?」
ぞわ、と背筋から後頭部にかけて走る寒気。
化け物の背後から、ゆらりと尾のような部位が立ち上がり、その先端から凄まじい熱線が放たれる。
咄嗟に横に転がり、熱線が地面を抉り、空のホロウの膜を目掛けて逸れていく。熱線の勢いを制御しきれてない……? いや、それでもヤバすぎるって!!
「どうする、どうしよう――――」
背後から聞こえてくる何かが倒壊する音。同時に、聞き覚えのある声の悲鳴が混ざった気がした。
振り返る。瓦礫の中にジニーの注視カーソルが向けられ、拡大される。……そこに、瓦礫に足を取られた女の子が……
「グウェン――――」
まずい。マズいマズい。逃げきれてなかったのか、あの子!!
焦った様子で足を引き抜こうとするグウェンに駆け寄り、瓦礫の下に両手を滑り込ませる。
「す、スパイディ……!」
「良いから、早く足引き抜いて逃げて!!」
「違う、違くて!! 後ろ!!」
わかってる、わかってるんだよそんなこと!! さっきから後頭部がズキズキと痛んで仕方ない。来てる。アイツが来てるから、早く――――!!
足が引き抜かれる。瓦礫から両手を離して、彼女の背後に糸を放ち、巣を形成して身体を強く突き飛ばす。
「スパイダーマン!!」
彼女の悲痛な叫びが、チェーンソーが奏でる唸るような轟音に掻き消される。
すぐそこまで迫ってる。仕方ない、一発くらいは喰らうのを覚悟して――――。
「……ッ!!」
奥歯を強く噛み締めても、僕の体を衝撃が襲うことはなかった。
代わりに金属同士がぶつかるような音が辺りに響き、衝撃が伝ってくるのがわかる。
「オクターブ、さん……?」
肩越しに見えたのは僕のすぐ背後で、二本のアームで化け物のチェーンソーを受け止めている彼の姿。回転した刃が擦れた部位が、熱で赤々と変色していて、
「オクターブさん、ごめんなさい!! 少しそのまま!!」
背を向けたまま駆け出す。距離を取ったところで両手から糸を射出し、それぞれ廃墟の壁に貼り付ける。そのまま引き絞り、自分を矢に見立てて――――
「ふっ、飛べ!!」
跳躍。引き絞った糸の力も乗せた全力の跳躍――――からの、ドロップキック。僕の両足が化け物の胴体をしっかりと捉え、巨大な体躯は後方へと吹き飛んだ!!
「オクターブさん!!」
そのまま彼の目の前に着地する。振り返り、真っ直ぐに見つめたその顔に、
「――――、」
浮かべられていた表情は、笑顔だとか……そういったものではなくて。
「……オクターブさん」
……僕は、このテの表情を何度か見たことがある。
「これが最後、とか言わないでくださいよ」
「……え?」
「そういう顔してるんですよ。確かに貴方は間違えた。道を誤った。……だけど、」
あの時、オクターブさんに遮られて言えなかった言葉。間違えたんだから、誰かのために命を使え――――誰かを救ってから死ね、とか。そんなことが言いたかったわけじゃない。
「その先の道を自ら潰すのは違うと思う。この先の全部を、諦めて良い理由にはならない」
「――――、」
「だから僕はアイツを倒します。この場の全員を助けます。もちろん、貴方のことも。……その手伝いをしてください、オクターブさん。『
それ以上の言葉はいらない。体を伸ばし、息を整えて。視線を再び、ゆっくりと立ち上がった怪物に向ける。
蹴り飛ばした僕に激怒してるのか、凄まじい咆哮。これでもかってくらいの敵意と殺意を向けてきて、背筋が震えて仕方ない。
だけど、
『動かすのに少し手間取っちまった。悪ィな、スパイダーマン!!』
エーテル結晶を薙ぎ倒し、僕らの前に現れたのは――――白を基調とした重機。
クレタさんたちが回収しようとしていた、プロトタイプと呼ばれていた重機だ。
「ヒュウ〜! イカすね、その重機!!」
『そうだろ? ウチの重機はあんなヤツには絶対負けねえ!!』
僕だけじゃ足りていなかった『馬力』が揃った。じゃあ後はどうにかするだけ……、
『お、らぁ!!』
お、おおう。流石の馬力。僕が何も言わずとも、真正面から化け物に組み付くプロトタイプ。ギャリギャリ、とホイールは凄まじい音を立てているが、それでも力負けしてない。
『あるじ、また熱線が……』
「大丈夫、わかってる!!」
背後で尾が持ち上がる。熱がその先端に集まり始めたところで、
「お、ら――――大人しくしろ!!」
両手から糸を射出。束ねた糸を尾に括り付け強引に引くと、熱線の射出口は真上を向いた。
『負けねえ――――負けねえぞ。ウチの重機は……あたしらの仲間は……ッ! 絶対に!!』
プロトタイプの車内から、けたたましいアラートが響いている。
それでも、
『コイツは――――コイツらは、みんなの未来を作るために生まれてきたんだ!!』
「――――、ッ」
押し込もうとする化け物に負けず、ホイールは地面を踏み締めて、
『信じさせてくれ――――【ゲローイ】!!』
レバーを、強く押し込む音がした。
限界を迎え始めていたはずのブースターが青色の炎を吹き、そして。
「――――社長さん。このままモニュメントに突っ込むぞ! 私
クレタさんの横に並び立ち、オクターブさんが――――『T.E.T.R.A.』が、怪物の身体にパイルバンカーをぶち込む。
よろめく身体。そのまま重心は後ろへとズレて、一歩、一歩と後退していく――――そして、
『
モニュメントが怪物の胴体を貫き――――あれほどうるさくて仕方なかった怪物は、眠るように沈黙した。