SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
そんなこんなで、ジョージさんの腕から解放された僕。帰り際にチラッと覗いてみたけど、件の男女の取り調べはまだ続いてるみたいだった。治安官も大変だなぁ、本当に。毎日お疲れ様です。
人混みを避けて、とりあえずグラビティシアターのあたりまで歩いてくる。それに連れ添う形でグウェンが後ろをついてきて、何となく顔を見合わせた。
……なんかこのまま、「じゃあ、元気で」も違う気がするよな。グウェンも同じことを思ってるのかもしれない。ほんの少しソワソワしているような気がする。
「あ〜……最近どう?」
「ふふ。何その、親戚の集まりで会話に困ったおじさんみたいなの」
「立ち話もアレだし、なんか飲み物買ってどっか座ろうか。ちょっと来た道戻ることになるけど、ティーミルク買っていい?」
「え〜、わたしコーヒーの気分なんだけど」
「……、……」
「………………」
「じゃん、」
「けん、」
……沈みゆく夕陽に照らされながら、僕らは『COFF CAFE』のテラス席に腰掛けていた。
そういえばルミナスクエアの店舗にはこんなおしゃれな席があるんだっけね……入ったの久々だ。珈琲だけじゃなくてシフォンケーキも買っちゃった。グウェンもつられて買ってた。ちょうど対面で、フォークで切り分けたひと口を頬張るところだ。
「ん〜……おいし……頭脳労働の後の甘味は沁みますなぁ……」
「沁みるよねえ……今日もお疲れ様」
「そっちもお疲れ様」
僕はお疲れかと言われると微妙なところではあるんだけどね。好きなことを仕事にしてるわけだし……接客――――というか、人と話すのは元々好きだから。正直楽しくて仕方ない。
そんな微妙な顔をしながらケーキを頬張る僕を他所に、グウェンは言葉を続ける。
「……で。例の男女の前に出てったあたりから見てたけど、ピーター実は結構おちょくってたでしょ」
「えぇ? そんなことはないよ」
そんなことは。はい。決して。
「ホントに〜? わたしの目には、攻撃全部わかってるように見えたんだけどなぁ〜……アレ、どうやったの?」
「どうも何も。まあ〜……アレだよ。通信教育。最近すごいよね、色んな動画が買えるし見れる」
「うわあ。絶対嘘」
おぉ、すっごい冷たい目。とりあえず大袈裟に肩をすくめて見せた。……納得いってなさそう。でもため息混じりに「まぁ、良いけど」が飛び出したので僕の勝ち、ということで。何の勝負????
「でも危ないよ。ああいうの、やめた方がいいと思うな」
「僕だってまともにやりあうつもりは無かったよ。見てたんならわかるでしょ? 治安局に通報する気満々でした〜」
「だとしても。アンタ、結構面倒ごとに首突っ込むタイプでしょ」
「首突っ込む、というよりは後頭部を鷲掴みにされて『面倒ごと』の目の前に突き出される感じだけどね、本人としては。巻き込まれ体質、ってやつですよ」
「ふぅ〜ん」
「まぁ良いの。見て見ぬフリするのもなんか気持ち悪いし。『親愛なる隣人』の隣人としてね」
「ふぅん……」
僕の言い振りに対し、グウェンは唇を尖らせながら、スプーンでカップの中の珈琲をかき回す。しばらく何かを考えるような間があって、
「……えっ。良いね、『親愛なる隣人』の隣人。ハンドルネームとかで使って良い?」
「ああそこ? いいよ別に。著作権フリー」
「やった」
早速何やら自分のスマホを操作してる。結構適当言ったつもりだったんだけど、何がそんなにこの子の琴線に触れたんだろうか。案外わからないものだな、こういうのって。
爪が画面に触れる小気味の良い音が少しの間響いて、グウェンがゆるりと視線を上げる。僕の目をまっすぐに見つめてきて……なんか思いの外真面目な顔をしてるものだから、自然と僕も背筋を伸ばしてしまった。何だ何だ。
