次回は未定ですが、明日か明後日します。
最初に感じたのは、熱だった。
皮膚を焼くような熱気と、瞼の上からでも分かるほど強烈な陽射し、それから頬にまとわりつく細かな砂粒の感触に、憂志井はゆっくりと意識を取り戻した。
「……生きている?」
声に出してから、自分でも妙なことを言ったと思った。
右手を動かす。
動く。
左手も。
動く。
指は五本ずつ揃っている。
脚もある。
腹に穴も空いていない。
呼吸もできる。
心臓も動いている。
そして何より、未の戦士が遺した爆弾によって全身を焼かれ、骨も肉も跡形なく吹き飛ばされたはずだというのに、身体のどこにも火傷らしい火傷がなかった。
憂志井は仰向けになったまま数秒間、何も言わず青空を見上げていた。
雲一つない。
見渡す限り、青。
第十三回十二大戦の最後に見た夜空とは、まるで違う。
「……これは死後の世界というやつだろうか」
そう呟いてから、少し考える。
「だとしたら、随分と暑いところなんだがね」
死後の世界にしては砂が熱い。
それに喉も渇いている。
身体も重い。
砂の上へ手をついて起き上がると、足元からさらさらと砂が崩れ落ちた。
見渡す。
砂。
砂。
砂。
右を見ても左を見ても、地平線の向こうまで続く黄白色の砂地。
わずかに隆起した丘と、陽炎に揺らぐ景色。
植物らしいものはほとんど見当たらず、当然人影もない。
憂志井は自分の服を確認した。
第十三回十二大戦で着ていたものと同じ。
血で汚れ、裂け、ところどころ焦げてはいるが、奇妙なことに致命的な損傷はない。
腰へ手を伸ばす。
牛歩剣。
ない。
鞘もない。
爆弾もない。
持ち物のほとんどが消えている。
「これは困ったな」
財布もない。
水もない。
食料もない。
地図もない。
通信手段もない。
あるのは着ている服と自分自身だけ。
十二年間、戦場を渡り歩いてきた憂志井にとって、何も持たず知らない場所に放り出されること自体は致命的ではなかったが、だからといって喜ばしいことでもなかった。
まず必要なのは水。
次に日陰。
それから現在地の把握。
そして可能なら人間。
その順番だ。
「とりあえず歩くしかないか」
憂志井は立ち上がった。
足元の砂が靴へ入り込む。
不快だった。
それでも歩き始める。
太陽の位置を見る限り、まだ昼前か、あるいは昼を少し過ぎた程度。
方角を正確に判断する材料は少ないが、遠くに僅かな人工物らしき影が見えた。
幻覚でなければ建物。
ならば進む価値はある。
憂志井は一定の速度で歩き始めた。
砂漠では無闇に走らない。
体力を消耗し、水分を失うだけだからだ。
歩幅を小さく。
呼吸を一定に。
日差しをできるだけ避けるよう頭を下げる。
身体そのものは妙に軽かった。
先ほどまで満身創痍だったはずなのに、肋骨の痛みも、腿の傷も、肩の違和感もない。
まるで全部なかったことになったようだった。
「本当に死んだのかもしれないな」
そう考えると、妙に納得できる部分もある。
しかし憂志井は死後の世界というものを積極的に信じてはいなかったし、そもそも自分のような人間が死んだ後に、こんなに空が青くて静かな場所へ送られるとも思っていなかった。
地獄というには穏やかすぎる。
天国というには暑すぎる。
「まあ、どちらでも構わないか」
重要なのは、今ここで自分が動けること。
生きているにせよ、死んでいるにせよ、それだけは変わらない。
憂志井は歩き続けた。
どれほど歩いたかは正確には分からない。
三十分か。
一時間か。
太陽と砂しかない景色では時間の感覚も曖昧になる。
やがて、遠くに見えていた人工物の影が輪郭を持ち始める。
建物。
間違いない。
しかも一つではない。
複数。
憂志井は目を細めた。
