ナツキ・スバル達御一行がどうやらトリコの世界に迷い込んでしまったようです。 作:お餅モチモチ
今回のIGOからの依頼であるなめし牛の生息域に到着する直前サニーは改めてスバルたちに依頼についての確認をしていた。
「おいスバル。今回の捕獲対象が何なのか、頭に入っているか?捕獲対象のことを知らずに戦いを始めるなんて美しくねえこと、まさかしねえよな?」
スバルはギクッとした顔をしてサニーから目をそらす。
「いや~それが、その~…俺はこの3か月ほどはエミリアたんたちの日本語教室の先生してたからさ~…」
サニーはスバルからの言葉を聞いてあきれた顔を隠せずにいた。
「はぁ~…ったく、ほんっとに美しくねえガキンチョだな。しょうがねえからこのビューティーな美食屋である俺様が教えてやろう。今回の捕獲対象は『なめし牛』だ。捕獲レベルは73。人間界の気候の良い場所であればどこにでも生息する牛だ」
捕獲レベルの高さに驚いたスバルは思わず声をあげてしまう。
「ほ、捕獲レベル73!?この前エミリアたんたちとブレイングレープを捕獲しに行ったときにいたクレバーエイプの捕獲レベルが32で、そいつらでさえ100km/hで走るバケモンだったんだぞ。レベルが倍以上になるってことは、相当強いんじゃないか?」
スバルの発言を聞いたサニーはさらにあきれた声を出す。
「はぁ~~~。お前、マジでなんも事前準備してなかったのかよ。捕獲レベルってのは猛獣の強さの指標ってだけじゃねえぞ?『捕獲の難しさ』が基準なんだよ。やつらは体長3m、体重2トン程度で比較的おとなしい性格だ。だが、ひとたび外敵に出会うと瞬時に体を10倍以上に膨張させ、外敵を追い払おうとする。ま、体がでかくなることは奴らにとっては威嚇みたいなもんさ。強さ自体は捕獲レベル30前後、それなりの腕の美食屋でも倒すだけならできる。ってかクレバーエイプのほうがよっぽどか強え。だがな、この体の膨張ってのが厄介な点だ。なぜ厄介なのかわかるやつはいるか?」
サニーからの突然の質問にロズワールが答える。
「なめし牛の最大の長所と言えるのは、その『なめす必要のないほどの品質の良い皮』だ~あね。捕獲をし、剥いだ皮は汚れを軽く落とすだけで最高級の革製品の素材として使える。ぜひともロズワール服飾店の小物の素材にできたらと思って依頼を引き受けたのだ~あよ。ただ、体が急激に膨張すればなめし牛の皮はあまりにもいびつに伸びてしまい、革製品の素材にはできなくなってしまう。故に『外敵と判断される前』に仕留める必要があるのだ~あよ。それに、群れの中で1頭でも膨張すれば、群れの大人はすべて膨張してしまう。だからこそ、はぐれた牛を見つけるか、群れから自然に引きはがすかしないと、安全に捕獲ができない。これであっているか~あな」
ロズワールの言葉に続いてレムも発言する。
「ロズワール様、台所を任されている身としてはなめし牛の肉の品質劣化についても気になります。なめし牛の肉は市場でもかなり高額で取引されているのを以前確認しました。それだけ、おいしいお肉なのでしょう。ですが、資料によれば急激な膨張は体内の『あみのさん?』という美味しい成分を消費してしまうそうです。それに、膨張したお肉は硬くてとても食べられないとトリコさんがおっしゃっていました。野生の肉食獣でも膨張したなめし牛を食料としては認識しないそうです。それだけ美味しくないそうです」
二人の回答を聞いたサニーは感心した様子をしている。
「なかなかよく勉強をしているようだ。ってか、トリコは膨張したなめし牛まで食ったことあるのかよ。ほっとに美しくねえ野郎だぜ。膨張しちまったら美しい味が損なわれることくらいわかるだろう。」
ベアトリスがサニーを目線だけで見て質問をする。
