〜特級裨益呪霊〜 黄昏の福音 作:楓舞星
「無為ーー」
「おらー!」
ヒラヒラの喪服を纏ったアンテナ不審者が真人にドロップキックを浴びせる。そうして、守る様に順平の前に立った。
「っ!」
「誰だ!!」
「またあったね。宿儺の器くん。私は特級裨益呪霊だよー。んで、はじめましてだね。真人」
(ま、また?とにかく、さ、最悪だ……と、特級呪霊が二体……)
「ああ、君か……せっかく良いところなのに、邪魔しないでくれる?」
「いやね、『私』としてはどうでもいいんだけど、今は四時半……黄昏時が近い。まあ私にも色々事情があるんだよ。だから、そこの人間は置いてけ。お前の事はまあ、放置してやる。『私』も呪霊だからね」
その余裕然とした口調と、どこか敵意が、『裏』のある口調に、やれやれとした気配を感じとった真人は若干腹を立てて、
「……放置されるまでもない!」
駆け出して順平に触れようとするが、
「ほいさー」
「っ!!」
特級裨益呪霊が割り込み、そんな真人を背負い投げする。
地球の重力を味方につけたそれは、真人の頭を潰すのに十分だった。ぐしゃっと潰れた真人の頭はそれでも、すぐに再生する。
「ま、このぐらいでいいか。じゃあね宿儺の器くん。あとは頑張ってね。ふぁああ、もう眠くて仕方ない……」
「っ!ちょ、まて!!」
虎杖からすれば、意味不明な存在がすぎた。だが、順平を助けてくれたのは間違いない。だが相手は呪霊である。信用するに値する者ではない。
しかし、事実、特級裨益呪霊はそのまま、順平になにもせず、窓から飛び出ていった。
そこからの流れは、単純だった。虎杖は順平を逃し、七海が現着し、2対1で真人を相手に虎杖は七海とタッグを組み共闘。そうして、真人は領域展開を会得する。
だが、最終的に真人は敗れ、排水溝へと身を溶かし逃げていった。
「くそっ!」
「虎杖くん。まずは順平くんの安否確認です」
七海がそう言うと、虎杖も合わせてついていく。
「おい!大丈夫か!」
「うん、大丈夫……」
順平はそう言うものの、どこか元気がなかった。きっと、信用していた者に裏切られた事が堪えているのだろう。
「…………大丈夫だ。近くに、俺がいるから」
そう、虎杖が言った時だった。
「ーー浮かない顔をしてるね……?もう、大丈夫だから……」
「「っ!!」」
七海と虎杖は一切の気配を悟らせずにここまで近づいた呪霊に内心警戒心をマシマシにしながら、
「お、お前は特級裨益呪霊?」
「特級裨益呪霊さん!?」
虎杖と順平は特級裨益呪霊をみるが、しかし、先程とは様子が違った。喪服はドレスへと変わっており、その色は鴉の濡れ羽を想像させるような……
その声に対して、おっとりと驚くのは特級裨益呪霊の方だった。
「【私】ってそんな風に呼ばれてるんだ……あ、そうだね。うん。『寝ていた』時の『夢』がそうだった気がする」
「……どう言うことだ?」
「虎杖くん。警戒をやめないでください。相手は呪霊です」
「だって……」
虎杖には、どうにも理性的な者にしか見えなかった。いや、敵対的ではないと言うだけで驚きなのだが、呪霊なのに自身に敵意を剥けない所にどこか珍しげに思ってしまったというか。それのせいで敵意を抱けないというか……
特級裨益呪霊は微笑みながら、順平に近づいて。
「さて、君の名前は確か……順平だっけ?」
「は、はい!」
「順平……君の迷いはなんだい?」
「迷い……?」
「うん。そうだね……例えば、『神様』に願いたい事って、なに?」
「神様に願いたいこと……?そ、そんなの……」
そう聞かれ、順平の脳裏に巡ったのは、いつかの記憶。母親とのいつかの記憶。
『ねえ母さん!もう10歳になったよ』
『あら、順平もデカくなったねぇ。まあまだ私は及ばないけど?』
『すぐに追い抜くよ!』
『15歳になった!』
