ナツキ・スバル達御一行がどうやらトリコの世界に迷い込んでしまったようです。 作:お餅モチモチ
『ありうべからざる今を見よ』
ここで聞こえるはずのない言葉がスバルたち全員の脳内に響く。
「おいおいおい。聖域での試練は終わったはずだろ。一体どうなってやがる…ってみんなも頭を抱えて…もしかして、エミリアも今の声が聞こえたのか?」
スバルはエミリアが頭を抱えている様子に気づく。
「ええ、私の頭の中にもはっきりと。でも、試練は乗り越えたはずじゃ…」
眉間にしわを寄せ、人一倍不機嫌な様子のガーフィールは地団太を踏みつつ叫んでいる。
「あぁ!?どーなってやがる。オレ様も試練は乗り越えたはずだぞ!なのに、また…!」
いくら試練を乗り越えたとはいってもその試練の内容は過酷を極めるものである。試練の時のトラウマを呼び起こされたガーフィールはその場でうずくまってしまいガタガタと震えだした。
「ガーフ。しっかりなさい。ガーフ、ガーフ!」
ガーフィールを心配するフレデリカをよそにパックとベアトリス、ロズワールはひび割れの解析をしていた。
「どうだ?パック、何か分かりそうか?」
解析を進めつつパックが答える。
「これは…どうやらルグニカの技術、さらに言えば『強欲の魔女のマナ』が使われているらしいよ」
「にーちゃの言う通りなのよ。お母さまの技術が一部分使われている。つまり、このひび割れは間違いなくルグニカと繋がっているのよ」
スバルたちはひとまず安堵した。不穏な声が聞こえたもののルグニカに帰ることはできそうであることを。だが、そんな希望をかき消さんとする言葉をロズワールが発した。
「間違いなくこのひび割れはルグニカに繋がっている。だが、どうやら『我々の知るルグニカ』ではなさそうだ」
その声に最初に飛びついたのはオットーだった。
「そ、それはどういうことですか?僕は試練を受けてないので細かいことまでは知りませんが、聖域の試練って400年前の強欲の魔女エキドナが作り出したものなんですよね?このひび割れに使われている技術の一部が試練と同じ仕組みだというのなら僕たちの知るいつものルグニカに帰れるはずですよね?なのにどうして『我々の知るルグニカと繋がっていない』なんて言うんですか」
その疑問はもっともだ。一部とはいえ「ルグニカの技術」が使われているということはこのひび割れは彼らの世界に戻るためのもののはずである。その問いに答えるようにロズワールは口を開いた。
「このひび割れ、『異世界間接続ポータル』とでも名付けようか。このポータルには『私の知る先生』のマナが含まれていない。だが、強欲の魔女エキドナのマナは感じる。何が言いたいのか分かるかい?いや、何度でも言おう。このポータルは『我々の知るルグニカ』とは繋がっていない」
嘘だ、と言わんばかりにオットーは力が抜けてその場でへたり込んでしまう。解析を進めていくとポータルの形がひび割れから円形に変化していき、ポータルの内側に向こう側のルグニカが映し出された。オットーはポータルの向こう側に見えている景色から一つでも希望を見出そうとしていた。
「ほ、ほら。ロズワール殿。何を言っているんですか?ここから見えるポータルの向こう側はいつも通りのルグニカじゃないですか。ロズワール殿やベアトリスちゃんも人が悪いなあ。だって、ここにレムさんがぐっすりと眠っていますよ。昼間からこんなに安らかな顔で眠ることができるレムさんがいるのが平和なルグニカである何よりの証拠じゃないですか。それにほら、なぜかは知らないですけど僕が映っていますよ!あ、お見舞いですかね?ほらナツキさんに何か差し入れを…」
映像から聞こえてきた声を聞き、オットーは言葉を失った。
『な、なあ、オットー。「レム」って知ってるか?ほら、青い髪をしたメイド服を着ている超絶かわいい美少女でさ、白鯨の討伐の時に途中まで一緒にいてさ。ああ、たぶんオットーが直接話したことはなかったと思うんだけど、俺の近くにいたから、もしかしたら覚えてたりしないかな~って』
『ナツキさん?何をおかしなことを言っているんですか?僕、商人だから少しでも見覚えのある人のことなら覚えていますよ。それこそ、友達のナツキさんの交友関係ならね。えーっと、それで、青い髪のメイドさんでしたっけ?特徴で言えばかなり目立つ方だと思うのですが…「申し訳ありませんが全く覚えがありません。」その方がどうかされたんですか?』
あの声は嘘を言っていないときの声だ。《言霊の加護》を持つオットーは誰よりも早く、深く、そのことを理解する。
次々に映像が切り替わる。エミリア、ラム、ガーフィール、フレデリカ、ロズワール、ベアトリス、ペトラ、全員がスバルからの質問に対し、口をそろえて「レムという人物を知らない」と言う。唯一スバルだけがレムのことを覚えている様子であった。肝心のレムは眠りから覚める様子が全くない。
「「「何でポータルの向こう側の僕(私)はレムのことを覚えていないんだ?」」」
みな一様に口走った。それに対してロズワールが答える。
「先ほどから何度も言っているだろう?このポータルの先のルグニカは『我々の知るルグニカではない』ということだよ。つまり、『レムのことを覚えていないルグニカ』というわけだ。さらに付け足すのであれば『我々の知るルグニカはすでに我々を除いてこの世界に存在していない』可能性がある」
堪忍袋の緒が切れたスバルがロズワールの胸倉をつかむ。
「さっきから黙って聞いてりゃごちゃごちゃ言いやがって。何でそうだと言い切れる。何でそんなことを言う。何で…!」
激昂したスバルをなだめるようにしてベアトリスが口を開く。