「ところでロン毛?なめし牛を仕留めるときの『ノッキング』っていうのがよくわからないかしら。心臓の近くに刺激を与えただけでぴたりと動きがとまるなんてにわかには信じられないのよ」
ベアトリスからの生意気な発言にサニーは眉をひそめて不機嫌になる。
「ロン毛じゃねえ!サニー様と呼べちみっこ!ま、お前らは別の世界から来たわけだからノッキングについて知らねえのも無理ねえな。この世界じゃあらゆる生き物には『ノッキングポイント』というものがあるんだよ。これを突けば生きたまま動きを止めることができる。それが、なめし牛の場合は心臓の付近ってだけだ。俺のこの髪であれば、毛穴から体内に侵入し、神経をジャックして動きを止める。その隙にノッキングポイントを体内から突いてやれば一発で成功さ。ま、俺のように百発百中でノッキングを成功させることができるやつはそういねえ。大体は、心臓付近を狙って殺さない程度の衝撃でノッキングをするのがセオリーだ。だが、この方法じゃ成功確率はせいぜい10%程度だな」
そんな話をしているうちになめし牛の群生地を見下ろすことのできる小高い丘に到着した。のだが、明らかに数が多すぎる。普通野生の牛であるスイギュウやバッファローなどは多くても1000頭程度の群れになるのだが、今回のなめし牛はもはや数えきれないほどの群れを形成していた。驚きのあまりスバルが声を漏らしてしまう。
「おいおいおい!何なんだよこの牛の大群は!IGOからの依頼ってまさかこの牛の数を減らせってことか!?」
サニーは涼しい顔で牛の群れを見ながら答える。
「その通りだ。IGOの調査によれば、第4ビオトープ内になめし牛の好物が大量発生したせいで、繁殖シーズンに異常な数の子どもが生まれ、成長したらしい。推定頭数は3万頭。通常時の約10倍だ。これだけの数になると、今はよくてもいずれ第4ビオトープ内の植物という植物を食いつくしてしまう。それに、飢餓状態になったなめし牛は驚くほど不味い。だったら、現状丸々と太った状態の今、捕獲して数を調整しようってなわけだ。『普段と同じ頭数になるように』だとよ。ったく、ヘアサロンの時間に間に合わせねえとな」
サニーの冷静さとは裏腹にスバルたちは開いた口が塞がらないほどに驚いていた。そしてスバルはサニーに尋ねる。
「ちょっとサニー、いいか?まさかとは思うけど、この依頼って俺たちに『だけ』依頼されたものじゃないよな?増援は来るよな?2万7000頭の牛を相手にするにしては、俺たちだけじゃ人員が少なすぎないか?」
スバルからの質問にサニーはきょとんとした顔で答える。
「おいスバル、お前は何を言っているんだ?もともとは『俺にだけ』来た依頼だぞ?こんなの俺一人でも十分なんだよ。人員どうこういうのであれば、下手に知らねえ奴に依頼されっとなめし牛を刺激して、収拾がつかなくなっちまうからあえて人員は要らねえって言ってたんだよ。まさか、リンのほうからスバルたちみたいな素人をよこすなんて思ってもみなかったけどな。ま、素人であるお前たちを俺が見てるところでこの世界での戦いに慣れさせてやるよ。世界一美しい美食屋のサニー様の特別レッスンだ。だが特別レッスンの前に、この目の前のなめし牛たちの数を減らさねえとな!」
そういうとサニーは目に見えないほどの極細の髪の毛をあたり一面に張り巡らせた。
「さあ、今見えてる範囲は俺の『ダイニングキッチン』の内側だぜ?《ヘアノッキング》!」
眼下に広がる草原におびただしい数で群れているなめし牛たちが一斉にピタリと動きを止めた。それでいて逃がすべき個体は膨張させることなく逃がしている。その光景には大魔術師であるロズワールも驚きのあまり一瞬言葉を失っていた。
