ナツキ・スバル達御一行がどうやらトリコの世界に迷い込んでしまったようです。 作:お餅モチモチ
いくばくかの時間がたち、ある程度みなの動揺が収まったのを確認したロズワールは提案をし始めた。
「現状として、我々の目の前には『我々が知らない』とはいえルグニカへと帰ることのできるポータルが存在している。だが、ルグニカに帰るためにはレムを犠牲にしなくてはいけない。そしておそらく、この世界で経験したことも記憶から欠落するだろう。簡単な決断ではないことは承知の上だが、我々にはあまり時間が残されていないのも事実だ。そこで、みなそれぞれに己の心の内を聞かせてはもらえないだろうか。他者の意見を聞くことで、もしかしたら何か見えてくることがあるかもしれない。どうだろうか」
この意見に反対するものはいなかった。最初にエミリアが立ち上がり、自分の心の内を言葉にした。
「私は、銀髪のハーフエルフだからって理由で変な目で見られてきた。ひどいことをされたこともあったわ…でも、どんなにつらい目にあったとしても絶対に王様になるんだって決めたから今まで頑張ってこれたの。聖域の試練だって何度も心が折れた、でも、スバルがいてくれたから頑張れた。絶対王様になるんだって決めてたから頑張れた。だから、簡単にその夢をあきらめることなんてできない。でも、それと同じくらいレムを犠牲にするなんてできないよ…」
まとまった意見とは言えない。それでもこのエミリアの言葉を皮切りに各々が自分の心の内を話し始めた。
「俺は、エミリアの騎士だ。エミリアを王にするために死に物狂いでやれることをやってきた。全部が全部うまくいったわけじゃねえけど、それでも何とかここまでやってこれたんだ。だから、ルグニカを諦めたくはねぇ。だがな、ルグニカを諦めたくないからと言って、レムを犠牲にするのは間違ってる。みんながレムのことを忘れるからそれでいい?俺もレムのことを忘れりゃそれでいい?いいわけあるかよ!ルグニカでの俺の目標はな、ここにいる全員がルグニカで笑っていなけりゃ意味ないんだよ…!ちくしょう…!」
スバルは木に寄りかかりつつ天を仰ぎ己の心境を打ち明ける。その顔は良く見えないものの目元を手で覆い、こみあげる感情を抑えているようにも見えた。
「オレ様はよ、やっと自分の気持ちに整理をつけてあの聖域から出てきたんだ。ルグニカでやりたいこと?山のようにあるに決まってんだろ!それに…もしかしたら、母ちゃんだってまだ生きてるかもしれねえ。母ちゃんが生きてるなら話したい事があるんだよ。だから、帰れるもんなら帰りてえよ。でも、レムや大将の気持ちだってわからねえわけじゃねえんだ…」
ガーフィールはドカッと地面に胡坐をかいて座り、両ひざに手を当て自分の胸の内をはっきりと言葉にした。その表情からは決意と困惑の両方が垣間見えるようだった。
「ラムはロズワール様の御意思に従うまでよ。それがメイドとしての務めですもの。ただ、ラム個人の意見としては、レムのことを犠牲になんてしたくないわ。それに、ロズワール様が言っていたでしょ。『我々の知るルグニカはもうないかもしれない』って。そうであるならば、今守りたいと思う人たちが目の前にいるのならばそれを守るべきだとラムは思うわ」
ラムは近くにあった岩の上に行儀よく座り、手は膝の上に置き、目を閉じ、落ち着いているように見えた。再び開かれた彼女の瞳はロズワールとレムのことをまっすぐに見つめている。
「わたくしもラムさんと同意見ですわ。メイドたるもの主人に従うべき。それに、わたくし個人といたしましても、ルグニカでのあれこれは決着していると思っていますの。ですから、レムのことを犠牲にしたくありませんわ」
フレデリカはロズワールの近くに立ち、右手を自身の胸に当て、その口から出た言葉が虚言ではないことを裏付けるような仕草を取る。しかし、ガーフィールの言葉がどうしても引っかかるようで、彼のことをちらちらと見る視線が止まることはなかった。
「わ、私は、村のみんなやお父さん、お母さんにもう会えないのはいやだよぅ。ぐすっ。さよならだって言えてないのに。でも、私のわがままでレムさんが消えちゃうのもいやだよぅ。ぐすっ、どうしたらいいの?うぅぅ…」
