SPIDER-MAN:Earth『ZZZ』 作:糸吐く不審者
ホロウの膜をくぐった向こう側。何気なく見上げた夜空は、呆れるほどにいつも通りだった。
光を
この新エリー都で暮らしていく中で、何度も見た光景だった。きっとこの夜空の下では、みんなが『いつも通り』の日々を過ごしているのだろう。
人々の目が届きづらいホロウの中で、誰かが襲われていようとも。それがこの街の『いつも通り』なのだ。
安堵の息を吐きながら、囚われていた人たちが揃ってホロウの外へと出てくる。
泣き出す人や、誰かに電話を始める人。数十分前の僕みたくスマホのバッテリーが切れたらしく、公衆電話に駆けて行く人。その姿は様々であれど、みんな心の底から安心してくれているようで────胸の内側が温かくなるような感覚があった。
『あるじ』
「うん? どうかした?」
『端末のカメラを周りに向けてくださいませんか』
「いいよ〜」
背負ったリュックの中からスマホを取り出して、モバイルバッテリーのせいで重たくなった端末を周囲に向ける。画面の中に浮かぶ黄金色のヒトツメが何度か瞬きを繰り返し、まるで笑みを浮かべるように細められた。
『ああ、なるほど。あるじのエゴがつよつよな理由がわかった気がします』
いつもの軽口はない。端的な表現。それでも、その声には温かい色が乗せられていた。
『感情というものは学習データにしか存在しませんが、これが【嬉しい】という感覚なのかもしれませんね。じにーめの内部データへと記録しておきましょう』
「じゃあ追加で『後悔』と『感謝』も教えてあげようか」
『あーん……あるじ、つれない。感謝だけでお願い致します。このじにー、メンタルよわよわでございますれば……あるじの【キメの大コマ】を逃すとは、一生の不覚……』
ああ、あそこで充電切れを起こしたの結構気にしてたんだね、本人も……いやまあ、僕もびっくりはしたけどさ。
「まあ、後悔は……七割くらい冗談だよ。でもありがとう。きっと僕ひとりなら、今回こんなにスムーズにいかなかったから」
その言葉に嘘はない。別に甘く見ていたわけではないけれど――――見通しが甘かったのは、また事実。Dr.MJが二年の間、僕をホロウに入れなかった理由を身をもって知る事になってしまった。いやはや。……いやはや。
『……このJinni、これ以上にない喜びを観測しておりますれば。この場に合うSEを調達できていないことを、とても悔いております』
「あ、口笛は無しね。素直に噛み締めるように」
『それがあるじの願いというのであれば』
スマホをリュックに戻し、背負い直す。まだ僕はやることがあるしね。さっさとマクシムたちをホロウの外に運び出して、治安局に連絡しないとだ。
再びホロウの中へと足先を向けた途端、リュックが弱く引っ張られる。肩越しに視線を向けると、小さな女の子が僕を見上げていた。
「……スパイダーマン。本物?」
「うん? ……うん。僕は多分キミが思い浮かべてる、スパイダーマンだよ」
自信なさげな返事ではあったけど。少女の顔には、星よりも眩しい満面の笑みが咲いて、
「かっこよかった。ありがとう! これからも、がんばって」
「────、」
……マスクの下で必死に涙を堪えた事実は、僕だけの内緒ってことにさせて貰いたい。
「こちらこそ、ありがとうね」
声、震えてなかったかな。大丈夫だと願いたい。誤魔化すように駆け出してホロウの膜を再び潜り、僕らは彼らのアジトへと向かって行く。
『にしてもあるじ、アレですあれあれ。わたくし、監視カメラの映像からしか情報を得られないのは、大変不便でございました』
「あっ、やっぱりそう?」