「これはこれは。すさまじい光景だね。今の私の全魔力を使ったとしても、この数の牛を傷つけずに動きを止めることなどできるかどうか…それに、サニー殿の顔を見ればわかるが、彼はこれだけのことやってのけながらも、汗一つかいていない。なるほど、これが世界最高峰の美食屋の一人、『美食屋四天王サニー』の実力と言うわけか。さてベアトリス。彼の実力をどう見る」
ロズワールからの言葉を受けたベアトリスもサニーの実力を認めざるを得なかった。
「フン!あんたに言われなくても、サニーの実力がすごいことなんてわかってるかしら。全部の牛の動きをノッキングで止めたわけじゃない。一部の牛は逃がしてる。すべての牛の動きを止めるだけでも難易度が高いのに、一部の牛だけ狙って逃がしているなんて。それも、一切の膨張をさせることなく、より生き延びる可能性の高い個体を瞬時に選んでいる。認めたくはないけど、『神業』と言わざるをえないのよ」
サニーによる神がかった技術でなめし牛を選別し、ノッキングされたなめし牛たちは即座にIGOの職員の手によって運ばれていった。そして残されたスバルたちの前にサニーは立ち、こう言い放った。
「さて、お前たちの捕獲する分はきちんと残しておいた。捕獲できた牛は自由に持ち帰っていいぜ。さあ、この世界における狩りにいち早く慣れろ。もちろん、美しくな」
サニーの粋な計らいによってスバルたちの100mほど先にはおとなしい状態のなめし牛10頭が残されている。まずはスバルが狩りのアイディアを出す。
「え~っと、あいつらはどれか一頭でも敵対したら全部膨張するんだよな。ってことは、まずは《シャマク》で分断するのが先決か。ベア子、いけるか?」
ベアトリスは頼られてうれしかったのかどや顔で《シャマク》を発動する。黒色のもやがなめし牛たちの周囲に展開されたことにより、なめし牛たちは視界が遮られる。また、《シャマク》の効果により知覚能力が極端に低下したことで、なめし牛たちはその場でリラックスし始めた。これにより、それぞれの個体を安全に仕留めることが可能になり、誰が最初に捕獲を試みるかと言う話題に移行する。
するとロズワールから「ラムもたまには運動をしてみたらどうか~あな」という意見が出たためにラムに白羽の矢が立った。めちゃくちゃ嫌そうな顔をしつつも渋々ラムが先鋒を務めることに。
「はあ~…ロズワール様の御命令ですので、ラムが先鋒を務めさせていただきます…スゥゥ!はああ!『エル・フーラ!』」
振りぬかれたラムの腕の先端から見えざる風の刃が猛スピードで飛んでいき、なめし牛の首を鮮やかに切り落とした。しかし、サニーはあまり良い表情をしていなかった。
「おいラム。確かにその方法なら1頭のなめし牛を膨張させることなく無力化することができる。必ずしも捕獲=ノッキングという訳じゃねぇから間違っちゃいねぇ。それに、一切の抵抗もなくスパッと首を落とすその切れ味は見事なもんだ。だが、その方法では1頭を仕留めることが精いっぱいだろ?今回は《しゃまく?》とやらで視界を遮っているからいいが、通常なら目の前で仲間の首が飛んだことを見た瞬間群れの奴らは即座に膨張しちまう。だから、ほかの方法を考えたほうがいい。ノッキングとかな。あと何より、その方法は血で汚れる。美しくねえ」
サニーに反論するようにラムは
「ラムが一頭しか仕留めていないのはまだ本気を出していないからよ。本気を出したらここにいる10頭だけでなくあなたやバルスごと切り刻んでしまうもの。ラムの気遣いに感謝することね。それに、『分断が成功している』という想定が今の《シャマク》の状態なわけだからラムは何も間違ってないわ。あと、続く仲間たちにも捕獲を慣れさせないといけないでしょ?ほら、これはラムの優しさなの」
ラムの発言を聞いていたレムが目を輝かせながら次鋒を申し出る。
「流石はラム姉さまです!鮮やかなあの『エル・フーラ』にレムは感激いたしました!では姉さまの優しさに甘えさせていただきまして、次はレムがいきますね!」
