「い、いらっしゃいませ~……」
「うーん……」
「ポチ……」
「ジェット先輩、もう一回!」
とある日のキュアット探偵事務所。
何とも言えない笑顔を浮かべているジェット先輩を囲むあんなとみくる。
それを横のソファーに座りながら眺めている俺と頭の上のポチタン。
「あ、ありがとうございました~……」
「見事に引き攣ってるな」
「違うちがーう!!」
「ポチポチー!!」
「もっとかわいく!もう一回!
それだと引き攣ってるから、もっと自然な笑顔に……」
「いい加減にしろー!!なんで僕がこんなことー!!」
大声で怒りだすジェット先輩に思わず耳を塞ぐあんなとみくる。
ポチタンの耳を塞いでおこう。あ、柔らかい。
なんでジェット先輩があいさつの練習をさせられているかと言うと、事の発端はプリティ―ホリックでの接客にある。
『いらっしゃいませー』
『ありがとうございやしたー』
「やる気のないバイトの店員みたいだったもんな」
棒読みというか単調というか。顔も真顔だったし。
怖がってる子とかもいたからな。
「もっと愛想よくしないと!!」
「うんうん!!」
「まぁ、俺も多少は改善したほうがいいと思うぞ」
「くっ、ヒロまで……」
「常にニコニコでいろとは言わないが、ずっと真顔はちょっとな」
女の子が良く来るお店なわけだし。
それかせめて声のトーンをもう少し上げるとか……
「そういえば、ヒロくんは接客上手だったよね?」
「確かに!ずっと笑顔でほかの商品とかも勧めてましたよね?」
「上手だったかはわからないけど、会計のついでに勧めたりはしたな」
「とっても自然な笑顔だったよ!なにかコツとかあるの?」
「ああ、あれは……」
「あれは?」
「あれはほら、チュチュの店長のたいらさんを参考にしたんだよ。
あの人、いつも愛想がいいから」
「そっか、ヒロさんは常連だって言ってましたもんね」
あっぶね。バイトの経験値ってことにしようと思ったけど中学生は普通まだバイトできないわ。
ぎりぎりセーフ。ありがとうたいらさん。
「それならほら、ジェット先輩も常連でしょ!
ヒロくんを見習って、笑顔笑顔~!」
「わ、ちょ、やめろ!やめ、はは、アハハ!!」
そう言ってジェット先輩の脇腹をくすぐりだすあんな。
ジェット先輩、くすぐり弱いタイプなんだ。
「これで自然な笑顔に~!」
「くすぐりで出てくる笑顔を自然と言っていいのか……?」
「……確かに!?って、あ」
「あ」
時すでに遅し。くすぐりで限界を迎えたジェット先輩がぼふん!と妖精の姿に戻り、そのままペタンと床に倒れてしまう。
おいたわしや、ジェット先輩。
心の中で合掌をしていると、突如事務所のドアが開き人が入ってくる。
妖精の姿が2体になったこのタイミングでか。
「俺が対応してくるから、2人は一旦ジェット先輩を奥の部屋に。
ポチタンもいつも通りポーチのふりするんだぞ」
「「わかった!」」「ポチ!」
妖精姿のジェット先輩を運ぶ2人を横目に、事務所に入ってきた女性の対応へ向かう。
わちゃわちゃしてたからちょっと不思議そうな顔しちゃってる。
小さく呼吸を挟み、意識をまとめてから笑顔を浮かべ話しかける。
「騒がしくて申し訳ないです。ようこそ、キュアット探偵事務所へ。
本日はどういったご用件ですか?」
「えっと、解いてほしい謎があってきたんですけど……あなたが探偵ですか?」
「依頼人の方ですね。自分は探偵の助手です。
探偵はもうすぐ来ますので、奥のソファーでお待ちください。
飲み物は紅茶とコーヒー、どちらにしますか?」
「え、じゃ、じゃあコーヒーでお願いします?」
「かしこまりました」
子ども、よね……?と困惑している依頼人をソファーへ座らせて、コーヒーの準備を始める。
少しやりすぎてしまった感もあるが、まぁ初めての対応にしては上出来だろう。
やはり経験は偉大ということで。
というか、そうか。俺が来てからは初めての依頼人か。
今までは目の前で起きた事件を解決するのがほとんどだったからな。
キュアット探偵事務所を頼ってくれる人がいるのはありがたいことだ。
依頼人が来ないと悩んでいた2人だが、やはり助けを求めてきてくれる人はいる。
頑張れ、名探偵たち。
******
無事復活して人の姿に戻ったジェット先輩と戻って来た2人を、依頼人の女性である斉木萌絵さんの向かいに座らせる。俺は横に立っておこう、ソファーぎちぎちになっちゃうし。
あんなとみくるが名刺を渡し、挨拶を済ませたところで萌絵さんが依頼の内容を話し始める。
「この絵の謎を解いてほしいんです」
そう言って萌絵さんがカバンから取り出したのは、一枚の絵の写真。
ある女性がソファーか何かに寝そべっている人物画、だろうか。
「母が生前描いた自画像です。最近海外で見つかったものが、自宅に届いて……」
「あ、クリスティーナ・ピポポヴィッチ文江だ!」
「クリスティーナ……なに?」
写真の中の絵を見て反応したジェット先輩と、聞き返すあんな。
ちなみに俺もよく聞き取れなかった。なんて言った?
