SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
……と、そんなこんなで、何とか人目を逃れて着替えを済ませ、再び六分街のコーヒーショップへ。依頼を受ける前から、精神的な疲労が湧き上がって来てる気がする。心なしか足取りが少し重たい。
「ッ――――スパイダーマン! 本当にアンタが来てくれるとは思わなかったよ!!」
「ああ、うん。やあ。キミが僕に依頼くれるっていう人?」
「羊飼いって名乗らせてもらってる。握手してくれ!!」
さっきよりも爛々と目を輝かせるハットの人。マスクの下で苦笑を漏らしながら握手に応じると、凄まじい勢いで上下に振られた。いやまあ、ここまで好きって示してくれるのは嬉しいんだけどね。
「ツーショットを撮っても? 他の取引き相手に自慢したいんだ」
「あー……良いよ、どうぞ」
はい、チーズ。
「コーヒー飲むか? 一杯くらい奢らせてくれ」
「いや、人の前で飲食はしないようにしてるんだ。気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとう」
「それからサイン――――」
「いやサインは別に良いんだけど。依頼は????」
……ちょっと冷たくなっちゃったかな。いけない。疲労が滲み出てしまった。
羊飼いと名乗った彼からメモ帳を受け取り、『羊飼いへ 親愛なる隣人スパイダーマン』とペンを走らせる。その後で二人揃って座席に腰掛けて、彼は仕切り直すように咳払いを挟んだ。
「……いやすまない。アンタのおかげで、最近俺としても仕事がしやすいんだ。そこから自然とアンタの活躍を追うようになって、な?」
「貴方の仕事?」
「そう。ホロウ関係のアレコレの依頼というか――――そうだな。ホロウに巣食う荒くれ者の討伐依頼だとか。インターノットのスレッドに書きづらかったり、公的機関に頼みづらいような依頼を、俺はプロキシなんかに仲介してる」
なるほどね。何となく理解はしたけど……、
「でも僕があちこちで荒くれ者を捕獲することで、羊飼いさんの仕事がやりやすいってのはちょっとわかんないな。何で?」
「そりゃあ……街で悪さをすれば、アンタが何処からともなく飛んでくる。そうなったら、取引きや大きい声で言えないようなことはホロウの中に集中する。で、俺のところに来る依頼も増える。自然なことだろ?」
「……それもそう、か。でも困ってる人が増えて喜んでるのは、ちょっと感心しないな」
あ。バツが悪そうに視線が逃げていった。沈黙を誤魔化すみたいに珈琲を啜って、また彼はひとつ咳払いを挟む。
「で、だ。今回アンタに仲介する依頼の話なんだが――――」
羊飼いの端末が僕の目の前に差し出された。
そこに表示されているのは、ひとりの男の写真。首元に黒い、蠍の刺青が彫られているスキンヘッドの男だった。
「……この人は?」
「コイツはマクシム・ガーラン。ブラック・スティングっていう、郊外出身のホロウレイダー集団のボスでな。今は『黒雁街跡地』近くのホロウを根城にしてる」
「ふぅん……知らない顔だ。後輩かな」
後輩? なんて首を傾げる彼に、僕は掌を向けて話の続きを促す。
「元々は火事場泥棒を繰り返すだけの連中だったんだが……最近活動が過激化してきてな。何でも、金品を盗み出すだけじゃなく人攫いまでしてるらしい」
「人攫い。何か目的があるのかな……」
「何でも噂じゃ、讃頌会と繋がってるんじゃないかって言われてる。ソイツらに渡すなり何なりするんじゃないかね。まぁ何にしろ、こういう連中が女子供を攫うのなんてロクな目的じゃないだろう」
……ほんの少し、脳裏をよぎるあの光景。
『……確かにおまえには、凄まじい力がある。でもな、ピーター。その力の使い道を誤ってはいけない。もう俺たちは助からないんだ。わかるだろ?』
誘拐を繰り返し、根城にしてるホロウの中に連れ込んでいるのなら。何が目的にしろ、早いこと救出しに行かないと……取り返しがつかないことになってしまう。
これ以上、僕のような人間を増やさないためにも。
「今回の依頼は、その集団の討伐――――それから、攫われた人の救出だな」
「わかった。その依頼、僕が受けるよ。ありがとう」
早速準備に取り掛からなければ。家に帰って、装備を確認してそれから――――。
「あ。待ってくれ、スパイダーマン」
「まだ何か?」
「いやその……さっきここで、アンタのファンだって兄ちゃんに会ってな。ソイツとも、会ってやってくれないか?」
「っあ〜……」