するとレムは鬼人化し、身体能力を底上げすると、猛スピードでなめし牛に突進し、握り固めた己の拳で心臓のあたりを一閃。
「はあああああ!」
⦅ズドン!⦆
レムの拳を受けたなめし牛は鳴き声を上げる間もなく倒れこんだ。それを見たスバルは「よっしゃあ!ノッキング成功だぜ!」とガッツポーズをするも、サニーはまたもや良い表情をしていなかった。
「レム。お前のその身体能力はすさまじいな。なめし牛に外部刺激によるノッキングを
続くロズワールとベアトリスはそれぞれの魔法を用いてあっさりとなめし牛のノッキングに成功する。流石のサニーも一発でノッキングを成功させた2人には感心していた。残るはスバルだけだが、スバルにはある秘策があった。
「心臓の近くにあるノッキングポイントを刺激するか…なあサニー、ノッキングが成功するために必要な刺激の強さってどんくらいだ?さっきのレムのパンチぐらい強くないとだめか?」
スバルからの質問にサニーは答えるが、不思議そうな顔をせざるを得なかった。
「ん?ノッキングポイントへの刺激はそんなに強くなくてもいい。スイカを割る程度の衝撃があれば十分だ。だが、外部からの衝撃となればあの巨体にほとんどが吸収されちまうから、かなり強い衝撃を与える必要があるんだが…スバル、お前レム並みのパンチを出せるのか?俺の髪で持ち上げたときにはそこまで筋肉が詰まっている感じはしなかったが?」
サニーからの遠回しな非力発言を受け、若干のいら立ちを覚えつつもスバルは自分の作戦を遂行する。
「はいはい。どーせ俺はリンゴを握りつぶせる程度の力しか持ってませんよーだ。岩を砕くほどの力が日本生まれの俺にあるわけねえからな。だが、俺にはとっておきがあるんだよ。ベア子、なめし牛は今完全に俺のことが見えてないんだよな?どのくらいまでの距離なら近づいてもばれねえかな?」
ベアトリスは「直接触らなければ気づかれないくらいにはシャマクは効いてるのよ」と返答し、それを聞いたスバルはなめし牛の目の前まで移動する。
「さあて、こいつは射程範囲がそんなに長くないからなあ。あの怠惰のイカレ野郎ぐらいこれを使いこなせたらもうちっと楽に捕獲できたかもしれねえが、まあ奥の手としてあるだけ感謝しねえとな。ベア子、ちょっと今から頭痛くなる予定があるから、回復頼むぜ!すぅぅ!ふうっ!《
スバルの胸部から黒色の揺らめく手が1本出現する。その手はなめし牛の肉体をまるでその場に無いかの如くすり抜ける。そして、なめし牛のノッキングポイントに到着するとその手はノッキングポイント
(おいおいおい!スバルのやつ、一体何をしたんだ!なめし牛に近づいたと思ったら、何か叫んで、その瞬間にノッキングを成功させてやがる。俺の触覚は問題なく張り巡らされている。何か動けば即座に分かるはずだが…何なんだ、この「何もなかった」かのような感覚は!スバルが「何かをした」のは明らかだ。だが、「何をした?」推測すらできねえなんてな。クソっ見破れなくて焦るなんて、美しくねえな俺)
「なあスバル。そのノッキングで使った技、もう一度じっくり見せてもらえるか?目の前にはまだ5頭のなめし牛がいる。ちょっとばかし、プロの美食屋としてお前の技が何なのか知りたくなった」
「お、おう。サニーがそう言うなら残りのなめし牛も俺がノッキングするぜ?幸い、思ったよりも頭痛くなってねえしな。」
そう言うとスバルは《見えざる手》を使って残りのなめし牛も完璧にノッキングして見せた。だが、サニーは最後まで見破ることができなかった。そのことに少々の悔しさを覚えたものの、なめし牛の運搬準備をロズワールたちに任せてサニーはあることをスバルに提案する。