「ピポポヴィッチ文江!30年くらい前に海外で人気だった画家だ。
でも彼女、風景画しか描かなかったような……?」
「ええ。母が人を書いたのはその一枚だけ。
どうして自画像なんて描いたのか……」
「その謎を解けばいいんですね!」
「ちなみに、絵のタイトルは?」
「……『最高の幸せ』と言います」
どこか曇った表情の萌絵さんがそう答える。
自画像のタイトルが『最高の幸せ』ね。
芸術ってのは深くて難しいな。いろんな受け取り方がある。
「『最高の幸せ』か……」
「「よし!!」」
顔を見合わせ、ソファーから立ち上がるあんなとみくる。
「名探偵の私たちに任せてください!」
「さっそく調査にしゅっぱーつ!」
「おー!」「ポチ―!」
「……ポチ?」
どこかから聞こえた声に不思議な顔を浮かべる文江さん。
ポチタン、2人の真似をしたがるのはかわいいけど依頼人がいるときは抑えような。
あと2人も依頼で張り切ってるのは分かるけど依頼人の前でそのテンションは良いのか。
……いや、まぁいいか。苦しそうな顔よりは元気な方が何倍も良いだろう。
しかし調査と言っても、さてどうしたもんかね。
******
まずは文江さんの絵について知ろうということで、あんなとみくるの案で近所の古本屋に訪れた。
そこそこ前の画家だって言ってたし、何かあればいいけど。
「すみません、ここにクリスティーナ・ピポポヴィッチ文江という画家について載っている本はありますか?」
「く、クリスティーナ・ピポポヴィッチ文江じゃと!?
もちろん、彼女の本はすべて揃っておる!」
試しに質問してみると、だいぶ高いテンションで店内のあちこちの本棚から本を取り出す店主さん。
ちょうど店主さんがファンなことあるんだ。
海外で人気だったという話だが、ジェット先輩も知ってたし店主さんもファンだったなら日本でもそこそこ有名だったのかもしれないな。
「よもや今の若者たちの口からその名前を聞けるとは!
彼女はわしの青春そのものじゃ」
そう言って取り出した本を見せてくれる。
「よーし!画集を見れば、絵の描き方とか色使いで自画像の謎を解くヒントがきっと見つかるはず!」
「でも、ファッションにグルメ、旅行雑誌ばっかりで、肝心の画集がないね」
「テレビにもよく出て、人気者じゃったからのぉ」
「メディアに出て人気になってくると、だんだん周りの興味が作品じゃなくて作者のほうに移っていくからな。多少は仕方ないさ」
そういうところはこの時代でもあまり変わらないらしい。
「風景画も少しは乗ってるけど、これじゃよくわからないですね……」
「だったらあそこに行ってみようよ!」
「あそこ?」
「うん!この前の……って、そういえばヒロくんは居なかったんだ」
「そっか、確かにいいヒントがもらえるかも!」
よくわからないが、前に行った場所で良いところがあるらしい。
そういうことなら、2人に任せることにしよう。
******
そうして次に訪れたのは……
「絵画教室か」
「この前はありがとうございました」
「また何かあればお任せください!」
教室の先生であろう人にお礼を言われている2人。
察するに、俺が助手になる前に探偵として何かを解決してあげたんだろう。
確かに絵について聞くなら適している場所だ。
「それで、これなんですけど……どうして風景画家の文江さんが自画像を描いたのか分かりますか?」
「うーん、そうですねぇ」
というか、萌絵さんもみくるもさっきからなんで絵を縦にして見せるんだろうか。
シンプルにその方が見せやすいってだけなのか?