「……でも多分、アンタのその『面倒ごとに首を突っ込む性格』に、わたしは助けられたんだろうね」
「ん、んん? え――――何の話?」
本当に話の方向性が見えない。首を傾げながらケーキを頬張って、グウェンの言葉の続きを待った。
「……オクターブさんのこと。あれだけピーターも調べてくれてたからさ、きっと……なんか。言ってくれたり、してくれたりしたんだろうなって」
「あー……」
……確かに、グウェンが『スパイダーマン』の正体を知らなかったとしても、その思考になるのは別に不自然じゃない。
「……別に、僕は大したことしてないし、大したことは言ってないよ」
「ん、む――――これはホントか嘘かわかんないな」
僕を見つめるその瞳に、ほんの少しの疑惑の色が見える。でも、
「ホントだよ。嘘をついてるつもりは一切ない。僕は少し、オクターブさんと話をしただけ。その後でどういう選択をするのか……どういう道を歩くのか。それは全部、オクターブさんの気持ち次第だからさ。僕は何もしてない」
「……なんか上手く丸め込んでない? まだ数日の付き合いだけど、そういうところあるよね、ピーターって」
「え、そう? そんなつもりないけど……」
いや、こればっかりは本当に。僕は嘘をついたり、丸め込んでるつもりもない。全部本音で話してるんだけどな……。
「どう? その後の白祇重工は」
「ん? んー。特に変わらず、平和にって感じかな。楽しくやってるよ」
「そっか。それなら良かった」
平和が一番。楽しくやれてるならそれで良い。この言葉にもまた、嘘はない。
それでもグウェンの表情にはまだ少し曇りがあるように見えて。珈琲を啜りながら、少しだけ舌の上で言葉を転がした。
「……でも今度はまた別の悩みがある?」
「――――、」
グウェンの表情が固まるのがわかる。数度の瞬きの後で彼女は机の上へとカップを戻し、小さなため息を吐き出す。
「……アンタ、アレだね。人の懐に入るのが上手いっていうか……相手のことをよく見てる、っていうか。人の心の玄関の扉を開けるのが上手というか……」
「え、何その表現。初めて言われた」
「うそ。結構付き合いがある人はみんな思ってるんじゃない? 言ってないだけで」
そんなことはないと思うけども。ホントに初めて言われたし。人の心の玄関の扉を開けるのが上手い……? セールスとかが向いてるってこと……????
「でもって、アンタがちゃんと話を聞いてくれるのを知ってるから……話しても良いかもな、楽になれるしな、と思っちゃうわたしもわたしか……」
「良いよ。ドンと来い。困ってるなら聞くよ」
「ホント、そういうとこ」
呆れ気味にため息を吐き出された。よくわかんないけど何か不服である。
「まあ〜……その。ほら。さっきお父さんにさ。最近ピリついてるのはわかるけど〜……って、言ったじゃん」
「ああうん、言ったね」
「そのせいで家の空気があんま良くなくてさ」
……僕の目にはとても良い人そうに見えたし、人当たりも良さそうに見えたけども。
けど、それもきっと――――僕が対面していた時は、『治安官』の仮面を被っていたから、だろうか。
「何があったの、って聞いてもちゃんと教えてくれなくて。いや、わかるよ? 治安官って立場上さ、守秘義務とかもあるんだろうし。下手にわたしに、色々話せないんだろうなっていうのは……まあ、わかるし」
「だからこそモヤモヤする?」
「……、……そう。辛そうで、しんどそうで。キツそうで。徐々に、お父さんの中から余裕がなくなってくのが目に見えてわかるのに、わたしは何も力になれない。何か聞いてもさ、『グウェンはグウェンのことを頑張れば良い。自分のことだけ集中しろ』ってさ」
なー、る。ほど。父親としては立派ではあるのかもしれない。それでも納得できないっていうグウェンの気持ちはわかるからこそ、僕の眉間に濃い皺が寄るのがわかった。