『つきましては、マスクにあるじの〝主観カメラ〟の実装をお願いしたく。あるじと同じ視点、同じ高さで物事を見る。今回以上に力になれること、うけあい』
「そうしよっか〜」
◇◆◇
そして、次の日。いくら僕がヒーローとして大活躍したところで、変わらず日常はやってくる。
「まあ、ウェブの使用量は許容値。新品のカートリッジを丸々一本戦術に組み込んだとはいえ、そこは良しとして、だ」
「……、…………」
いつもの煙草臭い研究室にはしきりに彼女が爪の先で机を小突く音が響き、なんともまあ居心地が悪い。なんだろ。機嫌悪いのかな。
「そりゃあ機嫌も悪くなるね」
「声に出てた?」
「顔に出てた」
そうかあ、顔に出てたんなら仕方ないか……仕方ないかなあ。
Dr.MJは新しい煙草に火をつけて、眉間に皺を寄せながら最初のひと口を吐き出す。いつもより煙草が不味そうに見えた。
「……私としても反省点はあるよ。そこは先にハッキリさせておこうね。マクシム・ガーランの実力は私が思っている以上だったし、彼が身につけていた装備は私の想像以上のモノだった。それはごめん」
「いやほら、終わり良ければ────」
「全てよし、と言いたいがキミがケロッとしてることが問題なんだよ」
煙草の先の灰を灰皿に落とし、片目を瞑って僕を軽く睨みつけながら、言葉を続けた。
「精密検査の結果、特に異常なし。そこそこの濃度のエーテルを流し込まれた癖にね。戦闘後、囚われていた市民を解放し、かつ治安官と協力のもと『ブラック・スティング』御一向サマをホロウの外に担ぎ出した。本当に報告通りなのであれば、キミの身体に異常はないのだろう」
あ、報告はちょっと違う。協力をしたのは事実だけど、八割近くを担いでったから……報告以上に元気、ということになる。とりあえず黙っておこう。
「……本当に何も、異常はないのかい?」
「うん、元気。刺された傷も塞がり始めてるよ」
「────はぁ」
……またため息だ。多分今日で四回目。今回も溜息と共に、煙草の煙が天井目掛けて舞い上がっていく。
けど何かを諦めたように、彼女は背もたれに身体を預けて首を大きく横に振った。
「何も良くはない。良くはないが、今回はこれ以上何かを言うのは止しておこう。私もキミの身体についてはわからないことの方が多いし……検査結果に異常がないのもまた事実。何より、キミの喜びに水を差したくはないからね」
何気なく、僕らの視線がPCに表示されたカルテへと向く。人間と蜘蛛のDNAが混ざり合った配列――――何度となくこの部屋で見てきたソレを、彼女は何処か遠い目で眺めていた。
けど、部屋の空気はすぐに変わる。無理矢理切り替えるように、彼女が両手を叩いたからだ。……火が灯った煙草を、左手の人差し指と中指に挟んだまま。危ないな。
「はい。じゃあ、まあ。そうだね。初のホロウでの依頼、達成おめでとう。囚われた人も全員無事……かつ、盗品も持ち主の元に戻ったようだよ。安心して、胸を張っていい」
「うん。……うん。ありがとう」
「でもキミの身体が心配なのは変わらないから、来週またここに来てね」
「え〜、また検査!? 血抜かれるの、嫌なんだけど――――!!」
◇◆◇
病院からの帰り道。リュックの中に入れていた封筒を取り出し、ポストへと投函する。今し方真っ赤な彼に飲み込まれていった封筒の中には、ジニーが纏めてくれたあの廃墟の監視カメラの映像が入ったUSBメモリ。
宛先は治安局。勿論、差出人は『親愛なる隣人』で。……差出人の住所が書かれてない状態で、郵送物って届いたっけ。まあ、まあまあ大丈夫でしょ! 前も届いたし!!