『まだまだ私の方が大きいわね』
『成長期を迎えてないだけ!』
『ふふっ……いずれ、私を超える男になるよ。アンタなら……楽しみにしてる』
そんな、ただの日常。ありふれた普通の会話。
想起させてしまった。復讐の刃を振り下さなければならないはずなのに、そんな使命があるはずなのに、つい、ポツリと
「……母さんを……生き返らせて……」
いつのまにか、涙が溢れ出てきた。復讐に取り憑かれてて、気づいていなかった本心。またもう一度、母さんと一緒にーー
「……お願い…………」
順平はその場で項垂れ、そして、嗚咽混じりに泣き始める。それを特級裨益呪霊は眺めながら、
「そっか、それだけの想いがあれば、きっと通じるよ。君の記憶を見せてもらうね……」
特級裨益呪霊は順平の頭に手を当てて、そうして、
「……こんな事があったんだね……もう、大丈夫だからね」
「……え……?」
「運命はほとほと理不尽なモノ……だけど、そんな運命を倒しちゃうための力を、無限とも言える時の彼方で磨いてきたんだと思う。私はきっと、ただのシステムに与えられた存在にすぎないけど……でも……それでも……【私】は、この上なく尊き神の王として……」
彼女はどこか覚束ない様にそう言ってから、自嘲するか様に内心笑い、
「……さあ、帰りたい場所はどこかな?玄関の上がり
「……母さんの元に……帰りたい……」
「そっか、それじゃあね。『ヒーロー見参』」
どんどんと、呪力が溢れていく。それはただの呪力ではなかった。溢れでるのは正の呪力だった。ただ、同時にドス黒い負の呪力も流れていく。
とても明るく綺麗な正と、とても暗い黒い負が混ざり合う。それはどこか、あまりに神聖な光景で、虎杖と七海はつい足を止めてそれを見ていた。
呪霊である特級裨益呪霊は体が溶けていく感覚の忌避感を堪えて、それでもと相手を前にして儚げに、ゆったりと笑い、
「チカラが足りないみたいだね……【私】が『暴露』を……この世界だと『縛り』っていうだっけ、それを積んで底上げしてあげる」
「『【私】にできるのはこの上なく尊き神の王にできることのみである』」
まだ足りないか、そう呟いてから、
「『【私】の力の行使には他者からの想いが必要である』」
あと少し、そうぼやくように言って、
「『【私】は力を使うほどに何かに蝕まれ、起きている時間が長くなる』」
「……順平。君の想いはきっと通じる」
気づいた時には、その場は光に包まれーー
ーーそうして、順平はその場からいなくなった。
「っ!順平をどこにやった?」
虎杖がそう問いかけると、
「じゃあね。宿儺の器くん」
明日の方向へ歩いていく特級裨益呪霊を七海が止める。
「あなたは、いったい何者ですか?あなたはとても理性的な呪霊のようです。私も手荒な真似は、無駄な労働はしたくない」
「わからない。【私】は……私には絶対なれない、勝てない、出来損ない。だから、創造された目的すら元より果たせない……でも死ねない。死にたくもない。ただ【私】は『軌跡』だけを知っている木偶の坊」
「……意味がわかりませんね」
「他の人も助けに行くから、どいて?」
「何のために助けるんですか?呪霊のあなたが」
その七海の言葉がトリガーになった。ああ、と震えてから、
「【私】が私の真似をしてるだけ……ううん、真似にすらならないーー
ーーそうか。だったら、もう私はある種、独立している……」
「……」
七海は心底理解不能そうな顔をするが、特級裨益呪霊は
「ああ、うん……こんなに情けないはずがないんだ……本物なら、きっと【私】以上に上手くやれる……だったなら、もう【私】は私に縛られない……」
先ほどまでの笑顔はどこへやら、彼女は酷く皮肉げな顔をして、
「今の私は、もう【私】じゃない私……名前は、
そう言い、去っていった。