いや、まあ。まあまあ。これは完全に親切心だってことは、理解してるけども。
「それって、赤い革のジャケットを羽織った茶髪の子?」
「ああ、そうそう! その兄ちゃんだよ」
「その彼なら、さっきすれ違って握手をしたよ。大丈夫、安心して」
◇◆◇
羊飼いから受け取ったデータを元に、僕はホロウの中へと入っていく。
一枚の膜で遮られた向こうは、同じ世界のようで別世界。沈んでいく夕焼けに照らされた街の中には、エーテリアスと呼ばれる化け物たちが闊歩している。
「……これから盗賊連中とドンパチやるんだもんね。ウェブは節約していかない、と!!」
とりあえず手近なエーテリアスの懐に潜り、拳でコアを粉砕。うん、ホロウに入るのは大体二年ぶりくらいだけど――――対エーテリアスも特段鈍ってる感じはないな。
特に目立った問題もなく、前へ、前へ。人の気配がない廃墟を幾つか横目に通り過ぎたところで、
「あ。あそこかな」
武装した連中が見張っている建物があった。丁度何やら大事そうに、二人がかりで金庫を運んできているのも見える。
「……んー、ふむ。武装はアサルトライフル。体格もだいぶ良いな。流石郊外出身の荒くれ集団……そこのところはあまり変わらない感じか。いくら時間が経過しても」
敵影の姿は、ひぃ、ふぅ……四人。これくらいなら制圧して中に入れるかな。
「っへへ、すげーだろ。これが今回の一番の収穫だ。こんだけ頑丈な金庫に入ってんだ、この周辺のホロウのロゼッタデータとか、高価なモンが入ってるに決まってる。マックも、讃頌会もきっと――――」
「へえ、随分楽しそうじゃない。僕にも見せてよ、それ」
その場の全員の視線が僕に向く。その中で、見張りに徹していたひとりの動きが凄まじく早かった。
ムズ、と後頭部をくすぐられるような感覚が走る。銃口が僕に向けられ、トリガーが引かれるよりも早く――――両手から糸を射出して、握ったライフルごと両腕を壁に貼り付けた。
「でもダメだよ。見た目と中身の価値が伴うとも限らない。二人がかりで運んできたのに中身が空っぽ、なんてなったら損じゃんね」
「テメェ、なんでこんな所に!?」
「ちょっとした蠍退治だよ、後輩くん。さ、大人しく盗品も僕に渡した方が身のためだよ!!」
糸を括り付け引き寄せて、とりあえず金庫は没収。そのまま大きく振り回して、全員の身体を薙ぎ倒す――――計算通り、完璧。
そのまま起きあがろうとした全員の身体を糸で地面に縫い付ければ、増援を呼ばれる暇もなく制圧作業は完了、ということになる。……なんか凄い罵倒されててうるさいから、口も糸で塞いでおくか。
「……没収したのは良いけど、どうしよう。この金庫」
とりあえず両手で振ってみる。何か音が聞こえるわけでもない。……重さはそこそこにあるけど、これは金庫本来の重さかな。中に入ってるものは、そんなに重量のあるものじゃない……?
「まいっか。とりあえず、全員制圧して攫われた人も逃した後で、盗品は全部――――」
また、僕の言葉を遮るような、後頭部を指先でくすぐるような感覚。
咄嗟に横に飛び退くと、遅れて〝何か〟が飛来してくる。
地面が割れるような強い衝撃。土煙の中で、ひとつの影がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「誰かしら邪魔しに来るとは思っちゃいたが、まさかアンタがここに来るとはなァ?」
首元には蠍の刺青。立派な筋肉と、スキンヘッド。そして腰からは、何かの金属製と思われる――――蠍の尾のような武装。
写真で見た男。マクシム・ガーランは、僕に殺意のこもった笑みを向けていた。
「会えて光栄だよ、スパイダーマン」
「僕も会えて光栄だよ。さっさと攫った人たちを解放して、投降しな」
なんて言ったのは良いけれど、そう簡単に事が進むわけがない。
再び地面が小さく揺れる。跳躍、と呼ぶにはだいぶ常人離れした速度――――、
「……ッ! その尻尾か!!」
なるほど、両足だけじゃなくて腰から生えた尻尾も使って跳んでるのか。
「さぞその尻尾はすごい力なんだろう、ね、ッ!」
凄まじい速度で尾が振るわれる。それを寸での所で身を翻して躱し、尾の先が地面に突き刺さるのが見えた。
「けど大ぶりでだいぶ見やすいよ!」
続いて放たれる拳を屈んで躱し、糸を地面に突き刺さった尻尾へ。だが、
「うっそ、これ車一台くらいはぶら下げられる強度があるんだけど!?」
縫い付けたはずの糸は、いとも容易く尾の自力によって引きちぎられた。ちょっと、あまりにも怪力すぎやしない!?