「わぁ、うまーい!!」
「?」
声のした方を見てみると、キャンバスに向かいながら仲良く話している子供たちが。
いかにも絵画教室って感じの、微笑ましい光景だ。
「騒がしくてすみません」
「いえ。私も子供の時は、楽しく絵を描いていましたよ」
そう言う萌絵さんの表情は、やはり明るいものではない。
やはり、何か思うところがあるんだろうな。
絵を描くということに対してなのか、それとも……
「見て見て!」「わぁ~!」「かわいいー!」
「?なんか、あっちの部屋のほうが賑やかだな」
「ほんとだ、なんだろう?」
子どもたちが集まっている部屋に3人で入り、視線の先を追ってみると……
「「ポチタン!?」」
「……なにやってんだ」
そこにはデッサン用であろうオブジェの上に立って謎ポーズを決めているポチタンが。
かわいい。かわいいけども。
いつの間にあんなから離れてたんだ……
******
「ポチィ……」
あんなとみくるに叱られてしょんぼりしているポチタン。
ごめんポチタン、さすがにあれは叱られても仕方ないと思うんだ。
「絵の構図や色使いに関してはおかしな点はなさそうって言ってたけど……」
「はっきりとした手掛かりはなかなか見つからないね」
「一旦行き詰った感じだな」
「ですね……」
「「はぁ……」」
思わずため息をつくあんなとみくる。
まだ始まったばっかりだし、気を落とす必要はないと思うけどな。
まぁ、有力そうな心当たりを回ってもあまり進展がないってなると仕方ないか。
「あら、あなたは常連さんの……」
道の向かいから歩いてきたのは、たいらさんと同じ制服を着た青い髪の女の子。
俺にはそこそこ馴染みのある、チュチュの店員さん。
確か名前が……
「あ!パティスリーの!」
「帆羽さん……で、合ってますかね?たいらさんから聞きました」
「うん、帆羽くれあです。そちらは探偵のおふたりと、閑鳴さんですよね?
私も店長から聞きました。
もう一人の方は初めましてですね」
「ええ、閑鳴ヒロです」
「明智あんなです!」「小林みくるです!」
「えっと、斉木萌絵です」
それぞれ自己紹介していく。あんなとみくるも初めましてではないんだな。
俺と帆羽さんはお互い、たいらさんを通して名前を知っている状態みたいだ。
最近はチュチュに行けていなかったが、本当に俺のことを記憶しているらしい。
「みんな浮かない顔をしているけど、どうしたんですか?」
「実は、とある謎について調査の最中なんですが、行き詰ってしまって。
萌絵さんはその依頼主なんです」
「なるほど、それで。
……もしよかったら、チュチュに寄っていきませんか?」
少し考えた帆羽さんからそんな提案が出てくる。
「チュチュに、ですか?」
「気分転換には甘いものが一番!
それに、閑鳴さんは最近来てなかったでしょう?