地面にぺたんと座り込み、顔をぐしゃぐしゃにしながら大粒の涙を流すペトラ。彼女はまだ12歳。ルグニカにおいては働きに出ることのできる年齢とはいえ彼女にとって父と母の存在はあまりにも大きかった。しかし、仲間を犠牲にすることの重大さも理解している彼女の心は大風に揺れる枝葉のごとく揺れているのであった。
「ベティはスバルのいる場所がベティの居場所なのかしら。ポータルの先にいるベティもスバルと一緒だったから、帰ってもいいかしら。でも、ここにもスバルはいる。だから、スバルの決断にベティはすべてを任せるかしら」
ベアトリスはスバルの側に立ち、彼のジャージの裾をぎゅっと握って離さない。その行動を見れば彼女の思いがどこにあるのかは一目瞭然であった。
「僕は、ルグニカに戻ったらリアと離れ離れになってしまう。もともと、聖域でリアと離れたのも理由があったけど、それでも本当はリアとは離れたくなかった。この世界に来て、何のしがらみもなくリアとまた会えたことはすごくうれしいんだ。それに、ベアトリスとも一緒にいることができる。この世界はマナの代用ができるエネルギーの純度がすごく高いからずっと一緒にいてあげられる。できることなら僕はリアやベアトリス、みんなとこのまま一緒にこの世界にいたいと思うよ」
エミリアの肩に座り、エミリアとベアトリスを交互に見たパックは目をつぶり、本心を打ち明ける。そこにあるのはルグニカにおいて火をつかさどる大精霊としての姿ではなくパックとしての姿そのものだった。
「レムは、皆さんがこんなにもレムのことを思ってくれていることに心の底から感謝しています。本心を言えば、レムは皆さんから忘れられたくなんてありません。いくらスバル君がレムのことを覚えていてくれたとしても、レムはあの世界ではスバル君に答えてあげることはできません。どんなに『おはよう』と声をかけられても、どんなにおいしい食べ物をもってきてもらっても、どんなにほめてくれたとしても、レムはあの世界ではスバル君に何もしてあげられません。それは嫌です。スバル君が『おはよう』と言ってくれたらレムだって『おはようございます』と答えたい、スバル君が食べ物を持ってきてくれたならレムはそれをおいしい料理にしてあげたい、スバル君が褒めてくれた時にはレムはもっとスバル君のいいところを言ってあげたい。でも、あの世界のレムはそれができない。だから、レムはこの世界に残りたい。でも、もし、皆さんがルグニカに帰りたいというのならば、レムは喜んでこの身を捧げます」
皆の前に立ち、自身の置かれている状況を最も良く理解しているレムは仲間全員を見渡し、精いっぱいの笑顔を見せ、自分の思いを打ち明ける。しかし、その笑顔は徐々に涙によって上書きされてしまい、声は震えてくる。それでもなお皆のためという気持ちで、震えるような細い声で献身の言の葉を紡いだ。
「僕だって、レムさんのことを大事に思ってないわけないじゃないですか。でもね、ルグニカにだって僕たちの帰るべき場所があるんですよ!エミリア様も、ナツキさんも、ガーフィール君も、ペトラちゃんも、ロズワール殿も、ルグニカで、やるべきことがあるはずでしょう!?レムさんのことを忘れたいなんて僕だって思ってませんよ!でも、それでも、あの世界に行けば、この今の気持ちだって、張り裂けそうなこの苦しみだって全部なかったことにできるんですよ?ナツキさんには大変申し訳ないと思っています。でも、少なくとも、『向こうのルグニカ』でレムさんのことを覚えて苦しんでいたとしても、『今この瞬間の出来事』はナツキさんの中に残らないんですよ!この世界に残れば、今のこの苦しみは一生続きます。でも、ルグニカに帰るなら…!」
オットーは仲間たちの目をしっかりと見て、岩のように固くなるほどに拳を握り固め、己の意思を表明する。「ルグニカに帰る」その言葉に乗せられた決意は誰が聞いたとしても強固で、はっきりとしたものだった。
しかし、己の意思をはっきりと表明していたオットーの言葉の中に相容れることを許容できない言葉が放たれたその瞬間、スバルは考える間もなくオットーの胸倉につかみかかる。
「オットー…!お前、それ本気で言ってんのか!?今この苦しみを忘れるなら、レムを犠牲にする罪悪感を忘れるなら、レムのことを犠牲にしてもいいって言うのか!」
