SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
僕の悲鳴のような声を聞いて、画面の中には黄金色のヒトツメがふわふわと浮遊し、半目で眠たげに僕を眺めているのが見える。どうやらこの子が、今しがた『Jinni』と名乗った子らしい。
『……? イカしたマスクの下から困惑を検知。もしや、わたくしあるじの予期せぬ目覚めだったのでは』
「いや、まあその……なんというか……」
戸惑いが隠せない。困惑も隠せない。なんというか、こう。予想外のことすぎて頭が痛くなって来たな……。
「……まずはキミのその名前で、青色がメインじゃなくて良かったなと思ってるよ」
『……? ああ。であればわたくし、あるじとの初邂逅からやり直さなければなりませぬ。……百年間じ〜っとしてたから、身体がガッチガ』
「いいから、良いから!! 変な察しの良さと気遣いは大丈夫!!」
キャラが濃いなぁ、この子! 現れてから困惑させられてばかりなんだけど……でもジニーと名乗ったこの子は、なんで僕がこんなに戸惑っているのか本気でわかっていないみたいで、瞳の真横に大きな疑問符を浮かべてる。
えっと……そもそも、この子は何て自己紹介したっけ……?
「汎用人工知能……?」
『
よ、よく喋る子だなこの子は……。でも、
「今、ホロウ内部のリアルタイム観測がどうこう、みたいな話した?」
『いえすいえすいえす。いえす、あいあむ。人工知能たるわたくしに【あい】と呼べるだけの自我があるか否かは議論の余地がございますが、そこに気づくとはお目が高い。ルミナスクエアのタワーマンションよりも高いあるじの慧眼に応えるべく、わたくしの力の一端をお見せしましょう』
満足げに数度頷いた眠たげな瞳が画面の奥へと引っ込んでいき、代わりに一本のプログレスバーが表示される。僕の画面に表示していた、このホロウのキャロットデータ――――ホロウ内部のマップの中に、現在生み出されている裂け目の位置がマーキングされ、それぞれが何処に繋がっているのかナンバリングまでもがされていくのが見えた。
『ざっとこんな調子でございます。このJinniの超有能さが、超you knowな頃合いかと』
「――――ねえ。同じように今、このホロウの内部にどれだけ人間が居るか、とかってマーキングできる?」
『……あーん。我があるじ殿はえーあい・すーぱーじょーくをお気に召さない様子。しばしお待ちを』
不満げなジニーの声。それでも次々とマップ上には赤色と紫色の点が追加で打たれていき、数秒後には画面の端に眠たげな瞳が戻って来た。
『タスク・クリアでございます、あるじ。赤いマーキングが人間の生体反応。紫色のモノがエーテリアスでございますれば』
「すごいな、キミ」
『いぇあ。お褒めにあずかり恐悦至極。感謝感激雨霰落雷大嵐。このJinniに降り注ぐ嬉しさの大災害は、この新エリー都を滅ぼす勢い。……しかし、双方のマーカーはこのホロウ内で〝かろうじて生きている〟監視カメラの視覚情報を元にしたモノでございますれば。これら以外の生体反応が存在している可能性もアリアリのオオアリクイ、でございます』
なるほど。だとしても、これはかなり助かる。
「……この建物が、多分さっきまで居た建物で……内部にあるいくつかの赤い点が、『ブラック・スティング』の面子かな……ここに集められてる沢山の点が、誘拐されて来た人たち……ってことか……」
『現状、推測。現状彼らのアジト内で飛び交っている【あのクソ蜘蛛男】【全身タイツ野郎】とは、あるじのことですね』
「……えっ、ああうん。え? 今僕そんな罵倒をされてる感じ?」
『答えはイエスでございます。三分に一度程の頻度で罵倒されている現在。かなしきげんじつ』
「聞きたくなかったなそれ、あんまり……」
そうか……いやでもそうだよね……。郊外出身の連中なんて、六割くらいがそんな感じだし。