だから皆さんが良ければ、ぜひ!」
非常に嬉しい提案だ。このまま悩んでても進展があるかは怪しいし。
甘いものはいつ食べたって心の癒しになってくれるのだ。
萌絵さんもかまわないとのことだったので、全員でチュチュへと移動した。
どうやら萌絵さんはチュチュに来るのは初めてらしい。
みんなでショーケースに並んでいるお菓子を眺める。
いつ見ても目移りしてしまう光景だ。
「わぁ……!どれもはなまるおいしそう!」
「ほんと……!どれにしようかな~」
「ふふ、ゆっくり選んでね」
「見ないうちにまた新しいお菓子増えてるな……萌絵さんはどれにしますか?」
「そうね、じゃあチーズケーキにしようかな」
「お、いいですね。ここのチーズケーキ、とてもおいしいですよ」
「私はブルーベリータルト!」
「私はミルフィーユで!」
「はい、チーズケーキにブルーベリータルト、ミルフィーユですね」
各々自分のお菓子を帆羽さんに頼んでいく。
ジェット先輩にも何か買っていってあげようかな。
「俺はまだ少しかかるから、2人は萌絵さんと一緒に席に座っといていいぞ」
「わかった!それじゃあ萌絵さん、行きましょう!」
「ええ」
「今日はいい天気だし、テラス席にしない?」
「いいね!」
萌絵さんと一緒に店の外のテラス席へと向かう2人。
俺もさっさと自分の分を頼んでしまおうか。
そうだな……
「自分はモンブランにしようかな。それと、ホットティーで」
「え?」
途端に不思議そうな顔を浮かべる帆羽さん。
何か変なことを言っただろうか。
「今日は1種類だけでいいんですか?」
「ああ、そういう……今は調査の途中ですからね。
さすがに自分も依頼人を前にいつもの量は食べませんよ」
「そ、そっか!そうですよね……」
すると、なぜかしょんぼりしてしまう帆羽さん。マジでなぜに。
……そういえば、前にたいらさんが俺の頼むものは帆羽さんの作ったものが多くておいしそうに食べてくれるのが嬉しいらしい、というのを聞いたな。
それが原因?さすがに自惚れすぎだとも思うが。
「……じゃあ、追加で帆羽さんのおすすめをお願いします」
「……!はい!それなら、私が作った新作があるのでぜひ!」
ぱぁ……!と笑顔になる帆羽さん。
どうしよう、当たってたっぽい。なんかむず痒いものがあるな。
別に帆羽さんのお菓子が好きな人なんていくらでもいるだろうに。
通いすぎ&頼みすぎだったんだろうか。
「そういえば、少し気になったことを聞いても良いですか?」
「?ええと、どうぞ?」
「あんなちゃんとみくるちゃんと一緒に調査してたってことは、閑鳴さんも探偵なんですか?」
「ああいえ、自分は2人の助手になったんですよ。と言っても、つい最近のことですけどね」
「助手……」
確かに2人の探偵と1人の助手って傍から見ても区別付かないよな。
こればっかりは質問されたら毎回答えるしかないだろう。
その方が俺も意識が定着するし、ちょうどいい。
「あ、なら最近お店に来てなかったのも?」
「そうですね、助手として探偵事務所にいることが多くなりましたから。
ジェット先輩が良く買ってくるので、お菓子自体はちょくちょく食べてるんですけどね」
「なんだ、そうだったんですね。
……でも、それだとお顔も見れませんしお菓子の感想も聞けないので、また是非これからもお店に食べに来てくださいね」
「もちろん。ここのお菓子、大好きですから」
それに、お菓子だけでなくお店の雰囲気も嫌いじゃないからな。
落ち着くし、居心地が良いのだ。
「それじゃあ、私はご注文のお菓子を用意してきますね。席の方でお待ちください」
「あ、その前に一つ」
「?」
店の奥に戻ろうとする帆羽さんを引き留める。
なんとなくだけど、話していて誤解されてそうなことがあったので。
「自分、あんなとみくると同級生なので、呼び方や話し方は2人と同じで大丈夫ですよ」
「……ええ!?」
驚きの表情を浮かべる帆羽さん。
……やっぱりだ。2人はあんなちゃんとみくるちゃんなのに俺だけ閑鳴さんの時点で察してはいたが。
ここに通い始めたのは中学生になったあとだったはずだからな。
一応少しだけだが会話もしたことあったから、そのせいだろう。
そろそろ、この反応にも慣れた方がよさそうだ。
読んでくださってありがとうございます。
本編第10話の始まりです。
ついにくれあさんが出てきましたね。ジャブ程度の登場ですが。
マジで自分もチュチュのお菓子が食べてみたい。
書いている感じ、逆に今回は3話で終わるか怪しいですね。
前回1万字で出しといてなんですが、あんまり長すぎるのは避けたいのでできるだけ1話5000字くらいを目安に描いていけたらなーという感じです。
あと最近やっているゲームが楽しくて投稿頻度が下がりそうで怖い。
描きたい気持ちもゲームと同じくらいあるんですけどね。体が複数欲しい。
ま、気ままにやっていけたらと思います。
それではまた次のお話で。