つかまれたオットーは苦しそうにしながらもスバルのことをしっかりと見ながら臆することなく言葉を発する。
「レムさんを犠牲にすることがいいわけないと僕だって思ってますよ!でも、すべてはなかったことになるんですよ!苦しくなくなるんです!それに、ルグニカに帰る決断をするのはここにいる全員です、ナツキさんだけにレムさんの犠牲の決断をさせるわけじゃないんです!全員で責任を持つんですよ!」
緊迫した空気の中ロズワールは自身の意見を言葉にするために口を開いた。
「私としては、我々はこの世界に残るべきだと考えている。ポータルの向こう側に見えていたのは『我々の知らないルグニカ』にいる我々だ。『今ここにいる』我々ではない。だが、レムを除いてそのほかの面々はそのルグニカで懸命に前に進もうとしていたように見えた。もしかしたらレム自身も我々が見たあの瞬間よりもずっと先の未来で起き上がる可能性があるかもしれない。だが、『今ここにいる』我々が戻るとしても、戻らないとしても『あの世界のルグニカ』は前に進んでいる。それぞれの悲願成就のために。私としては『あの世界の私』が私の悲願を成就してくれるのであれば、それで構わないと思っている。」
その言葉を聞いたオットーはロズワールを睨みつけながら言葉を発する。
「ロズワール殿、『あの世界』にいる僕たちが『今ここにいる僕たち』と同じことをする確証はあるんですか!?確証がないのであれば、いくら『あの世界にいる僕』だとしても手放しで任せることは…」
ロズワールはオットーの言葉を遮った。
「内政官殿、あなたはさんざん言っていたではないか。『あの世界のルグニカに戻れば僕たちは今のこの出来事を忘れる』と。今のこの血反吐を吐くほど苦しんだ思いを、きれいさっぱり忘れてしまったのであれば、たとえ『あの世界のルグニカ』に戻ったとしても結末は変わらないのではないかな?少なくとも私はそのように思うのだがね」
ロズワールからの言葉を受けてオットーは黙ってしまう。しかし、オットーはルグニカに帰ることを諦めきれずにいた。
一同が心の内を明かしてもなお意見がまとまらない。すると思わぬところより声が聞こえてきた。トリコである。一同の持つそれぞれの持つ思いを第三者として聞いていたトリコは自分の感じていることを率直に打ち明けた。
「あー、その、部外者が口をはさむことではないってのは分かってはいるんだが、一つ客観的な意見を言わせてもらうぜ?お前ら全員『帰りたい気持ち』と『ここに残りたい気持ち』がどっちもあるように見える。だから決めることができない。だったら、『帰りたい気持ち』が一番強いやつと『ここに残りたい気持ち』が一番強いやつが何かしらの方法で決着をつけて、それを全員の総意とするのはどうだ?というか、ポータルがあと丸1日で閉じると言ってからもう23時間は経過した。あとタイムリミットは1時間もねえ。さっさと決めねえと全員が納得しないままいやいやこの世界に取り残されちまうぞ?せめて気持ちの整理だけでもしておくべきだ」
もはやスバルたちに考える時間など残されてはいなかった。
「もう時間がないって言うなら僕は『帰りたい』を代表させていただきます」
オットーが名乗りを上げた。
「ああそうか。なら、俺は『この世界に残りたい』の代表をするぜ」
続いてスバルが名乗りを上げた。この選出に異議を唱える者はいなかった。
「さてと、なあオットー。もう時間がないらしいからよ、話し合いなんてまどろっこしいことしてたら嫌でもあのポータルは閉じちまう。俺だって帰りたい気持ちがないわけじゃない。だったらもう...!」
スバルは自分の拳をぽきぽきと鳴らしている。
「帰る帰らないの論争ではあんなに意見が食い違ったというのにこういうところでは僕たち一致するんですよね。僕だって、レムさんを犠牲にしたいわけではありません。ただ、もう『帰りたい』という気持ちを代表して、全力でいきますよ…!」
過去一番の緊張が走る。木の葉が風によってこすれ、木の枝から離れ去る。そしてその葉っぱが地面につくと同時に…〈ドキャッ!〉全員の意見を乗せたこぶしが互いの顔をとらえる!