住宅街だった。
いや。
住宅街だったもの、と言うべきかもしれない。
道路がある。
電柱がある。
街灯もある。
家屋もある。
しかし、どれも半分以上が砂に埋もれていた。
一階部分を完全に砂に飲み込まれた建物。
屋根だけが出ている家。
玄関が砂丘の中へ消えている店舗。
道路標識の上半分だけが、砂の表面から突き出している。
まるで砂漠の真ん中に街を作ったのではなく、もともとあった街へ後から砂漠が押し寄せてきたかのようだった。
「……妙だな」
憂志井は歩みを止める。
自然な砂漠化ではない。
少なくとも、自分の知る範囲では、これほど短期間に都市が埋没するような現象は普通ではない。
では長い年月をかけてこうなったのか。
だが建物はそこまで古く見えない。
窓枠も、電柱も、看板も、朽ち果ててはいなかった。
人がつい最近まで住んでいたようにすら見える。
「戦争の跡……ではなさそうだ」
破壊痕は少ない。
砲撃や爆撃を受けた痕跡もほとんどない。
ただ砂に埋もれている。
憂志井は住宅街へ足を踏み入れた。
人気はない。
それでも完全な廃墟というわけでもないらしい。
砂を被ってはいるが、比較的新しい足跡のようなものがいくつか残っている。
タイヤ痕もある。
誰かがいる。
少なくとも、誰かがここを通っている。
それだけで少し安心した。
「人がいるなら話は早い」
現在地を聞ける。
水をもらえるかもしれない。
可能なら電話も借りたい。
もっとも、自分がどこへ電話をすればいいのかは分からなかったが。
十二大戦の主催者へ連絡する。
そんな発想が一瞬浮かび、すぐに捨てる。
仮にここが元いた世界なら、自分は正式には死亡扱いになっている可能性が高い。
それ以前に、卯と相討ちになった後、どれだけ時間が経っているのかも分からない。
もしかすると数分。
あるいは数日。
もっと長い可能性すらある。
「考える材料が少なすぎるな」
憂志井はそう呟き、住宅街を進んだ。
途中、砂に半分埋もれた自動販売機を見つけた。
中には飲み物が残っている。
憂志井はその前で立ち止まり、しばらく見つめた。
喉が渇いている。
非常に。
だが金はない。
「壊すか」
数秒考えた。
「……いや、さすがに駄目だろう」
生命の危機なら話は別だが、今すぐ死ぬほどではない。
所有者が生きている可能性もある。
憂志井は名残惜しそうに自販機から離れた。
数歩進み。
止まる。
振り返る。
また歩く。
止まる。
「水くらいなら後で金を返せば――」
自分に言い聞かせかけて、首を振った。
「いや駄目だ」
戦場では敵の物資を奪うことに躊躇はない。
だがここは戦場かどうかも分からない。
ならば普通の街として扱うべきだろう。
その程度の常識はある。
憂志井は自販機を諦めた。
そうしてさらに進むうちに、街の奥にひときわ大きな建物が見えてきた。
最初は役所か何かだと思った。
しかし近づくにつれて形が分かる。
門。
校舎。
体育館らしき建物。
グラウンド。
学校だった。
グラウンドの多くは砂に覆われている。
フェンスにも砂が積もっている。
それでも建物そのものは使用可能に見えた。
そして門の横には、文字がある。
憂志井はそこまで歩き、看板を読む。
「……アビドス高等学校」
聞いたことがない。
少なくとも、自分のいた国ではない。
そもそも国名なのか、地域名なのかすら分からない。
高等学校。
それなら人がいる可能性は高い。
教師。
生徒。
事務員。
誰でもいい。
情報を持っている人間なら。
「学校なら、話くらいは聞けるだろう」
問題は自分の格好だ。
血と砂にまみれた服。
どう見ても見学者ではない。
下手をすれば不審者として通報される。