「最近ちょっと眠れてないっぽいんだよね。普段飲まないエナジードリンクとか飲んでるみたいだし。だから、心配。モヤモヤ〜……ってカンジ。以上、終わり。ご静聴ありがとうございました」
「え、はい。どういたしまして」
この話はおしまい、とばかりにグウェンは強く両手を叩く。何故かそのまま、人差し指を思いっきり僕に向けてきた。
「なに、今度は何ですか」
「……『親愛なる隣人』の隣人の隣人クンは、話を聞いたからって今回首突っ込まなくて良いんだからね」
「隣人の隣人の隣人……??? なんか遠いな」
「いや、だって。ピーターはスパイディと変な距離感の取り方してるじゃん。隠れファンなんでしょ?」
っあ〜……そういえばそんな話もしました、ね。しましたしました。そうですね。そうでした。
「とにかく、治安官の問題は治安官で解決するだろうから。オクターブさんの時みたいに変に動かないこと。わかった?」
「はいはい。わかってますって」
◇◆◇
「ジニー、この数日の――――傍受してた治安局の通信って、データで残してたりする?」
『あるじ……?????』
目の前のモニターが、ジニーが浮かべた疑問符に埋め尽くされていく。
「……、……ちょっと。明るい赤に黒の縁取りの疑問符、画面いっぱいに並ぶと目がチカチカする。やめて」
『Ver2.1のスーツカラーにございますが』
「あぁ謎のこだわり……」
『あわよくばVer2.2辺りに、ジニーのめいんから〜である黄金色も差し色に使って欲しいな〜〜とじにー思っています』
「赤色メインに黄金色ってどうなの? 明るすぎるんじゃないかなってちょっと思……うわああARヴィジョンまで疑問符で埋めるな目が痛い!!」
思わずARメガネを外してベッドの上に投げ飛ばした。もう……なんか最近この子、SE芸だけじゃなくてAR芸もしてくるようになったんだよな……なんでこういうところ多彩になってくんだよ。
『はなしをもどしますが』
「脱線したのはキミのせいな気もするけど……はい、どうぞ」
『あるじ、グウェンどのに首を突っ込まないと言ってませんでしたか。じにー、記録違い? ばぐですか?』
「首は突っ込まないけど、何が起きてるのかくらいは何となーく把握しといても良いでしょって話」
『なぁるほど。モノは言いよう、というわけですねあるじ』
「そういうこと」
『ちなみにデータ、リスト化出来ております』
いつもながら仕事が早い。ベッドの上に投げたARメガネを拾ってきて充電コードに繋げてから、ヘッドホンを被ってマウスを操作する。
「んー、んん……?」
……正直、どれもあまりピンとこない。どれもこれも、ジョージさんがピリピリする程のことじゃないような。事件に大小を決めるつもりはないけど、通信に乗っている通報内容は新エリー都じゃよく聞くような小競り合いばかりだった。
「……いや。なんか、やけに痴情のもつれから発展した殴り合いが多いか……?」
今回のルミナスクエアの一件もそう。ジョージさんが通信で報告してるのを確認したから、それは確定として。
でもそれでジョージさんがピリピリするのは、正直あまりわからない。ストン、と落ちていくような感覚は特になくて……僕の口と胸の中にモヤモヤが広がるだけだった。
「まぁ〜……ジョージさんは上級監察官って言ってたしな。何か大きな案件を追ってるのかもしれないし……まあ、それかな。ありがとう、ジニー」
結果として、今の僕がどれだけ考えたとしてもわかりっこない――――というのが収穫だった。
『事件はあるじの部屋の中で起こってるわけではない、ということですね。あるじ。治安局の極秘ファイルなどにアクセスしますか?』
「やぁ〜……良いよ、一旦は。グウェンと約束したしね……」
このモヤモヤをスッキリさせたい、という気持ちはあるけれど。とりあえず、『親愛なる隣人』の隣人の隣人くんは、今日のところは大人しく寝ておくことにしよう。明日もまた、仕事があるからね。