「だぁークソ!さっぱりわかんねえ!はあ、お前らが異世界から来たってこと身をもって経験したぜ。まさか、全開で触覚を作動させていたのにわからないなんてな。だが、スバル。お前さんのその《見えざる手》とやらはこの世界でも十二分に通用するぜ?美食屋四天王であるこのスーパービューティーなサニー様が保証してやる。説明されてもいまいち原理が分からねえが、『物体の性質をすべて無視して透過した挙句、触りたいものだけを触れる』なんてトンデモねえ能力はグルメ界でも出会ったことがねえ。磨き上げれば最強の武器になる。いまんところ破壊力には期待できねえが、ノッキングに応用すれば化ける。どうだ?世界最高のノッキングマスターのもとで修行するってのは」
スバルは首を傾げつつサニーに尋ねる。
「ノッキングマスター?なんか響きだけですごそうなのが伝わってくるな。『マスター』って名前がつくくらいだから、どんなものでも、それこそ、生き物じゃなくてもノッキングができるのか?そんなありえない話が…」
サニーはスバルの言葉を遮るように答える。
「ああ。奴はこの地球の崩壊すらノッキングで止めた男だ。ちなみに奴の師匠である先代のノッキングマスターは聞いた話によれば時間すらも一瞬止められるらしい」
トンデモ発言がサニーの口から飛び出したことにスバルは思わずツッコミを入れた。
「うっそだろ!地球を!?時間を!?はあ~~~。もう、訳わかんなすぎて脳が一瞬思考停止したぜ…てか、そんなすげー人のところに俺が行ったところで意味ないんじゃないか?俺の身体能力じゃとてもじゃねえけどついていけねえと思うんだが…」
「スバルの身体能力を俺が買ってるわけじゃねーよ。お前の《見えざる手》の能力だよ。それをうまく使えば、どんな相手でも一発でノッキングできるようになる。だが、ノッキングの技術ってのは一筋縄じゃいかねえ。そもそも、ノッキングの方法を教わったからと言ってできるようになるとも限らねえしな。だから、ノッキングのコツだけをパクるんだよ。美しくな。そして、お前のものにしろ。そうすれば、お前の心の奥底で思っている『足手まといになるかも』っていう思いからも解放されると思うぜ?」
その言葉を聞いてスバルは言葉を失った。なぜ、サニーがそのことを知っているのかは分からない。もしかしたら、美食屋四天王レベルになれば、心の奥底まで見抜けるのかもしれない。だが、「足手まといになるかもしれない」この思いはスバルの心の奥底にある真実であった。ここ最近スバルの胸の内を支配していた感情は「不安」。エミリアとオットーの日本語教室が終わってからスバルが常々感じていた。みんなに比べてスバルは身体能力でも劣っており、魔法もまともに使えない。唯一取り柄だと思っていた語学能力も最低ラインを引き上げたことで常日頃頼られることはなくなっている。スバルはいつも思っていた。「いったい自分には何ができるのか。この世界で死に戻りが発動しなければ俺は最大の長所を失う。だが、死に戻りを確認するためだけに自分の命を投げ出すような真似はしない。いや、したくない」しかし、サニーのひと言によって常に付きまとっていたドロドロとした不安感を払拭できるかもしれない光明が見えた。それが見えた瞬間スバルは答えた。
「やらせてほしい。なんだってやってやる。泥臭く、醜く足掻こうともみんなの力になれるならな」
頬に涙の跡を一筋作りながらも覚悟を決めたスバルの顔を見たサニーはこう言った。
「フッ…スバル。お前、美しいな」
スバルの覚悟を受け取ったサニーはひとまず今ノッキングしたなめし牛をロズワール服飾店へ搬入する手伝いをするために、ロズワールたちの拠点へと運んだ。偶然にもトリコ宅へ遊びに来ていた小松がいたため、小松になめし牛のさばき方をレクチャーしてもらい、なめし牛を革と肉にきれいに分けることに成功する。そしたらお待ちかねの実食の時間である。