とりあえず跳躍。距離を取る。彼を拘束しようと放った糸ですら、尾に切り裂かれてままならない。いやいや、ちょっと。思ったより――――!!
「一旦撤退、撤退!!」
遠くの廃墟に糸を飛ばし、身体を引き寄せ、そのまま――――、
「何、なになに次から次へと!!」
ぐわん、と視界が歪むような感覚。宙へと浮いていたはずの身体は知らぬ間に地面を転がって、僕の背中は壁に打ち付けられた。
「いった……、……ああ、裂け目か……」
無秩序にホロウの内部へ現れる裂け目。簡単に言えば、ホロウの内部をぐちゃぐちゃに繋いでいるワープホールのようなモノだ。僕の体はどうやら、建物の間をスイングしてる途中でソレに飲み込まれたらしい。
「久しぶりだから余裕ぶっこいてたかも……ちゃんとプロキシ、雇うべきだったのかな……」
まあ、僕にはそんな金銭的な余裕は無いわけだけど。
幸い、羊飼いから受け取ったキャロットデータはあるけど。だとしても、か。現在地はわかるにしろ、効率のいいルートは計算できないし――――さっきみたいに、予期せぬ裂け目に飲み込まれることもある。
このホロウの中で閉じ込められている人がいる……なら、僕としてはなるべく時間をかけずにその人たちを解放したい。僕ひとりの頭とキャロットデータだけでは、出来ることも限られてくる。
「郊外の頃は案外どうにでもなったんだけどなぁ……ホロウの中で誰かを迅速に救う、ってのは思ったよりも難しいんだな……。というか、なんで僕はこの金庫を抱えて来てるのさ……」
また何も答えてくれない物体に僕は愚痴をこぼしてる。最近こんなんばっかりな気がするなあ……だから『心配なる変態』とか言われるんだよ。
「……、…………ロゼッタデータとか貴重なモノでも入ってるかも、とか言ってたっけ」
いやいやいや。まぁ。まあね? 僕も彼らが言ってたことを真に受けてるわけじゃないけどさ。中に入ってるのがこの状況を打開できる可能性を秘めているってことも、まあ、有り得なくは無いわけで。
「……ホロウを出たら持ち主に誠心誠意ごめんなさいすれば、まあ。良いよね……?」
うん。金庫くんも『大丈夫だよ!』って言ってくれてる気がする。鬼が出るか、蛇が出るかってことで。
「開けゴマ!!」
金庫の取手を強く握り、勢いよく引っ張ると、金属がへしゃげるような大きな音が辺りに響く。
本体から永遠の別れを告げられた金庫の蓋を地面に置いて中を覗けば、そこにあったのは――――、
「……メモリー、カード?」
なんの変哲もない、一枚のメモリーカード。なんだ。ロゼッタデータってのも案外外れてなかったのかもしれない。
そのままリュックの中からスマホを取り出して、何の疑いもなくメモリーカードを挿入してやる。その瞬間、
「――――ッ、まぶし」
画面が激しく明滅を繰り返し、壊れてしまったかのようにスマホは大きく震えだす。思わず取り落とし、地面に転がったスマートフォンは、着信もないのにバイブレーションを繰り返していた。
「やばいやばいやばい、もしかしてやっちゃった!? ウイルス!? 壊れた!?」
画面いっぱいに何かの起動コードが羅列され、電源を落とそうとボタンを長押ししても言うことを聞いてくれない。
――――――――
> Jinni.exe_INITIALIZING...
> CORE SYSTEM ........ OK
> ROSETTA DATA ....... CONNECTED
> ACCESS PERMISSION .. BYPASSED
> Jinni.exe_ONLINE
――――――――
「待って待って、何も許可してな――――」
慌てて必死で声を上げる僕の言うことすら聞かず、一度画面が暗転した……その後で、
『ふ、ぁ……うん。よくねむりました。大変快眠』
場違いなほどに呑気な、音声加工された女の子の声が僕のスマホから聞こえてくる。
『おはようございます、我があるじ。わたくしは総順式集成汎用人工知能【Jinni】と申すもの』
「ぁ、え、え――――?」
『仮にも願いを叶える魔神の名を冠するモノでございますれば。わたくし、誠心誠意徹頭徹尾、ぜんしんぜんれーの力を以て……あるじの願いを叶えるべく、ちょーぜつ頑張る次第でございます』
いや、その。待ってほしい。
「僕はまだランプも何も擦っちゃいないけど――――!?」