ナツキ・スバル達御一行がどうやらトリコの世界に迷い込んでしまったようです。 作:お餅モチモチ
第8話 新たなる第一歩!…あれ?割と詰んでね?
ポータルの向こう側にいる自分たちにルグニカの未来のすべてを託し、トリコたちの世界に残ると決めたスバルたち。彼らは「自分たちのフルコースを作る」という輝かしい希望を胸にバミューダ群島から帰還した。そんな彼らを迎え入れてくれたこととは...!向き合わなければならない現実問題だった。
第一に言語の問題だ。トリコの世界において使われている言語は日本語における平仮名とカタカナ、それに漢字や英語である。ルグニカ王国で使われている「イ文字」「ロ文字」「ハ文字」はこちらの世界では全く通用しない。また、スバルたちはルグニカに帰る手段が見つかり次第すぐにでも帰還する予定だった。故に、彼らはこの世界において仕事に就いていない。さらにさらに、彼らには拠点となる家もない。衣服も現在着ているもののみ、ついでに言えば所持金0円。つまり、「トリコの世界において【衣】【食】【住】のすべてを持たない上に、それらを確保する手段がない10人と1匹」というなかなかに詰んでいる状況なのである。
幸いなことにスバルはもともと日本生まれであるためこの世界でも読み書きはできる。また、どういうわけか文字は読めずとも会話は成立することはルグニカ陣営にとって不幸中の幸いと言えるだろう。
このなかなかに詰みな状況に誰よりも早く気が付いたのはやはりスバルであった。
(ん?そういえば俺たちはルグニカに帰るために今まで行動をしてきたよな。逆に言えば『ルグニカに帰る』という行動以外はほとんど何もしていない。...!ということは、まずいかもしれない)
「あ、あのー、トリコさん。折り入って話があるのですが…」
妙によそよそしいスバルの態度を不思議に思ったトリコはスバルに「今さらどうした?」と気さくに笑って返す。
「あのですね、俺たち現状『詰んでる』んですよね。アハハ…」
この言葉を聞いたオットーがスバルに尋ねる。
「ナツキさん?何が詰んでるんですか?僕たちは今さっき向こうの世界の僕たちにルグニカのすべてを託して、この世界で生きることを決めたばかりですよ?何をそんなに悲壮感を漂わせながらトリコさんに話しているんですか?」
どうやらオットーは気が付いていないようである。スバルはげんなりとした声で答える。
「なあオットー。俺たちの今の状況分かってるか?職に就いておらず、拠点も持たず、明日食う飯も自分で用意できない。挙句の果てにはたぶん俺以外のみんな文字読めてないだろ?まさしく八方塞がりってやつだよ」
この言葉を聞いてその場にいる全員の顔が一気に青ざめた。
「ナツキさん!?何でそーいうこと今言っちゃうんですか!?僕たちを奈落のどん底に叩き落すつもりですか!」
オットーはあたふたしてスバルの肩を持ちぐわんぐわんと揺らしている。
「な、なあ、大将。大将のことだから、なんかあてがあるんだよな?だってほら、俺らの大将だもんな?」
ガーフィールは引きつった笑顔のまま顔が固まってしまった。どうやら彼の頭の中にはこの状況を打破するアイディアは微塵もないようだ。
「ねえパック。もしかしてだけど、私たちってすごーく困った状況だったりする?」
エミリアは平静を装っているもののその眼は縦横無尽に泳いでおり、彼女の動揺を雄弁に物語っていた。
「リア。すんごい目が泳いでるよ?落ち着いて」
パックは目を細め、エミリアの顔をその肉球で撫でつつなだめている。
「エミリア様。おそらくはエミリア様の考えている通りではないかとラムは思います」
ラムは真剣な表情をし、エミリアの言葉を肯定したもののそこから先の言葉が出てくることはなかった。
「困ったことになりましたわね。わたくしたちのポケットに偶然入っていたお金を足したとしても明日の分のパンが買えるかどうか。というよりも、そもそもルグニカのお金がこの世界で通用するなんて都合の良い話あるわけがございませんわよね」
フレデリカは顔に手を当て困惑の表情で斜め上の方に視線を向けている。
「ね、ねえフレデリカさん。私たちどーなっちゃうの?」
ペトラはフレデリカの服の裾を引っ張りつつ彼女を見上げている。その表情は明らかに焦っているようだ。
「レムはスバル君と一緒にいられればそれでいいのですが、どうしましょう。お仕事の当てすらありません…」