小松にも手伝ってもらい、レム、フレデリカ、ペトラが手際よく料理を作り、ダイニングテーブルになめし牛のフルコースを並べていく。
ステーキ、ローストビーフ、ビーフシチュー、ハンバーグ、すき焼き、しゃぶしゃぶ、たたき、牛テールスープ、等々
これでもかと言うほどに御馳走が並んでいく。すべての料理が出揃ったところで、なぜかその場にいるトリコがいつもの音頭を取って…
「この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
まずはなめし牛を最も鮮やかにノッキングしたスバルがすき焼きをほおばる。
「ん~~~!うめえ!何だこの肉!やわらかいのに弾力がある!肉のうまみが噛むほどにじわ~っとあふれ出してきて最高だぜ!何より、またすき焼きが食べられるなんてなあ。もう食えないと思ってたからなんか沁みるぜ。ってか、何でトリコさんがここにいるんですか!?サニーはここまで肉を運んでくれたから分かるけどさ!」
700gはあろうかと言うステーキを一口でほおばりながらトリコは答える。
「うんめぇ~~~~!噛むほどに口の中にほとばしる肉汁で溺れるかと思ったぜ!何なんだこの肉汁は!まるで長時間煮込んだスープのようにも感じられる芳醇な香りと味だ!脂の質も良い!甘く、口の中に入れるだけでとろけるこの脂身、最高だぜ!ここまでうまいなめし牛を食べるのは久しぶりだな。あー俺がここにいる理由?そりゃあ美味いもんあるところに俺もありだからな!それにしても、このなめし牛の肉質、今まで食ったなめし牛の中でも最上だな。ここまで完璧な肉質にするためにはノッキングの段階から完璧じゃねえといけねえ。スバル、サニーから聞いた話じゃこいつらのノッキングはお前がやったんだって?やるじゃねえか!」
ロズワールはビーフシチューを口にしつつ、隣に添えられた菜飯にも驚いていた。
「このシチューは良い。
双子の姉妹ラムとレムもまたなめし牛のおいしさに舌鼓を打っていた。
「レム、このローストビーフ、レムが作ったんでしょ?なかなかいい火入れをしているわ。中まで火が通っていながらしっとりと水分を保ち、やわらかいのに噛み応えがある。なかなか美味しいわ。ラムが褒めてあげる」
「姉さまに褒めていただいてレムは光栄の極みです!姉さま、この牛のたたきはもう食べましたか?さっと表面を炙っただけなので、中はほとんど生ですが、まったく嫌な臭みがありません。それどころか、生であること特有の香りや旨みと、炙ったことによる香ばしさが絡み合って何とも言えないおいしさになっています!ローストビーフには今姉さまが召し上がっている赤ワインが合いますが、このたたきには日本酒も合うそうですよ!」
ベアトリスは口の周りをソースでべたべたにしながらハンバーグにがっついている。
「美味しすぎるのよ!このハンバーグ!ふわふわでやわらかいのに、中からスープがあふれ出すみたいに肉汁が飛び出してきてむせるかと思ったのよ!でも、全くパサパサしてないお肉の味が最高かしら。それに、このソースと一緒に食べると味が何回も変化して、お口の中が忙しいかしら。このソースは小松が作ったのかしら?…なかなかやるじゃないのよ…ハグッ!ムグムグ…」
サニーもまたなめし牛のテールスープを飲み、とても満足した様子をしている。
「ん~~~!このスープの調和は実に美しい!テールからしっかりと煮だした
なめし牛のフルコースを堪能し、おなかがいっぱいになった一同に向かってスバルは自分の今後の目標について発表する。