「……まあ、説明すれば分かるだろう」
そう願うしかない。
憂志井は門をくぐった。
敷地内も静かだった。
あまりにも静か。
普通、高校という場所なら昼間はもっと騒がしいはずだ。
人の話し声。
部活動。
廊下を走る音。
チャイム。
何かしら聞こえる。
しかしここにはほとんどない。
風の音と、砂が地面を擦る音だけ。
「休校日か?」
それにしては、校舎の玄関は開いている。
憂志井は少し迷った。
勝手に入っていいものか。
本来なら受付を探すべきだ。
しかし外から見る限り人影はない。
「失礼します」
一応声をかける。
返事はない。
もう一度。
「誰かいないか?」
やはり返事はない。
憂志井は玄関へ入った。
中は外ほど砂に覆われてはいなかった。
掃除されている。
つまり、確実に誰かがここを使っている。
靴箱。
掲示物。
廊下。
どれも普通の学校と大きくは変わらない。
ただし、生徒の数に対して設備があまりに大きすぎるような、妙な寂しさがあった。
廊下を歩く。
足音が響く。
「すみません」
声を出す。
返事なし。
教室をいくつか覗く。
誰もいない。
机と椅子はある。
黒板もある。
しかし使われている形跡が薄い教室も多い。
「廃校寸前……というわけでもなさそうだが」
校舎は古いが、放棄されてはいない。
なら、生徒が極端に少ないのか。
憂志井はさらに奥へ進む。
ここまで来て初めて、少し警戒を強めた。
学校という場所にしては静かすぎる。
罠の可能性。
武装勢力の拠点。
あるいは単純に全員外出中。
選択肢はいくらでもある。
それでも憂志井は歩いた。
死ぬほど危険な場所なら、もっと嫌な気配がする。
ここには、それがない。
むしろ。
どこか。
妙に穏やかだった。
そんなことを考えていると、廊下の先で物音がした。
憂志井は反射的に足を止める。
人。
いる。
音の方向を見る。
曲がり角。
足音が近づく。
憂志井は無意識に身体を半身へ変えた。
武器はない。
それでも、敵なら素手で対応する。
だが。
角から現れたのは、武装兵でも戦士でもなかった。
少女だった。
白を基調とした制服。
淡い髪。
まだ幼さの残る顔立ち。
両腕には何か資料のようなものを抱えている。
年齢は自分と同じくらいか、少し下。
少女は憂志井を見つけた瞬間、ぱちりと目を瞬かせた。
憂志井も黙って彼女を見る。
互いに数秒。
沈黙。
最初に口を開こうとしたのは憂志井だった。
「すまない、少し――」
しかしそれより先に、少女の表情がぱっと明るくなった。
「あっ!」
何かに気づいたような声。
そして憂志井の全身を上から下まで見る。
若い。
見慣れない顔。
制服ではない。
校内を一人で歩いている。
その情報から少女の中で何らかの結論が出たらしい。
「あの、もしかして見学ですか?」
「……見学?」
憂志井は聞き返す。
少女は疑うことなく頷いた。
「はい! アビドスに興味があって来てくれたんですよね?」
違う。
まったく違う。
憂志井はそう答えようとした。
しかし少女はすでに嬉しそうだった。
こんな砂だらけの学校へわざわざ見学に来る人間がいること自体が、とても珍しいのかもしれない。
憂志井は一瞬だけ言葉に詰まった。
ここで「違う」と即答するのは簡単だ。
簡単なのだが。
「……」
少女の顔を見る。
本当に嬉しそうだ。
「まあ、事情は少し違うんだがね」
そう前置きしようとした。
だが、それすら間に合わなかった。
少女は抱えていた資料を持ち直し、背筋を伸ばし、まるで待ち望んでいた誰かを迎えるように満面の笑みを浮かべる。
そして。
「こんにちは! アビドス高校一年生の梔子ユメです!」
ブルアカ初心者なので時系列と設定間違えないように頑張ります。