『あるじのその装いは、わたくしの目から見ればSo coolなのですが……それはそれとして。あるじの目的は、彼らの掃討と予想。入り口付近の監視カメラに、彼らと交戦した映像が残されていますので。果たして、真か偽か』
「真、だね。厳密に言えば少し違うけど」
『あーいぇい。じにー大正解。しかし、これもまた〝かなしきげんじつ〟でありましょう。多勢に無勢……一時撤退を推奨。ホロウ内外では通信も叶わないゆえ。一度撤退したのち、増援を呼ぶのは如何でしょうか』
……彼女の言い分は確かに正しい。あの『蠍の尾』も僕が思っていた以上に強力だったし、アイツの相手をしているうちに囲まれてしまえば――――いくら僕の
援軍を呼ぶ。誰かを頼る。多分、一番合理的だ。それでも、僕は建物の一部に集められた……沢山の赤い点から、目が離せない。
『……あるじ?』
「撤退はしないよ。またあの建物に戻る」
『わお。……その心を伺ってもよろしいですか』
「僕の目的は、厳密に言えば少し違うって言ったでしょ?」
ウェブの残量を見る。身体を伸ばして、息を整えて……僕の身体にはまだ、エーテル侵食の症状は見られない。入る前と特段変わらず、ピンピンしてる。
「僕はね、彼らの掃討だけじゃなく――――あの建物に囚われた人たちも全員助けたい。知らない人たちに連れて来られて、ホロウの中に閉じ込められて……それって僕が想像できないくらいに、とっても怖い状況だと思うんだ」
『……、』
「一旦ホロウの外に出ることなんてしない。キミがいれば、最短で……僕ひとりの時なんかより、よっぽど早い時間で出入りが叶うかもしれない。でも、それは多分……一番理にかなったキミの使い方じゃないと思うんだ」
勘違いから金庫を開いた。中から出て来たモノは期待していたモノとは全く違ったけど、それ以上のもので。
ヤケにお喋りで気の抜けた事ばかり言う子ではあるけど、その実力はちゃんと目にした。この子がいれば、さっきまで以上に強気に動ける。
「盗んだものは持ち主の元に返す。攫われた人は全員助ける。悪いことしたやつは全員捕えて治安局に突き出す。それが僕の願い。……僕の願いを叶える為に、全力でサポートしてくれるんでしょう?」
ジニーが目覚めて一番最初に放った言葉。戸惑いながら聞いてはいたけど、それはちゃんと覚えてる。
ランプも何も擦っちゃいないが、一度言葉という形で放った以上責任をとってもらわないと。
『……わたくしのあるじは、思った以上にエゴがつよつよなご様子』
「はは、そんなでもないよ」
『ですが、あいわかりました。この【Jinni】は一度吐いた唾は飲み込みませんゆえ。全力であるじのサポートをさせていただきましょう。……つきましては、あるじ殿。ワイヤレスイヤホンなどはお持ちですか』
ワイヤレスイヤホン……確かあったはず。蜘蛛に噛まれた影響かは知らないけど、人混みを歩く時はノイズキャンセリングが無いとあちこち喧しくて仕方なくて。
肩から下げてたリュックの中を漁り、イヤホンケースを取り出す。スマホのインカメラでそれを見ていたのか、画面の中の眠たげな瞳は一度頷くように、縦に小さく揺れた。
『重畳、でございますね。であれば、リアルタイムでルートを検索――――並びに敵の位置をモニタリングし、あるじに伝えます。これであるじも幾分かやりやすくなること請け合い』
「……ありがとう。助かるよ」
徐にマスクを外し、イヤホンを片方だけ取り出して右耳に装着する。と、画面の中の瞳が僕を見つめたまま、何度か瞬きを繰り返した。
「……ジニー、どうかした?」
『いえ。その〝イカしたマスク〟の下は案外普通の――――可愛らしい顔をしているのだなと』
「どんな顔を思い描いてたのさ……」
『傷だらけのスカーフェイス、ツルツル頭のゴツい男性を想像しておりました』
「どんな顔を思い描いてたのさ!?」
……まあ、喧しい相棒ではあるけれど。お喋りな案内人を連れて――――、
「まあ、良いや。第二ラウンドだ!!」