「みんなちょっと聞いてくれるか?ちょっとばかし真剣な話になるんだが…俺たちがこの世界にやってきて大体3か月、俺はみんなに日本語を教えることに集中してきた。だが、エミリアとオットーが卒業した今、俺にはやるべきことがなくなってしまっていた。もちろん、ロズワールの経営する服飾店で何かしらの仕事はできるだろうが、それでも、みんなに比べて俺は非力だ。1人ではまともに狩りもできなきゃ、魔法も使えない。正直言ってみんなの足手まといになる可能性もある…だが、今回のなめし牛の狩猟を通して一つの可能性が見えてきたんだ。その可能性をものにするために少しだけここを離れるんだけど、いいかな?」
スバルの言葉に一番に反応したのはエミリアであった。
「スバル。あなたが足手まといになるなんてちっとも考えてなかったわ。でも、スバル自身がもーっと活躍できる可能性を見つけたんでしょ?それを応援できないほど、私たちは薄情じゃないわよ?いってらっしゃい、スバル。私たちはいつでもここで待ってるからね」
エミリアに続いて皆が一様にスバルの応援をしてくれた。一方でベアトリスは自分もついていくと言い出した。
「スバル。あんた『アレ』を使ってノッキングの修行をするつもりかしら?だとするならベティも連れていくのよ。スバルの頭の痛みを和らげられるのはベティだけかしら。それに、スバルはベティの契約者だから、スバルの行くところにベティが付いていくことは当然のことかしら」
「おう!頼むぜベア子!お前は俺と契約している大精霊だ。はなっから連れていくつもりだったよ。俺の体のケアは任せたぜ?それに、みんなも応援してくれてありがとうな!絶対、今よりも強くなって帰ってくるから!それと、なるべく早く帰れるように頑張るからさ!」
スバルは仲間の声援を受けてベアトリス、トリコ、サニーとともに『ノッキングマスター』鉄平のもとに修行に行く。コツをつかみに行く「だけ」とはいえその道のりは決して楽なものではないだろう。だが、仲間の期待に応えるためにもできる限りの力をもってやり遂げる決意を胸にあらたなる一歩を踏み出すのであった。
オリジナル食材紹介コーナー
『なめし牛』
捕獲レベル:73
人間界の気候のよい場所に生息する体長3m、体重2トン、頭から大根の葉っぱのような毛が人間の髪の毛のように生えている牛。基本的にはおとなしいが、敵とみなした存在を見つけると瞬時に体長を10倍以上に巨大化させて威嚇する。敵を退けることができたとなめし牛が感じ取ったならば3日かけて体の大きさが元に戻る。また、群れで行動するため群れの中の誰か一頭でも巨大化(臨戦態勢)すれば群れ全体が巨大化する。
この牛の皮はなめさなくても「革」として使えるほどに品質が良く、肉質も非常に良く、高値で取引されている。また、頭に生えている毛はまさしく大根の葉っぱのように食べつことができ、菜飯にすると絶品。
しかし、敵を見つけたときにあまりにも急速に巨大化するため、巨大化した状態の皮はひび割れが多く使い物にならない。そのうえ肉も硬くなってしまうため巨大化状態では皮の価値も肉としての価値もほぼなくなってしまう。もう一度体が元のサイズに戻れば商品価値は戻る。ちなみに、なめし牛の戦闘能力自体は捕獲レベル30前後であるためある程度の実力を持つ美食屋であれば「倒すだけなら」そこまで苦労しない。しかし、「巨大化させずに無力化する」ためには非常に高い技術が要求されるため捕獲レベルが73と高めに設定されている。
なめし牛を巨大化させる前に無力化する第一の方法は体内の心臓付近にあるノッキングポイントを一発で的確に刺激し、動きを止めること。これには非常に高い技術が求められる。一般的には心臓付近を狙って強打することでノッキングをするが、この方法では成功率は10%程度。サニーであれば目に見えないほどの細い髪を毛穴から侵入させ、的確にノッキングポイントを刺激することが可能。もしくは、再生屋であり、ノッキングマスターを次郎から受け継いだ鉄平であれば体外からの衝撃だけでノッキングを成功させることは可能だろう。