レムは一瞬顔を明るくしたものの、現在置かれている状況を冷静に整理し、口に手を当てて悩みこんでしまう。
「スバル。ベティの面倒は契約者であるスバルが見るのがスジかしら。だからスバルが何とかするのよ」
ベアトリスは腰に手を当て、スバルに向かってビシッと指をさして彼にすべてを丸投げした。
各々が今置かれている現状に気が付き始め動揺が広がる中ロズワールがトリコの前に出て深く頭を下げた。
「トリコ殿。我々を保護してくださったこと、そしてここまでの旅路を共にしてくださっただけでなく、生きるための糧を与えてくださったことを心より感謝申し上げる。今から言うことがずうずうしいことであることは百も承知だが、彼らの主であり、保護者でもある私は彼らの生命をぞんざいに扱うことは許されない。故にトリコ殿、我々に今しばらくの保護と衣食住の提供をお願いしたい。自立ができるようになればすぐにでも貴殿の下から離れていくつもりだ。だから…」
ロズワールの言葉を聞いていたトリコはきょとんとしていたが、彼の言葉を遮って言った。
「あー、その、俺もその辺の事情まで考慮してなかったからよ、俺の家でお前ら全員の面倒を見るつもりでいたんだ。だが、ロズワール。お前さんの言うことはもっともだ。この世界で生きる上で、自分たちで自立した生活ができなきゃ意味がねえな。よし、1年だ。1年間は俺の家を拠点として使うと良い。もし、リンや俺のことを気にするというのであれば、俺の家の横に仮住まいを建てるからそこを拠点として使いな。職業の斡旋なんかは俺のツテを頼ればなんとかなるだろ。まあ、お前らを保護した以上最後まで責任はとるさ」
世界最高の美食屋からのこれ以上ない力強い言葉に一同は感謝する。
「「「ありがとうございます!トリコさん!」」」
トリコはその声に笑顔で答える。
「ははっ!いいってことよ。だが、俺が提供できるのは衣食住、それに職業までだ。この世界で人として生きるために最も重要なものを俺は提供できねえから、そこんところはな?」
トリコはスバルを見る。スバルはトリコから向けられた視線と言われた言葉「自分にしかできないこと」は何だろうかと少し考え、ニヤリと悪い笑みを浮かべながら言い放った。
「よおしお前ら!今日から俺が先生だ!俺のことをスバル先生と呼びやがれ!」
鼻高々にがははと笑うスバルにエミリアが質問する。
「あ、えっと、ハイ!スバル先生!どうしてスバルのことをスバル『先生』と呼ばないといけないの?」
いきなりの先生呼びに不意をつかれたスバルは驚きつつも答える。
「ぬお!エミリアたんからの先生呼びは心臓が持たないほどの破壊力が…(咳払い)いいですか?エミリア君。今君たちはこの世界の文字が読めませんね?これではどんなに職業を探したとしてもだーれも雇ってくれません!仮に、トリコさんみたいにフリーで美食屋をやるとしても、必ず誰かに売らないといけないよな?その時に文字が読めなきゃお話にならないだろ?ぼったくられたとしても、『ぼったくられた』という事実にすら気づけないんじゃあ意味がない。そして、俺はこの世界の文字を読むことができる上に、ルグニカの文字もわかる。つ・ま・り、このスバル先生がエミリアたんをはじめここにいる全員の読み書きの先生になるというわけだ!分かったかね?エミリア君」
エミリアとレムが同時に返答した。
「「わかりました!スバル先生!」」
二人からの先生呼びにふらつきながらもひとまずはルグニカ陣営に読み書きを教えることを目標にするスバルであった。
バミューダ群島から帰ってからはとんとん拍子に事が進んだ。IGO会長のマンサムの手回しにより戸籍とグルメIDの発行は速やかに行われ、トリコの邸宅の隣には10人が居住しても問題ないほどの家が爆速で建てられた上に、一通りの家具や家電がトリコよりプレゼントされた。そのうえトリコからは「しばらくは読み書きの勉強に集中しないといけないだろ?」と言って毎日のように大量の食材が差し入れされているためわざわざ自分たちで買い物や狩りに行く必要がない。そのような状況が3か月ほど続いたある日、スバルは壁にぶち当たっていた。
「エミリアたん?それにオットー?前に俺の出したテストが何点だったか覚えてる?」
「えーっと、60点?」
「僕は確か…80点だったような…」
「はいそこお!二人とも嘘つかない!エミリアたんは45点!オットーは60点!」