「スバル。ロズワールの言っていることは本当のことかしら。胡散臭いやつではあるけど、魔術師としては世界でも有数の実力を持つ男、それがロズワールという男かしら。それに、ベティやにーちゃも必死になって調べた結果が『これ』なのよ。もう、私たちの知るルグニカは…」
その言葉を聞いたエミリアがベアトリスに尋ねる。
「ベアトリス。今の言葉が本当なのだとしたら、私たちは『この』ルグニカに行くことはできないの?ポータルの向こう側のルグニカを眺めることしかできないの?だってさっき『このポータルはルグニカと繋がっている』って…」
ベアトリスは口をつぐみ、この先を話したがらない。その様子を見たパックが代わりに話し始めた。
「リア。確かに僕たちはこのポータルはルグニカに繋がっていると言った。だからここから帰る方法がないかも探したんだ。だけど…」
パックが口を開く前にあの声が聞こえた。
『ありうべからざる今を見よ』
「何をいまさら言いやがる!ありえない今なら存分に見た!一体俺たちに何を求め…!」
スバルが言葉を言い終わる前にさらに続けて言葉が聞こえた
『汝ら、戻りたくば同化せよ、ことごとく』
パックは言いかけた言葉をもう一度紡ぐ。
「はぁ…この声のとおりさ。『戻りたいならば、ポータルの向こう側のルグニカと完全に同化しなければいけない』それに、同化するために必要なパーツは『11』。それもルグニカ由来の因子を持つ者の魂で、なおかつ戻る意思を強く持たなければパーツとして機能しない。まるで僕たちがこの世界から帰るためには全員の意思を合わせなければいけないようにと言わんばかりさ。趣味が悪い」
『趣味が悪い』、パックの言葉の意味にいち早く気づいたのはレムだった。
「レムがいなくなればいいんですね」
その言葉を聞いてその場が静まり返った。
「おい、レム、お前何を言って…」
スバルの言葉を遮るようにレムが続けた。
「このポータルの中にいる皆さんはレム以外普通です。レムのことを覚えていないことを除けば。あ、スバル君だけは覚えていてくれましたね。さすがはレムの英雄です!『このポータルの向こう側のルグニカと同化する』つまり、皆さんがレムのことを忘れてしまえばいいんです。レムはずっときれいな顔で眠っていて、スバル君に時々看病してもらって。皆さんはレムがいたこと自体覚えていませんからつらいことなんて何もないです。スバル君にはとっても迷惑をかけちゃいますけど、エミリア様を王様にするスバル君の目的のためだったら、ずっと眠っているレムのこと、時々忘れちゃってもいいですよ?レムがいなくなれば、皆さんはルグニカに帰っていつもの日常を過ごせます。レム一人がいなくなれば。だからレムのことは皆さん忘れて…」
今度はレムの言葉を遮るようにして、レムの両肩をしっかりとつかんでスバルが叫ぶ。
「おいレム!お前何言ってんだ!お前の中の英雄は、お前を見捨てるようなやつなのか!?お前を見捨てて帰って目的を達成したとして、一体何になるんだよ!全員で帰らなきゃ俺の目的は達成しないんだよ!全員ってのはレムも含まれてるからな!誰かの犠牲がなけりゃ成り立たないことなんて俺は絶対に認めねぇからな!」
スバルの言葉に対してレムは涙を流しながら反論する。
「レムだって…!レムだってスバル君やみんなと一緒に過ごせないなんて嫌です!嫌に決まってるじゃないですか!でも、レムのことを忘れるだけでみんながルグニカに帰ることができるならいいと思ったんです!でも、レムだって、レムだって…!」
重々しい空気がそこに漂う。ルグニカに帰るためには全員一致でレムを犠牲にしなくてはならない。かといってレムの犠牲を一人でも拒否するならば帰ることができない。なぜここまで来てこのような過酷な選択を強いられなければいけないのか。
「リア、みんなの気持ちがぐちゃぐちゃになっていることはよくわかる。すぐに結論を出せない気持ちもよくわかる。でもね、もう一つ伝えなくてはいけないことがあるんだ。」
パックの言葉にエミリアは「なに?」と小声で答えた。
「それは――」
「――あ、あぁ、そうだ。なあ、パック。何も今すぐ決めなくたっていいだろ。幸い、ポータルはここに開いてるんだ。みんなで、もっと時間をかけて……そう、何日でも何ヶ月でも話し合って、全員が納得できる方法を考えればいいじゃないか。な?それこそ、ここには大精霊であるパックとベアトリスもいて、6色の大魔導士であるロズワールだっているんだ。このポータルのルールを書き換えることだって時間を掛ければできるかもしれねえ。だから、エミリア、レム、みんなもそれで…」
パックが何かを口にする前にスバルの口から出てきた言葉は、ただ苦痛を先延ばしにしたいだけの、ひどく惨めで身勝手であまりにも自己中心的な希望にすがろうとするものだった。その顔を見たパックは淡々と伝えるべきことを告げる。
「…残念だけど、スバル。運命はそこまで僕たちに優しくないみたいだ」
「パック…?」
「今から言うことはひどく残酷なことだってことは分かってる。でも言うね。このポータルが維持できる制限時間は――あと丸一日が限界だ」
パックの口から出たこの言葉は一同の心をより深く、より強く抉った。
「な…な゛んだって運命ってやつはよぉ、こうも俺たちのことをいたぶろうとするんだよ!俺たちが何をやったって言うんだ!俺たちが何か悪いことをしたってのか!俺たちが、俺たちが…!ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!」
あまりにも残酷な決断を強いられる一同の声を代弁するかのようにスバルは叫んだ。しかし、どれだけ叫ぼうともその声が運命を変えることはなかった。ただ時間だけが過ぎてゆく。