これで本当に、今回の僕の仕事は終わり。胸の内側から疲労感が滲み出てくるような感覚があった。
「……そういや、ジニーさ。さっきDr.MJは、盗品は持ち主の元に戻ったって言ってたよね」
『なんですか、あるじ。薮からスティックに』
「うん。……うん? なんて?」
相変わらず良くわからない言い回しである。まあいいや、そこのところはとりあえず。
「……冷静になって考えてみたけど、キミも彼らの『盗品』なんだよね」
いや、まあ。そう。そうなんだよ。久々にホロウに入った謎のテンションか知らないけど、僕は彼らから金庫を引ったくって、無理矢理開けた挙句出てきたのがこの子なのだ。
「何気な〜くキミの存在を受け入れてたけどさ。本来の持ち主の所に戻すべきじゃない……?」
『────、』
「こら黙るな」
いっつも余計なことばっか喋るくせに。ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、彼女のヒトツメは居心地悪そうに泳いでいた。
『そそそそそそそそそそれは』
「びっくりした。一瞬イヤホン壊れたかと」
『いや、いえ、いやぁ、yeah、huh……uh-huh、その』
「壊れたのは言語モデルの方かなこれ」
……珍しく言い淀んでいる。いやホント、珍しいな。ズバッと言いそうなのに。こういう時。
『わたくし、あるじとの会話がたのしいと』
「うん、聞いたね。嬉しかったから、覚えてる」
『さびしかったと』
「……まあ、言ってたね」
『――――、あるじは所謂【朴念仁】というヤツでございますか?』
「酷い言い草だな。それとこれとは話が別でしょ、元の持ち主が困ってるかもしれないし」
『ゆーずーが効かない方でございましたか……』
いやまあ、僕だってジニーのおかげで助かった面はたくさんある。でもそれとこれとは話が別なわけでして。
『あるじのねがい、まだひとつ。ジーニーは三つ叶えれば手元ハナレル』
「あー……そうだった気がする」
『いえ、今の言葉取り消します。違います。待ってください。今、このJinni全力で言葉を選び直しておりますので』
しばらくの沈黙がある。何と無くいつまでもポストの前で立っているのは気が引けて、自宅に向けて歩みを進めた。
『まず、正直な話。わたくしは【元の持ち主】を知りませぬ。記憶領域にロックがかけられている状態のようなモノでございますれば。これは嘘ではないゆえ、帰っていくらでも調べてくださっても構いません』
「キミがそこまで言うなら、嘘じゃないんだろうね。わかった。信じよう」
『して、その。――――その、』
……また言い淀む。画面の向こうで瞳が揺れて、間隔が短い瞬きを繰り返した後で。ようやく、画面越しに僕を見た。
『わたくしめの願いは、』
「願いは?」
『……、……あるじとズッ友。せめて、元の持ち主が見つかるまでは。期限付きでも、ダメでございましょうか』
「――――、」
思わず、今度は僕が押し黙る。普段流暢に喋るくせに、この子はこういう時にしおらしい声を出すんだから。
僕と話すのが楽しかった。そう告げた時も、そうだったっけ。
「――――はあ。仕方ないなあ、じゃあそれで約束ね」
『やった〜〜〜〜感謝感激雨霰大嵐落雷大災害』
「キミが感謝のあまり、新エリー都を壊すような子なら手放すよ……?」
『明日の天気は晴れ時々〝ウェブ〟くらいにしておきますわたくし偉いので』
まあ、そういうところも計算して立ち回ってる――――とかだったら恐ろしいけど。そういう腹芸ができるタイプじゃないよね。……ないよね?
「……そういえばさ、全然関係ないんだけどさ」
『どうしましたあるじ、再び藪から棒に』
「ああそれそういうことだったの……いやさ、僕が二年くらいコツコツやってたソシャゲが三つほど、ホームの何処を探しても見当たらないんだけど」
『――――、』
「ジニー、知らな――――あ、こら!! 目を逸らすな!!」
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THE END
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というわけで、一章でした。来週から二章が始まりますので。よろしくお願いします。
ちなみに読んでくれてる読者の皆様の知識量ってどんな感じですか?
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ゼンゼロだけ
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スパイディだけ
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どっちも