そう、エミリアとオットーの読み書きの能力がいまいち伸びないのだ。
「もーう!スバルせんせー厳しーよー!」
エミリアは腕をばたつかせながら不満をあらわにしている。
「そうですよナツキさん!ガーフィール君たちは60点で合格だったじゃないですか!なんで僕は60点でも不合格なんですか!」
二人の意見を受け止めつつスバルは冷静に答える。
「まず、エミリアたん。平仮名とカタカナに関してはほぼ大丈夫。ローマ字読みもなんとか及第点だが、漢字がなあ。せめて常用漢字…俺が最初のほうに出した『これだけは覚えて』と言ったところだけでもなんとかなれば及第点を上げられるんだがな。そして、オットー。お前はこの世界で生きていくだけなら60点で十分だが、お前『大商人』になるんだろ?だとするなら結構難しい漢字を知らないとカモにされるだけだぞ?お前、ただでさえ不幸体質で何でも請け負うタチだからなあ。せめてそういったことから身を守れるようにならないとと思ってな。とはいっても俺自身は商人のことなんて全くわからん。だからこそ、過剰と言われても教え込める部分はきっちり教えないといけないんだよ。だから、オットーの合格点は95点なの。つーか、これでもエミリアたんとオットーはめちゃくちゃよくできてるほうだからな?3か月で多少は読み書きがまともにできてる時点で俺個人としては及第点をあげたいくらいだよ。ま、それ以外の7人と1匹がバケモンすぎるだけで…てか、何であいつらはたった3か月で日本語をまともに読み書きできるようになってんだよ。ロズッチに至っては1週間で100点出しやがって…あれは小学校の6年間相当の情報量だぞ?」
スバルからの反論に二人はぐうの音も出せない。しかし、それでもオットーはスバルにかみつく。
「そうだとしてもですよ!95点を出すのは難しいんですよ!ほとんど満点じゃないですか!最近は勉強のし過ぎで夢にまで漢字が出てくるんですからね?少しくらいはリフレッシュさせてくださいよ!」
ちょうどその時トリコがやってきた。
「よう!勉強ははかどってるか?てか、お前さんたち二人以外はもう卒業したのかよ。えらく優秀じゃないか」
オットーはトリコの足に抱き着き、泣きついた。
「トリコさ~ん。ナツキさんが鬼教師なんです~。僕たちのことを休ませないって~」
スバルはオットーの発言を即座に訂正する。
「んなこと一言も言ってねえって!誤解を招くことは言うなよオットー!まあ、オットーは何でも大げさに言うから、休ませないってのは言ってないんですけど、どうもエミリアたんとオットーの二人がうまいこと読み書きの能力を伸ばせないことに焦って詰め込みすぎてた感じはありますかね。ちょっと無理させてたかも…」
少し落ち込むスバルを見てトリコはある提案をする。
「なるほどなあ。確かに勉強のし過ぎも体に毒なんて言われるくらいだ。ここは気分転換がてら勉強に役立つ果物を取ってくるってのはどうだ?」
エミリアが目を輝かせる。
「え!?果物ですか!それは、おいしいんですか?どんな果物なんですか?それに、勉強に役立つってどういうことなんですか?」
エミリアに迫られてトリコはたじたじになる。
「おいおい、落ち着けってエミリア。その果物の名前は『ブレイングレープ』と言ってな。食べすぎに注意は必要だが、勉強の能率を飛躍的に高めてくれる果物なんだぜ?それに甘くてうまい。特に勉強を熱心にやればやるほどうまく感じるという代物さ。こいつに関しては俺以上によく知っている美食屋がいるからそいつのことを紹介するぜ」
トリコからそのように言われ、スバル、エミリア、パック、オットーの面々はその美食屋との待ち合わせ場所であるIGO第4ビオトープの入り口付近までやってきていた。スバルはトリコから手渡されたメモを読んでいた。
「ええっと、トリコさんのメモによれば、その美食屋の特徴は『頭にターバンを巻いた優男風な男』で…」
「『その体からは毒液が滴り落ちている』とでも書いてあるのかな?」
「そうそう、毒液を滴らせるなんて危ない人…ってうわぁ!どちらさまですか?」
トリコほどではないがそれなりに大柄な男性。であるにもかかわらず、誰一人としてその気配に気づくことができなかった。
「初めまして。スバル君、エミリアさん、パック君、オットー君。僕の名前はココ。よろしくお願いするね」