〈シュッシュ!〉
オットーのジャブは的確にスバルの体力を削いでいく
〈ザッ!〉
スバルからの拳は軽やかな足取りで躱し
〈ドキャッ!〉
反撃として体重の乗った拳をお見舞いする
殴り合いの優劣は武闘派内政官と呼ばれるだけあってオットーのほうが優勢である。
「どうしました?ナツキさん。さっきからナツキさんの拳は僕に当たってないじゃないですか」
〈フッ!〉
オットーからの牽制の拳を体重移動で躱すものの、避けてばかりでは体力を消費させられ
〈ドスッ!〉
ほんの少しでも隙を見せれば重い拳がスバルを襲う
〈スッ!〉
それでもスバルは拳を食らった瞬間自ら後ろに飛ぶことで衝撃を幾分か和らげる
防戦一方となりつつも、スバルはかつて殴り合ったことのあるオットーの拳を何とか致命傷にならないように受けつつ、体勢を整えていた。
「ああ、おかげさまでな。どっかの誰かさんがビビッてよけまくるもんだから当たらねえんだわ」
軽く挑発も交えながらスバルはオットーの隙を伺っていた。だが、どれだけ待とうが明確な隙は見当たらない。それどころか致命傷を避けているとはいえ確実にダメージは蓄積していく。
(あんにゃろう、少しは手加減を…ってバカ!こんな時に手加減なんかするか!この喧嘩はただの喧嘩じゃねえ。全員の意思を決める喧嘩だ。勝っても負けても恨みっこなし、勝っても負けても責任を負う。だからこそ本気になってんだ)
互いに決定打のないまま時間だけが過ぎていく。
(ああ、もう!ナツキさんもいい加減やられてくださいよ!そっちも思うところがあるのは分かりますけども、あなただって帰りたいんでしょ?だったら…!)
「って、うわぁ!」
スバルから一切目を離さないほどに集中し、自分の考えを頭の中で巡らせていたオットーの視野は足元にあった石に気が付くことができないほどに狭くなっていた。スバルからのジャブを避けようとしたオットーはジャブ
「そこだぁ!」
体勢を崩したオットーを見逃すほどスバルは甘くはなかった。
〈ドキャッ!〉
スバルの放った左フックがオットーの顎をかすめ
〈バコーン!〉
脳震盪を起こして意識が薄らぎ、防御の姿勢を取ることのできないオットーにスバル渾身のアッパーカットが炸裂する!
顎を真下から打ち上げられた未曽有の衝撃にオットーの脳が本能的にとった行動は膝を崩し、自身の身の安全を守ること。そしてその本能に体をゆだねたオットーは地面へと倒れ伏した。次なる反撃を…と思うのもつかの間、そのまま彼の意識は暗闇へと沈んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ。どーだこんちくしょー!武闘派だなんだと言われていてもな、俺の、レムに対する思いに勝てるわけがねーんだよ!」
右手を高く上げスバルは勝鬨の声を上げる。誰が見てもその決着は明らかであった。